黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第一章 動き出した運命の輪

4.大きな子供

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 今、俺達は四人で森を歩き町を目指している。師匠の家はベルカイムから二時間ほど森に入ったところにあるんだ。なんでそんなところに住んでるの?って話しだが、二人だけで誰にも邪魔されずにひっそりと生活する為にわざわざ森の中に家を作ったらしい──が、今は俺達が居候してる。
 その話題になった時に気になって聞いたのだが別に俺達は邪魔ではないらしく、むしろ賑やかで嬉しいそうだ。歳をとって考え方が変わったのかな?

 人里離れた場所での生活は狩りをしたり畑を耕したりすればだいたい事足りる。しかし、砂糖や塩など調味料を中心として足りない物がでてくる。以前はルミアが転移魔法でちゃちゃっと買い出しに行ってたらしいが、ユリ姉が居候するようになってからはこうして二週間に一度、歩いて買い出しに行っているそうなので俺達もそれに倣い、今こうして森を散歩中だと言う事だ。

 俺達が町に向かう目的は主に二つ。
一つは勿論、生活用品の買い出しだ。ついでに他の店も見て回る為、女二人はこれがメインの目的じゃないかってくらい時間をかけるのだが……気分転換も兼ねているので文句は言わない。ずっと人里離れた森の中で生活してるので、ストレスが溜まることもあるのだろう。心の健康は大事なのだ。

 もう一つはギルドでの仕事をこなすため。
こっちは一月に一度、依頼を受けて仕事をこなしている。ギルドで決まってるノルマをこなす為でもあるが、主にお金を稼ぐのが目的だ。お金が無ければ買い物をすることも出来ない、よって働かなければならないのだ。

 ギルドのノルマと言うのはギルドランクを維持するのに最低でも三ヶ月に一度は依頼をこなさなければならないという決まりだ。ギルドが請け負った仕事を冒険者がこなしてくれないと仕事が回らず、未処理の依頼が溜まりギルド自体の信用を損なう。だからこればっかりは仕方ないよな。

 そんな事情もあり山に引きこもる俺達も月に一度だが、二、三日かけてギルドの仕事を受ける事にしている。
 ちなみにユリ姉はBⅡ、俺達三人はCⅠランクを取得している。実力的にはもう少し上まで行けるだろうけど、特にこだわりがあるわけではないので放ったらかしなのだ。



 四人で掲示板を眺めていると、昼間から賑やかな奴等が居るようで騒がしい。横目で見るとマッチョな大男が厳つい顔で俺達を指差していた。あからさまに不機嫌そうな顔を向けてやれば酒の入ったジョッキを片手にのっしのっしと寄ってくる……誰だコイツ。

「よぉ、綺麗なお嬢さん。どうだい?向こうで俺と飯でも食わなねぇか?ご馳走するぜ」

 真っ白な歯を見せつけるかのように口角を吊り上げ、不器用なウインクと共に クイッ と親指を元いたテーブルに向ける男。奴の座っていた席には綺麗なお姉さんが二人、呆れた顔してこっちを見ていた。
 マッチョな癖に意外にも紳士的な物言いには関心したがコイツ、あほなのか?俺達が目に入らないらしい。アウトオブ眼中ってやつか?無視すんな!

 糞マッチョに少しばかりムカついていると、あの野郎、返事も聞かずにユリ姉の隣に並び立ち腰に手を回そうとする。


──ふざけんな!!


 ぶち殺してやろうと一歩踏み出しかけた矢先に筋肉の巨体が軽やかに宙を舞った。
 怒りが先立ち何が起こったか一瞬理解できずポカンとしてしまったのが我ながら情けないが、お陰で冷静さを取り戻すことができた。

 ユリ姉に投げ飛ばされたマッチョも現状が理解できず呆けた顔で仰向けに転がったままいる。その頭は持っていたであろう酒でベトベトに濡れていた、ざまぁみろっ!

「ごめん、間に合ってるわぁ。他を当たって頂けますぅ?」

 余所行きの笑顔で言い放つユリ姉だが、やはり不満が見え見えで言葉に棘があるな。隣にいるリリィの方が凄い顔をしているのは笑える。
 女性には紳士的に接して、決して怒らせてはならないのだ。よく覚えておこう。

 状況を理解したのか、ようやく起き上がったマッチョ、激怒するかと思いきや意外にも爽やかな笑顔だ。

「元気のいいお嬢さんだなっ!はっはっはっ。気に入ったよ。食事が駄目なら向こうで少し話さないかい?」

 懲りない奴だな……ユリ姉も辛うじて笑顔はキープしてるけどコメカミがピクピク動いてる、これ以上は不味いな。

「向こうでお前の連れが呆れてるぞ。いい加減にしろよ」
「ん?誰だお前は?」

 二人の間に入りマッチョの行動を阻む。それにしてもでかい奴だな。筋肉達磨なので横にもそこそこ広いうえに、身長もハルより高いので百九十を超えている。見下ろされてる感じがムカつき倍増だ。
 ってかコイツ、本気で今初めて俺に気がついたっぽいぞ。

