最後のリゾート

ジョン・グレイディー

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第一章

二度目の鬱

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 職場復帰の最初の1週間を終え、男は帰宅した。

 彼は疲れていた。

 直ぐに風呂を沸かし、沸く間、煙草を4、5本、肺細胞に浸透するよう深く深く吸い込んだ。

 風呂が沸き、効用のない固定型の入浴剤をバスタブに投げ込み、飛び込むように肩まで浸かった。
 しばらく、彼は、バスタブの底で必死に泡を出し続けている入浴剤を眺めていた。

 彼は思った。こいつも底で苦しんでるのか。必死にアピールしてるね。誰も気づかないのにね。底があるだけマシだよ。

 やがて、軽くなり小さくなった入浴剤は湯面にふらふらとたどり着き、最後の情けない破裂音を放ち、その存在を抹消した。

 彼は泡と消えた後も、湯面をじっと眺めていた。彼は思った。俺も消えたいな。底なしの苦しみから浮上し、泡のように、無かったように、消えてしまいたいと

 彼は軽い目眩を感じ、身体を洗う事もなく、着替え、自室の布団に横たわり、段々と大きくなる心臓の鼓動と、それに反比例し、小さく萎んでいく自身の声、心の声を感じた。

 もう終わりだよ。少し疲れたよ。もう終わりにしようよ。疲れたよ。疲れたよ。

 心の声が小さく、小さく呟き、あの入浴剤のように二度と声を出すことができないかのように消えて行くの感じ、彼は一言呟いた、

 また、やられたと
 
 彼は大手の不動産会社に勤め、人事部長という役職を持っていた。
 家族は妻とやはり鬱病を患っている長女との3人暮らしである。転勤は6回目で、現在、本社のある都内の賃貸マンションに住んでいた。
 
 彼はそれなりの出世街道を歩んできたが、
 15年前にオーバーワークから鬱病を発症していた。
 その時代は今のように鬱病が広く世間に病気として浸透した時代ではなく、メンタルの弱い者が鬱病になると風評され、彼の会社もそれに漏れず、鬱病イコール左遷として対処していた。
 
 彼は皆んなと同じように鬱病であることを会社に隠した。投薬治療だけ継続し、鬱病であることを上手く誤魔化し、また、運が良く、会社には鬱病がバレることなく今の地位を得ていた。

 そして、今日、彼は二度目の鬱病を発症した。

 防ぐことが不可能であった。

 彼は、ウィルス感染による1か月に及ぶ入院隔離により精神をやられていた。

 そして、その入院時に、彼は会社と衝突した。

 会社は彼の家族が感染者であることを取引会社に通告したのだ。

 会社内に濃厚接触者は該当しない感染経路であるにもかかわらず、マニュアルどおり社員、関連企業に彼を特定して公表したのだ。

 彼は怒りを感じた。

 鬱による抑うつ反応として激情型になっていたこともあり、彼は、事もあろうに、本社、それも社長宛に、公表を見直すよう直訴のメールを送信してしまった。

 彼は、家族、そして、次の感染者となる社員のことを心配した。

 公表アラートと個人情報、これは慎重に検討すべきであると、彼は自身が感染する前に、人事部長として、会社内の対策本部に進言していた。

 それにもかかわらず、意図も簡単に、特定公表されたのだ。
 
 この日は、会社の次期異動の意向打診の日であった。

 彼は、当然の如く左遷であった。
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