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第一章 ダフネはアポロンに恋をした
05 勇者の高説の真偽を、いざ確かめん
しおりを挟むあたしはバカ。とんでもないバカ。なぜかアパートに男がいる。
「路上ライブ。あんたがセーラー服着てアイスコーヒー片手に、すかした仕草で俺を見下ろしてた」
「ひどい。悪意に満ちてる」
「全然。すげぇ美人でカッコよくて痺れたって言ってるだけ」
フレンチシャビーを意識した白のアイアンベッド。白い布団に男が包まれて、ごろごろしている。
床に並べていた小物。壁に立てかけていたアンティークの額縁とキャンドル。白い素焼きの鉢に植えたガジュマルの木。
全部蹴っ飛ばされた。
「こっちこねぇの?」
「何されるかわからない」
「キスくらいしかしない。約束する」
「くらい?」
「胸は揉むかも」
「行きません」
「なんだよ。おっぱいくらいいいじゃねぇか。減るもんじゃねぇし。むしろ増えるかも」
「ぜったい行かない」
「なし崩しにヤったりしねぇって。今日はあんたに俺のこと知ってもらうために来たんだ。ヤるのはあとでいい」
タンクトップ一枚の上半身を起こして、布団にくるまって。ミケランジェロのダビデ像より精悍で、ぶ厚くて、色っぽい身体。壮絶な色気を放って、そんなことを言う。
ずるい。
その言い分は違う。あたしが抱かれたくなってしまうだけ。生まれて初めてのキスひとつで、もうこんな。チョロすぎる。
すでに男が運命だなんて思いこみ始めている。
「じゃあ約束して。あたしがしたいって言っても抱かないで」
「あんた最高だな。こいよ。約束してやる」
思いきりジャンプして飛び込むと、危なげなく逞しい腕と胸が出迎えてくれて、目元にキスされた。
タンクトップをがばりと脱いで「自分で脱ぐ? 俺が脱がせる?」と聞くから、「うそつき」と言った。
「うそつきはあんただ。俺はあんたの心のままに応えてるだけ」
ワンピースの裾をまくられて、両腕をばんざいする。男は笑って左の袖を腕から引き抜いて、それから右。そうして最後は首。
「シフォン素材の服。脱がすと女に文句言われるやつ。引っかかったところはねぇか?」
「あってもいい。もう二度とこの服は着ないもの」
「なんで?」
「初めてなのに、他の女の話をされた」
「わるい。だけどこれまで女を抱いたことなんか忘れたとか、今のあんたとそいつらを比べてないなんて、クソみてぇなこと、言ってほしい?」
「ううん。本当はぞくぞくした」
「そうこなくちゃな」
指先が優しく首筋をなぞって、鎖骨と首のうしろをぐるりと指が回されて、苦しくならないくらいの力で掴まれる。もう片方の手は指と指を絡めてつないでいる。触れるだけのキスをして、これが今日二度目のキスで、人生で二度目のキス。
男の黒のスラックスのボタンを片手でかっこよく外そうと手にかけたけど、なかなか外せない。男が笑った。
「外してくれる?」
そう言われて、絡めていた手を離して、両手でボタンを外す。それからジッパーを。
「これ好き。ジッパーのおろされる音。あんた、本当に最高だ」
スラックスを脱ぎ捨てる前に、男はポケットに手をつっこんでコンドームを取り出した。
「最初からする気だったの?」
「あんたに会った最初から。一年半前、セーラー服のあんたに一目惚れした日から、ヤる気だった」
男は駅前で何度もあたしを見かけたらしい。
「いつも姿勢がぴんとのびて早足で。横顔の顎のラインがそそる。引き結ばれた唇にキスしたい。質のよさそうで、テレビが映すときの『皇族の休暇』みてぇな服着てる。似合ってるけど、俺の色に染めてやりたい。たぶん、おっぱいは大きい。ウエストも細い。ケツもいい。足はわかんねぇけど、セーラー服から見えたふくらはぎはよかった。あれなら蹴られてもいい。そんなふうに思ってた。そしたら歯医者で白衣着てる。どうしたら俺のもんになるのかって、あとはそれだけ」
「すごい。変態だ。たった一度立ち止まっただけだったのに」
「ばっか。あんなクソみてぇな演奏に一万円札投げてく女子高生だぞ。しかも見たこともねぇような美人。整形でもなさそう。なに考えてんだって気になるに決まってんだろ」
男は勝手にキャビネットからグラスを取り出して、冷蔵庫を開ける。アイスティーを入れた耐熱ガラスのピッチャーを選んで、冷蔵庫を足で閉めた。バタン!
