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第七章 母を訪ねて三千里
5.熱き想い
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魔法陣にかざしたサラの手から魔力が送られると、三重に書かれていた一番外の円と同時に内に書き込まれていた文字も光を放ち始める。
するとヴァンスさんが指定した左腕が呼応し、服を透過して三センチほどの円形の光りが発すると紙に描かれていた魔法陣が徐々に薄れて行く。
ルガケーアに込められた魔力が契約と共にヴァンスさんの腕に移り終えると、紙にあった筈の魔法陣は完全に消えて無くなり腕の光りも収まった。
「今、レイの口から聞いた事を他のどなたかに話そうと考えると腕に刻まれた魔法陣が警告として軽い痛みを発します。もしそれを無視して行動に移そうとすれば、魔法陣に刻まれた魔法が発動し、貴方の脳を焼き切る事でしょう。
それ以外では今後の私生活において何ら影響は有りませんが、一つだけ注意点があります。その魔法陣を何らかの方法で解除しようと考えた場合にも同じ事が適用されますので夢夢お忘れなきように。
トーニャさんと今の話しの内容について語る事は許されますが、貴族という立場上メイド達には注意を払った方がよろしいかと思います。意図しなくとも万が一、他の誰かに聞かれるような事があれば魔法陣が発動しますので、確実に二人だけのタイミングでお話しされる事をお勧めします。
ちなみにここにいるメンバーは適用外なので、何か聞いておきたい事が有ればレイの結界に守られている安全なうちにどうぞ」
痛みなど無いはずだが魔法陣の刻まれた左腕をさすりながら夫婦で顔を見合わせると、俺に向き直り首を横に振った。
「はぁ……これで俺も肩身が狭くなるな」
「あら、 “ゆびきりげんまん” と同じですよ?約束を違わなければ何の問題も起きません」
ただの古びた紙になった魔法陣の描かれていた紙を大事そうに鞄に仕舞うサラが ニコリ と微笑む。するとヴァンスさんの目の色が変わったように見えたが、奥さんの手前というのもあってか、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
──おいおい、サラは俺のだぞ?
「いやはや、失礼。あまりにも自然なので王女殿下だというのを忘れてしまっておりました。ご無礼、ご容赦下さい」
「町娘と同じに扱って下さいと申し出たのは私の方です、どうぞお気になさらず。ただ、色目を向けられましてもレイ以外に靡く事はあり得ませんのでご遠慮下さると助かりますわ」
俺が最初に向けられたような鋭い目付きのトーニャさんに腕をつねられたヴァンスさん、苦い顔をして反対の手で頭を掻きその場を誤魔化すつもりのようだ。
俺の場合は特別なので当てはまらないとしても、男という生き物は奥さん以外の女性とも関係を持ちたがるモノなのだろうか。種を残すための正常な反応と言えば聞こえはいいが、それをコントロールする為の理性というものが人間にはあるはずなのだが……。
特に質問なども無いようなので結界も解こうかと思った丁度良いタイミングで屋敷探険に行っていた四人が戻ってきた。
「レイさん、ただいま~。このお家は大きいですねぇ、ティナさんの家も立派でしたがここはもっと広いです。かくれんぼしたら鬼の人が泣いてしまいそうですよ」
かくれんぼなどしても魔力探知の出来る俺達なら何処に隠れていようともすぐに探し出せるのを忘れているのだろうか。
ニコニコとご機嫌な様子のローランドと仲良さげに手を繋いで元の席に戻ると、ローランドが隣に座るエレナの椅子に自分の椅子を寄せてくっ付いて座わり、キョトンとするエレナの手を再び握った。
その様子を微笑ましげに見るトーニャさんと、それとは対照的に苦笑いを浮かべるヴァンスさん。しかしローランド少年の純粋なる思いはこの和やかな場所に大きな爆弾を投下した。
「エレナさん、この家が気に入ったのなら一緒に住みませんか?」
「へ?」
いきなりの申し出に困惑するエレナを余所に、最初のオドオドとした態度からは想像も着かない言動に俺達が驚くと、それとは別の意味で『何を言い出した!?』と目を丸くするフランシス夫妻の姿がある。
「エレナさんはこの家が気に入った、僕はエレナさんが気に入った。二人でこの家に住むのは双方にとって合理的なことですよね?
