黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

17.リベルタラムズの行く末

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 風の絨毯がゆっくり下降し甲板へ降り立てば、昔よく見えていたティナのように全員が全員、犬の尻尾が激しく振られている幻覚が見えるほどに五十人の海賊達は目を輝かせている。

「あっし等はおこぼれに預かっただけだ。楽しむのは良いが羽目を外しすぎないようにな、解散っ!」

 テツの号令で一斉に駆け出した海賊達は我先にと目の前のプールに飛び込んで行く。海に囲まれて生活していたくせにプールにはしゃぐの?と疑問にも思うが彼等には彼等なりの思いがあるのだろう。

「ミレイユちゃんっ」
「待ってたのよ?」

「ひゃぃっ!?」

「次は何に着替える?もうちょっと過激な水着とか?」
「それも良いけど、いっそのことドレスとかどぉ?」
「あぁ、いいわね。みんな水着だから余計目立つし、そうしましょっ!でも、ドレスなんていくらでもあるから選ぶの大変よ?」
「時間が無いわ!そうと決まればさっさと行くわよっ」

 ニコニコ楽しそうなアリシアと共に、年が近いせいか気の合ったイルゼさんがミレイユの両腕をガッチリ固めると本人の意思など御構い無しに船室へと引っ張って行く。
 何がそうさせたのかは知らないが、昼間ケラウノス号に来たときも二人で部屋へと引きずり込んで水着姿に替えてさせていた。本人も嫌がっているわけではないようだが、意思のないままにされるがままなので、多分二人にとってのミレイユは大きな着せ替え人形とでも思っているのだろう。


 いい歳こいた海賊共がドッボンドッボンと飛び込み台から楽しそうに飛び降りる中、大人数で、しかも急遽ということもあり、出来上がった順に運ばれてくる料理をお行儀良く座って待つ海賊達もおり、ケラウノス専属のメイドさん達がワゴンを押して来る度に目を丸くしているのが面白かった。

 また、週一で、しかも一人一杯しか飲むことが許されていなかったという酒が今日は飲み放題ということもあり、半数以上が酒に溺れてベロベロになっている。

 そんなところに船室の扉が勢い良く開け放たれると、皆の注目を集める為に手を叩いたイルゼさんと満足気なアリシアが扉の両脇に別れて立った。

 満を持して登場して来たのは言うまでもなくドレスで着飾ったミレイユ。黒いロングドレスにこれでもかと言うほどのスパンコールが散りばめられた衣装は照明を反射し星空を写しているようにも見える。
 紅い髪は後頭部で髪留めによって纏められ、白くて細いうなじがドレスの色と相まって余計に白く見え、可憐な貴族嬢のようにしか見えない。

 やはりと言うか何と言うか、本人も満更ではない様子で自分のドレス姿が気に入ったのか、先程殴り合いの喧嘩を始めようとした姿とは打って変わって少し恥ずかしげに俯き、しおらしいお嬢様になりきっている。

「馬子にも衣装とは良く言ったものだな!ミレイユ、喋らなければ貴族の娘みたいだぞっ、ガハハハハッ」

 海賊達のもてはやす声は気にも留めなかったのにルナルジョの言葉だけは良く響くようで、夢から醒めてしまったミレイユはお嬢様から海賊へと早変わりし「んだとっ!」と力強い一歩を踏み出す。
 しかしそんな急激な行動には対応していない服装、案の定スカートの裾を踏み付ると体勢を崩して床にダイブ。

「キャッ!」
「おっと……」

 だが、すぐ近くに居たテツが物語の王子様よろしく、当然のように手を差し出し腹を支えると、二人の顔が至近距離で見つめ合う。 

「大丈夫でやすか?姉御」

 真っ赤になったミレイユは消え入りそうな声で「ありがと」と呟くと、その空気に耐えきれなかったようで慌てて身を離す。
 だがしかし、振り向いたミレイユに向かってアリシアとイルゼさんがウインクしながら親指を立てていたのは何故だろうか。


パンパンパンッ


「さて、役者が全員揃ったところで海賊団リベルタラムズの処遇を告げるから酔っ払ってる人も良く聞くんだ。後で聞いてないとかは受け付けないからね、やばそうな人には水でもかけて目を覚まさせておいてくれよ?

