黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第六章 ダンジョンはお嫌い?

43.君の名は……

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 翌朝、魔導車に乗り込むと色んな顔があった。

 ワクワクして楽しそうなモニカとエレナ。
 全て任せますと澄まし顔のサラとコレットさん。
 本当に大丈夫かと心配するティナと雪。
 我関せずと外を眺めるリリィと、アルにくっ付いて幸せそうなクロエさん。
 そのアルに至ってはもう既に魔法の練習を始めており、そんなことはカケラも気にしていない様子。

 大丈夫なのかと心配しているのか、よく分からない複雑な顔をしているミカエラを余所に操作球に魔力を通すと海の中へと魔導車を出発させた。

 音も無く砂浜を下って行けば、水と空との境界線が窓に嵌るガラスを登って行くという、ちょっと不思議な光景を目にすることが出来た。
 光が揺らめく浅瀬はすぐに終わりを告げ、魔導車の傾きが増すと、急な斜面を滑るように下り始める。

「大丈夫……っぽいね」

 少しばかり緊張した様子のティナが身を乗り出し、俺と顔を並べて前を覗き込むように見ている。

「そんな格好してたら危ないぞ」
「こんなの平気よっ。それに、もうすぐ終わりじゃない」

 前方に大きく傾いた車内でみんなが足を踏ん張り座る姿勢を維持する中、前の席の背もたれに身を預けているので、少しバランスを崩すとそのまま前に ゴロン と来そうで心配したのだが……聞く耳を持たないようだ。

 海面から三十メートルほどの地点で斜面は終わると整地されたように起伏の無い平らな海底に着く。たまに四、五メートルはある大きな岩が転がるだけの特にこれといった物が何も無い殺風景な場所、海水の影響で視界が悪くなければ魔導車をぶっ飛ばしているところだ。

 ほーらみろっ、ダンジョンを作った奴もこんなところまでしっかり作ってないじゃないか。裏をかけた事にニンマリしているとミカエラが腕をのばし スッ と指を指したのだが、そのままの姿勢で顔を歪ませて固まると、少し経って可愛いくしゃみをした。

「っぷしっ!」
「おい、大丈夫か?風邪でも引いたんじゃないだろうな?」
「うーん、多分大丈夫やと思うよ。それより兄さん……へっぷしっ!あぁ~っ!もぉっ……兄さん、行くアテ無いんやったら、あっちに行ってみぃへん?」
「どうせお腹出して寝てたんでしょ?そんな事より、なんであんたが決めるのよぉ」

 目標も何も無いのだからどっちに行っても良いと思うんだが何故突っかかるんだと不思議に思ってると、一番前に座る俺とミカエラの間に顔を突っ込んだままで文句を垂れたティナは突然「ぅひぁっ!」っと、おかしな声を上げて震え上がる。

「なっ、何するのよっ!?」
「あら、ごめんなさい。ティナ様のおみ足があまりにも綺麗だったのでつい手が出てしまっただけですわ。お気にならさらずにどうぞ」
「どうぞじゃないわよっ!やめなさいよっ!」

 悪戯をした犯人であるコレットさんに振り返ると湧き上がった怒りを撒き散らす。でも、理由も無しにそんな事をする人ではないのに一体どうしたというのだ?

「ティ~ナ~、そんな格好してれば下着が丸見えですよ。座った方が良いのではありませんか?」

 そんなこと気にもしてなかった当の本人は今更ながらに慌ててお尻に手を当てると、一番後ろに座るアルに視線を移して「見た?」とボソリと呟いた。

「水色」
「!!」

 ボフッ と音を立て座るとこの世の終わりみたいな顔をして頭を抱えて塞ぎ込み、嫌々と首を振っている。そんなに落ち込むくらいならもっと気を付けろよと言いたくなったが、今それを言うのは不味いだろうと止めておいたのだが……

「お嬢様、はしたないのです。レディとしての教養が足りないと思われてしまうのです。身内だけとはいえカミーノ家の令嬢として恥ずかしくない行動をお願いするのです」

 俺が言わずともトドメの一撃は加えられたようだ。


「それで話し戻るけど、どっちに行こうが別に構わないんだけどさ、なんでこっちに行きたいんだ?」

 そんな騒動とは別に馬車が走る速さで進んでいた魔導車、反対する理由は無かったのでミカエラの指示した方に進路を変えて進んでいたのだが、何故こっちだと言ったのか理由が気になった。

「ん?兄さんは気付かへん?転々とある岩やけど、似たような間隔で置いてあるように見えへんやろか?これって何かの目印やあらへんかって思ぉたんやけど、ガイドとしてのカンとでも言うておく方がカッコええやろか?」

