黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第四章 海まで行こう

幕間④──コレット・ライティオ

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 里を出た時はまだ十五の小娘でした。

 私の出身と言うべき “里” はかなり特殊な場所で、身寄りのない小さな子供を引き取っては貴族や大商人など富裕層向けの護衛メイドに育てあげることを生業としていました。

《護衛メイド》とは、世間一般に言うところの “メイド” とは存在意義そのものが違っており、家に仕えるのではなく決められた個人を対象とし、その方だけを護り仕える為の個人専属のメイドなのです。
 護ると言う時点で当然のように戦闘技術も必要とされ、メイドとしての教育を受けながらも冒険者としてでも成功出来るレベルまでの教育をされます。

 もちろん同じ教育を受けたからといって同じレベルの技術を持つ人間が育つわけではなく、特に戦闘技術に関しては千差万別。
 それでも十五歳になる年の決められた日までに最低限、ギルドランクで言うところのB以上に匹敵する力を得なければ永久に里を出る事が出来なくなり、里の秘密保持の為に教育を受ける者達の小間使いとして死ぬまで里の中で働かされる事になるので皆必死になって技術を磨くのです。


 里には護衛メイドに成れなかった者を含め二百人程の人間が暮らしていると聞きます。
 機密保持のために生活必需品のほぼ全てを自給自足し、獣を狩る者や、畑を耕し野菜を作る者、家畜の世話をする者も居るという話です。

 自分の出身でありながら不確定な物言いは、実際には村に住む人どころか、里の様子ですら見た事がないのに起因します。

 人里から離れた里の中でも更に隔離された施設の中に、一年に六人ずつ五歳の子供が連れて来られ十五歳になるまでの十年間にも及ぶ長い教育が始まります。掃除や炊事、洗濯の仕方から始まり、上流階級のマナーや心得、会話の仕方や歩き方、睡眠の取り方や、ちょっとした仕草まで叩き込まれます。
 それと並行して体力や筋力のトレーニングもあるので五歳の子供にとってはかなり辛い日々でしょう。それでも助けてくれる者などおらず、そのうち『やるしかない』のだと自ら悟ります。

 七歳になると更に雑学が増えます。鉱物鑑定や物の価値観、ちょっとした薬の作り方や、簡単な鍛冶の技術まで、どんな分野にでも対応出来るよう基礎知識を学びます。
 この年から戦闘訓練も始まり剣術、体術に加えて馬術や魔法の訓練もさせられます。

 そして十二歳になると夜の奉仕の仕方の教育まで始まるのです。
 あくまでも教育なので奉仕の技術指導をされるだけで無理やり操を奪われるような事は無いのですが、それでも自ら望む者にはその後の指導もあります。


 十二歳といえば少女から女へと変わり始める時期、そういう事に興味が湧くのも無理はありません。
 それに里での生活は楽しみと言える一切が無く、強いて言えば食べる事ぐらいで、寝ても覚めても教育漬けの毎日。そんな日常で情欲に流されてしまうのも当然といえば当然かも知れません。
 かく言う私もその一人、しかもその欲求がかなり強いらしく毎日のように教官の部屋を転々としていました。

 メイドという特性上、教育を受ける者は全て女ですが教育を施す側はそうとは限りません。女性もいますが殆ど全てが男性の教官、若いと言っても十二歳にもなれば身体付きも女へと変わって行く頃の娘達。それらに求められれば教官達も拒絶などしはしません。

 夜毎行われる個人指導は教官達にとっては天国だったのではないかと、今から考えればそう思えます。うら若き少女達を思うがままに抱き、時がくれば貴族達に大金で売りつける。最低な人達、最悪な村ですね。私の肉欲を満たしてくれた場所ではありましたが、二度と戻りたいとは思えません。



 十年の教育が終わり最終テストに合格すると、里が決めた護衛対象の元に送られそこでの生活が始まります。
 合格率五割の壁を乗り越え晴れて村から出る事が決まった私。成績も六人の中でトップだったこともあり、容姿にも恵まれた私は力のある貴族の屋敷に行く事が決まりました。

 里での成績も大事なのですが里の外では “容姿” というものがとても大事らしく、たったそれだけの差でご主人となる人に気に入られるかそうでないかが決まる事もあるそうです。
 いくら有能な護衛メイドでも気に入られなかったら酷い扱いを受け、最悪、虐待の末に殺される事も過去には何度もあったとは施設内の噂で聞きました。

 私の護衛対象はまだ五歳の可愛らしい女の子でヒルヴォネン公爵家の一人娘、モニカと言う子供でした。
 くりっくりとした父親と同じ青い眼をしたお嬢様はとても人懐っこく、すぐに私と打ち解けてくれた。まず第一関門である “主との信頼関係の構築” は無難に乗り切れたことにホッとしたのをよく覚えてます。

