黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第一章 動き出した運命の輪

29.分、不相応

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「他にございませんか?…………では、いないようですのでアビゴール作 《陽気な踊り子達》は金貨六十四枚でフィジョット男爵が落札となります」

 会場にパラパラと拍手が起き、一枚の絵画の売買が決まった。絵画のセンスが無いからか、俺でも描けそうなあんな絵でも金貨六十四枚もするのかぁなどと思ってしまう。もちろん買う人にとってはそれだけの価値があったのだろうけど俺には到底理解が及ばなかった。

 軽快な司会の挨拶から始まったオークションは芸術品が多かった。相手がお金持ちの貴族や大商人相手だからそういった物が好まれるのだろう。

 ランドーアさんによれば馬鹿兎の登場は一番最後、つまり夕方だ。
 最初はオークションとはなんぞ!と、じっくり見ていたのだが、数回の競りが終わる頃には雰囲気を把握し興味が無いものばかりで退屈になってきた。リリィなんか口の端を光らせ、こっくりこっくりと幸せそうな顔で舟を漕いでいる。せっかく綺麗なドレスを着ているのにこれじゃあ……まぁ仕方ないか。

「お手洗いって何処にあります?」

 暇なので少し散歩でもするかと思い立ち、メイドさんに聞けば一緒に行くと言い出だすので慌てて断りを入れた。

 迷わないようにと丁寧な説明を受けて部屋を出ようとすると「私も行くわぁ」と少しばかり眠そうな目をしたユリ姉が付いてくる。

「服作ってもらって良かったろ?その服、凄く似合ってるよ」

 誰もいない静かな通路、二人だけであるにも関わらず人目を気にしてエスコートして歩いているかのように腕を絡めてくるユリ姉。
 普段のミニスカ姿ももちろん魅力的だ。でも、冒険者なんてやってると機会がないのが残念だが、せっかく超が付くほどの美人なんだからこういう綺麗な格好をしても良いと思う。

「そぉぅ?」

 少し赤らんだ頬に手を当てて恥ずかしげにする仕草がたまらない。

 でもこのドレス、視線にだけは注意しないといけない。
 ユリ姉は上から下まで全てが綺麗で魅力的なんだけど、歩いてる間も、その……腕に当たっている柔らかな感触に意識が奪われるんですよ!
 何かを話そうと顔を向ければ、馬鹿正直な俺の視線は魅惑の双丘に向けて走り出そうとするのを必死になって押し留める。バレたらなんだか気不味いし、嬉しいやら悲しいやら……疲れます。


 そうこうしていると目的地に到着し、別々の入り口に入り用を足す。
 先に廊下に戻ったので壁に背を預けてユリ姉を待っていると、俺達が来たのとは反対側から他の人がやって来る。

「あら、貴方は先程の……」
「先程はどうも。こんな所で奇遇ですね」
「そうですわね」

 顔を上げればさっき知り合ったばかりのサラ王女。口に手を当てて微笑む姿すらも上品に見え、何だか分からない『高級感』のようなものを感じた。
 その背後にはどう見ても護衛らしき黒髪長髪の男を引き連れているが、敵意は感じられないものの切れ長の目から放たれる鋭い眼光は好きになれそうにない。

「あの……とても仲が良いように感じましたが、ティナとは……その……本当に恋仲ではないんですか?」

 なんでまたそんな事を聞くんだろうと不思議に思っていれば、俺が答える前に横槍が入る。

「姫様……」

 あからさまに不服といった今にも溜息を吐きそうな顔をするが「わかりました」とだけ答えて俺に一礼すると中に入って行く。

 壁を背に廊下で女を待つ俺と護衛。互いに話すことなどはなくしばらく無言の時間だったのだが、おもむろに男が口を開いた。

「君はカミーノ家の護衛なのか?」

 視線だけを俺に向け、わざわざそんな事を聞いてくる意図を探ってみるがさっぱり判らない。 
 さっきは気付かなかったが、こいつ自身も護衛であるならば先ほども王女や国王の側に居たはずだ。

「いえ、御察しの通りただの冒険者です。たまたま懇意にさせてもらっているカミーノ家の方々に連れて来てもらっただけです」
「そうか。姫様にお声をかけて頂いたからと言って、勘違いはするなよ?」
「……もちろん心得てます」