 言われてみると、岩を過ぎた辺りで次の岩が見え始める。ミカエラが言う通り、これを頼りに進めという事なのか?小舟に乗っていてコレに気付けというのはかなり酷なヒントじゃないかと文句の一つも言いたくなったが、言う相手がここには居ないのでこれを造ったであろう地竜に会った時に言ってやろうと心に留めた。



 舟を漕ぐより遥かに早いスピードで海底を進んで行くと、時折こっちに向かって来る魚がいる。

「えいっ!やぁっ!とぉぉっ!」

 それで気合いが入っているのかと疑問になるような掛け声と共に、狭い車内なので気を遣ってか、いつもとは違い小さな身振りで右手の指に引っ掛けた小さいままのフォランツェへと魔力を流し込む真剣な顔のエレナ。
 練習を始めてたったの二日という異常な早さで魔導車の外という自分から離れた場所に魔法を発動させる事が出来るようになったのは最早流石としか言いようが無い。

 今回放たれたのは風の魔力で作られた三本の槍、真っ直ぐ向かって来る銀色の魚体に対抗すべく一直線に飛んで行くと、避ける隙を与えず正面から突き刺さる。貫通力を増す為に加えられた回転によりそのまま突き抜けると、そこに居た筈の魚は スーッ と海に溶け込むように姿を消して行く。

「なんでそんな簡単に出来るのよっ!」

 半分キレ気味で膨れるティナは未だに習得出来ないでいるが、それが普通なのだ。

 数年の修行で才能を開花させたリリィと、それぞれの理由で急激に強くなった俺やモニカにサラ、それに加えて目の前で異常なスピードで成長を始めたエレナといった普通ではない人達に囲まれていると劣等感を感じるのは仕方のない事かもしれない。しかし、ティナもティナで普通よりは遥かに早いスピードで強くなって行っている。焦らず自分のペースでやればいいとは思うが、本人からしたらそんな事は言ってられないようだ。

「ティナ、焦っても何も変わらないぞ。こういうのはひたすら繰り返し修練を積んで感覚を得るしか手立てはない」

 同じ立ち位置のアルが言うと説得力があるようで、苦い顔して唇を噛みしめると黙って座り直して修練を再開した。



 右手に持つ杖、蓮の花の中心にあるコルペトラを赤く光らせ魔力を解き放つと、向かって来ていた無数のナイフのような体長十センチの小魚の集団の目の前に飴玉ほどの大きさの赤い玉が十二個も現れる。
 魚達がソレに近付いた瞬間、爆音と共に衝撃が伝わり、水流の乱れによって魔導車が軽く揺れることとなった。

「それで最小限なの?凄すぎるよ……」
「凄いのは私ではなくて、この杖の性能ですよ」

 サラが使うからその威力なのだが、本人がそう言うのならそれでいいかと思っていると「うぇっ……なんですか、アレっ」とモニカを押し潰す勢いで寄りかかり窓を覗いて凄い顔をしているエレナの嫌そうな声が響く。

「あぁ……アレかぁ」
「またアレですね」
「でも今度のはちっさいね」
「お嬢様、あんな大きなのはそうそう居ないと思いますよ」
「アレで小さいの!?」

 みんなして窓を覗くと海中で垂直に立つ体長二十メートル程の大きな烏賊が、二本の長い触手をこちらに向けてフヨフヨと動かしている姿が見えた。あれこそが本物の海で苦労して倒したレカルマの本来の大きさなのだろう。

 明らかにこちらを狙ってる様子のレカルマから水の魔力を感じると、八本ある足が膨らむのが見て取れる。アレは魔法で伸びていたからいくら斬っても生えてきたのかと今更ながらに驚いたが、襲って来るのを黙って見ているわけには行かない。

「リリィ」

 間髪入れずに結界魔法が展開されると、すぐにレカルマの足が勢い良く伸びて来て、魔導車を球状に覆った結界の上から抱きかかえるように全面を包み込んだ。

「ひぇぇ……キモいです……レイさん、キモいですっ」

 馬鹿野郎!俺はキモくないぞ!と心の中で突っ込みを入れていると、結界を形作る透明な壁一面に大小様々な大きさの吸盤が ベットリ と張り付き グニュグニュ と音が聞こえて来そうなほど気持ちの悪い動きを見せている。

