黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

43.審問

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スパーーンッ!

 揃えた膝を折り畳んで座り、そのまま両手と共に額を床に擦り付ける姿勢は “土下座” と呼ばれる何処かの国で最大限の謝罪を表すポーズらしい。この姿勢を維持するのは腹部を圧迫する上に背中の筋が伸びてなかなかに厳しいのだが、現在、俺の横に仁王立ちする、明王の如く忿怒に燃えるお上の許しが得られるまでは解放されることはないだろう。

「あの……ティナさん、そろそろ出かけませんか?」
「あぁん?誰に向かって意見してるの!?意見出来る立場だと思ってんの?腹立たしいっ!!」
「すっ、すみません……」
「謝れば、はいそうですか、で終わりだとでも?謝ったら何しても良いって思ってるんでしょ!?ほんっと信じられないっ!誰か奴隷用の首輪持ってない?魔力一つでバリバリ電撃走るやつ!」


スパーーンッ!!


「だいたいさぁ、昨日の夜はリリィに「何も無かった、大丈夫だ」とか言ったんでしょ?朝食でそれ聞かされたばかりなのに、ものの三十分も経たずに「嘘です」とか言われた方の気持ちわかる?ねぇ、分かるの?嘘付くぐらいなら付き通しなさいよ!」
「嘘付いてすみません。反省してます」
「反省だけなら猿でも出来るわぁっ!!!」


スパーーンッ!!!


「ティナ~、そろそろ許してあげなさいよ。レイがそうなのは虚無の魔力の影響もあるんでしょ?
いくら言っても無駄だと思うわよ?」

 呆れた様子で紅茶を飲みながら傍観していたサラがなかなか終わりを迎えない折檻に痺れを切らし止めに入ってくれる。今はやるべき事があり、その為にみんなの泊まる宿へと戻って来たのだが自業自得とはいえこの有様だ。

「何よっ!みんなは何とも思わないの!?」
「思わないわけじゃないけど、この先まだまだ繰り返すと思うわよ?それが気に入らないのならレイは諦めるのね。私と違って婚約を公開してる訳じゃないんだから、今ならまだ破談にするのも間に合うんじゃないの?」
「そんな事しないわよっ!でもっ!……でも気に入らないのよ」

 急に シュン としたティナに近寄りそっと抱き締めて頭を撫で始めたサラ。『ありがとう』と目で訴えかけるが彼女から向けられる視線には『私だって許してあげた訳じゃないわよ』と冷たいモノも混じっていた。

「気に入らないものを主張するのはお互いを分かり合う為とストレスを吐き出す為に必要だと思うわ。でも、必要以上に言い過ぎたのならお互いの関係に溝が出来るだけ。引き際って大事なのよ、分かるわよね?後はレイが何かしら埋め合わせをしてくれるはずだから、それで手を打ちなさい」

 サラの腕の中でコクリと頷くのが見えホッと一安心、だがサラの言うように後でみんなに対しての埋め合わせを考えないといけない……自分でしでかした事とはいえ溜息が出るな。

「お前は冒険者として一級品なら女癖の悪さも一級品なのだな。皆を泣かせるようならこの私が直々に成敗してくれるぞ?
 痴話喧嘩で時間を使い過ぎて機を逃したとあっては間抜けにも程がある。そろそろ奴等を叩き潰しに行くぞ」



 イオネの号令でようやく動き始めると魔導車を駆りパーニョン奴隷商会へと向かう。再び通された応接室で待つ事数分、今日はバスチアス一人が俺達を歓迎するように笑顔で登場し席に着いた。

「これは皆様お揃いで、ようこそいらっしゃいました。アレからこの町の奴隷達の仕事ぶりをご覧になられましたか?熱心に働く信用のある奴隷、皆様であれば勉強させて戴きますのでこの機会にお求めになられては如何でございましょう?」

