黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第四章 海まで行こう

3.想い

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 その日の夕食は焼肉!いつもの様に串に刺して専用の焼き台に乗せると次第に良い匂いが漂い始める。

「美味しそぉっ!早く焼けないかなぁ」  

 キラキラとした目で肉が焼ける様子を見つめるモニカの隣で「もうちょっと」と待てをかけながら肉の世話をしていく。

「いい匂いですね。お腹が空いてきました。こんな料理もあるって初めて知りましたわ」

 先程の青白い顔が元に戻りつつあり、気分が良くなったのかサラも食べる気満々の様子で一安心だ。

 コレットさんが何処からか取り出したグラスにワインを入れて渡してくれる。こんな物まで用意してくれるとは流石出来るメイドさんは違いますな。
 有難く頂くと空腹に染み渡る。胃の中がカーーッと熱くなり心地が良かったのだが、余計に早く肉が食べたくなり串を手に取り口へと放り込む。
 その様子をジッと見つめていたモニカとサラ。
どうなの?食べていいの?と言わんばかりに目で訴えてくる。

「うん、焼けてる。食べて大丈夫だよ」

「やったーっ!いっただきまぁすっ」

 待ってましたと串に手を伸ばし、火からあげたばかりで熱々なのも気にせず齧り付いた。

「んん~っ、おいしっ!」
「美味しいっ!こんなに美味しい物は初めてです。ただ焼いただけのお肉なのにこんなに美味しくなるなんて、どんな魔法を使ったのですか?」

 コレットさんも美味しそうに食べてくれて俺は満足だ。彼女は俺とモニカと三人だけのときでもメイドとしての立ち位置は崩さず世話を妬いてくれていた。たまにはそれを忘れて楽しんでもらいたいと常々思っていたのだ。

 満腹になりご馳走さまをしたところで念のために安眠くんを設置し始める。
 地面にガリガリ円を描いていると三人とも不思議そうに見てくるので「まぁ見てて」と言って手早く用意を済ませる。

「え?これは結界ですか!?凄い……」

 行動の自由を妨げない馬車を含む広めの範囲を囲うようにして現れたドーム型の透明な壁。サラは流石の王女様、なかなかに博識だったようでそれが結界だと分かったようだ。

「こうしておけば安全に寝られるだろう?魔導具を使っただけだからな、俺が凄いんじゃないよ」

 
 自分がやると言い張るコレットさんを押し退け夕食の後片付けを済ますと、動きたくなくなる前に次の作業に取り掛かる。残しておいたシビルボアの肉を塩漬けにしておいたのでそれを加工するのだ。
 四角い箱を取り出し肉を吊るすと、その様子を不思議そうに皆が見つめる。

「お兄ちゃん、それどうするの?明日の朝ごはんの準備?」

「一晩煙で燻すと美味しいベーコンに変わるんだよ。明日の朝には食べられるから期待して待っててくれよ」

 ブナの木のチップを皿の上に乗せてモニカに火を付けてもらう。燻製器の中に入れ、蓋をして暫く待っていれば煙が出始めた。よしよし、後は放置だな。


 俺達が乗って来た馬車は座席を倒せば立派なベッドになるらしいので、俺は外で寝るから女性陣は中で寝るように言うと抗議の声が上がった。

「なんでお兄ちゃん一人だけ外だなんて寂しいじゃない。みんなで一緒に寝よう?」

「そうですよ、ちょっとくらい狭くても私は構いません。お一人だけ外だなんて、申し訳なくて眠れませんわ」

「じゃあ私が外でレイ様とご一緒します。そうすればお二人の不満は解消されますよね?」


「「コレット!?」」


 二人の反応を楽しむコレットさんは、これ見よがしな笑顔を浮かべて俺の肩に寄りかかり頬に手を這わせてくる。二人きりになると猛獣に変身するコレットさんも二人と一緒に中で寝てくれると助かるんだけどなぁ。

「待って!なんでコレットがお兄ちゃんを独り占めするの?そんなこズルいっ。みんなで……みんなで中で寝ればいいじゃない?どうしてそうなっちゃうの?」

「そうですよ、ズルいですよ」

「そうですか?ズルいですか?」

 勢いで口を滑らせたサラを目を細めて見つめるコレットさん。そうしてようやく自分で言った事の意味に気が付きサラが顔を赤らめ、途端にアタフタし始める──そんな姿を見ていると可愛いなぁと思うよ。