「ほんと、キモいわね……エレナ!全部切り刻みなさいっ!」
「はい!リリィさんっ!」

 威勢良く返事をすると、突き出した右手に揺れる小さなフォランツェが緑色の光に包まれた。サラのコルペトラも小さい方が邪魔にならなかったかなぁ、などと思いながら、たまにしか見せない キリッ とした凛々しいエレナの顔をぼんやり眺めていると風の魔力が溢れ出て行く。

 魔導車を中心に魔力が渦を巻くと、それに呼応して結界の外に竜巻のように激しい水流が起こり始める。そこに放たれた風の刃が結界の上を走り回ると絡み付いていたレカルマの足がリリィの指示通りに斬り刻まれて剥がれ落ちて行く。細切れの烏賊足が漂う向こうに見えたレカルマからは自慢の足が一瞬にしてズタズタにされた事に驚いている様子が伺えた。

「サラっ、リリィの結界が守ってくれる、全力でぶちかませ!」

「はいっ!」
「はぁ!?ちょっとちょっとぉ?」
「リリィ、勝負よ?」
「アンタ、いつからそんな生意気言うようになったの?のほほんと暮らして来たお姫様なんかに負けるわけないわっ」
「あ~ら、そんなこと言って大丈夫かしら?負けた時の言い訳が出来なくなるのではないですか?」
「ふんっ!言ってなさいっ」

 なんだかかんだ言ってもサラの魔法を侮る素振りは無く、目を閉じ集中を始めたリリィの魔力が既に張られた結界へと注がれる。それと同時にサラの持つコルペトラが眩い光を放ち、魔導車の天井を赤く染めた。

 リリィの魔力を得て仄かな光に包まれる結界魔法メジナキアにより創られた透明な壁、サラの魔法に対抗すべく既に張られている結界の内側に更に強力な結界をもう一枚張って強化したようだ。

「行くわよっ、リリィ」

 サラの呟きが静かな車内に響いた次の瞬間、目も眩むような強烈な光。かと思えば地響きのような轟音を伴い途方も無い規模の爆発が起こると、魔導車を含んだ辺り一帯を暴力で支配する。

 だが流石はリリィの結界魔法、海底を伝った音と振動は仕方がないだろうが爆発の衝撃は見事に跳ね返したようで、魔導車はほんの少し揺れただけに留まった。
 斬り刻まれて漂っていたレカルマの足は瞬く間に消え去り、透明な壁に仕切られた向こう側は見渡す限り細かな泡に包まれた。


ピシッ!ピキキキキキッ


「クッ……」

「うわ~っ、綺麗ですねぇ」
「ほんと、綺麗だね~」
「カカさまっ!凄く綺麗ですね~」

 シュワシュワと音を立てながら光の差し込む綺麗な水の中を登って行く数えきれないほどの無数の泡達。その幻想的な光景は人の魂が天へと還って行く、そんな想像さえさせるほどに美しいものだった。

 皆が窓の外に見惚れる中、ただ一人唇を噛み締め魔力を解き放つ者がいる。

「リリィ?」

「防ぎきったんだから私の勝ちよね?」

 リリィの魔力を受けるとサラの魔法に耐え切れずに入っていたヒビは立ち所に消えてなくなり、元の綺麗な状態に戻る。
 焚きつけたのは俺かも知れないが、そうまでして勝ち負けにこだわるところか?今しか見れないこの景色を楽しむ余裕は彼女には無いのだろうかと少し残念に思ってしまった。

「あらあらぁ?ヒビが入ったのだから私の勝ちではありませんか?」

「結界は壊れてないがダメージを受けた、引き分けでいいだろ?」

 これ以上進めると喧嘩になりそうな予感がしたので珍しく悪戯っぽい顔をしてリリィを煽るサラを止めると、俺の方を向き ペロリ と可愛く舌を出す。
 一方のリリィはというと、やはりそれでは気に入らないのか、腕を組み、何も言わずに プイッ と窓の外に顔を向けてしまう。

「こないにしてもぅて、しゃあないなぁ……」

 ポツリと呟いた一言がちょうど静かになった車内に聞こえたかと思うと外で魔力が働くのを感じる。その場所に視線を向ければ、目印となっていた大きな岩がサラの魔法の影響を受けて三分の一程の大きさに削られていた。

 だが驚く事に、次の瞬間には何事も無かったかのように元の姿へと戻ったのだ。

「はぁ!?」

 慌てて隣を見ると『やばい!』とデカデカと顔に書いてある焦った顔の色黒少女。

「ミカエラ?」
「な、なんやろか?」

 こいつはこの期に及んでシラを切る気かとジト目で睨んでやると、冷や汗を垂らしながらも平静を装っているミカエラがいた。


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