黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

19.家主の居る部屋

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 油断さえしなければ負けるはずもない魔物達。順調に歩き続けて、はや第二十層の奥。その先に第二十一層への転移魔法陣があるだろう部屋へと続く短い階段を降りていくと、第十五層の時と同じく魔法陣があるはずの広い部屋なのに魔法陣が無く、代わりに二匹の巨大な蛇が部屋の隅に寝そべっていた。

 胴の太さ一メートル、体長十五メートルと二十メートル超の巨大蛇は俺達が駆け出しの頃に狩ったエルシュランゲという魔物。通路に出てくる奴等とは明らかに格が違うソイツは、またしても冒険者をふるいにかけるつもりのようだ。

 二匹は仲が悪いのだろうか。それぞれ部屋の隅、対角線に分かれて寝そべっていたが、俺達が部屋に入ると同時に鎌首を持ち上げ自分達の縄張りに侵入して来た外敵にその大きな身体を見せつけて存在をアピールしてくる。

「久しぶりに見たな、こんな奴に苦戦したなんて俺達も若かったってことだな」
「言い方がジジィだぞ?」
「ジジィとか言うなよ。俺が遊んできていいよな?」

 懐かしい相手にやる気になったアルは俺の返事を待つ気もないのか、言い終わると同時に自身の愛剣に手を掛けつつ歩き出した。


 シャーーッ という鞘を引き摺る音がしてゆっくりと抜き放たれたセドニキス製の剣身、姿を見せた直後は半透明だったがアルの火の魔力に染まり赤みを帯びていく。正眼に構えられた時には既に真っ赤に染まっており、かつては苦労したと記憶するかなり硬かったエルシュランゲの骨を断つ気満々なのが見て取れる。

 あれから五年は経った。自分の実力がどれ程になっているのか当時の強敵を相手に確かめてみたい、そんな思いに駆られるアルの気持ちはよく分かる。

 俺も一匹貰えば良かったかな、とも思ったが、どうせなら俺はオーガとやってみたい。
 ユリアーネと共に戦ったオーガ、あの時から比べたらかなりの実力を付けた自信はある。もしあの時、俺に今ほどの力があったのなら彼女を失う事なくケネスも倒せていただろうか……。


 物思いに耽っていた俺は ボーッ としていたらしく、覗き込んで来た青紫の瞳に我に返った。どこか心配気に見つめられ『俺ってそんな顔してたのか?』と振り返ってみるが、過去の失敗を悔やむときの顔など良い顔ではないだろうな。

「ごめん、大丈夫だよ」
「……なら良いけど」

 それでも心配が消えないような顔をしていたのでサラの頬にキスをして「ありがと」と告げた。

 その様子をキョトンとして見ていた雪も、何を思ったのか俺の首に ギュッ と抱きつき何も言わずに頭を撫でてくれる。ちょっとした事で心配をかけたけど俺って愛されてるなぁと嬉しくなってしまい、雪の頬にも “ありがとうのキス” をした。


 俺達がほっこりしてる間にアルはエルシュランゲと斬り結んでおり、既に小さい方は居なくなっていた。クロエさんが片手を頬に当て、うっとりしながらアルを見つめているのを横目に見ながら『二人も上手くいくと良いな』などと、またしても他事を考えていたら二匹目のエルシュランゲの首を赤く燃えるようなアルの剣が捉え、一刀の元に叩き落とした。

「お疲れ、どうだった?かつての強敵は」
「つまらんな。でも成長を実感するのには役に立った。まぁ五年も修行してきたのに代わり映えが無かったら大問題だけどな」

 笑顔を浮かべたアルはそう言うと剣を納めてクロエさんの隣に立つ。二人で腰に手を回し合い見つめ合う姿に、彼等もちゃんと愛を育んでいるのだろうなと少しばかり安心した。



 エルシュランゲが居た部屋の奥には第十五層と同じで短い階段があり、その先に転移魔法陣のある大部屋があった。先客が五組も居たのには驚いたが、何故かみんな部屋の奥の方でキャンプを張っている。
 知り合い同士なのか?と不思議に思っているとミカエラが呆れた顔して トコトコ と寄って来た。

「兄さん達、ほんま強いなぁ。ここにおる連中はあんなの倒さへんのやで?勿論、倒せる人達も中にはおるやろうけど、戦わへんで済むんならわざわざ戦ったりする人は少ないんよ?あの部屋から蛇が出られへんの知ってはるから、走ってこの部屋まで駆け込むんが普通や。
 そうゆうのもあってなぉ、ここまであの蛇が来おへんっちゅうの分かっとっても入り口の方じゃ怖くて敵わんさかい部屋の奥の方におるんやで」

 ここはいわゆる安全地帯、この部屋に魔物が入れないのなら入り口付近でも何も問題ない。

 わざわざ他人の居る部屋の奥へは行かずに入り口側の角に昨日と同じく焚き火を中心にして六つのテントを取り出すと休む為の準備を整える。勿論、他からは見え難いように、テントの一番奥になる場所には土魔法で作った風呂場も設置済みだ。