母さん、奴隷とは個人的にも売買可能だと習いました。ならばエレナさんのご主人であるこの方からエレナさんを買い取ることも可能ですよね?
父さん、十歳の誕生日には僕の望む物をくれると言ってましたよね?誕生日にはまだ少し早いですが僕はエレナさんが欲しいのです。お話ししてもらえませんか?」
「ロ、ローランドさん?……エェ~~っ!急に何を!?」
ローランド少年は真剣だった。エレナと出会ってからほんの僅かな時間しか経っていないが、恋に落ちるのに時間など関係無いというのはどうやら本当の事らしい。
それにしたって豹変と言っても過言ではないくらいに態度の変わった彼が不思議に思い、屋敷を見て回る間の二人の様子が知りたくてコレットさんに視線を向けるが微笑んでいるだけで何も言うつもりが無さそうな顔をしているし、一緒に行ったメイド長さんはトーニャさんと視線を合わせて困り果てた顔で首を横に振っていたので、恐らく爆発的に大きくなったエレナへの想いが彼を奮い立たせたのだろう。
エレナの何処に惚れ込んだかは知らないが、自分の嫁さんの事を『いいね!』と言われている事に関しては素直に共感出来る。だからと言って「ください」「はいどうぞ」と渡せるほど俺の想いは軽いものではないし、だいたいからして本人の了承すら得ていないのでは話しにならない。
何より気に入らないのはエレナの事を “奴隷” と言った事だ。確かにエレナの首にはチョーカーのような可愛らしい首輪が着けられており、俺の物だという証になる国王陛下から貰った小さな銀色のメダルがぶら下げられている。
それを見る限り “奴隷” と言われても仕方の無い事だが、今の彼の言動からするとエレナを気に入ったという気持ちが “一人の女性として欲しい” のかが疑わしく “見た目が綺麗な奴隷として欲しい” のではないかと思わざるを得ない。
「ローランド君、エレナは俺のモノだ。寄越せと言われて簡単にあげられるほど軽い関係じゃない。けど君がどうしてもというのならチャンスをあげよう。君も貴族の嫡男ならばある程度の剣術は出来るのだろう?しかし俺は冒険者だ、君とは経験の差があり過ぎるから俺に勝ったらと言うのは無理なのは目に見えている。だから、一太刀でいい。もし俺に一太刀でも入れる事が出来たのならエレナの事は考えてあげるよ。どうだい、やるか?」
多少なりとも自信はあるのか “一太刀” と言う単語に釣られてエレナの手を握ったまま音を立てて椅子から立ち上がると、両親の心配を余所に覇気のある強い眼差しで俺を見つめて頷いた。
▲▼▲▼
迫って来た剣に朔羅を合わせると、さして力も加えずに適当に打ち返す。
金属のぶつかり合う音と共に剣を手にした少年が宙を飛び、綺麗に手入れされた芝生を蹂躙しながらその上を滑って行く。
「くぅっ……くっそぉっ!」
同じ血族だからかパッと見リリィの目にも見える活力に満ちた瞳で地面に手を突き立ち上がると、気合いの入った声と共に再び走り寄って来るが相手は所詮素人の子供、何度やってみても結果は火を見るより明らかだった。
「どうした?君の想いはその程度なのか?それじゃあエレナは譲れないな」
センスがあるのか、金をかけていい先生に教えてもらっていたのかは知らないが、九歳にしては悪くない太刀筋、このまま精進を続ければ将来が楽しみなほどだ。
「うぉぉぉっ!」
既に十は超えたであろう芝生に作られたローランド少年の滑り跡。更に一本増やすとだいぶ疲れてきたのだろう、気持ちとは裏腹に膝に力が入らなくなって来たようだ。それでも剣を杖代わりにして立ち上がると、一息吐いたところで再び走り込んでくるので今度は躱す事にした。
「踏み込みの足をもっと強くしろっ、地面を思い切り蹴るぐらいの勢いだ」
「はぁぁっ!」
急激には変わらないが、俺の言った事を素直に、そして忠実に行動に移すので、疲労が溜まってきているにも関わらずさっきより剣の振り下ろしが少しだけ早くなる。
