黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

46.気持ちを体現するモノ

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 エルコジモ男爵邸、通称獣人の館の広い庭には一組の男女と一人の少女を遠巻きに見守る人集りが出来ていた。その中には青い顔の男爵の姿もあったのだが、女が腕一本で背後から少女の首を拘束しているのを口惜しそうに歯噛みしているのみで、手も足も出ないと言った感じにただただ見守っているのみだ。

 そんなモノを視認すれば目標がどれかなどと聞くまでも無く一目散にノアへと飛び込んで行く。


「ノアに触れるなぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 だがノアを拘束する見覚えのある白衣を着た女に近付くと、ノアに影響を与えないようにだろう、魔導車など比べ物にならないほどの超高速で飛んで来た俺だったがノアの元に早く行きたいという気持ちとは裏腹に、自分では意識しないながらも勝手に速度が落ちた所にノアの横に立っていた筈の男が突然目の前に現れ蹴り飛ばされてしまう。


 魔族の力をもってしても軌道を逸らす事しか出来なかったようで、三人を挟んで人集りとは逆側の花壇を押し潰し、畑を二十メートルほど抉るとようやく勢いは止まった。

「おいおい、来いとは言ったが、空飛んで来いとは言ってないだろう。人間が空を飛ぶとか非常識にも程があるぞ?そんなに慌てなくても優しい俺様はちゃぁんと待っててやるってぇのにな、クククッ、おいっ、聞いてるか?」

 お陰で多少頭が冷えたらしく、ジェイアスの言葉を理解する事が出来た。

 すると、愛しいあの声が聞こえてくる……


「レイ様っ!レイ様ぁぁっ!!」


 生きている事は見て取れたがその声を聞けて無事なのを認識すると少しだけ ホッ とした自分が分かり、怒りと心配とで ドロドロ としていた頭が少しずつクリアになっていく。

『待ってろ、今解放してやる!!』

 ゆっくり立ち上がるとノアの悲痛な顔が目に入る。金の瞳に涙を溜めながらも俺の事を心配して目を見開く姿に『お前は今捕まってるんだぞ?』と自分の状況をすっかり忘れてしまっているノアらしい姿に クスリ と笑えてしまう。

「ノア、無事だな?少しだけ待ってろ」

「無事ですっ!でもこの人達は魔族なんです、レイ様が怪我をしてしまいます。私の事は良いですから、レイ様は逃げてくださいっ!」

「人の心配より自分の心配しろよな。俺こそ大丈夫だから大人しく待ってろ。だいたいな、お前が攫われたら助けるって約束したろ?せっかく来てやったのに逃げるなら最初から来ないっつぅのっ、頭使えよ?あほちんキツネ」

「んなっ!……レイ様の事を心配して言ってるのに、それっ、酷くないですか!?もぉっ!レイ様のばかぁっ!」

「おーおー、たかがキツネ相手にお熱い事で。いや~、羨ましいねぇ。ツィアーナ、俺達もラブラブしてみるか?」

 両手を広げておどけて見せると、感情を見せずにノアを拘束する白衣の女、ツィアーナに近寄り意思を確かめるように頬に手を当てた。

「バカ言ってなくていいわ、さっさとやる事やりなさい。帰ると決めたのならイレギュラーが起きないうちにさっさと帰るわよ」

「あ~あ、振られちまったよ。今日二度目、俺ってそんなに魅力ないかぁ?少なくともお前よりはいい男だと思うんだが、そう思わないか?レイシュア・ハーキース」

 ツィアーナから離れゆっくりとした足取りで俺へと歩き始めたジェイアスの顔は奴隷商会で何度か見た執事然とした澄ました顔ではなく、ニヤニヤとしたいやらしい薄笑いを浮かべている。恐らくこれが奴本来の……魔族としての顔なのだろう。その性格が滲み出ているような吐き気のする顔だ。

「お前はつくづく俺達魔族に楯突くんだな。少しくらい力があるからと言ってもたかが人間、いい気になるなよ?上からは殺すなと命令が下っているんでなぁ、残念な事に殺してはやれねぇが、逆に言えば殺さなければいいって事だ。ケネスのガキのように四肢を無くして地べたを這いつくばる様をお前の女達に見せてやろうか、クククッ、ハーハッハッハッハッハッーッ!」 


「ほんっと、悪趣味ね……くっ!?」

 ツィアーナの背後から音も無く低姿勢で疾走して来た銀の弾丸、その気配に気が付き振り向いた時には直ぐ側まで接近を許していたが、喉元を狙い飛び掛かって行った銀狼の口を空いている腕で叩き落とすと、地を跳ね転がって行く獣姿のミアに追撃の魔法を放った。


 爆発により錐揉みしながら再び宙を舞うミアが視界に収まったとき ドクンッ! と大きく鼓動が高鳴る。
 昨晩ノアの告げ口によりミアの気持ちを知ってしまった。その場の雰囲気からとはいえノアと共に一晩を共にしたミア。その時までは彼女の事を特別だと思っていたわけでは無かったが、自分に想いを寄せてくれるミアに気持ちが傾きかけていたのは間違いないだろう。

 俺を抑える為の道具として捕らえられたノア、そして同じ人物がミアまでをも傷つけた。

「キャィッ!キャウッ、キャウキャゥ……」

 ミアが地に落ち何度も跳ねながら地面を滑る様は、ノアの声を聞き静まりかけていた黒い感情に活力を与える引き金となる。
 俺の心の奥底から火山が噴火するように再び吹き出す黒いモノ、その勢いはとどまる事を知らず俺の胸を飛び越えると体外に黒い霧となって姿を現した。

 それを見た瞬間、危険を悟ったジェイアスは咄嗟に横に飛ぶと間一髪で黒い霧の通過を避け切った。振り向いたジェイアスの見守る中、黒い霧はそのまま一直線にツィアーナへ向かうとノアを捕まえる腕だけに絡みつき真っ黒に染め上げる。
 次の瞬間には黒い霧が離れて行くが、そこにツィアーナの腕は存在せず、ノアを拘束することが出来なくなっていた。

「なっ、なんだあれは……」

 突如解放されて前につんのめるように倒れ込むノア、腕の感覚が無くなった違和感と抱え込んでいた筈のノアが離れて行くのが分かったツィアーナが自分の腕が無いことに気付いて目を見開いた時、ミアに危害を加えたもう片方の腕が黒く染まると、次の瞬間には風にでも流されるように再び黒い霧となって柔らかくフワリと離れて行った。

 後に残るのは両腕を肩のすぐ下から失い信じられない物を見るように目を見開いて立つツィアーナの姿と、それを地面から見上げるノア。


「うぁぁああぁぁぁぁあぁあぁぁああっ!!!」


 自分の身体がどうなってしまったのかようやく理解が追いついたツィアーナの腹から吐き出された叫び声が、観客である男爵邸の皆が見守る前で盛大に響き渡った。


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