黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

8.サプライズ!結婚披露パーティー

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 貴族の屋敷とて個人宅にこれほど広い部屋が用意されている所は少ないだろう。
 会場となったのは、端に立つと部屋の真ん中付近にいる人が誰なのか認識するのに一苦労するほど広い部屋。

 サルグレッド王宮の催事場は三百人規模のパーティーが行えるという半端なく大きなもので、それと比べたらいけないかもしれないが二百人なら行けると言うサザーランド家のパーティー会場も『広い!』の一言しか言葉が出てこず、天井からいくつも吊るされている沢山の宝石のようなガラスで造られた三段ケーキ形のシャンデリアが キラキラ と光り輝く様子を ボーッ と眺めていた。


カチャッ


 ケヴィンさんの申告通り百人は居るだろう煌びやかに着飾った会場に集まる紳士淑女達。この全てが仲の良いお友達だと言う事からも彼の人柄が推し計れるというもの。

 思い思いに談笑し今夜の主役の登場を待ち構える中、扉が開く微かな音で瞬く間に会場が鎮まる。
 その注目を一身に浴びた純白のドレスに身を包んだ乙女が会場最奥の扉を抜けてゆっくりとした足取りで歩き始めたと同時、待機していた楽団の演奏が静かに始まり厳かな雰囲気が醸し出された。

 足音を立てず静かに歩く彼女のオレンジ色の髪には五連になった白薔薇が飾られ、俯き加減の顔はそこから垂らされた白いレースに覆われて今はまだ見ることはできない。
 レースの端に施された花の刺繍が、光沢のある綺麗な布を幾重にも重ねられて造られた上半身に花を咲かせているように見え、そこから伸びる細く白い腕が彼女の可憐さを引き立てている。

 会場の正面にある雛壇の中央に設けられた祭壇上に建てられた一メートル程の女神像が会場を見守り、その前には急な呼び出しにも関わらず俺達の為にわざわざ足を運んでくれたこの町の神父さんが見違える程に美しく着飾ったティナの到着を優しい眼差しで待ってくれている。

 女神像から真っ直ぐに伸びるレッドカーペット、そこを挟んで両端に別れた来場者達に見守られ、今までの事を踏みしめるように一歩一歩ゆっくりと進んで来た今宵妻となる俺の花嫁。

 雛壇下で待つ俺の前まで来ると、肘までの真っ白なグローブを嵌めた両手で持っていた四本の白薔薇を中心とするブーケを右手に持ち替えると、差し出した俺の右手に空いた左手を添えて嬉しそうにはにかむ顔がベールの奥に見えた。





 婚約披露の予定から一転、結婚披露へと変更された今宵の食事会。来客者の心境としては然程変わりがなかったのか特に問題もなくすんなりと受け入れてもらえ、誠に勝手ながら俺とティナの結婚式にも参列して頂いた。

 集まってくれた来客の中に未婚の女性は少なかったのだが、滞りなく式が終わるとブーケトスが行われた。
 だが、何処をどう間違えたのか、後ろを向いたティナの手から放たれたブーケは待ち構えた女性陣の遥か頭上を通り越し、あわや床へとダイブするかと思いきや、近くで控えていたごく普通のメイド服に着替えたコレットさんが慌てて飛び出しキャッチしたのだった。

「ひゅ~ひゅ~っ!次はコレットの番ね!」

 幸せのお裾分けの象徴であるブーケが地に落ちてしまっては縁起が悪いと咄嗟に拾ってくれたコレットさんにモニカが冷やかし混じりのエールを送る。
 モニカの姉のような存在である彼女にも幸せになって欲しいという想いを込めての事だろうが、仕事人間のコレットさんはその想いを受け取る事はせず、近くのテーブルでブーケをバラし始める。

 皆が見守る中、ものの一分という早業で花輪へと作り替えるとリリィの頭へ乗せた。

「次の花嫁はリリィ様ですよ」

 そう残してそそくさと会場から姿を消したコレットさんに『上手く逃げたな』と苦笑いしつつ、サラやティナに冷やかされ満更でもなさげに照れるリリィを見て和やかな気分となった。



 その後は大変だった。何せ会場に居たのは四十組を超える商人の夫婦。サラと婚約している事も当然知っており、王族の一員となる俺に顔を覚えさせようという魂胆なのか、次から次へと挨拶に訪れる人が絶えなかったのだ。

 向こうからしてもサラが一緒に居てくれれば一度で目的の二人と顔を合わせられる上に俺は聞いているだけで良かったのだが、肝心のサラはティナに遠慮したのか近寄っては来なかった。

 こういうのにも慣れなくてはいけないのかもしれないが、こんなに沢山の人の顔と名前をたった一度言葉を交わしたからとて覚えられるものではない。
 視界の隅で美味しそうな食事をバクバク食べている何者にも縛られないリリィが羨ましくて仕方なかったが、俺は何も食す事が出来ずに手にしたシャンパンに口を付けただけだった。