「そうだ、いいぞ。剣を振り下ろす時は腕だけの力を使うんじゃなく全身を使うんだ。お前の身体は一本の棒じゃない。手首、肘、肩、腰、各パーツをタイミング良くキチンと動かせっ。それが出来るようになったとき、お前はもっと強くなれるだろう」
「はいっ!」
ほんの僅かな差でしかないが、剣を振る度に上達していくローランドの剣。将来この町を治める事が決まっている彼には不要の技術かもしれないが、今は一人の男として惚れた女を手に入れるための想いをぶつけてきて欲しい。
「頭の中で剣を振り下ろす自分をイメージしろ。そのイメージのようにスムーズに剣が振れるように身体を動かせ。身体に染み付くまで動かそうとする関節を意識しながら自分の身体をコントロールするんだ」
「ハッ!」
最初の打ち込みよりマシになって来たが、やはり俺達冒険者とは違い身体を動かす事に慣れていない貴族のお坊ちゃん。息を荒げながらも剣を振り続けるが、とうとう剣に振り回されるようになって来たので体力的にはもう限界なのだろう。
「くそっ、くそっ、くそぉぉ!!なんで動かないんだ……エレナさんは僕と一緒にこの家で……」
振り下ろされた剣は芝生の上に落ちたままローランドの意思に反して固まってしまったかのように持ち上げる事が出来なくなる。それでも言う事の効かなくなった腕に力を込めて必死に持ち上げようとする姿は彼の想いを体現するのに十分だった。
「君がエレナを一人の女性として好きになったのは分かった。けど、エレナは珍しい獣人らしい。守ってやる為にはそれなりの力が必要になるが、それは金じゃ買えないんだ。
今はまだ分からないだろうけど、君はこの先の人生でエレナの他にも色々な人を好きになる事だろう。フランシス家は護りの力に長けた血を持つ一族だ、君の好きになった人を君自身の力で守ってやれるように強くなれ」
ようやく諦め気が抜けたのか、呆然とした様子で膝を突いて座り込むと、手放された剣が音も無く芝生の上に転がった。
するとヴァンスさんが指定した左腕が呼応し、服を透過して三センチほどの円形の光りが発すると紙に描かれていた魔法陣が徐々に薄れて行く。
ルガケーアに込められた魔力が契約と共にヴァンスさんの腕に移り終えると、紙にあった筈の魔法陣は完全に消えて無くなり腕の光りも収まった。
「今、レイの口から聞いた事を他のどなたかに話そうと考えると腕に刻まれた魔法陣が警告として軽い痛みを発します。もしそれを無視して行動に移そうとすれば、魔法陣に刻まれた魔法が発動し、貴方の脳を焼き切る事でしょう。
それ以外では今後の私生活において何ら影響は有りませんが、一つだけ注意点があります。その魔法陣を何らかの方法で解除しようと考えた場合にも同じ事が適用されますので夢夢お忘れなきように。
トーニャさんと今の話しの内容について語る事は許されますが、貴族という立場上メイド達には注意を払った方がよろしいかと思います。意図しなくとも万が一、他の誰かに聞かれるような事があれば魔法陣が発動しますので、確実に二人だけのタイミングでお話しされる事をお勧めします。
ちなみにここにいるメンバーは適用外なので、何か聞いておきたい事が有ればレイの結界に守られている安全なうちにどうぞ」
痛みなど無いはずだが魔法陣の刻まれた左腕をさすりながら夫婦で顔を見合わせると、俺に向き直り首を横に振った。
「はぁ……これで俺も肩身が狭くなるな」
「あら、 “ゆびきりげんまん” と同じですよ?約束を違わなければ何の問題も起きません」
ただの古びた紙になった魔法陣の描かれていた紙を大事そうに鞄に仕舞うサラが ニコリ と微笑む。するとヴァンスさんの目の色が変わったように見えたが、奥さんの手前というのもあってか、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
──おいおい、サラは俺のだぞ?