「サラ様も、レイ様と一緒に寝たいと仰るんですよねぇ?」
「え!?ちっ、ちが……そういうことではなくて、ですね……」

 いじめ甲斐のある獲物を見つけていやらしく笑うコレットさんは根っからの狩人なんだろうなと感じる。相手が誰であろうとも兎にも角にも攻めるのが大好きなタイプだな。

「コレットさん、そんなに虐めると後で仕返しされてもしらないぞ?サラは俺に気を遣ってくれただけだろ?ありがとな。
 でも俺は冒険者だ、外で寝るのは慣れてるから大丈夫だよ。お嬢様方は遠慮なく中で寝てくれ。ほら、行った行った」

「で、でも私だって冒険者よ。私も外で一緒に寝るっ」

 筋の通る魅力的な誘惑だが、それを受け入れてしまうわけにはいかない。ティナが俺を受け入れた時の為に、少しでもモニカ離れの練習をしておかなければと思ったのだ。

(俺も一緒に寝たいけど、それだとまたサラが気を遣う。モニカがサラと一緒に寝てやれよ)

 耳元で囁くとオヤスミのキスをし、背中を押してやった。渋々サラを連れ馬車に向かう二人を見送り、俺は焚き火の側に腰を降ろした。

「よろしかったのですか?一人の夜は寂しいのではありませんか?」

 そんな事言うと心が折れちゃうぞ?視線を向ければ暗闇の中で焚き火の光を浴び、いつもより赤味が増した茶色の瞳が俺の言葉を待っていた。

「俺まで虐めるつもりですか?」

 小悪魔のように愉しげに微笑むコレットさんを見ていると引き込まれそうな魅力を感じる。
 俺の中の美人ランキングでユリアーネに継ぎ第二席に居座るコレットさん。ゆらゆらと静かに揺れる焚き火の光は、何故だかわからないが彼女の美しさを引き立てているような気がした。

「それも愉しそう……そうではなくてですね、私が言いたかったのはサラ様はレイ様の事を……」

 それ以上言うなと彼女のぷっくりとした魅惑の唇に人差し指を当てれば、意図を察してすぐに言葉が止まる。

「陛下とアレクに散々言われたから分かってるさ。けど、彼女自身がどうしたら良いのか迷っている気がするね。
 友人であるモニカの婚約者を横取りするかのような行為は彼女にとって “悪” なのだろう。それに一人の男が複数の女性を愛するのは可笑しい事、不可能な事だと思ってる。
 それは少し前まで俺も同じことを思っていたから理解できるし、その考えが間違っているとも思えない。だから彼女が自分の気持ちをハッキリさせるまで気付いていないフリをするつもりだよ」

 黙って聞いてくれるコレットさんは、やはり良い “姉さん” だな。野獣化するのが無ければもっといいのにな……まぁ、あれはあれでいいけど。

「ちょっとぉ?コレット??」

 馬車からムスッとした顔を覗かせたモニカが、なかなか来ないコレットさんを白い目で見る。その膨れっ面に思わずプッと吹き出しそうになったが、ここで笑っては後で怒られそうだったのでなんとか堪えた。

「はいっ、今行きます」

 『わかりました』そう言わんとするかのように俺の頬に手を当てて微笑んだ後、足早に馬車に向かって歩き出す。

「コレットさん」

 呼び止めればクルリと身を翻して振り向いてくれる。闇の中で焚き火の炎に照らされる彼女は後ろ手を組み、姿勢良く立つ姿は何処か幻想的で美しいと感じる。

「ありがと……おやすみっ」

 微笑みを浮かべると再び歩き出し馬車の中へ姿を消してしまう。後に残るは木の爆ぜる音だけが聞こえる暗闇。大丈夫、昨日までの二日間とは違い手を伸ばせばすぐ届く所に愛するモニカが居る……不安はない。
 ただ、腕の中に居ないことが少しばかり寂しく思えるだけ。二日我慢出来たんだ、一晩くらい大したことはない。モニカ依存症を治しておかないと……な。


△▽


 一人きりの焚き火の横でなかなか寝付くこと叶わなかった意識がゆっくりと沈みかけた頃、馬車の方から聞こえた軋み音にハッとし目が冴える。
 誰かトイレか?結界は広めに張ってあるので馬車の裏ででも用を足してくれれば良いだろう。気付かないフリをしてそのまま寝ようとしていると、静かな足音が俺の方に近付いてくる。

──あれ?これはモニカじゃないか?