「お疲れ、彼で一通りの挨拶は終わりだよ。油断していると第二波が来るからね、今のうちに私達も食事にしよう」

 ケヴィンさんに連れられ会場の隅の方にある高テーブルに向かうと、コレットさんが小皿に取り分けてくれた料理を運んでくれる。
 大勢の人との接待で疲れていたのもあるが『さっき、逃げたよね?』と声には出さず俺の心を詠むコレットさんに不満をぶちまけると、何の事でしょうとばかりに ニコリ と微笑むので溜息が出る。

「お兄ちゃん、大丈夫?また疲れたんじゃない?」

 薄いグレーのドレスを着たモニカがティナとは反対側に来ると、耳からぶら下がる小さな石を連ねた少し長めのピアスが照明を反射し、普段とは違い化粧を施して少しだけ大人な雰囲気を醸し出す見慣れない感じに胸が高鳴る。

「ありがとう、でも、そのうち慣れるさ。それよりモニカ、飲み過ぎじゃないのか?」

 なんだかやけに陽気な感じがするその顔はほんのり赤くなっており、これはと思えばやはりそうだったようだ。
 えへへっと悪戯っぽく笑いながら逃げて行く後ろ姿に『誰かにお持ち帰りされるとか、ないよな?』と不安が駆り立てられるが、俺とは違い楽しんでくれているのは嬉しいには嬉しい。

「美人な方ばかり何人も妻を持つと心配が絶えませんな」

 モニカの心配をしていると隣のティナに『今日くらいは私だけを見て!』と無言のままにほっぺを摘まれる。そんなところに、ムキムキの長身を窮屈そうな服に押し込んだ、意外と正装の似合うジェルフォがやって来た。

「ジェルフォ氏には奥さんは居ないのですか?」

「いや、実はですね。大森林で待たせている妻が二人おります」


「「「二人ぃ!?」」」


「娘が二人と息子もおります」

「うっそー!?」
「マジか!?」

「はははっ」と笑うジェルフォはついこの間まで人間に捕まっていたというのに、もう二度と会わないつもりだったのだろうか……。

「ジェルフォ、そんな人がさぁ、人間に捕まってちゃダメじゃね?」

 自由になった今だからこんなに落ち着いていられるのだろうが、捕まった当時はたぶん気が気ではなかったのだろう。そう考えるとオークションで見た殺意すら感じさせる鋭い眼光は、家族と引き離された悲しみからくるものだったのかもしれないな。

「いやぁ……面目ない。だからレイ殿には感謝しても仕切れないのです。私に出来る恩返しなどたかが知れてますが、どうでしょう?娘の一人でも貰って……」

「まてまてまてっ!気持ちだけで充分だから!丁重にお断りしますっ!!」

 先程までの怒涛のような接待の嵐でも『二人も三人も変わらないよな?』的に自分の娘を押し付けようとしてくる人が何人もいて、断るのにかなり神経をすり減らしたばかり。その娘達も娘達で王族と言う身分を欲してなのか満更ではない様子なので堪ったものではなかった。
 その上、身内とも言える立場のジェルフォからもそんな話を持ちかけられては心が休まる暇が無いではないか。

「ジェルフォ、人間と獣人の感覚を一緒にしてはダメだろう?いくら複数の妻を持たれているレイ様と言えども、そう誰でも彼でもウェルカムと言うわけには行かないだろ。
 それより、お前が結婚していたなど初耳だぞ?」

「あれあれ~?ジェルフォったら私に内緒で結婚してたのぉ?このスケベぇ~っ。 で?相手は誰なの?やっぱり王宮の娘?ねぇえ~っ、だれだれ?」

 突然ジェルフォの背後から飛び付いた薄い水色の涼しげなドレスを身に纏うアリシア。そんな姿なのも気にせず普段と変わらぬ様子で ピョン と飛び付いておんぶ状態から肩越しに顔を覗き込むものだから、足は腰に絡みつき、まるで子供がお父さんに抱き付いているかのようだ。

『おいおい、義理母様?』と思っていたら俺の背後からも勢いよく近付く何者かの気配がする。つっても、そんなことをしようとするのはアイツしかいないが……。

「どーーんっ!レイしゃん、飲んでますぅ?だめれすよぉ、今夜の主役はレイしゃんとティナしゃんなんですから、思いっきり楽しまないと!ほらっ飲んで飲んでって、アレ?このグラス空でした、えへへっ」

 嫌な予感がして机から少し身を離すと、アリシアと色違いの薄いピンク色のドレスを着たエレナが同じように飛び付いて来て、危うく机の上のご飯を床へとぶちまけるところだった。

「お前なぁ、呂律が回ってないじゃないか。自分で飲み過ぎなの分かってないだろ、お酒禁止令出すぞ?」

「えええええっ!?しょんなぁ……わたしぃまだ少ししか呑んでないれすって!でぇ~んでん大丈夫なんれすから、任せてくらさいっ」


スパーーンッ!
「あふっ……」


 何をどう任せるのやらと思いつつ「いいから降りろ」と言おうとした矢先、会場中に響き渡る派手な音が耳元で聞こえ来るので俺までびっくりしてしまう。

 当然『何事!?』と会場中の注目が集まると同時に全ての音が止まり、広い会場が一瞬だけとはいえ静寂に包まれたのだが、楽団の機転で音楽が再開すると再び会場が喧騒に包まれて行く。