「いやはや、失礼。あまりにも自然なので王女殿下だというのを忘れてしまっておりました。ご無礼、ご容赦下さい」
「町娘と同じに扱って下さいと申し出たのは私の方です、どうぞお気になさらず。ただ、色目を向けられましてもレイ以外に靡く事はあり得ませんのでご遠慮下さると助かりますわ」
俺が最初に向けられたような鋭い目付きのトーニャさんに腕をつねられたヴァンスさん、苦い顔をして反対の手で頭を掻きその場を誤魔化すつもりのようだ。
俺の場合は特別なので当てはまらないとしても、男という生き物は奥さん以外の女性とも関係を持ちたがるモノなのだろうか。種を残すための正常な反応と言えば聞こえはいいが、それをコントロールする為の理性というものが人間にはあるはずなのだが……。
特に質問なども無いようなので結界も解こうかと思った丁度良いタイミングで屋敷探険に行っていた四人が戻ってきた。
「レイさん、ただいま~。このお家は大きいですねぇ、ティナさんの家も立派でしたがここはもっと広いです。かくれんぼしたら鬼の人が泣いてしまいそうですよ」
かくれんぼなどしても魔力探知の出来る俺達なら何処に隠れていようともすぐに探し出せるのを忘れているのだろうか。
ニコニコとご機嫌な様子のローランドと仲良さげに手を繋いで元の席に戻ると、ローランドが隣に座るエレナの椅子に自分の椅子を寄せてくっ付いて座わり、キョトンとするエレナの手を再び握った。
その様子を微笑ましげに見るトーニャさんと、それとは対照的に苦笑いを浮かべるヴァンスさん。しかしローランド少年の純粋なる思いはこの和やかな場所に大きな爆弾を投下した。
「エレナさん、この家が気に入ったのなら一緒に住みませんか?」
「へ?」
いきなりの申し出に困惑するエレナを余所に、最初のオドオドとした態度からは想像も着かない言動に俺達が驚くと、それとは別の意味で『何を言い出した!?』と目を丸くするフランシス夫妻の姿がある。
「エレナさんはこの家が気に入った、僕はエレナさんが気に入った。二人でこの家に住むのは双方にとって合理的なことですよね?
母さん、奴隷とは個人的にも売買可能だと習いました。ならばエレナさんのご主人であるこの方からエレナさんを買い取ることも可能ですよね?
父さん、十歳の誕生日には僕の望む物をくれると言ってましたよね?誕生日にはまだ少し早いですが僕はエレナさんが欲しいのです。お話ししてもらえませんか?」
「ロ、ローランドさん?……エェ~~っ!急に何を!?」
ローランド少年は真剣だった。エレナと出会ってからほんの僅かな時間しか経っていないが、恋に落ちるのに時間など関係無いというのはどうやら本当の事らしい。
それにしたって豹変と言っても過言ではないくらいに態度の変わった彼が不思議に思い、屋敷を見て回る間の二人の様子が知りたくてコレットさんに視線を向けるが微笑んでいるだけで何も言うつもりが無さそうな顔をしているし、一緒に行ったメイド長さんはトーニャさんと視線を合わせて困り果てた顔で首を横に振っていたので、恐らく爆発的に大きくなったエレナへの想いが彼を奮い立たせたのだろう。
エレナの何処に惚れ込んだかは知らないが、自分の嫁さんの事を『いいね!』と言われている事に関しては素直に共感出来る。だからと言って「ください」「はいどうぞ」と渡せるほど俺の想いは軽いものではないし、だいたいからして本人の了承すら得ていないのでは話しにならない。
何より気に入らないのはエレナの事を “奴隷” と言った事だ。確かにエレナの首にはチョーカーのような可愛らしい首輪が着けられており、俺の物だという証になる国王陛下から貰った小さな銀色のメダルがぶら下げられている。
それを見る限り “奴隷” と言われても仕方の無い事だが、今の彼の言動からするとエレナを気に入ったという気持ちが “一人の女性として欲しい” のかが疑わしく “見た目が綺麗な奴隷として欲しい” のではないかと思わざるを得ない。
