黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第七章 母を訪ねて三千里

幕間──ミア物語 後編

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 彼の部屋は暗かった。

 ノアはベッドで寝息を立てており、彼は風呂にいるようだ。コトの最中でなくて良かったと胸を撫で下ろすとベッドの下へと静かに忍び込んで彼を待った。

 ベッドに入って行く彼を感じ、心臓の音が聞こえて私が隠れているのがバレるのではないかと不安になりつつも静かに衣服を脱ぐ。今も昔も誰かに裸を晒したことなど無い。
 今まで感じた事のない喉がカラカラになるほどの緊張の中、破裂しそうな勢いで高鳴る鼓動を抑えつつ『ここまで来たのだから』とベッドに忍び込むとノアと抱き合う彼に身を寄せた。

「おっ、お前!何してるんだ!?」

 そんな事をすれば驚くのは必然、しかしここで退いては行けないと勇気を振り絞り、昨晩のノアの真似をして必死になって彼を口説く。
 するとあろうことか、自分達の邪魔をしに来た私をノアが援護してくれる。

 私は自分の事ばかりでノアの事など考えもしなかった。彼とノアとの間に入り込めば、ノアからも邪険にされて当然だろう。にも関わらず拒否されるどころか「三人で」と彼を勧説し始めたのだ。

 ノアはドジっ娘で役に立つ印象の薄いキツネの獣人。それなのに銀狼だというだけでちやほやされていた私よりよっぽど大きな存在だった。

「後悔しても知らないぞ?」と言いかけた彼の優しさを押し除け、私は私の欲するがままにノアと共に彼を求めた。


──その晩の出来事を忘れることは決してないでしょう


 初めて知った快楽の世界、まさにノアの言う通り “天国” に来たかのような幸せしかない素敵な世界だった。好きな人に抱かれるのがこんなにも気持ちの良いものだと知っていれば……アベラート様ともしておくんだったと後悔が後を絶たない。
 でもそんな事を思っても二人とも死んでしまった今となっては後の祭り、もうどうにもなりはしない。

──アベラート様に会ったら聞いてみよう、「どうして私は抱いてくれなかったのか」と……




 翌日、朝食を食べ終わり彼が一人で出かけると言うので仕方なく自室に戻りベッドで昨晩の事を思い出して一人、ニヤニヤしていた。

 あのまま本当の意味で天国へ行ってしまっても良いと思えるほどに、心も、そして身体も満たされて幸せな眠りに就いた。


──本音を言えば “もっとして欲しい” 


 そんな事を考えてる自分がいる事に苦笑いを浮かべていればなんだか外が騒がしい。

 何事かと覗けばツィアーナに羽交い締めにされるノア、その前には卑しい笑いを浮かべる見知らぬ男の姿が……
 屋敷の皆が二人と対立するように集まって騒然としているのでノアのピンチを悟るのにさして時間はかからなかった。


──脳裏に浮かぶのは自分が殺される間際の光景


 同じ人を好きなったノア、彼女は昨晩私を助けてくれた。ノアがいなかったら彼と結ばれることも無かったと思う。
 役目を果たしたら消えゆく私とは違い、ノアはこれから彼と共に幸せな人生を生きるのだ。そんな彼女を私と同じように殺させる訳には行かない!

 銀狼と化し飛びかかる私をただの人間の筈のツィアーナがいとも簡単に片手ではたき落とすと、驚くことに強力な魔法を放って来て、無力な私は何も出来ないまま地面を転がった。
 しかし、愛するノアを盾にするツィアーナに怒り狂った彼は、いとも簡単にノアを取り戻すと地面に倒れる私の元にも駆け寄り抱き上げてくれる。

「ノアの場所、もらった」

 私の心配をしてくれることに嬉しくなり少し調子に乗ってノアを挑発すると「だめー!」と叫びながら私達に飛び付くノアと共に、二人で愛する男に身を寄せた。

 彼の仲間の女性達が現れ犯人の男をボッコボコにすると、彼の目的であった男爵の密売が公に晒され、イオネ姫により裁きが下された。



 彼のやる事が終わり、いよいよルイスハイデに向かおうとした時、何故かノアは彼と別れると言い始めた。
 彼の周りにいるのは凄い人ばかりで引け目を感じるのは分かるけど、それだけの事で捨てられる想いではないクセに「自分の住む世界ではない」と否定し、旅立つ彼を見送り自身は屋敷に残ると言う。

