黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

22.俺が悪いの!?

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 いつまでも触っていたくなるスベスベとした気持ちの良い肌触りと、愛しい者を愛でるように優しく頭を撫でる感触。顔を包み込む柔らかなモノに窒息しそうになり頭を動かし酸素を確保する。

「んんっ」

 柔らかな感触の中にある少しだけ異質なモノが顔に当たれば、悩ましげな声とともに一瞬だけ手が止まったが、すぐ後には何事もなかったかのように動きを再開した。

──ん?

 眠りについたときとは違う匂いがする事に気が付く。すると、顔を包み込む感触も心なしか柔らかなモノの量が多い気がしてくる。

 背中に回した手が スベスベ した肌を感じる事を止められず、指を滑らせて触感を楽しんでいると、その動きに合わせて ピクッピクッ と反応があり楽しくなってきた。
 調子に乗って反応の良い場所を執拗に触っていると、とうとう怒られる。

「こらっ、はぁんっ……レイシュアっ!僕で遊ぶんじゃないっ、んぁぁっ!」

 柔らかなモノからほんの少しだけ顔を離して上を覗けば、悩ましげな顔をした黒髪の乙女の顔が目に入る。
 俺が見てる事に気が付いた朔羅はパッチリ開いた黒い瞳で俺を見つめて微笑みを浮かべた。

「レイシュアはこういうの好きなんでしょ?僕の胸はどうだい?」

 そう言って ギュッ と抱きしめられると再び息が出来なくなる。死ぬっ!死ぬっ!と慌てて背中を トントン するものの、ワザとなのか、なかなか離してくれない。

「ぷふぁっ!死ぬって!気持ち良いけど、死ぬ!」
「女の胸に抱かれて死ねるって、良い死に方じゃない?」
「馬鹿言え、まだ死にたくないわっ!」
「死んでもらっては僕も困るね……ねぇ、レイシュア……」

 ここは夢の中、時間はたっぷりとある。
朔羅の求めに応じて唇を重ねると、その後はお互いにお互いを求めて二人の時間を大いに満喫した。


▲▼▲▼


 気が付くと顔を包み込む柔らかな感触。だが先程まで一緒だった朔羅の肌より若干張りがあるように感じる。グリグリと顔を動かし、その感触を確かめると仄かにサラの匂いがした。

「ん……レイ?起きたの?おはよう」

 敢えて何も答えずに背中に手を回して顔を押し付け、尚も グリグリ と柔らかな胸の感触を堪能してると、そっと頭を抱きしめられる。それは俺の行動を阻害する為ではなく、もっと傍に寄せて存在をより感じられるよう腕全体と頬とで俺の顔を包み込むように キュッ とされた。

「私の肌、気持ち良い?」

 顔を上げると俺の動きに合わせて手が緩み、青紫の瞳が覗き込んでくる。その笑顔はとても穏やかで、俺の心にもその穏やかさが移ってくるかのようだ。

「あぁ、凄く気持ち良い。このままずっとこうしていたいな」
「本当?良かった」

 腕の中から見上げた彼女の満面の笑みは、陽の光など届かないこの場所でも光り輝いているように眩しく感じ、どうしようもない愛しさが込み上げてくる。


 ルミアは虚無の魔力ニヒリティ・シーラが人を惹きつけていると言っていたが、もしも俺にこの力が無かったとしたら、サラと一緒になる事も無かったのだろうか?

 最初はモニカの事で意見の別れた俺達だったが、ひょんな事で婚約する事になり、沢山の君を見て来た今ではもう、君無しの生活は考えられなくなってしまった。


──サラ、君を愛してるよ。


▲▼▲▼


 二日目という事もありキャンプの片付けを手早く済ますと、第二十一層へと続く転移魔方陣に乗る。

 移動した先はやはりこれまでと同じような部屋。だが、灯りの為の光玉を飛ばすと、第二十層までの灰色だった壁が今度は水色に変わっているのが見て取れる。
 それに加えて通路の広さ。高さも横幅も三メートルの狭い通路だったモノが、ここに来て高さは五メートル横幅は十メートルと一気に拡がり、二日も同じ広さの場所を歩いて狭さに慣れてきたのに、通路が広くなったことにより迷宮そのものが広くなってしまったような不安に駆られる。

「ここからは魔物も強くなるさかい、気ぃ付けてなぁ。それと二十一層からはダンジョン特有のトラップが仕掛けられとる。どこからともなく矢が飛んで来たり、突然落とし穴が開いたり、大きな岩が転がってきよったりするんや。タチの悪いやつだと、突然転移されるぅなんてのもあるから困ってまうやろ?
 せやけど三十層までなら全部知れとるからウチに任せときぃや」

 通路が広くなった分、今までの光玉では視界が確保出来無くなった。そこで光玉の数を増やす事にし、今までよりも強い魔物がいるのならと三十メートル先までは見えるようにしておいた。
 そうして拓けた視界でよくよく見てみると、ちょっとした町のメインストリートほどの広さがあるダンジョンの通路。魔導車も余裕で通れそうなので ビューン と行ってしまっても良いかも知れない。あの頑丈なボディなら、矢が飛んで来ようが岩が転がって来ようがへっちゃらだろうし、魔物も刎ね飛ばせばいい。意外と名案かも?


ドスッ!