「ローランド君、エレナは俺のモノだ。寄越せと言われて簡単にあげられるほど軽い関係じゃない。けど君がどうしてもというのならチャンスをあげよう。君も貴族の嫡男ならばある程度の剣術は出来るのだろう?しかし俺は冒険者だ、君とは経験の差があり過ぎるから俺に勝ったらと言うのは無理なのは目に見えている。だから、一太刀でいい。もし俺に一太刀でも入れる事が出来たのならエレナの事は考えてあげるよ。どうだい、やるか?」
多少なりとも自信はあるのか “一太刀” と言う単語に釣られてエレナの手を握ったまま音を立てて椅子から立ち上がると、両親の心配を余所に覇気のある強い眼差しで俺を見つめて頷いた。
▲▼▲▼
迫って来た剣に朔羅を合わせると、さして力も加えずに適当に打ち返す。
金属のぶつかり合う音と共に剣を手にした少年が宙を飛び、綺麗に手入れされた芝生を蹂躙しながらその上を滑って行く。
「くぅっ……くっそぉっ!」
同じ血族だからかパッと見リリィの目にも見える活力に満ちた瞳で地面に手を突き立ち上がると、気合いの入った声と共に再び走り寄って来るが相手は所詮素人の子供、何度やってみても結果は火を見るより明らかだった。
「どうした?君の想いはその程度なのか?それじゃあエレナは譲れないな」
センスがあるのか、金をかけていい先生に教えてもらっていたのかは知らないが、九歳にしては悪くない太刀筋、このまま精進を続ければ将来が楽しみなほどだ。
「うぉぉぉっ!」
既に十は超えたであろう芝生に作られたローランド少年の滑り跡。更に一本増やすとだいぶ疲れてきたのだろう、気持ちとは裏腹に膝に力が入らなくなって来たようだ。それでも剣を杖代わりにして立ち上がると、一息吐いたところで再び走り込んでくるので今度は躱す事にした。
「踏み込みの足をもっと強くしろっ、地面を思い切り蹴るぐらいの勢いだ」
「はぁぁっ!」
急激には変わらないが、俺の言った事を素直に、そして忠実に行動に移すので、疲労が溜まってきているにも関わらずさっきより剣の振り下ろしが少しだけ早くなる。
「そうだ、いいぞ。剣を振り下ろす時は腕だけの力を使うんじゃなく全身を使うんだ。お前の身体は一本の棒じゃない。手首、肘、肩、腰、各パーツをタイミング良くキチンと動かせっ。それが出来るようになったとき、お前はもっと強くなれるだろう」
「はいっ!」
ほんの僅かな差でしかないが、剣を振る度に上達していくローランドの剣。将来この町を治める事が決まっている彼には不要の技術かもしれないが、今は一人の男として惚れた女を手に入れるための想いをぶつけてきて欲しい。
「頭の中で剣を振り下ろす自分をイメージしろ。そのイメージのようにスムーズに剣が振れるように身体を動かせ。身体に染み付くまで動かそうとする関節を意識しながら自分の身体をコントロールするんだ」
「ハッ!」
最初の打ち込みよりマシになって来たが、やはり俺達冒険者とは違い身体を動かす事に慣れていない貴族のお坊ちゃん。息を荒げながらも剣を振り続けるが、とうとう剣に振り回されるようになって来たので体力的にはもう限界なのだろう。
「くそっ、くそっ、くそぉぉ!!なんで動かないんだ……エレナさんは僕と一緒にこの家で……」
振り下ろされた剣は芝生の上に落ちたままローランドの意思に反して固まってしまったかのように持ち上げる事が出来なくなる。それでも言う事の効かなくなった腕に力を込めて必死に持ち上げようとする姿は彼の想いを体現するのに十分だった。
「君がエレナを一人の女性として好きになったのは分かった。けど、エレナは珍しい獣人らしい。守ってやる為にはそれなりの力が必要になるが、それは金じゃ買えないんだ。
今はまだ分からないだろうけど、君はこの先の人生でエレナの他にも色々な人を好きになる事だろう。フランシス家は護りの力に長けた血を持つ一族だ、君の好きになった人を君自身の力で守ってやれるように強くなれ」
ようやく諦め気が抜けたのか、呆然とした様子で膝を突いて座り込むと、手放された剣が音も無く芝生の上に転がった。
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