黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第五章 変わりゆく関係

24.ワールドオブリリィ③想い出のトンネル

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「聞こえたよ、レイ。危ないことしたらダメって言ってあっただろ?今度またやらかしたらご飯抜きだからねっ!
 あぁ、お客人、みっとも無い所見せてすまない。こんな田舎に旅人とは珍しいねぇ。まぁ座って頂戴」

 向かった先の台所には第二関門が待ち受けていた。プリエルゼ母さん……いや、この人もミカ兄の母でもなければ俺のプリエルゼ母さんでもない。只のプリエルゼさん、少年レイの母だ。

「おばさん、怒らないであげて。私が最近元気が無いお母さんに青い花をプレゼントしたいって言い出したの。それで崖の上にある花を取ろうとして崖を登って……それで落ちたの。
 私があんなこと言いださなければレイだって崖に登ることなんてなかったわ。だから私のせいなの、ごめんなさい」

 気配を感じさせないまま突然俺達の後ろからやって来たリリィ。その言葉に溜息を一つ漏らすとプリエルゼさんはリリィの頭に手を置き優しい声で語りかけた。

「理由は分かった、けどねリリィ。崖に登ると決めたのはレイなんだよ。自分の責任は自分で取らなければかならないんだ。リリィがいくら頼んでもレイが崖に登らなければ落ちる事もなかったよね?たまたま助けてもらえたから良かっただけで、もしかしたら死んでいたかもしれないんだよ?
自分の行動は自分で決めるんだ。それについての責任も自分で取るんだ、それが大人だよ、覚えておきなさい。
 死んでしまったら楽しい事も嬉しい事も何も無くなってしまう。それに、残された人に悲しみを与える馬鹿な行為だよ。あんたはお婆ちゃんになるまでちゃんと生きるんだよ?」

 分かったと頷いたリリィは俺の隣に座り、よほど気になるのかジッとサラを見上げているので机の上に降ろしてやる。
 しかしその時初めて気が付いたように、プリエルゼさんとナタリアさんは目を丸くして驚いて見せ、机に降り立った手のひらサイズの乙女に顔を近付けた。

「この子は何だい?」
「天使……に見えるわね」

「天使様らしいぜ、この兄ちゃんは天使に選ばれた凄い人なんだぞ」

 得意げな顔で説明する少年レイだが、君が凄いのではないのじゃないか?と笑えてくる。子供ってそういうものかもしれないけど、見ていて面白いよな。

 注目の的となり、本日何回目か分からないくらいの再び、顔が赤くなって両手で頬を押さえ俺に助けを求めるように視線を投げてくる天使様。
 見られただけで何でそんなに恥ずかしいのか分からないが、王女として王宮に居た頃はそんなことしょっちゅう、しかももっと大勢の人に見られていたのではなかろうかと疑問に思う。しかし彼女は今それどころではないようで何処か隠れる場所はないものかと机の上をキョロキョロとしている。

「彼女は恥ずかしがり屋さんなんだ、その辺にしておいてやってくれないか?」

 仕方なしに助けを出すと「あら、ごめんね」と二人は夕飯の支度に戻って行く。
 皆の視線から解放されたサラが心底ホッとした顔でてへたり込むが、未だリリィだけは机にかぶり付きのガン見をしているのに気が付き ビクッ としている様子に笑いが込み上げてきた。

「おばさん、母さんがこっちでご飯食べるなら持って行けって」

 アルがいつもご飯の時に持って来ていた懐かしい皿に乗った芋の料理を机の上に ドンッ と置く。アルのおばさんの得意料理、まさかもう一度食べる機会があるとは思わなかった。

「あら、来るとは思ってたけど早いわね。これから作るからちょっと待ってなさい。
 そういえば、お兄さんは何て名前なの?」

「俺はレ……」

 ナタリアさんに聞かれ普通に『レイ』と答えそうになったがそれは不味かろうと思い留まる。今は気が付いていないのか言わないだけなのか知らないが、流石にこの容姿に同じ名前とくれば何かしら反応があるかもしれないので少しだけ考えた。