 一緒に生活し多くの同じ時間を過ごす中、時にはメイドとして、時には少し歳の離れた姉として、時には友達として、貴族の娘としての教育を受けつつ純粋にスクスクと育って行くモニカお嬢様を見守り続けたのです。



「コレット、私が冒険者になりたいって言ったら反対する?」

 ある時お嬢様は唐突に切り出しました。貴族の娘に生まれ裕福な家庭で何不自由無く暮らしている、そんな娘が冒険者になど何故成りたがるのか理解出来ませんでした。

「町の人達の為に私に出来る事がしたいの」

 私がお嬢様くらいの年頃には、里を出るため、自由を手に入れるために必死に学んでいました。全ては自分自身の為に。
 ですが満ち足りている人は違うようで他人の為に何かしたいと言います。同じ人間の筈なのにこうまで考え方が違うものかと衝撃を受けたのもこの時でした。

 それでも主人であるお嬢様の意志、当然反対などしません。ですが旦那様や奥様に知れると良い顔をしない事は分かりきっていたので、習い事の合間に隠れてコソコソと冒険者活動をするお嬢様を陰ながら支える事にしました。
 ですが秘密とはいずれ知られるもので、旦那様にこっ酷く叱られるのを庇い私も叱られる羽目になりました。


 その後も懲りずに冒険者活動を続けるお嬢様の事を奥様はご存知のようでしたが、何も言わずに黙認してらっしゃいました。

 奥様は何事においてもとても寛容な方です。

 この屋敷に来たばかりの頃の事です。
里にいた時は毎日のように肉体的欲求を発散していたのに、この屋敷に来てからはずっと我慢していたのですが流石に限界を感じて執事の一人とコトに及びました。その後も我慢が出来なくなる度に誰かと肉体関係を持つ事を繰り返し、いつしか旦那様にまで興味を持つようになりました。

 最初はほんの些細な好奇心『貴族のモノってどんな感じだろう』そんなところでした。考えれば考えるほど欲求は止まらなくなり、遂に旦那様を誘惑すれば、そういう教育・・・・・・もされていた私には抗えず肉体関係を結ぶことになりました。

 何度目かの逢瀬を重ねた後、奥様が私と旦那様の関係を知っているのに気が付きました。何も言ってこない奥様が怖くなり屋敷を追い出される事を覚悟の上で自ら謝りに行ったときのことです。

「あら、気付いてたの?うふふっ、気にしないでいいのよ。ただ身体の欲求を満たしたかっただけであの人を寝取ろうとかじゃないんでしょう?いままで通りあの人が私の事を愛してくれるのなら問題ないわ。
 私ね、ほら、貴族として大事に育てられたじゃない?だからあの人しか知らないのよ。それが不満って訳じゃないし、今の性活に満足してない訳でもないんだけどね。
 貴女、経験豊富そうだから聞くけど、あの人ってどうなの?ほら、上手とか下手とか、大きいとかそうでもないとか……こんな話出来る人なかなかいないのよねぇ、モニカには私みたいに窮屈な育ち方はして欲しくないわ。自分のやりたいと思ったことを自由にやって好きなように育って欲しい。
 でもこの家を継いでくれなきゃいけないから結婚相手は決められちゃうんだろうけど、それまでは……って、まだ早いか」

 自分の旦那と寝た女を怒りもしないで、許すどころか旦那はどうなのと質問までしてくる始末。呆気にとられて頭が真っ白になりはしましたが、こういう人なのだと認識すると共に私という人間を受け入れてもらえたことに深く感謝しました。

 それからというもの奥様とはとても仲良くしていただけています。奥様の許しを得てたまに旦那様をお借りしていました。

 ですが突然、あの人が現れたのです。


 ある夜の事です。そろそろ風呂の時間なのでと思いお嬢様の部屋に向かったのですが、肝心のお嬢様が慌てて部屋から飛び出して行ったのです。
 不思議に思い悟られぬよう後を付けて行けば、行き先は門ではなく庭のほう。手入れの行き届いた芝の上を走り、突然足を止めたかと思いきや急にしゃがみ込みました。

 月明かりの下、お嬢様のすぐ足元には人の様なものが寝転がっているように見えます。屋敷の庭に人が寝てる?不審に思い警戒心が高まりましたがピクリとも動く様子がありません。
 するとどうでしょう、巣穴から顔を出す野うさぎのようにキョロキョロと周りを確認し始めたお嬢様はしゃがみ込むとその人を覗き込んで顔を近付けて行ったのです。