 商人らしい適当な挨拶で登場したのだが、俺達の持つ神妙な空気に気圧されて何事だと警戒心が高まるのが目に見えて分かる。

「すまんなバスチアス、察しの通り今日も商談をしに来たわけではないのだ。少々我々の話に付き合ってもらおう」

 そんな彼の横にスススッと視認していなければ気付かないほどに気配無く近寄るのは一緒に付いて来たユカだった。
 流石、表はウェイトレス、裏は諜報員という二つの顔を持つ娘と言ったところで、丁寧に、かつ素早く書類を机に置くと、再び気配無くイオネの後ろに移動して何事もなかったかのように澄まし顔で立っている。

 バスチアスが訝しげに書類に視線を落としたのを皮切りに密売容疑の強まったパーニョン奴隷商会に対する査問会が開始された。


「その資料はパーニョンの領主フラース・エルコジモ男爵の所持する獣人に関するモノだ。一通り目を通してみて気が付く事はないか?」

 置かれた資料を手に取りクリップで留められた紙の束を一枚一枚丁寧に読み進めるバスチアス、その真剣な表情にあれ?と思うが何も言わずに見守った。

「それは貴様もよく知る獣人登録証明書だ。一枚ずつ見てても何が言いたいのか判り辛かろう。一番後ろのページを見てみろ。ウチの優秀な人員が要点をまとめた資料がある」

 チラリとイオネに視線を送ったバスチアスは言われるがままに最後の一ページをめくった。そこには獣人の名前、種別、譲渡人の名前と、その獣人の証明書の記載ページが細かな字ながらも見やすく一覧となっている。

「何だこれは……馬鹿な、私にはこのような獣人を取り扱った覚えなど無いぞ!?」

 一覧を見て証明書を確認し、また一覧を見てと焦りを含んだ表情を浮かべながらも何度も何度も繰り返している。
 やがて気が済んだのか、顔を上げて動揺した目でイオネを見たバスチアスは、手を叩き人を呼ぶと「獣人の販売記録を持ってこい」と静かに告げた。

 今までの自信に満ちた声とは明らかに違う沈んだ声色は彼の心の有り様そのもののようで、酷く疲労したようにソファーに深く腰掛け空を仰ぐと静かに問いかける。

「姫様、この証明書は本物なのでしょうか?」

「無論だ、エルコジモのように固定した土地に根を張り暮らしている者の持つ獣人登録証明書は、その土地最寄りのギルドで証明書の写しが保管がされ、誰がどの獣人をどれだけ所持しているのか管理されているのは知っているだろう?それを更に写したものが貴様の持つ資料だ。

 ギルドで証明書が発行されると一枚はギルドが、もう一枚はハンターに渡され、それがやがて飼い主へと渡るとき譲渡申請の際に写しがギルドに保管される。つまり、何処かで証明書を偽装しようにも発行されたギルドにある物と飼い主が持つ物の両方を書き換えないと調べられたらバレてしまうという事だ。

 そこで私の優秀な手足は寝る間も惜しんで各地に飛び回り、発行したギルドまで直接赴いて確認して来てくれた。もちろんこの短時間で全ての確認が終わった訳では無いが、ほぼ全ての証明書に偽装が無い事を確認している」

「そうですか、これは真実……」

 何を考えているのか知らないが王女という立場の者が話しているのを目を瞑り天を仰いだままという商人らしからぬ失礼な態度で聞いているのは、その資料を見ただけで俺達が何をしに来たのか理解したからだろう。

 イオネの話を聞き終わった所で先ほどの女性が辞書のようなしっかりとした造りの厚めの本を持って現れ、バスチアスに手渡した。

 幾分落ち着いたようでゆっくりとしたペースで本に目を通し始めると、十人もの人間が居る筈の部屋の中に紙をめくる音だけが響いている。


 十五分ほど経っただろうか、出された紅茶に口を付け、膝の上に座る雪の髪を撫でながら誰一人言葉を発する事なく彼の調べ物が終わるのを待っていると、おもむろにパタンと本が閉じられる。

「ジェイアスを呼んでくれ」

 バスチアスがそう言うと、少し離れて待機していた本を持ってきた女性が一礼して部屋から出て行った。

 それを横目に確認すると持っていた本を机に置き腕を膝に置いて手を組むと深い、とても深い溜息を吐いて誰に告げるでも無く一言呟いた。

「私はこの件に関与していない……だが責任は私にある、か」


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