「俺はレンだ、こっちの天使様はサラ。一晩お世話になります」

「そう、レンかぁ、いい名前ね。こんな田舎の家だけどゆっくりして行ってくださいな」


△▽


 夕食は本当に楽しかった。もう二度と食べられない筈の二人の母の料理が食べられただけでも満足なのに、もう話す事も出来無いと思っていた二人と久しぶりに話せた。
 幼い自分とも話すというは奇妙な感じもしたが俺にとっては最高の癒しの時間。リリィの心に入り込んで俺が癒されていて良いのかとも思ったが、そんな事を気にしても仕方ないと気が付き楽しむだけ愉しんでやった。

 飯が終わると四人で風呂に入る流れ、風呂と言っても安宿と同じく田舎の家にあるような風呂など大きなタライだ。
 しかし忠実に再現されている俺の家でありながら何故かこれだけは豪華になっており、四人で入れるくらいに広い上に、陶器製のツルツルとした純白の湯船が当然のように置かれていたのにはツッコミを入れたい気分になる。

 アルは両親と暮らしていたのでそうでもなかったのだろう、父親不在で大人の男と風呂に入ることの少ない少年レイとリリィははしゃぎまくって俺の体を触わりまくってくる。俺も鍛えられたそれなりに良い体だと自分では思っているが、ここまで喜んでくれると嬉しくなってしまう。

「兄ちゃんすっげーなっ!こんなに筋肉付いてる人初めて見たよ」
「本当ね、ミカ兄も筋肉だらけだけど、こんなにもっこりしてないもんね」
「なぁどうやったらこんな風になるんだ?」

 天使様は一緒にお風呂に入らないと言い張るので湯船の縁に座り足をチャプチャプさせながら俺達が触れ合う様子を眺めていた。

「ねぇお兄ちゃん、死ぬってどういう事なの?私のお父さん死んじゃったってお母さんが泣いていたの。だから元気出して欲しくてあの花を探しに行ったのよ。お母さんはお父さんにはもう会えないって言ってたけど、お父さんはずっと家に居ないから今と変わらないのよね。死んじゃうのと帰って来ないのと何が違うの?どうしてお母さんは泣いていたの?」

「うちの母さん達もそんな事言ってたぞ。だから俺には死ぬなって最近いつも言うんだ」

 突然シリアスな話題に移り変わり、はしゃぐのを止めた三人が俺を見つめる。

「死ぬってことは天に還るって事よ。人は肉体が死を迎えると心だけになって天に居る神様の元に戻るの。そうなるともう二度と会う事は出来なくなる、だから貴方達のお母さんは悲しんでいたのよ。
 いい?どこかに出かけていて会えない人は帰って来ればまた会うことが出来るの。けど、死んだ人間にはどうやっても二度と会う事が出来ない。だから貴方のお母さんは貴方に二度と会えなくなりたくないから死ぬなって言ったのよ。
 人は死ぬと、その人の事が好きだった人達に悲しみという魔法を撒き散らすわ。貴方達はお母さんを悲しませたい?元気の無いお母さんのために花を取ってきてあげるような優しい貴方達はそんなことは思わないわよね。
 じゃあ何があっても、貴女の大切な人の為に頑張って、生きて!」

「頑張って……生きる?……大切な人の為に?」

 ここぞとばかりに大切な言葉を解き放つサラ。それをしっかり受け取った幼きリリィは、何かを考えるように何度も噛み砕く。

 すると突然、周りの景色が歪み始めてあっという間に暗闇の世界へと移り変われば、アルも少年レイも居なくなり、大きな湯船にはリリィと俺の二人だけ。
 そのリリィは俺へと乗りかかるように身を乗り出すと、俺のすぐ側の縁に座るサラへと顔を寄せてくる。

「天使様の大切な人って、そのお兄ちゃん?」

 まっすぐに見つめる薔薇色の瞳と、それを真っ直ぐに見つめ返す青紫の瞳。しばらくの沈黙の後、今度はサラが言葉を発した。

「そうよ、貴女の言う通りこの人は私の特別な人」

 薔薇色の瞳に涙が湧いてくる。間を置かずにポロポロと頬を伝う雫。そんな姿を見せたリリィは先程の背景同様歪み始め、あっという間に湯船と共に消え去ってしまった。



「キャーーッ!レイ!服!服着て服ぅーーっ!」

 振り出しに戻ったかのように何も無い真っ暗な空間に二人きりとなる。
 真っ赤になった顔を両手で押さえて叫び出したサラの言う通り自分を見下ろしてみれば服など着ていない産まれたままの姿で転がっている。

 さっきまで風呂に入ってたんだから当たり前だよ、な?