 ミカエラの説明を受けながら歩いていると、光玉の照らす一番先頭で鈍い音がした。思わず立ち止まると更に ドスドスッ と同じ音が続く。

 目を凝らして観察すると、左の壁に短い矢が三本刺さっているではないか。さっそくトラップのお出ましかよっと思っていると、壁に刺さった矢はそのまま吸い込まれるようにして壁の中へと消えて行った。その様子は倒した魔物が床に吸い込まれて消えて行くのと同じ。あの矢も魔物だというのか?
 ミカエラに説明を頼もうと視線を送ると、不思議そうな顔をして立ち尽くしている……どうしたんだ?

「あのな、兄さん。あそこにトラップがあるのは知っとったんや。ちょっと驚かそう思ぉて言うの待っとったんやけど、なんや知らへんけど早ぉトラップが作動したなぁ」

 まぁ、誤作動?そういう事もたまにはあるんじゃないのかと、気を取り直して歩き出す。

 今の俺達は前三十メートル、後ろは十メートルの視界を確保して歩いている。
 ランタンや松明を使って灯りを灯すのが一般的だし、魔導具を使う連中もいるだろう。たとえ俺のように光魔法が使えたとしても、何せ魔法だ。当然、照らす量によって魔力もそれなりに消費していくわけで、終始これ程通路を照らせる者はそうそういないだろう。
 つまり、普通はもっと暗い中でダンジョンを進んで行くことになるという事。そんな中で先程のようなトラップが突然襲ってくる、これは相当な恐怖なのかもしれない。

魔物にしたってそうだ、俺達は魔物が完全に見えている状態で魔法を撃ちまくって倒して来たが、普通は暗闇の中で魔物を見つけ、見えづらい状況で倒して行かなくてはならないのだ。格下の魔物が相手でも、いきなり襲われて無傷でいられるかと言うと疑問に思ってしまう。

 この辺りの階層が冒険者にとっての稼ぎ場だというのは、そんなところが理由の一つでもあるのだろう。

 視界の確保出来る魔法のありがたみを少しだけ噛み締めつつ、昨日までと同じようにズンズンと突き進む。
 何故か魔物はまだ一匹も現れず、一番先頭の光玉の下で壁に刺さる矢の音だけがドスドスとしており、それを見ながらミカエラが「ウチの出番が……」と愕然としながらブツブツ呟いている。

 だがやがてそれも収まったみたいで、音がしなくなったかと思ったら、やっと本日一匹目の魔物がお出ましになった。


『ここから魔物も強くなる』そう言われて少しばかりワクワクしていたが、現れたのは広い通路を塞ぐようにして横たわる全長四メートルの焦げ茶色のトカゲ。

 寝ていたのか、光にビックリして短い足で ニョキッ と立ち上がると、つぶらな赤い目を光玉に照らされて眩しそうに半目にして『何?』と、こちらを見る様子になんだかほっこりしてしまう。

「可愛い~っ!何あれっ」
「ほんとね、可愛いらしい」
「なんだか愛くるしい姿の魔物ですねぇ。魔物……ですよね?」
「ハルトアイデクセ、これもまた懐かしい奴だな。こいつもペットにいいと思わないか?」
「あんた、いつから動物愛好家になったわけ?」
「でもな、リリィ。お前もこいつ見て可愛いって思ったろ?可愛いモノを欲しがって何が悪いんだよ」
「はいはい、好きにしなさいよ。私は何も言わないわ」

 アルはきっと近いウチに何かしらのペットを飼いそうな気がした。何か病んでるのかとちょっとばかり心配になったが、口には出さなかった。
 だがその代わりに大きめの風の刃を出すとハルトアイデクセに向かい一直線に飛んで行く。

「あっ!」

 誰かが上げた声が聞こえた瞬間、大きな赤い目の付いた頭が胴体を離れて床に落ちた。

「酷い……」
「可愛そう……」
「酷いな……」
「残酷なのです……」

──え?俺、魔物退治しただけですけど?

 振り返るとみんなの白い目が俺に突き刺さる。
待て……待ってくれ!俺は何か悪い事でもしたのか!?どれだけ可愛い容姿をしていても、魔物は魔物。あれでも近くに行けば パクリ と食べられちゃうんだぞ?

 視線が突き刺さる中、心の中でそんな言い訳をしているとハルトアイデクセは床の中へと消えて行く。

 当然のことをしただけなのに何故か気不味い空気、それに耐えられなくなると一人で スタスタ と歩き出した。
 仕方ないといった感じにゾロゾロと付いてくる無言の集団、何この仕打ち!俺が一体何をしたと言うのだ……。

「トトさま、誰にでも間違いはありますよ。失敗しても次に活かせれば、それで良いのではありませんか?」

 唯一、俺に抱っこされて一緒にいた雪まで俺が悪い事をしたかのように気を利かせて慰めてくる。こんな少女にまで俺が良くない行いをしたように写るのか……。

「いや、雪……あれはな……あれは……」

 普通に魔物を倒しただけなのに、何故俺は言い訳をしているのか、だんだん虚しくなってきて、はたと来て立ち止まってしまった。


──はぁ……


 項垂れ、溜息を一つ吐くと振り返り、モニカの前に向かうと無言のままに雪を押し付けた。キョトン としている二人を見る気力も無く、背を向けると今度は一人で歩き始めた。


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