黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第四章 海まで行こう

5.暗闇に映える僅かな光

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「がぉ~っ、早く逃げないと食べちゃうぞぉ~」
「あぁ~れぇ~っ、おやめになってぇ~」

 馬車の中をクルクルと飛び回る掌サイズの半透明な二匹の蛇。俺とモニカの作り出した水蛇が鬼ごっこをしていた。

 両側に開けられた窓から出て行き反対側の窓から入って来る。頭の上でクルクルと回ったかと思えば今度は御者席の入り口から出て行き、窓から戻ってくる。
 モニカの水蛇の操作技術はあっという間に上達し、尚も上手くなっている。

 水魔法で蛇を作り出し相手に向けて飛ばすだけならさほど難しくない。だがそれを自由自在に飛ばそうとすると風魔法による操作がどうしても必要になる。
 水魔法の効力を高めてくれるシュネージュを持つモニカは水蛇を作るのに苦労はしないだろう。だが風魔法は自力でやらねばならないというのに及第点をあげられるほど上手だ。
 馬車の外と言う見えない場所でもキチンと魔力を感じ取り、自分の意のままに飛ばせるという一般の冒険者では有り得ないレベルで使いこなしている。

 それなら、と、窓から外に出たタイミングを見計らいモニカの唇を奪った。途端に乱れる魔力の所為で水蛇はコントロールを失い、地面に打つかり消えて無くなってしまった。

「もぉっ、お兄ちゃんっ!ズルイよっ」

 何事も無かったかのように戻ってくるとシャーッとモニカの前で口を開けて見せた俺の水蛇ちゃん。

「あははっ、ごめんごめん。俺とのキスで心を乱してくれるモニカには嬉しいけど、魔法は乱したら駄目だよ。戦闘では常に冷静に、俺も出来てなくて人に言える立場ではないけど、とても大事なことだよ。
 よし、今度は二匹作ってみようか。出来るか?」

「やってみる」と目を閉じ集中を始めるモニカ。

「私はまだこれをやっていれば良いのですか?」

 両手に水玉を早く作る練習をしていたサラが不満げに声を挙げた。モニカが楽しそうに魔法の練習をしているのに自分は水玉を延々と作っては消すだけの地味な練習、面白くないんだろうな。

 でも鍛錬なんてそんなもの、楽しい方が珍しいんだけどそんな事は知らないのだろう。

「サラに問題だ。相手に魔法をぶつけようとした時、魔力を練って魔法を撃つまでに十秒かかる奴と、撃つと決めた時にすぐに撃てる奴、どちらが有利だ?」

「それはすぐに撃てる方に決まってるわ。この練習が必要な事だとは理解してる、けど……つまらないのよ」

「まぁ、そうだろうな。じゃあ止めるか?別に強くならなくたって構わないだろ?お・ひ・め・さ・まっ」

 思惑通りにムッとすると「やるわよっ!」と怒りながらも鍛錬を再開するが、それ程までにモニカとの差を気にしてるのか?

 貴族の娘でありながら冒険者として経験を積んできたモニカ。対照的に王女としての教育の一環で魔法を勉強しただけのサラ。実践経験の差が自力の差となっていて当たり前なのだ。
 その差が一日二日で埋まってしまっては今迄のモニカの努力はなんだった?と言う話になる。当然現実としてもそんなこと有り得ないし、もしそんなことが可能な人ならば他人に教えてもらわずとも最初から自分の力だけで強くなっているだろう。

──鍛錬とは地味な努力の積み重ねなのだ。

 でもそれだけじゃサラのような人間はモチベーションが維持出来ない……じゃあどうするか。
 それにはやはり “出来た” という達成感を味あわせるのが一番だろう。

「サラ、その練習は毎日やるんだ、いいね?
それで次はだな、二属性の魔法は同時に出来るか?右手に水玉、左手に火の玉を作ってみろよ。最初は交互にやれば良い。でも出来るなら両方同時に作ってみろ。さらに出来るなら片手で同時にだ」

「わかりました」とサラも集中し始めると交互になら問題なく出来るようだ。簡単に出来てしまって実感がないようだが、それだけでも普通からしたら結構凄いことなんだけど……まぁ、がんばれ。


 暫く二人が自分の世界に入っていたので俺は暇を持て余すことになった。何しようかな?馬車の中はする事がないので魔力の鍛錬くらいしかやる事がないのだ。

 モニカの太腿の感触を味わいながら何気なしに先程の水蛇を作って見る。うん、可愛い。

じゃあ……分身の術だっ!