「なんだよ、さっきまで見てたクセにそんなに慌てるなよ。でも服置いてきちゃったぞ?」

「そんなの想像すればいいでしょう!!イメージっ、得意なんでしょっ!?」

 そっかぁと既に忘れていた設定を思い出したところで、どうせならと一度着てみたかった着物という物をイメージしてみる。
 俺の頭にあるのはギンジさん。ガウンの様な形の一枚布を羽織り、腰に回す帯でソレを留める。靴もいつものブーツではなく、ビーチサンダルの様なペラペラの皮を何枚も重ねただけの足を曝け出した草履……ちょっと憧れていたんだ。

「サラっ、どう?似合う?」
「あぁ着物ね、良いわね。私もお揃いにしちゃう?」
「やだっ」
「えぇっ!なんでよぉ、お揃いは嫌なの?」
「違うよ。サラの着物姿は元の世界に戻ってから見せてくれれば良いじゃない?でも猫耳天使なんて無理でしょ?それ、俺の理想なんだからココではそれでいてくれない?」

「そ、そぉ?」と照れながらも頭の上の猫耳を指でつまむ姿にキュンとしてしまえば、それさえもあっさり伝わりサラの顔が赤くなる──便利なのか不便なのか分からない世界だな。

 着替えが終わったところでサラを肩に乗せ、さてどうしようかと辺りを見回す。
 振り向いた先には真っ暗闇に佇むあの小さな薔薇色の扉、木も壁も無い場所に扉だけがポツンとあるのは不自然極まりないのだが……つまりあの扉をくぐれと言う事なのだな?


 開いた扉の先は最初と同じく闇のカーテンが掛かっているようにその向こうが見て取れない。
 だがここはリリィの心の中、危険な事など無いだろうと思い「行くぞ」とサラに告げると迷いなく闇の中へと足を踏み入れる。

「おわっ!」

 途端に感じる違和感と前のめりに倒れ始める身体。あるはずの地面がそこには無く、勇んだ足は闇に吸い込まれるように下へと落ちて行く。
 咄嗟に風魔法をと試みるもココは肉体を離れた精神の世界。体内に集まるはずの魔力さえ感じられず、なすがままに落下を開始した。

 肩から離れたサラが目の前にいた。特に慌てた様子もなく周りを注意深く観察する姿に安心感が生まれる。彼女は俺の案内役、一緒に来てくれたことに感謝をすれば視線が向けられニコリと微笑む。

 そんな彼女と逸れないようにと包み込むようにして手の中に閉じ込めたものの、落下している感覚があるだけで真っ暗闇に変化がない。ただひたすらの自由落下、それを止める術もなければ速度を落とす……速度を落とす?

 目を瞑り、閃いたイメージを明確にすればソレが形となる。
 俺の背中に現れたのは片方だけでも身長ほどもある一対の大きな白い翼、サラとお揃いの天使の羽根を羽ばたかせると急激に落下速度が遅くなる。

 空を飛べるようになった訳ではない。だが羽根が舞い落ちるようにフワリフワリとゆっくりになると暗闇だと思っていた周りが一変した。それは言うなれば直径五メートル程の鏡張りのトンネル、その鏡に映し出されるのは何故か俺達ではなく幼い頃のリリィだった。

 これはリリィの思い出の数々だろうか?周り一面、色んな場面のリリィが様々な事を行なっている。

 俺、アル、リリィでご飯を食べている様子だったり、三人で剣術の稽古をする様子。丘の上に座り村を眺める様子や、一緒に風呂に入る様子など一度に沢山のリリィが見えている。
 それは目の前だけでなく横にも、後ろにも。遥か上から底の見えない下まで、複数のリリィが場面ごとにそれぞれの主人公となり演劇を行う。

「これはリリィさんの記憶、でしょうね」

 手の檻から顔だけ出したサラが俺の考えを肯定してくれる。このトンネルは記憶の回廊とでも言うのだろうか。

 不思議なことに聞こえてくるのはリリィの声のみ、俺を含めた他の登場人物達は口は動かすものの声が小さ過ぎるのか聞き取り辛い。
 四方八方から響くリリィの声を聞きながら懐かしさの感じる映像を眺め、永遠とも思われる縦穴をゆっくり、ゆっくりと落下して行った。


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