黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

15.順番は早い者勝ち

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 ご講義が終わったところでサラ様にも手伝ってもらいテントの片付けをした。残ったのは土壁に囲まれたお風呂。壁はまた作ればいいので放置するとしてもバスタブは回収しなくてはならない。

 二人並んで冷たくなったお湯の張られたバスタブを眺めていると、また新しい閃きが頭に湧いてくる。

「今日は一緒に入る?」
「えっ!?」

 驚いた顔で俺を見るサラはたったそれだけの事で赤くなっていた。

 サラはすぐ顔を赤らめる。リリィの心の中に一緒に入り込んだ時なんてずっと真っ赤な顔をしていたイメージが強いな。それだけ想像力が豊かなのかもしれないけど、どうしても揶揄いたくなる。

「モニカはタオル巻いて入ってるよ、それなら恥ずかしくないだろ?それでもダメ?」
「ぁ、ぇ、ぅ、ぅん……」

 既に何度も身体を重ねているというのに、まるで初心な乙女のように赤い顔を更に赤らめながらも恥ずかしげに小さく頷く。
 すると、タイミングを図っていたかのように邪魔しに来る奴がいた。

「あー!こんなところでイチャイチャしてるっ!サラ、ズルいっ!」

 せっかく良い所だったのにティナに見つかってしまった。まぁ今夜の約束は取り付けたから、夜までオアズケだな。

「まぁそう言うなよ、サラと イチャイチャ したからと言ってティナとは イチャイチャ しないとは言わないだろ?
 それよりさ、テントの中に布団を入れたままで鞄に入ったんだ、同じことを浴室にしたらどうなると思う?」

「お風呂場を丸ごとってこと?」
「そうそう、壁だけじゃなくて床や天井も作って箱型の部屋にしたら、そのまま鞄に入りそうだと思わないか?」
「そうね、お湯までそのまま行けそうね」

「何なに?何の話し?」

 ついてこれなかったティナにさっきのテントの話をすると、ようやく納得したようで何やら考え込んでいる。

「ねぇ、どうせならさっ、もういっそのこと家ごと持ち歩けば?」

 家ごと?うーん、俺達の鞄なら入るから可能……だが待てよ。出せる場所は限られるし、人目に付き過ぎるんじゃないか?小さな家ならそんなに目立たない……のか?

「ティ~ナ~、冗談はやめてよ。私、そんな恥ずかしいの嫌よ?キャンプにはキャンプの良さがあるはずだわ、それを踏みにじるのはどうかと思うわよ?」

 そうだな、サラの言う通りかもしれない。移動式の家、そんなのも便利で面白いかもしれないが、いつもと違う環境にいられるという変化も人生を楽しむ為の要素なのかもしれない。
 快適な布団付きのテントと移動式お風呂場、まぁ、ここまでは許してくれよ?帰ったら雑貨屋にでも行って金属を買ってお風呂場を作らねばならないな。


▲▼▲▼


 片付けが終わり、さて行くかと部屋の真ん中にある黄色い魔法陣の上に全員で立った。部屋の端に張られたテントの前に立つ男女二人がペコリと頭を下げるのが見えたので、みんなして手を振ると魔法陣が明滅を始める。
 何度も目を潰されてなるものか!と慌てて目を瞑り、転移の浮遊感がした後で目を開けると第一層、第六層のスタート地点と同じ作りの小部屋に到着していた。

 真っ暗な通路に光玉を飛ばして視界を確保すると大きな変化が見て取れた。第十層までは赤茶色だった通路を形作るレンガ、その色が灰色へと変わっていたのだ。

 雪を抱っこするのと反対側の腕にそっと手が添えられたので振り向けばそこにはリリィがいた。

「今日は私からやるわ」

 結界魔法を形作る透明な板で出来た剣 〈デルゥシュヴェルト〉を二本だけ作ると、俺達を先導するかのように前方でフワフワと揺れている。

「行きましょ」と軽やかに歩き出すリリィと共に第十一層を進み始めれば、早速 ヒタヒタ と響く複数の魔物の足音が聞こえてくる。恐らく四足歩行の中型の魔物、ネズミでは無く犬型の魔物のような感じだ。
 犬型の弱い奴と言えばアイツかなと思っていると、灯りの下に出て来たのは真っ黒な犬。魔物狩り初級コースのド定番であるハングリードッグが姿を現した。