ピッチャーを傾けて、男が首を傾げる。たぷんと赤褐色の液体が揺れる。
「麦茶?」
「アイスティー。ガムシロップはないけど、牛乳ならあるはず」
「いらね。このままでいい。あんたも飲む?」
「うん。ちょうだい」
下腹部が痛くてどうしようもない。身を起こすのも億劫。生理痛の一番ひどいときより、ひどい。
セックスそのものは、気持ちよくなんてなかった。痛いだけ。
それなのに早く終われとは思わなくて、それどころかずっと続いてほしくて。痛くてもいいから。つらくてもいいから。
それに男はびっくりするくらい長い時間、見つめ合うこととキスと会話とその他に費やした。
女子高生時代、経験の早いクラスメイトが大声で吹聴していたのを聞いたときには、男というものは、始まったらすぐに始めたがり、始まったら終わりで、そこに情緒を期待するのは間違っているという解釈だった。それは彼らの本能で、原始からの生理的欲求で、愛情と紐づけてはならないものなのだと。
なるほどそういうものかとクラスの大半の処女は、勇者の高説に聞き入り、あたしもそのうちの一人だった。
痛くはないかと何度も確認してくれる男。幸せそうに目を細めた、とろけるような笑顔。つらそうに眉を寄せて歪めた顔。汗。小さなうめき声。たわむ大きな背中。
優しくて温かい手に触れて、慈愛に溢れて、官能的だったり衝動的だったり。必死になってどこまでも貪ってくれたらいいのに。そんなふうに思った。
誰とも比べることができないけれど、きっと男は純潔に敬意を捧げて、奉仕的なセックスをしてくれたのだと思う。
「持てるか?」
ダビデ像よりたくましくて熱くて精悍な美しい体を惜しげもなくさらして、男がグラスを寄越す。太い腕。動くたびに筋肉の形が変わる。
「飲ませてくれるの?」
「いいぜ。グラスから? 口から?」
「グラスで。口移しじゃ生ぬるそう。喉が渇いてるの」
「つまんねぇな」
そう言いながらも男は甲斐甲斐しくあたしの背中に手を添えて、グラスを口元に傾けてくれた。
「おー。喉の動き、色っぽい。これもいいか」
正直で明け透けな男だ。だから安心する。
ホストというものを知らないから、これがただのリップサービスで、情欲に塗れた獰猛な瞳までもが念の入ったフリだと言うのならば、あたしはとことんホストクラブに足を踏み入れてはいけないと思う。
「まだヤりてぇけど、あんた処女だったもんな。まだ体つらいよな」
未練がましい口調が可愛いと思ってしまう。まるで経験豊富な百戦錬磨の女になった気分。
魅力なんてひとつもない、凡庸でとるに足らない通行人Aだと思っていたのに、男はまるで、あたしがとんでもない爆弾なんだと思わせてくれる。
「口でする? したことないから、教えてもらわないといけないけど」
「どこで覚えてくんの。お嬢さん」
ぎょっとしたような顔をするから笑ってしまった。そんなにもウブに見えるのだろうか。
女子高育ちなんて、みんなとんでもない。お嬢様学校だろうが、実情は酷いもの。
「女子高の教師に一度なってみたらどう。共学の女の子ってなんて慎ましい淑女なのって、驚くから」
「あんたみてぇに、少しも汚されたことのなさそうな女が言うから、びっくりしただけ。ホスト狂いの風俗の女見てれば、なんの期待もしてねぇよ」
「ふぅん。じゃあ、がっかりした? あたしがあなたが思うような『ユニコーンの乙女』じゃなくて」
「全然。もっとどスケベでいい。俺にしか見せねぇ顔だろ? あんたは十分『ユニコーンの乙女』だ」
「嬉しいこと言ってくれるぅ……。ホストだから? どうしてそんなに言葉がうまいの? それに三島由紀夫って。伯母さん大喜びしてた」
飲み終えたグラスにアイスティーを注いで、男が煽る。確かに飲み下すときの喉の動きは、とてもいい。男の気持ちがわかった。とはいえ、まだ腰を動かしたくはない。
男は空になったグラスをテーブルに置くと大股で一歩、二歩。すぐにベッドに入ってきた。
ばさりと勢いよく布団をはがされ、その勢いのまま布団が落ちてくる。
「あんたが相手だから。俺はホストとしては最悪。盛り上げることもしねぇし、売るべきところで媚を売らねぇ。言ってほしそうな言葉が頭に浮かんでも、ぜんぶ無視する。色恋は基本やらねぇで、どっちかってったら友営だけど。売り込もうって気がねぇな。気が向かなきゃ枕もしねぇから伸びねぇし。三島由紀夫は『エース』が嫌ってるんだよ」
「それって、『ねぇ、もっと詳しく!』って食いついてもいいこと?」
「もちろん。あんたには全部聞いてほしい」
痛む腰をいたわるように、男は大きな手で覆ってくれる。
「痛い?」
「すごく」
「そっか。処女としたことなかったから、優しくできなかったかも。わるい」
「ううん。すごく優しかったし、すごくよかったよ」
男はくしゃりと犬みたいに笑った。瞼にキスされる。
「よかった? ホントに?」
「うん。すごく」
「どんくらい?」
「またあなたと何度でもしたいって思うくらい。それで、今度はあたしがあなたをよくしてあげたいって思う。してみてもいい?」
「願ってもねぇよ」
暖かくて大きな手が腰をさすって、反対の手で顎をとられて、キス。
今日だけで何度キスしたんだろう。いや違う。たぶん日づけは変わった。
男が蹴散らした、たくさんのお気に入りの小物たちの一つ。アンティーク風の目覚まし時計。針はどこまで回ったのか。
「そんじゃ、昔々のお話の前に、口でしてくれる? 体がきつかったらしなくていいけど」
「わかった。つらいかどうかはやってみないとわからないな。やり方教えて」
「あ、やっぱ口はいいや。手で」
「なんで?」
「口でされたら、あんたのこと、酷くしちまいそうだから。想像するだけでヤバい。ほら」
男は上半身を起こしてあぐらをかく。身を屈めて鼠径部を視線で示す。ちらりと目をやって、それから男と目が合った。
情けなそうに、それでいて申し訳なさそうに眉尻を下げて、こちらの機嫌をうかがうような笑み。自嘲しているような。
これだから! どうしてこの男はこんなにもあたしが、すごい力が備わっていて、彼を自由気ままに振り回して支配している悪女のような気持ちにさせてくれるんだろう!
「ホントだ。ひどいのは今は無理かな」
「だろ? じゃあこっち。まずはキスしたい」
深く深く口づけた。
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