黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

14.遭難事件勃発

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「んっ……あれ?」

 いつのまにか意識が無くなっていたらしく、通信具の魔力反応で目が覚めると見渡す限りの海だった。
 空は茜色に染まりつつあり、かなりぐっすり眠りこけていたようだが、隣の浮き輪に居る人は麦わら帽子が顔に乗っかったままだ。

⦅アンタ、今どこにいるの?みんな探してるんだけど? ⦆
「あぁ、そうか悪い。何処かと聞かれたら海の上?」
⦅ハッキリしないわね、どういうことよ⦆
「そう、話せば長くなるんだけどな。まぁ簡単に言うと迷子だ。取り敢えず戻るから心配しないでくれっ。あ、あとイオネも一緒だから伝えておいてくれるか?じゃあまた後でっ」
⦅ちょっと!ちゃんと説明し…………⦆

 どうせ後で説明させられるのなら二度手間は面倒だと通信を一方的に切断すると、サラともこんな状況になったなと少し前の事を思い起こした。
 姫様が絡むとこうなるのか?などと馬鹿げた事を考えていれば、麦わら帽子が持ち上がる。

「あれ?……うそっ!?」

 身体を起こしたイオネはすぐに状況を把握したらしく青い顔で辺りを見回していたが、やがて諦めが付いたのか落胆して肩を落とすと、気の強そうなイメージがあったのに泣きそうな顔になっていた。

 だがしかし、すぐに気を持ち直したのか キッ と俺を睨みつけてくる。

「これは一体どういうことなのだ?まさか貴様の謀ではないだろうな?こんな人気のない場所に連れ込み、私をどうするつもりだ!?」

 帰る手段があるのなら “謀” と言われても仕方がないのかもしれないが、一緒に遭難しているだけなのは見れば分かるだろう。しかしそこは平和の中で生きてきたお姫様、頭の回るイオネではあるが危機的状況に陥りテンパっているようだ。
 だからといって人を責めて気を紛らわすのはよろしくない。年上だとは聞いていたがちょっと教育が必要かなと思い、それならばと彼女の言葉に乗っかる事にした。

「どうするもこうするも、何をお望みなんだい?お姫様。ほらっ、今なら誰も聞いてやしないぞ。恥ずかしがらずに言ってみたらどうだ?クックックッ」

 小悪党をイメージし出来うる限りの下卑た笑いを浮かべて身を乗り出すと、顎を指で摘んで品定めするかのように持ち上げてやる。

「や、やめろっ……私はお前などに屈しないぞ!たとえ身体を奪われようとも心までは……こころ……までは……」

 俺の手を振り払おうともせずされるがままだ。そんな気はサラサラ無いが手を出せば抵抗も無さげな感じがするほどで、この状況では抵抗しても無意味なのだと諦めてしまっているかのようだ。

 仮初めの強がりはあっという間に崩れ去り、これから起こる事に想像が行き着き目に涙を溜め始める。だったら最初から強がるなよと心の中で文句を言いつつも逆に俺が焦り始めた。

「おいっ、泣くなよ。冗談に決まってるだろ?考えても見ろよ、イオネはサラやモニカやティナの親友なんだろ?そんな人にちょっかいかけて、どの面下げて帰るんだよ。しかも俺達はイオネの家に世話になってるんだぞ?俺だけ追い出されちまうじゃないか。
 いいか、別に俺達は死んだ訳じゃない。昼寝して起きたら海の真ん中に居た、ただそれだけのことだろ?目が覚めたんだから後は帰るだけじゃないか」

 必死になって涙を堪えるイオネはどうやら周りが思うほど気が強い訳ではないらしい。ちょっとばかり悪い事をしたなと反省すると気分を変える為、ひいては帰る為に浮き輪の下に風壁を作り、空中へと押しやる。

「えっ!?」

 突然来た違和感と宙に浮き始めた浮き輪に気が付いて驚いている。涙を溜めた赤い瞳を見開くと何が起こっているのか理解出来なくて辺りをキョロキョロとするイオネ。

「俺の魔法だから大丈夫だよ。帰る方向が分かんないだろ?高い所からなら陸が見えるかもしれないと思ってさ」

 風壁に立ち上がった俺は出来る限り優しい笑顔を向けると、声のトーンにまで気を遣い状況を説明してやった。そろそろ日が沈み切るので、高台にあるオーキュスト家の灯りでも見えないものかと思ったのだが、灯りどころか陸地すら見えないので困り果ててしまう。

 いつまでも浮き輪にお尻を嵌めたままではと思いイオネに向かい手を伸ばすと、迷いながらもおずおずと手を取ったので立たせてやる。床にしている風壁の濃度を調節して下が見えないよう配慮しているので、結構な高さまで上がった今でも怖くはない……と、思う。

「町の灯り……見えるか?」

 二人でグルリと見回すもののやはり灯りは見当たらない。仕方がないので最終手段を使う事にして左手を耳に当てた。

「リリィ?あのさ……おい、なんで怒ってるんだよ。飯!?先に食えばいいじゃないか……いや、分からんが努力するよ。それで!頼みがあるんだけど。
 モニカにさぁ、空に向けて光球の花火上げてくれるように言ってくれないか?特大の目立つやつなっ!いや~、帰ろうにも方向が分からなくて困ってるんだわ、頼むよ。あぁ?すぐ?了解、ありがとさん」

 こっちから見て分からなければあっちからアピールしてもらえばいい。モニカの了承を得たので後は魔法の花火が打ち上がるのを待つだけだ。これで見えなければ後はカンで戻るしか方法が無いが、闇雲に動いて陸と反対方向に行ってましたとか洒落にならない。