「お嬢様、こんな夜更けに庭に出るのなら私に一声掛けてくださいまし」

 少し離れた場所から声を掛けると、ビクッ!と慌てて振り向きました。月明かりでも分かるくらいに顔を赤くしているのを見てすぐにピンと来ました、お嬢様に春が来たのだと。

 事の経緯は全くといってわかりませんでしたが意識無く死んだように眠るその男を連れ帰ってベッドに寝かせると、血だらけの服を脱がせて身体を拭いてあげました。
 灯の元でよくよく見ると端正な顔立ちの良い男。持っていた二本の刀からも分かるように冒険者なのは明らかでした。その身体は見ただけで鍛えあげられているのがよく分かるくらい締まっていて私の肉欲を唆ります。

 三日して目覚めた男を見て益々この男が欲しくなりました。黒い髪に金の瞳、柔らかな物腰のレイと名乗った男は随分と精神的に弱っていました。私好みの容姿に身体付き、そして目を見張るような立派な息子。弱っているならば簡単だと、お嬢様の気持ちを知りつつも自分の欲求を抑える事が出来無くなり彼を襲いました。

 彼との事情は今まで感じた事の無い快感を私に与え、たった一度の交わりで私を虜にしました。
 奥様も私と彼とが関係を持ったのに気付き火が付いたのか、旦那様と励んだ様子で何故か私に対抗意識を燃やしてきました。

 そしてもっともっと彼を感じたくなった私はある秘薬を作ることにしたのです。里での教育が嬉しく思ったのはこの時がたぶん初めて、薬を飲ませた彼は自分の理性という殻を破り激しく私を求めてくれました。
 その夜ほど満たされたことは今まで無いくらい。十二分に満足させてもらえた私は、この喜びを知って欲しくて注意点と共に奥様にも薬を渡しました。すると早速使ったようで奥様もとても満足気にしておられました。

 夜毎重ねた彼との事情、すると私の心に変化が訪れました。肉欲とは別に彼を求める私の心が存在することに気が付いたのです。
 今まで感じた事の無い不思議な想い。彼と行動を共にするお嬢様を見つつも、彼の事の方が気になりずっと目で追い続けている。それが恋というものだと気が付いたのはお嬢様が彼と寝るようになってからでした。

「身体だけで良い」

 彼にそう告げたことを少しだけ後悔しました。人の気持ちを考えてくれる優しい彼のことです、お嬢様と結ばれで上で身体だけとはいえ私を求めてくることはまず無いでしょう。

 “メイドとは主人の為に、身も心もありとあらゆる物を使い、尽くすもの” 

 徹底した教育を受けた私は主人であるお嬢の気持ちを推し量り、自分の気持ちには蓋をしました。
 お嬢様が幸せになってくれれば私は満足、そう思い込むことにしたのです。


 あの人に買って貰ったブレスレット、露店で売っていた物なので値段などたかが知れています。ですがそんなことはどうでも良いのです。彼が私の為に頭を悩ませ選んでくれた大切な宝物、それを貰って以来他の男と寝るのはやめにしました。

 そうなると身体の疼きを鎮めるのが大変になります。そろそろ限界を感じ始めた時、チャンスが訪れました。

──サラ様とお嬢様が呑みつぶれたのです。

 レイ様と私との二人だけの時間、高鳴る胸をどうにか隠し、酔ったフリをしてベッドに誘い込むと求めて止まなかったレイ様を堪能しました。
 抑えつけられていた身体と心の欲望が解放され、張り切りすぎて時間を忘れるほどに求めた。身も心も満たされることがこれほど嬉しい事だとは初めて知りましたが、次の機会はいつ訪れる事やら……そう考えると少しだけ悲しくなりましたがそれは仕方のないことです。

「水着姿が見たい」

 海に着くと私に向かいレイ様はそう言いました。コレは!と期待を胸に意気込んで買った水着もあの人魚に邪魔され使う機会を逃しました。今は鞄の中に大事に仕舞われています、次の出番を心待ちにしながら。



 今はレピエーネという町へ向かう魔導車の中です。レイ様はティナ様に思いの丈をぶつけるつもりだそうです。
 ティナ様は以前から思い人が居ることをお嬢様やサラ様に告げていました。つまり十中八九、後目の問題など放り出してレイ様の女となることでしょう。

 サラ様も、そしてレイ様の家で待つと言う獣人の娘も加わるとレイ様と二人の時間を持つことなど叶わなくなりそうです。
 ですが私とて女です。いくら教育を受けてきたとしても、自分の心に蓋が出来たとしても、本能ともいえる欲望を完全に抑え切ることなど不可能なのです。

 ですからお願いします。ほんのたまにで良いのです、こんな私にも御寵を愛くださいね?


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