 護衛とはこういう気も使わなくてはならないんだな、などと思っていれば、ユリ姉が出てきておかしな空気に キョトン とする。

「お待たせぇ……行こぉぅ?」

「でわ」とだけ告げて壁から離れると、行きと同じくおっぱいを押し付け……じゃなかった、腕を絡めて来るユリ姉と共に廊下を歩いて行く。

「あの人、相当出来るねぇ。誰なの?」

 俺の頭の中は既にユリ姉のおっぱいでいっぱいで天国のようだったが、ハタと現実に立ち戻り頭を切り替える。

「やっぱりそう思う?お姫様の護衛みたいだけど、ユリ姉より強い感じ?」

 ん~っと人差し指を顎に当て考えるユリ姉、帽子型の髪飾りがキラキラ光ってて貴婦人のよう。

「私よりは強いかなぁ。見た目はハンサムなのになんか変な感じのする人だったねぇ」
「ユリ姉、あんなのが好みなの?」
「ば、馬鹿ねぇ、そんなわけないじゃんっ!私の好みはぁ……レイみたいな人よぉ?」

 なぜか上目遣いで俺を見るユリ姉は可愛い事この上ない。そんなこと言われたら冗談でも本気にしちゃうぞ?



 似たような景色の続く通路、部屋を間違えずに戻ってこれば眠り姫リリィがテーブルに付き優雅にお茶を飲んでいた。ほほぅ、馬子にも衣装とはこの事だな。こうして見ると向かいに座っているクレマリーさんやお澄まし顔のティナとも遜色無いから不思議、黙っていれば貴婦人だな……黙っていれば。

 俺達もテーブルを勧められ、座ればすぐにお茶が用意される。

「何か良いものありました?」
「そうねぇ、家に飾る絵画が欲しかったんだけど、まだ今のところは無いわね。午後からに期待しようかしら」

 どうやら気にいるものがないらしく、クレマリーさんも退屈になってしまったようだ。

「そういえば、ティナはなんで姫様と親しいんだ?」

 なんでだろう?と首を傾けるティナの横でクレマリーさんが口に手を当ててコロコロと笑う。

「貴方は覚えてないでしょうけど昔は頻繁に王宮に出入りしていてね、今の国王様と主人が親しい間柄なのもあって小さい頃からよく一緒に遊んでいたのよ。ほら王宮の内だと、同じくらいの子なんて少ないでしょ?二人はとっても仲良しさんだったわ」

「そっか、最初はそういう感じだったのね。サラとは今でも良いお友達よ?人目のある場所だったから王女様と貴族の娘として喋ったけど、プライベートのお茶の席ではもっと砕けた感じなのよ?」

 へぇ小さい頃から王宮にかぁ、一緒に居るとあまりに自然で忘れてるけどティナも貴族の娘だもんな。王女様とお友達とか、野山で育った俺達とはえらい違いだ。


 その後もオークションは進み昼食休憩を挟んで第二部が再開された。オークションにもお決まりの流れというものがあるらしく、開始から何回かは皆が注目しそうな物が出品され、その後はしばらく数をこなすという感じみたいだ。
 そして午後からの第二部開始はまた注目を集めるような物が出品され、しばらく数をこなすものの徐々に質が良くなる。そして最後に目玉となる商品が出て盛り上がったところで幕引きとなるそうだ。

──つまり本番はこれからなのだ。

 クレマリーさんやランドーアさんも狙っていた作者の絵画を何点が購入し、その値段にびっくりしていれば珍しくアルが口を開く。

「お、アレは良さげだな」

 ステージの中央に持ち込まれた煌びやかな台座に飾られていたのは、アルの好きそうな少し大振りの剣。普通のロングソードより二回りくらい大きめのその剣は見た目は綺麗な作りをしており飾り物かと思われたのだが、説明を聞いているとどうやら魔導具らしい。剣と魔導具を融合させたもので、持ち手から魔力を通すと風の魔法が発動し重量感のありそうな剣が羽根のように軽くなるのだと言う。

「そうか、そういう魔導具もあるんだな」

 説明を聞いて納得するアルだが、魔導具なんて高価な物を買う気なのか?

 相当な人気らしく、入札が始まれば値段はどんどん吊り上がる。

「百五っ」
「百二十!」
「百二十五っ」

「ヒューッ、流石魔導具だな。手持ちの魔石を売れば買えなくはないだろうが、使うのにも魔石を使うしな」

 まったくもってその通り、魔導具なんて金食い虫みたいなもんだよな。

「百五十!」
「百七十っっ」
「百七十五!!」

「アル君、欲しいなら落としておくがどうするね?」

 ランドーアさんが気を利かせて手を差し伸べてくれるが、当のアルは買う気が失せたようだ。

「ありがとうございます。でも俺には分不相応ですね、もう少し自分を磨いてからにします」

「いいのかね?」と念を押すが「大丈夫です」ときっぱりと断るアル、うん、男らしいねぇ。まぁ最終手段として “ルミアに作ってもらう” って選択肢もあるんだから大金叩く意味はないかもしれない。
 結局金貨二百四十枚にもなり魔導剣とやらはどこかの商人の手に渡ったらしい。自分の護衛にでも持たせたりするのかな?その護衛、ラッキーだな。


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