黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第三章 騎士伯の称号

4.理由

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「お母様は何が言いたかったのかしら?」

 不思議そうに首を傾げるモニカを眺めていたがやる事を思い出した。

「コレットさん、手紙はどうやって送ればいいんですか?ベルカイムという町のギルドマスターが知り合いなのでその人に送りたいんですが」

「ではレピエーネを案内する前にギルドに向かいましょう。レイ様が直接出した方がよろしいかと思います。お嬢様も行かれますか?もちろん行きますわよね?」


 荷物を取りに部屋に戻った際に物凄く悩んだ。それは白結氣の事。
 いつもは当然の如く朔羅を腰に刺しているのだが、今は白結氣もある。なんとなくユリアーネを心の隅にしまう気がして鞄に入れるのが躊躇われ、どうしたものかと頭を抱えた。だからと言って朔羅を鞄にしまうなんてのもそれはそれで駄目だ。この刀は俺専用の俺だけの刀だ。

 葛藤の末に朔羅と共に白結氣も腰に差したがなんだか落ち着かなかった。リリィみたいに二刀とか出来たらカッコいいんだろうが一刀に慣れてしまっているし、今の俺の技量ではなかなか難しいものがある。

 それは置いておいても片手では白結氣が抜けないという致命的な問題があった。
 リリィの場合、刃渡りの短いダガータイプの剣を使っている。だから何も気にする必要はなく簡単に抜く事が出来るんだ。

 だが朔羅は違う。

 刀身を引き抜く時に鞘も少し動かさないと引っかかってしまい上手く抜けない。まぁ抜けなくはないのだが白結氣は無理だ。白結氣は刀の中でも刀身が長い太刀という部類の物で腰に差したまま片手で抜くのは不可能だと思う。

 背中に背負うというのも頭に浮かんだが、それは俺のポリシーに反する。あのクソ魔族と同じは断固拒否だ。
 そんな葛藤をしながら一人でアレコレ悩んでいると二人が心配して呼びに来た。



 コレットさんに連れられてモニカと三人並んでプリッツェレの町を歩く。こうしてモニカの隣に立つと二十センチくらいある身長差からか、なんだか妹と歩いているように思えてくる。モニカより少し背の高いコレットさんはお姉ちゃんという感じだろうか。

 結局は二本とも仲良く腰に差すことにした。違和感はあるがそのうち慣れるだろう。歩みを進める度に揺れる二つの勾玉。黒と白、対照的な二つの色だが仲良さげに同じリズムを刻む。その二つを指で弄びながら賑やかな町をギルドへと向かった。

 プリッツェレも例外無く同じ作りのギルドだった。入って左手の受付に行けばコレットさんが話を通してくれる。俺のギルドカードと手紙とを渡すと「ちょっと待ってね」と可愛いお姉さんに言われた。コレも例外は無いのか?
 今まで行ったギルドでは何処のギルドでも受付のお姉さんは可愛い人、もしくは綺麗な人がやっている。ギルドの採用基準にそういうのが有るのか?帰ったらウィリックさんにでも聞いてみようと心に決めた。

「レイさんはああいう方が好みなのですか?」

 ジトッとした冷たい目でモニカが見てくるが何故そんな目をするのか理解出来ない。ちょっと悪戯心に火が付き悪い笑みが溢れるのが自分でも分かる。

「可愛い人だよね。でもモニカの方が好みかな」

「なっ!?ちょっと!そういう冗談はやめてくださいっ」

 顔を赤くして慌てふためくモニカを見てると俺の顔がニヤけてくる。ユリアーネ、俺、ちゃんと笑えてるよ。

「あらあらお嬢様、照れてちゃ駄目でしょう?そこは攻め時ですよ?勉強不足ですねぇ……」

 やはりこの人は侮れない、呆れるコレットさんを見た時そう思った。
 シャープな輪郭にシュッと通る高めの鼻、切れ長の目が出来る人を物語る。二十台半ばの歳上のお姉さんという感じの顔立ちは、程良く大きく膨らんだ胸と形の良い美尻とが相まって超が付くほどの美人さんだと思える。まぁ俺の中での一番の席は埋まっているのだが、アリサと僅差ではあるものの世界で二番目に綺麗な人だと断言しよう。

 そう言えばミカ兄が連れていた銀髪の女の人、あの人も美人だったな。名前は忘れたけど……。
 ミカ兄は今どこにいるだろ。ユリアーネの事を告げないといけない。仲が良かったミカ兄もギンジさんも悲しむだろうな。


 戻って来たお姉さんは難しい顔。悪いことをしたわけでもないのに済まなそうな複雑な表情をしていた。

「えっとですね……大変申し訳無いのですが、このギルドカードは使えません。その事でお話があるとギルドマスターがお呼びなので一緒に来てもらえますか?」

 執務室に通された俺達はソファーに座り受付のお姉さんが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。普通は応接室なのだがモニカがこの町の領主の娘だと知っているからこその配慮なのだろう。

「ひと段落するまで待ってくれ」と言われてクッキーを齧るとおかしな味がする。香辛料のような匂いに少しピリッと来る感じ、その後にクッキーの甘さが口に広がりつつも香辛料が影で味を盛り上げている。
〈ジンジャークッキー〉、生姜という薬になる植物の根っこで栄養価も高く、調味料の一つとして使われるものが練り込まれたクッキーだそうだ。癖になる味と香りで割と好まれるらしい。