 私なら是が非でも付いて行く。ノアの考えは分かるけど、その気持ちまでは分からない。
 ただ、泣きながら走り去る彼女を見れば、その決断にどれほどの勇気がいったかくらいは想像が出来た。

 呆然と立ち尽くす彼の背中を押して屋敷を出ると、彼の心にも大きな傷が出来たようで、元気もなければ一言も喋らない。

 アベラート様とは私が殺される事で無理矢理引き離された。彼とノアがお互いに傷付きながら別れを決めた事に納得はいかなかったが、それでも彼の心を癒してあげたくてどうしたらいいのかを彼の背中でずっと考えていた。


──でも、私に出来る事など、これしかないだろう


 暗闇に舞う綺麗な剣を見て心を決めると、少しだけ使える闇魔法を行使した。それは自分に素直になるだけの簡単な魔法。
 後は簡単だった。彼もルイスハイデの男、女の誘惑には……弱いのだ。

 彼が私の事をどう思っていようとも、そんなのは関係ない。私は彼の事が好き。だから昨晩のように身体だけでも愛して欲しかった、ただそれだけ……。
 それでノアとの別れ痛みが少しでも和らぐのならそれに越した事はない。私などが癒してあげられるとは思えない、だから目を背けさせるだけで精一杯。それでも彼に何かしてあげたかったのだ。


──アベラート様、ごめんなさい。これで最後だから……


 ノアにも悪いとは思いつつもその晩は彼を独占出来たことに幸せを感じ、最後の夜はあっという間に過ぎ去った。




 ルイスハイデには初めて入った。廃墟と化したその国は少し前に滅ぼされたのだと聞いていた。
 来たこともなかった場所、見分けのつかない瓦礫の山だというのにアベラート様の居場所はすぐに分かった。愛しい彼がそこにいる、そう思うと、もう一人の想い人が隣にいるというのに当時の幸せな記憶が蘇り胸が張り裂けそうになる。


──浮気男に会いに来た浮気女……ね


 自分が想いを寄せる者同士を引き合わせるというなんとも滑稽な場面に自分の馬鹿さ加減を知るが、それももうすぐ終わりを迎える。

「会えた?」

 アベラート様の気配が無くなったのを感じ取ると最後の目的地へと急ぐ。

 昔と違い、人と会うことの無くなったヴィクララ様は住まいを地下へと移していた。おかげで場所が分かりづらいったらありゃしない。
 なんとか転移魔法陣の場所を探し当てるとヴィクララ様への合図をするよう彼に魔力を込めさせた。

 その魔力に反応し魔法陣が起動する。

黒い不思議な光に包まれる彼に……別れの口付けをした。
 『ノアを大切にしてあげてね』と言うつもりが、その前に私に与えられた時間が終わりを迎えたようで言えずに終わってしまった事を後悔した。




 仮初の肉体を失い、再び魂だけとなった私の傍に五百年ぶりにアベラート様が寄り添い抱き締めてくれる。
 温もりは伝わらないものの心が直接触れているような安心感が私を包み込む。

「アベラート様、ずっと、ずっとお会いしたかった。でも一つだけ報告があります。私は浮気をしました。貴方とそっくりな彼の事が好きになってしまい、身体を重ねたのです。
 でも、私は今でもアベラート様の事をお慕いしてます。それは未来永劫変わる事は無い。……浮気した私を許してくださいますか?こんな私でも、まだ愛してると言ってくださいますか?」

 少し上を見上げボリボリと頭を掻いたアベラート様は仕方のない子供でも見る目で私を見てくる。

「まっ、俺の力が無かった所為でミアを死なせちまった。おまけに五百年という途方もない時間待たせることになった。それでも変わらず俺の事を愛してくれると言うミアの浮気を叱る権利が俺にあるのか? 第一、浮気は俺の専売特許だろ?」

 二人で笑い会うと本当に幸せだと思える。このままここでこうしていたいと思うけど、それも許される事では無い。
 アベラート様と唇を重ねると、積もり積もった想いを込めて力の限り抱きしめた。

「ミア、逝こうか」
「はい……アベラート様」
「ん?」
「愛してます」
「俺もだよ、ミアを愛してる」


 この世界に留まるための時間を全て使い切った私達は、早く来なさいとばかりに天へと引き寄せられて行きます。
 ですが私達は五百年という時を越えやっと再会を果たしたばかり。

 天国へと着くまでの間、私達は想いの限りキスを続け、お互いの愛を確かめ合いました。



 私の名はミア、ルイスハイデの二人の王様を愛した女。
 サヨナラ、もう一人の愛しい人……


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