「盛大に断られてるのにしつこいぞ、あっちのお姉さん達と飲んでればいいだろうがっ。人の女に手ぇ出すんじゃねぇよ!」

 しまった……勢い余ってユリ姉が俺の女になってしまった、すんませーん。
 横目でチラリとユリ姉の顔色を伺ったが、特に気が付いてないみたいだ。ホッと一安心しマッチョに視線を戻すと、冷ややかな視線を俺へと向けていた。

「そのお嬢さんの連れなのはわかった。だがそのお嬢さんが何処で誰と何をしようとお前には関係ないだろう?さぁお嬢さん、俺達のテーブルに行こうではないか」

 俺を押し退けユリ姉の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。これ以上ユリ姉に近寄らせるものかと奴の太い腕を横から掴んで阻止すると鋭く睨みつけた。ヤツの動きが止まり視線がぶつかり合う。
 賑やかだったギルド内の連中も俺達のやり取りに注目してるらしく静かなもんだ。この後の酒の肴にされるんだろうな。またいらん事で目立ってしまったことに後悔するが、絡まれただけなので仕方ない。

 俺達四人はギルドに来ることが少ないが、この町では実力的に上位に当たるらしく、割と注目されているらしい。もっとも、そんな事より女性二人の容姿の所為の方が割合が大きいだろう。これほど見目麗しい冒険者も少ないうえに、同じパーティー内に二人も揃ってるんだから仕方ないわな。
 そんな俺達なのでちょっかい出したくても、実際に行動に移して来る奴はいなかった。余程のアホか新参者のどっちかだが、マッチョを見る限り恐らく後者だろう。両方かもしれないな。

 マッチョと二人、殺気立ち見つめ合っていると受付の方が騒めきパンパンと手を叩きながら誰かが近寄ってくる。

「はいはい、ギルド内で揉め事は無しにしてよ~。ルールはきちんと守らないとみんなが迷惑ですよっ。さぁさぁ、お開きお開きっ」

 やんわりとした物腰の金髪ロン毛の優男、この町のギルドマスターでウィリック ・ハンセンさんだ。
 言われて仕方なく手を離し一歩退がると、ゆったりとした足取りで歩いて来たウィリックさんが俺とマッチョの間に入る。

「ルベルクスさん、ギルド内でのルールは説明しましたよね?あまり勝手が過ぎると、僕としても然るべき処置を取らなくてはなりません」

「わかった、わかった。悪かったよ」

 不機嫌そうな顔でテーブルに戻ろうとした奴に向け「頼みますよ」と言いつつ手を握る。ウィリックさんの顔を見たマッチョはニヤリといやらしい笑みを浮かべるとそのまま美女の元にのっしのっしと戻って行く。恐らく酒代でも渡したのだろう。あんな奴の世話までしないといけないとはギルドマスターも大変だな。

「君達に頼みたい事があるんだが、時間あるかな?」
「依頼見てただけだから大丈夫です。何の用でした?」

 目上の人だから一応敬語だ。一体何の用だろう?ココじゃあアレだからと言うので四人でウィリックさんの後に付いて行った。



 その部屋は広々としており、書棚、机、ソファーなど置いてある家具も重厚感溢れており見た感じで高級なものだと分かる。流石ギルドマスターの執務室といったところか、まるで貴族の屋敷の一部屋みたいだ。

 ウィリックさんは俺達を案内すると「寛いでて」とだけ告げて一人で何処かに行ってしまったので、高そうなソファーに座らせてもらい待つことにした。

 最初に俺が座ると ポフッ とした不思議な感触と共に柔らかく沈み込む。『おぉっ!』っ思って座り心地を楽しんでいると、隣に座ったユリ姉の反動でポヨンと尻が少しだけ浮き上がった。
 意外に楽しい感覚だったので俺がもう一度座り直すと、今度はユリ姉がポヨンとする。目を丸くしてコッチを見て来る姿がとても可愛く、ほっこりしてしまう。

「何してんの?」
「いいから座ってみろ」

 不思議そうに見てくるリリィを座らせポヨンとさせてやれば、ユリ姉と同じく目を丸くしてたので笑えた。

「アルも座ってみろよ」
「馬鹿言え、俺は子供じゃない」

 冷たく断られたのでノリの悪い奴は放っておく。今は呆れた顔して入り口の方に立ち俺達を見てるが、楽しいぞ?コレ。

「……壊さないでよ?」

 ソファーでポヨンポヨンして遊んでるとウィリックさんが戻って来て遊んでるのがバレた!一瞬立ち止まった後の呆れ顔で言われたのでちょっと気まずくなり、三人揃って苦笑いを返しておく。
 顔見知りのはずのお姉さんであるペレットさんも一緒に入ってきたのだが、チラッとこっちを見ただけで何も言わないまま実に業務的にお茶を置いて出て行ってしまった。顔に『何してるの?』って書いてあったのは聞くまでもない。

『すんません』と心の中で謝っておいた。


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