「それは魔導具なのか?」
「あぁ、通信具って言ってな、俺達の魔法の先生ルミア特製の魔導具だよ。同じ物を持っていれば遠くにいても会話出来る優れ物なんだけど、残念ながら三つしかないんだ」

 通信具と同じように遠隔で会話する為の魔導具はそこそこ存在する。でも大きさが大きさな為にとても持ち運びができる代物ではないらしい。さらに言うと魔石を結構食うらしく、気軽にほいほいとは使えないと来れば設置される場所は限られてくる。
 ギルドならば普段は使わないにしても非常用に設置されているし、大きめの町であれば町の門と領主の屋敷にはサルグレッドから支給されたものがあると聞く。あとは金回りの良い貴族ならだいたい持っているとのこと。

「その内の一つをリリィ嬢が持っているという事は、お前にとってリリィ嬢は特別なのか?」
「リリィが特別なんじゃなくて、俺にとっては五人とも特別なんだよ。イオネには理解してもらえないかもしれないけど、な。リリィが通信具を持ってるのはたまたまそういう役割になっただけだよ。
 それより、そろそろモニカの花火が上がるぞ?見逃したら怒られるどころじゃないからな、何処に上がるか分からないから頼むぞ?」

 しばしの沈黙の後「あ……」と小さな声が漏れた。振り向けば丁度二発目の花火が見逃しそうなくらい小さく彼方に見える。

「見たか?お前にも今のが見えたよな!?」

 帰れる兆しが見えた安堵感からか嬉しそうな顔で俺を見るイオネに「あぁ」と返事をし返した時を狙いリリィから連絡が入る。

⦅見えたか?って言ってるけど、どうなのよ⦆
「ああ、バッチリ見えたから急いで帰るよ。モニカにありがとうと伝えてくれ。じゃあ、また後でっ」

 さっさと通信を切ると、浮き輪を風壁で囲い風の抵抗を無くしておく。
 後は……

「リリィの機嫌が悪くなる前に急いで帰るぞっ!って事でちょっと失礼」
「なっ!ちょっ、おいっ!何をする!?キャッ」

 このまま風壁を空飛ぶ絨毯代わりにしても帰ることは出来るが、速度が出ないのでいつ帰り着けるのか分かったものではない。たぶん今の俺ならいけるだろうと勝手な予測で、イオネの背中と膝に手を回して文字通り “お姫様抱っこ” をした。

 説明も無しの突然の事に暴れたので力ずくで抱き上げると、それ以上の抵抗は無くなった。強引な扱いに少しばかりムッとしているが今は放っておく。
 二人を包むように全身に風の魔力を纏わせエレナのように宙に浮かび上がるイメージを流し込むと足が風壁を離れた。

「うぉっとっとっとぉ!?」
「ちょっ!何でフラフラしてるんだ!?貴様、何をしている!!危ないから降ろせっ」
「うっさい!今はちょっとだけ黙ってろ!」
「うるさいだと!?この私に向かってうるさいとはなんだ!!」
「いいから黙れって、うわぁ~あ~っ!」
「キャーーーッ!」

 姿勢を制御するのに手間取り二人して倒れそうになるが集中したくてもイオネがそれを邪魔してくる。文句を言っても始まらないので目を瞑り無視を決め込むと、荒波に揉まれる小舟のようだった初めての空中遊泳も次第に制御に慣れて落ち着いてくる。

 足元に在った風壁が消えたことに気が付けば、黒く染まりつつある海が遥か下にある事を知り、顔を青くして凄い勢いでしがみ付いてきた。

「おいっ、苦しい……落ちないから大丈夫だって。少しは俺を信用しろっ」
「馬鹿を言えっ!誰が貴様など信用するのものかっ!大体、何で宙に浮いていられるんだ!?」

 信用してないのなら何故に俺にしがみ付く、などとは優しい俺は突っ込まない。きっとまたテンパってるクセに強がっているだけなのだ。俺様は出来る子、学習した事を活かせる秀才なのだ。

「イオネだってエレナが空を飛ぶのを見ただろ?エレナが出来て他の人が出来ないなんて事はないさ。まぁ説明はそれくらいにして、そろそろ動くぞ。慣れてきたらスピード出すからしっかり掴まってろよ?」


 怖いからなのだろうが素直に俺の首にしがみ付いたままでいるイオネを支えつつ姿勢制御に気を配りながら徐々にスピードを上げた。モニカが示してくれた方向へと進んで行けば暗闇に染まり始めた水平線の向こうにオーキュスト家のものと思われる灯りが見えてくる。

「見えたっ、よし、急ぐぞ」

 目標に向かい真っ直ぐ飛ぶだけならもう慣れた。飯も食わずに待っててくれるというリリィの為になるべくスピードを上げてみるとウェーバーくらいの速さは出ているようで少しばかり風が冷たい。

「寒いのか?」

 くっ付いているから大丈夫かと思いきや小刻みに震え始めたイオネに聞くが返事は無い。間近で見る赤い瞳は真っ直ぐに家の灯りを向き、喋りかけた俺になど見向きもしない。
 仕方のないお姫様だとは思ったが、布地の少ないビキニ姿、冷たい風を受ければ寒くないわけはない。身体に纏わせた風の魔力に火の魔力を混ぜて温度を調節してやると、急に暖かくなり俺が何かしたのに気が付いたようでようやく顔を向けて来た。

「返事くらいしたらどうなんだ?気に入らない状況かもしれないけど、これでも気を遣ってるつもりで聞いてるんだぜ?」

 再び視線を屋敷へと向けたイオネ、「ガン無視かよ!」と心の中で突っ込みを入れた時ボソリと一言「ありがとう」と、呟きを漏らした。


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