 背を向けたままでいた俺の側まで来れば、掛かっているマントを捲り寄り添うように横になる。背後から手が回され抱き締められれば、流石に気付かないフリと言うわけにも行かずに声をかけることにした。

「寝れないのか?」

 俺が寝てると思っていたのか、声をかけられ見なくとも分かるほどにビクリとすれば、身体を起こして顔を覗き込んで来る。俺が仰向けになると、その上に乗っかり胸に顔を埋めた──やっぱり寂しくなってしまったのだろうか?
 身体が冷えないようにマントをかけてやり背中に手をまわすと、もう片方の手でゆっくりとツルツルしてて気持ちの良い髪の感触を楽しむ。

「お兄ちゃんが帰って来なくて心配したんだから……私、ずっと待ってたのに……ちっとも帰ってこないんだもん。気が付いたら寝ちゃってて……起きたらお兄ちゃん捕まったって聞かされて……それで……それで……」

 小刻みに震えながらその時を思い出して語るモニカ……ごめん、心配かけたな。
 俺の胸を涙で濡らすモニカをギュッと抱きしめながら落ち着くまで頭を撫で続けた。

「お兄ちゃんがこのまま帰って来なかったらどうしようって思ったら不安で不安で仕方なかった。その上、お兄ちゃんが殺されるって聞いたら目の前が真っ暗になって……そしたらサラも『私の所為だ』って落ち込んじゃって……。
 でも、どうしたらいいか分からずに、何も出来なかった私と違ってサラは凄かったんだから。すぐに気持ちを戻して行動し出したと思ったら、あっと言う間にあのメイドさんを見つけちゃったのよ」

 そうか、サラがモニカを助けてくれたんだな。牢まで足を運んでくれたのには驚いたが、それからの丸一日、彼女が見せていた素っ気ない態度からは想像もつかなかった。今度改めてもう一度お礼を言っておかなくてはいけないな。

「それでね、お兄ちゃん。サラの事なんだけど……」

 顔を上げたモニカには涙の跡が付いていた。手を伸ばして拭ってやると、言葉を引っ込め大人しく身を任せる。

「サラはお兄ちゃんの事が好きなのよ?もっと優しくしてあげて。王宮に居れば何不自由なく生活出来るのに、それを捨ててまで勇気を出して私達に付いて来たのよ。サラを認めてあげてよ」

 陛下とアレクは置いておくとしても、コレットさんといい、モニカといい、そんなにも俺とサラをくっ付けたいのか?

「俺はモニカを愛してる。でもサラの事はまだよく分からない。勿論助けてくれた事には感謝してもしきれないくらいだ。でも、それだけだよ。
 陛下やアレクもサラの事を言っていたけど、肝心の彼女はまだ迷っていないか?複数の女性を同時に愛そうとする俺に疑問を感じているのだろう。彼女自身がどうしたいか、その結論が出るまで待ってあげようと俺は思ってるよ。
 それまではモニカ、俺の心は君だけのものだよ」

「私と亡くなった奥さんの、でしょ?」

「そうだな」と二人で笑い合うとモニカをもっと感じたくなり唇を重ねた。

 モニカが友達であるサラを思いこんな話を持ち出したのは分かるが、俺には俺なりの考えがある。
 俺はよく知らないサラの事を理解する為に、サラは自分自身の気持ちを理解する為に、今はお互いに時間が必要だ。この世の男が俺だけしか居ないとか、明日すぐに死んでしまうという訳でもないので焦る必要など無いだろう。

 結局その夜は、そのままモニカを抱きしめて眠る事にした。モニカが側に居る、それだけで安心した俺はすぐに夢の中へと旅立って行った。


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