 一匹が二匹に、二匹が四匹に、四匹が八匹に、八匹が十六匹に……うわぁいっぱいだ。それでもまだ俺の意志の力でコントロール出来るようで十六匹の水蛇が馬車の天井付近の空中でうにょうにょと追いかけっこを始める。

「え!?ちょっと、なんですかそれ!」

 起き上がり顔を向ければ、飛び回る水蛇達を指差すサラが目を丸くしている──何って、俺のペット?

 ニョキニョキと生える悪戯心……グフフっ

 彼女の周りを十六匹の水蛇達がクルクルと周り出すと「嫌ぁっ!」と頭を抱えてしまった。
 調子に乗って下を向居ている顔の前や頭の上を滑るようにして遊んでいるとペシッと自分の頭が叩かれる……やり過ぎた!と思うが後の祭り、恐る恐る横を見れば鬼の形相を浮かべるモニカ様が俺を睨んでいた。

「ご、ごめん……つい……」

「つい、じゃないでしょ!サラを苛めたら駄目っ!ちゃんと謝って!」

 ぐっ……やはり怒られた。なんかサラって苛めたくなるんだよな、なんでだろ?

「サラ、ごめんな。調子に乗り過ぎた」

 ジトーと恨めしそうに俺を見つめるサラは深いため息を一つ吐くと座り直す。

「ごめんって、許してくれよぉ。な?この通り」

 両手を合わせてサラを拝み精一杯の謝罪をしてみるものの、やはりやり過ぎた為に怒っているようで プイッ とそっぽを向かれた。

「別に怒ってませんっ。あれくらいでは怒りません大丈夫です。どうぞお気になさらず」



 ちょっとした出来心で二人に怒られ居場所を失った俺、情け無い……。
 馬車の壁に寄りかかり一人で黄昏ていると魔法探知にひっかかる気配。どうやら “お客様” がおみえになったようだ。

「あ、あの……サラさん?」

 向けられた鋭い視線に思わず ビクリ と震えてしまったが伝えるべきことは伝えないといけない。

「あ、あのですね……サラさんがやってみますか?」

「何を?」と怒っている事も忘れて小首を傾げるサラにコレットさんから声がかかる。

「犬が六匹向かって来ています。止まりますか?」

「モニカがやるならこのまま、サラがやるなら止まってもらえる?それで、どうするの?」

 通常モードに戻った俺は素早く指示を出す。

 少し緊張した面持ちではあったが「もちろんやるわよ」とサラは立ち上がった──いや、危ないから馬車が止まるまで座ってて……と、思ったが、また余計な事を言うと怒られるといけないので口を閉ざした。
 案の定「おとととっ」とよろめき俺の頭を手摺り代わりに鷲掴みにしたのは記憶から消しておこう。



「一発だけ撃ってもなかなか当たらないぞ。フェイントを入れて相手を誘導してやるんだ、出来るか?」

「フェイント?」

 首を傾げるので説明してやるとすぐに理解出来たようだ。
 やる気満々になったサラは御者席に立つと、手の上に水球と火球を同時に浮かべる。水球を一匹のハングリードッグめがけて飛ばすと、すぐに火球も飛ばした。

 サラの左手を離れた水球が左から弧を描きつつハングリードッグへと迫る。それは横っ飛びで難なく躱されてしまうが、タイミングを合わせるように反対から弧を描いた火球が見事に命中し一匹を仕留めた。

「やった!やったわっ!レイ見た?私がやっつけたのよ!ねぇ凄い?凄い?」

 さっきまで怒ってたことを忘れてぴょんぴょん飛び跳ね嬉しそうにするサラ。初めて魔物を退治したことに対する達成感が半端ないな──頼むからそこから落ちるなよ?