「いやいや、すまないね。お待たせした。ギルドマスターのバーナルドだ。レイシュア君だったね?ギルドカードが壊れたという話だが前代未聞の出来事だよ?何か心当たりはあるかい?」

 白髪混じりの初老の男性といった見た目だが、身体つきは結構しっかりしていて昔は冒険者やってました!みたいな印象を受ける。人当たりの良さそうな感じでギルドマスターというお堅い肩書きなのに割と緊張しないで済んだのは大変助かった。

 質問の答えとしてゾルタインで起きた事を掻い摘んで話し、強制転移の事故による可能性が高いとだけ告げた。
 ゾルタインの事件は “魔族に町が襲われた” という大まかな事しか伝わって来ておらず、その情報を受けた各町のギルドは未だ不安に包まれているらしい。勿論知っているのは町の要人だけのようで、一般人には混乱を招く恐れがあることから伏せたままだと言う。

 俺のギルドカードは一部の情報が欠損していただけで身分証としては辛うじて機能していたらしく、カードを作り直しても問題は無いだろうとのことで新しいカードをくれた。

「壊れたカードは本部で検証させてもらう、もう壊さないでくれよ?」


 執務室を後にすると物のついでということで掲示板を覗いてみた。ザッと見た感じ特に滞っている依頼もないみたいで、この町のギルド運営は上手く行っているようだ。この辺りが比較的平和なのかバーナルドさんの手腕なのか、どうなんだろうな?

「レイさんは冒険者よね?ギルドランクはどうなってるの?」
「俺?俺はCⅠじゃなかったかな?どうしてだい?」

 不思議に思い聞き返すと、この貴族令嬢はとんでもない事を言い出した!

「じゃあ私と同じだねっ。どぉ?狩勝負でもしてみない?」
「ちょっ、待って!何?今、何て言った?モニカは貴族の娘だよね?ギルドランクCⅠって……はあぁ?」

 お金を稼ぐ必要もないお嬢様がギルドランクCとか意味が分からなかった。
 俺達冒険者は生きていく為、生活資金を稼ぐために危険を犯し魔物を倒している。このお嬢様は興味本位で、遊びの一環とでも思ってるのか?

「お父様と一緒ね、貴族の娘が遊び半分で何してるって……呆れた?お転婆って言われた理由が分かったでしょ?
 でも私、戦うのが好きなの。自分が成長したって一番実感出来るんですもの。それはいけない事なのかな?レイさんも反対する?」

 成長……か。冒険者をする人は色んな理由があるだろう。モニカが言うように好きだからやるというのも一つの理由だな。それで人の為になるのなら、それはそれで良いのか。俺だって今はお金の為というよりベルカイムの為に依頼をこなしているだけだもんな。
 人には人それぞれの生き方がある。他人の迷惑にならなければ特段否定する理由などはない。

「ごめん、俺が間違ってた。モニカが好きでやってることが他人の為になるのなら、それは良い事だと思う。俺は賛成だよ。
 それでだ、何狩る?モニカが決めていいよ」

 俯きかけていたモニカの顔は花が咲いたかのように明るくなる。キラキラと輝く目で俺を見つめたかと思いきや、掲示板に飛びつくように近寄ると睨めっこを始めた。

「お心遣いありがとうございます」

 そんな彼女を見つめながら耳元で囁くコレットさん。だが俺は自分の考えを口にしただけでお礼を言われるようなことはしていない。

「旦那様も奥様も、お嬢様が冒険者まがいの事をするのは反対なのです。お嬢様はヒルヴォネン家の一人娘ですから当然家を継ぐ責任があります。ですから危険なギルド依頼をこなすのはたとえ私が付いていようとも心配されるご様子で、万が一ということもあるので表立ってはお認めになられません。
 誰にも肯定されない中で努力を重ねることは精神的に辛いものでしょう。それでも今まで町の為に頑張り続けてきたお嬢様を貴方は認めてくださった。お嬢様にとってこれ程嬉しい事は無いでしょう」

 モニカを見ると真剣に悩んでいる。その後ろ姿はやはり嬉しそうだ。遅い時間で他人の居ない掲示板の前、俺はモニカの横に立ち一緒になって依頼を選んだ。

 そんな最中にふと思う、ストライムさんだ。何故わざわざ何処の馬の骨とも分からない俺なんかを留めたかったのか、それはモニカの事を見て欲しかったのではないだろうか?
 親だとはいえあの人は貴族の筆頭、家を守ることを考えなくてはいけない立場。方向性を同じくしない二つの立場を抱え、娘のやりたい事を認めてやれないというもどかしさがあったのではないだろうか?そんな娘の味方になってくれる程の良い人間が現れた、そんなところじゃないか?

「貴族も大変だな」
「ん?何か言った?」
「いや、何も? さぁ受付行こうぜ、あんまり帰りが遅くなると俺に攫われたかと心配されるだろ?」
「何よそれ、面白い冗談」

 俺達が受付に向かい依頼書とギルドカードを出すとその上にもう一枚のカードが乗せられた。驚き振り向けばにこやかな笑顔を携えるコレットさん……なんで?

「あら、私だけ仲間外れとか酷くありませんか?二人でイチャイチャするつもりでしょうがそうはいきませんよ。するなら三人でしましょう」

「ちょっ!コレット!?イチャイチャって何よっ!狩りよ?狩りぃ。分かってるの?ねぇ分かってるの?」

 彼女の口にした “する” とは何を指していたのか分からないが、意外な行動をする美人メイドさんに『面白い人だ』と興味を持ったところで三人仲良くギルドを後にした。


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