「こいつら見ると魔物って感じでほっとするな。ネズミとかネズミとかネズミとか……もう要らない」
「大きいか小さいかだけで一緒じゃない」

 宙を舞う透明な剣がハングリードッグに向かって飛んで行ったかと思えば、あっという間に斬り刻み、哀れな肉片に変わっている。鳴き声すら上げる暇も無いままに、細切れになった犬だった物は ドチャッ というあまり聞こえの良くない音で地面に散らばると、スーッ と吸い込まれるようにして消えていった。

「アレもこのダンジョンが作り出した魔物なの?」
「せやね、出てくる魔物は殆どそうやで。けどなぁ、たまにほんまもんのモンスターがおる。そいつら倒せたら魔石貰えてラッキーやなぁ」

「そんなのまだ出ないんでしょ?犬っころなら私がやってもいい?」
「いいけど、ティナ、挽肉になりたくないのならアレも避ける事ね」

 リリィが指差すのは空中にフワフワと浮かぶ透明な剣。

「ええっ!?ちょっと、何言ってるの、リリィ?」
「私の番、邪魔するなって話しよ」
「ぅぐ……」


 一番先頭の照明が辛うじて当たる薄暗い先の先、何かが床に落ちる音生々しい音だけが耳へと届く。少しばかり気分がよろしくないので、昨日のように俺達が歩く少し前に防御用の風の壁を作ると耳障りな音は殆ど聞こえなくなった。

 そんなものなど無くとも顔色一つ変えなかった見た目は六歳の水色の髪の少女。俺に抱きかかえられて前を見つめる青い瞳にはその様子が映し出されている筈だが、一体何を思っているのだろう。
 こういう様子を目の当たりにすると、やはり雪は普通の少女ではないのだと認識させられる。


 嫌な音の聞こえなくなった迷宮で、たまに、宙を舞う透明な剣が光を反射して キラリ と輝くのが見える。

 旅立つ前の師匠の元での一週間の修練により、本来の調子を取り戻して更に力を付けた今のリリィに勝つには俺とてかなりの覚悟が必要だろう。縦横無尽に宙を舞う最大八本の剣、アレがどの程度の強度があるのか分からないが、きっとこの間みたいに簡単に割れることはないだろう。
 本来守るための力を昇華し、これ程の攻撃力に変えたリリィの戦闘センスは恐るべきものがある。それに加えてリリィ自身が持つ二本の長めのダガーからくる手数の多い斬撃は、それだけでも捌くのが大変だろうな。


 ハングリードッグの群れは、駆け出しの冒険者達にとっては注意するべき魔物だ。一匹二匹なら余裕で勝てる相手でも、それが集団で入れ替わり立ち代り攻め込まれると対処が追いつかなくなる恐れがあるからだ。倒すのに時間を取られている隙に前後を挟まれたりしたら、逃げ道の無い狭い一本道、かなり危険な状態だと言えよう。

 だが、そんな時期はとうに乗り越えた。

「まだやり足りないわね」

 朝の散歩を終え、何事も無かったかのように次の階層の階段の前に辿り着いたのは体感で一時間ほど経った頃だった。今のところ一階層一時間、これが早いのか遅いのかはよく分からない。

「次は私かなっ」

 リリィと俺との間に スルリ と入って来たのはモニカだった。リリィを押し退け俺を見ると ニコッ と笑う。

「ちょっと、何すんのよ」

 “階層の終わり” で隙を見せ居場所を取られたリリィが抗議を始めるがそんなに怒るところではないだろう。「また後でな」となだめると腕を組んで プイッ と横を向いてしまった。

「えぇっ!?私の番わ?ねぇモニカっ、私の番わぁ?」
「早い者勝ちっ」
「うそぉ……」

 ティナに振り向き ベーッ と小さく舌を出すと「行こうっ」と俺の腕を取り階段を降りて行った。


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