「あぁ、お見事だった。この調子で次のも頼むよ。ただし、今ので警戒してるから慎重にな」

「任せなさいっ!」

 再び水球と火球を作り出しハングリードッグに投げつけるがそうそう上手くは行かないもので、俺の予想通り避けられてしまう。

「三個は行けるか?無理なら二つ撃った後にすぐに次のを撃つんだ。外れても気にしないでいいからどんどん撃ってみろ。ただし相手を誘導して当てる、これを忘れて無闇に撃つのは駄目だ、ちゃんと考えてやれよ?」

 いくら初心者用の相手とはいえハングリードッグはすばしっこい。経験の浅い冒険者が油断してると、死ぬ事までは稀だが負傷する事ぐらいならよくある話。意外と侮れない相手なのだ。
 ただ、サラの場合は遠距離攻撃だし、近付いて来たらフォローしてやれる俺がいるから遠慮なんていらないんだ。

 サラの火と水の魔法が飛び交い、言われた通りに何重かのフェイントにより翻弄されたハングリードッグの数を確実に減らしていく。
 そうしてようやく最後の一匹を倒し終わるとフゥーッと大きく息を吐いた。沢山の魔法を連続で撃ったからか、それとも初めての戦闘に精神的に疲れたのかは分からないが疲労感が見てとれる。

 しかし、それにも増してやり切ったという達成感の方が上だったようで、喜びの表情で「やったわ!」と嬉しそうにこっちを見てくる。なんだかティナと同じで耳と尻尾の幻覚が見えるほど褒めて褒めてとオーラが出ていた。

「よくやった!」

 サラの頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める……ね、ねぇ機嫌なおったかしら?ここぞとばかりに優しく、優しく、彼女の気が済むまで丁寧に撫でてあげたのだった。


△▽


 その夜はモニカが押しかけるでもなく、一人、焚き火を見つめていた。誰も居ないならばと胸に大事にしまっている首から下げた指輪を取り出し寝転がったままで眺める。銀色の指輪は焚き火の光を反射し、あの時の光景を思い出させた。

 ユリアーネ、俺は君との約束を守れず君を死なせてしまった。だからせめて最後の約束だけは守ろうと、モニカの事も愛せるようになったよ。
 これは君が望んだ俺の未来で合ってるのか?俺はちゃんと生きられているのか?

──ユリアーネ、君に逢いたいよ。

 知らず知らずに涙が頬を濡らしていた。起き上がり袖で拭うと、すぐ隣に置いてあった白結氣を手にしてそっと抜いてみる。仄かに光を放つ刀身はいつ見ても綺麗だ。まるであの時のユリアーネの光が纏わり付いているかのように思えた。

「よしっ」

 立ち上がり焚き火から少し離れると、肺に溜まった空気を全て追い出すかのように息を吐き出しながら心を鎮める。
 師匠の家に住み始めて少し経った頃に一度だけ見たユリアーネの剣舞。それは剣舞というには精錬されておらず、ただ基本の型を連続でやるだけのもの。それでも白結氣を持ち、夜の闇で舞っていた彼女は光り輝く蝶のように素敵で、その時から俺の心はユリアーネに奪われていたのかもしれない。

 その後「もう一度見せて欲しい」と頼んでも「恥ずかしいから」と何度も断られて、結局見たのは只の一度きりだった。街中でティナに対抗して踊り出そうとするのを止めたことがこれ程悔やまれるとは、あの時は思ってもみなかった。

 それでも俺の脳裏に焼きつくユリアーネが舞う剣舞。俺がやってもあんなに上手に舞えるとは思わないが、それでもなんとなくやりたくなったのだ。
 星空の下、白結氣を片手に一の型から順番に決めていく。ユリアーネのやっていたようになるべく止まらずスムーズに次の型へと繋げる、やってみるとなかなか楽しいな。

 誰も居ない一人だけの荒野、心の中で生き続けるユリアーネと共に、時を忘れて思う存分剣舞に没頭した。


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