 ちょっと派手にやり過ぎた事を悟った賢いリリィは手にしたハリセンを何処かへ仕舞うと、未だ俺の背中にへばり付くエレナの首根っこを掴み強引に引き離すと長い耳に口を近付け「アンタ呑み過ぎ!お酒禁止!」と怒鳴りつけてから ポイッ と軽々しく投げ捨てる。

 宙を舞うエレナを見て驚くケヴィンさんを余所に空中で一回転して スタッ と見事な着地を決める……が、そんなことをすればスカートが膨らみ中身が見えてしまうのは必然。
 リリィに向けて ベーッ と舌を出してから何事も無かったかのようにご飯の置かれた壁際のテーブルへ向けてスタスタと歩いて行くが、途中ですれ違うウェイターさんの配るワイングラスを手に取るのを忘れなかった。


「結婚おめでとう。これで私とレイとの結婚に文句も言わないわよね?」

 真紅のドレスが良く似合うリリィはせっかく綺麗におめかししているティナの両頬を下から片手で掴むと、ティナの口がタコのように小さく纏まって突き出し変顔へと変わる。

 その様子をジェルフォの背中から見たアリシアが彼の頭をバンバン叩きながら大笑いするので、ムッとしたティナがすぐに払い除けると俺の腕に抱き付いた。

「最初からリリィの結婚に文句なんて無いわ。でも、今夜は私だけのモノ、邪魔はさせないわよ」

「はいはい、お好きにどうぞ」

 素直に “おめでとう” だけ言えないものかとは思ったが、微笑みながらひらひらと手を振り食事を漁るエレナの元へと去って行くのと入れ違いに、セリーナを連れたイルゼさんがやって来た。

「リリィちゃんと喧嘩したの?」
「いえ、いつものコミュニケーションです。騒がせてすみません」

 昼に会った時はポニーテールだったイルゼさんの髪型は、垂れ下がっていた髪をポニーテールの根元を中心にぐるぐると巻き付けてピンで留められている。そこに煌びやかな髪飾りが取り付けられただけなのに随分と印象が変わり、黒を基調としたベルベット生地のドレスとも良く似合い、如何にも貴婦人といった印象がする。

「ティナ姉様、ご結婚おめでとうございます。婚約披露のパーティーだと聞いていましたが、まさか結婚を披露をなさるとは驚きました。レイシュア兄様、ティナ姉様を幸せにしてあげてくださいね」

『お前、九歳は絶対嘘だろ』と堂々たる祝辞をくれるセリーナは淡いピンク色のドレスに白いレースをふんだんにあしらえた可愛らしいもので、小さな白い貝殻のイヤリングが更なる可愛さを引き立てている。
 どちらかというと美人系の彼女には不釣り合いな気もしなくはないが、そのアンバランスさがまた良い味を出しており、イルゼさんのセンスの良さが伺えるというもの。

「ありがとう、もちろん二人だけじゃなく、みんなで幸せになるさ。それより、セリーナに良い人はいないのか?」

「私は今のところ必要だと思っていないので男性に対して興味もありません。私が結婚するのは一端の商人として自立出来るようになってからですね」


──いや、君、貴族だから……商人違うから!


 などという少女の目標を壊すような突っ込みはしなかったが、男に興味が持てないのであればそれはそれで仕方がないと思う一方で、イルゼさんの言った“偏り過ぎ” というのが良く分かった気がする。

「そういえばアリシアも男性を意識するのが遅かったよな。でも自分の気持ちに気が付いたらすぐに駆け落ちするとか、ちょっと行動派過ぎると思うぞ?しかも未だにそれが治ってないと見えるが、そろそろ自分の立場というものも考えられる歳だよな?」

 ジェルフォの手により器用に背中から引き剥がされたアリシアは、ライナーツさんの隣に降ろされると悪戯がバレた子供のように小さく舌を出す。

「セリーナちゃんも、そのうち運命の王子様が迎えに来てくれるわよ。でも、その時に躊躇したらダメよ?この人が運命の人だと思ったら何を差し置いてでも迷わず飛び込みなさいっ、それが幸せへの近道よ」 


「「お前は少しは考えろ」」


 ライナーツさんとジェルフォが見事にハモり、二人からの手刀のプレゼントを頭に貰ったアリシアが再び小さく舌を出すと、その場に笑いが溢れた。




 その後はある程度食事を取れた辺りで再び他の参加者が話し掛けて来たので、ケヴィンさんを交えてティナと三人で対応に追われた。

 順番的にはリリィの予定だったのだが、気を利かせてくれたのか今夜はティナと新婚初夜を過ごすこととなった。
 来客の対応で気を遣ったせいか少しお腹が空いていたので、パーティーの残り物を貰うと二人で部屋へと戻りイチャイチャしながら二回目の夜ご飯を食べ、一緒に風呂に入り、愛を確かめ合った。


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