「今夜は焼肉!」

 朝見たシビルボアが忘れられずに悶々としていたらしく、そんなリリィの強い希望により焼肉パーティーが開催された。
 食材が長い時間持つのなら、と言うことで何回か分の焼肉の用意をしてきたそうだ。買い出しをした時はこんな事になるとは予想出来なかったが、それでも十五日はこんな暮らしが続くと予想されるのに、地下に潜って二日目で焼肉という癒しのカードを使ってしまうのもどうだろうとも思うが、食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べられることほどの幸せは他にはなかなかないだろう。


「んん~っ、美味しいですね!」
「肉を焼いて食べてるだけなのにね」
「本当ね、こういう食べ方もいいわね」

 みんなでお腹いっぱい食べ終え、もう食べられないと言いつつもデザートに焼いたマシュマロをクラッカーに挟んだマシュマロサンドを平らげ紅茶で一息入れた。

「うひょ~!なんだよ、女ばかりじゃねぇか。凄いパーティーだな、おいっ」

 女子とはまったくもって喋ることが好きな生き物だなと思いつつ、みんなが楽しそうに話してるのをワインを飲みながらまったりと眺めていると、無粋な男二人が乱入してきた。

 突然の珍客に楽しそうな空気は ピタリ と時を止め、全員が男達に棘の有る視線を向ける。
 一人はそこそこの美形の優男、明らかに下衆な声を上げたもう一人は見た目にも貧相な、どうにも野盗っぽい感じのする男。冒険者とはそんなものかも知れないが第一声からして仲良くなれそうにはない。

「こりゃ随分とお綺麗なお嬢様ばかりだね。
いや、とてもいい匂いが漂っていたのでね、どんなパーティーなのかと気になったから見に来ただけなんだが、お邪魔だったようだね」

 女性陣の視線に空気を読んだのか、優男は両手を広げて困った顔をする。
 朝なのか夜なのかも分からないこんな場所で、既に休んでいるかもしれないパーティーのキャンプに乱入するのは常識的にどうなんだ?

「パーティー同士の接触は暗黙の了解でしない事になっとる筈やけど?」

 ミカエラが立ち上がり彼等にそう告げると、優男の肩に肘を掛けた下衆男が顎に手を当てミカエラを品定めするかのように上から下へと見回す。
 その視線にもめげずに両手を組み仁王立ちするミカエラ、男二人に少女一人で立ち向かう姿に「買え買え」と言いまくっていた事が思い出されたが、勇気ある行動にちょっと見直したよ。

「なんだお前……もしかしてこのパーティーのガイドか?こんなガキに案内させてるなんて信じられないな、いい笑いのネタになるぜ?ククククッ」

 優男に手で制された下衆男は笑い声は止めたものの、ニタニタといやらしい笑みを浮かべたままモニカ達をじっくりと見回すことまでは止めようとしない。

「いやすまない、こいつは口が悪くてな。ここまで来れたと言うことはそれなりに実力はあるのだろう?この先へ行くのなら更に魔物が強くなる、気をつけたまえ。じゃあ失礼するよ」

 そう言うと下衆男の背中を押して俺達のキャンプから離れて行った。


「ミカエラ、ありがとう。カッコよかったぞ?」

「他人のキャンプに ズカズカ と上り込むんは、いくら顔の良い兄さんでもムカつきますなぁ。
 ウチ、言いたいことは言う性格よって、喧嘩になったら兄さんが助けてな?」

 ペロリ と小さく舌を出して笑うミカエラ。まぁ俺達が雇ってる間は守ってやるけど、その後は知らないぞ?

「レイ、あいつら……」
「さぁ、そろそろ俺達も寝るとしようぜ。サラ、約束通り一緒に風呂に入ろう」

 みんなの前で伸ばした俺の手に向けて、恥ずかしそうにおずおずと手を伸ばす顔を赤く染めたサラ。ティナとリリィに茶化されて更に顔を赤くしながらも俺の手を取ってくれた。


「ねぇリリィ、お風呂の前に今日もお願いしていい?」
「はぁ?またやるのぉ?」
「お願いっ!ちょっとでいいから付き合ってよ」

 風呂に向かおうと動き出せばおかしな会話が聞こえてくる。ご飯も食べた後で一体何をするというのだ?気になって振り返ると、呆れた顔のリリィに両手を合わせて拝んでいるティナの姿がある。

「なぁ、こんな時間から何するつもりだ?さっさと風呂入って休めよ?」

「分かってるっ!」
「仕方がない、少しだけだよ?レイっ、アンタはいいから自分のやる事やりなさいよ。サラとの時間、減らすんじゃないわよ」

 まぁいいかと思いサラを見ると目が合った。
そうだな、妻と婚約者が多過ぎて二人の時間というものが足りてない。そればかりは謝るしかないが、リリィの言う通り今はサラの事だけ考えよう。

「ごめん、行こうか」
「うん」

 小さく答えたサラの背中を押して風呂部屋に入り扉を閉めようとした時、リリィがこっちを見て満足気に微笑んでいたのが目に入る。たぶんその笑顔は『私の時もそうしなさいよ』と言っているのだと感じつつ微笑み返すとそっと扉を閉めた。


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