 君達海賊団は義賊を名乗りながらも商船や客船を狙い私利私欲の為に金品を強奪していた事は自他共に認める大きな罪だ。だが君達の境遇とこれまでの生活、そして海賊行為の目的を加味すると酌量の余地は十分にあると私は考える。
 これは君達が助けたいと願ったルナルジョ・バーグマンが私個人の恩師である事に大きく偏倚するものであり、被害に遭った方達の納得を得られるものではない。

 そこで譲歩案としてカナリッジ領主ケヴィン・サザーランドの名において海賊団リベルタラムズ全五十二名にカナリッジ周辺海域の魔物討伐隊へ強制編入することを制裁として言い渡す。
 《魔物討伐隊》は此度新生するサザーランド家の私兵組織とし、カナリッジの客船、商船、漁船の運航が安全に行えるよう、今まで冒険者達が忌避してあまり倒される事のなかった海の魔物に対抗する為の自衛組織であり、かなりの危険を伴う仕事だが活躍が認められれば町の皆に愛され尊敬される存在となる事だろう。

 制裁として強制編入される諸君達は死ぬまで退役する事は許されない代わりに、必要な道具類の確保と衣食住の全てを我がサザーランド家が保証する。
 これはカナリッジが今後も世界一の港町で在り続ける為の人柱とも言えよう。異議のある者は今この場で遠慮なく言うがいい」

 ケヴィンさんが領主として出した判決に盛り上がる海賊達。危険だと分かっている海の魔物の討伐隊だというのに誰一人反対や不平を漏らすものはおらず、寧ろ堂々と人の住む町で暮らせる事に歓喜しているようで賛成を示す拍手が鳴り響いた。

「異論が無ければこれで君達は私のものだ。これからは犯罪者として人目をはばかるのではなく、カナリッジの海を守る勇者として堂々たる生活を送ってもらいたい。

 次に師匠、貴方の身の振り方だが、師匠さえ良ければ家に来て一緒に暮らしませんか?

 今の私が在るのは師匠の元で商人としての基礎を学んだからだと自信を持って言うことが出来る。それに皮肉にも師匠と奥さんとの関係を見て仕事ばかりではいけないと知り、仕事に全力を注ぎながらも愛する妻と娘との時間を大切にする事を学びました。

 師匠が行方不明になった事で腕の無い商人が商売をする事の難しさを知り、商売をする上で腕を磨く事がいかに大切なのかも学ぶ事が出来た。
 師匠には私の商会でこれから羽ばたいていく若い者達に商売のなんたるかを教えてやって欲しいのです」

 酒で顔を赤らめたルナルジョはケヴィンさんの真剣な眼差しにボリボリと頭を掻くとどこか照れたような顔をする。その様子を ニヤニヤ して見ていた海賊達から野次が飛び始めると「ぅるせっー!」と怒鳴り散らしたが効果などあるはずも無い。

「俺の所に来なくてもお前は自分で勝手に学び良い商人になっていただろう。今のお前が在るのは俺のおかげなんかじゃない、他ならぬお前自身の努力の結果だと胸を張れ。
 俺はあの嵐に飲まれて死んだ人間だ、今更町に戻るつもりはないぞ」

「んだよ、意気地の無ぇじじぃだなっ!そんなに自分の住んでいた町に戻るのが怖いのか?」

「んだとぉ!?てめぇ、もう一遍言ってみろや!!」

「何回でも気がすむまで言ってやるよ意気地無しじじぃ!糞尿垂れ流すだけのテメェは今まで散々アタイ等に世話になって生きて来たのに、五体満足に動けるようになっても人様の役に立ちたく無いだと?ざけんなよっ!!

 テメェが今そうして両足で立って酒を飲めるのも紐解けばケヴィンの旦那のお陰だと分からねぇのか?分かってねぇ筈が無いのに恩を受けるだけ受けて「はい、サヨウナラ」とか人間の屑のする事だろ!!
 四の五の言ってねぇで『俺で良ければ頑張ります』とか言ってみろってんだ!」

 今にも飛び掛かろうという剣幕で異論を唱えたミレイユ。本当の親子ではない筈だが、何かしらの固い絆で結ばれている感じのする二人のやりとりは二人にしか分からないものがあるのだろう。
 怒鳴り返すのかと思ったルナルジョは目を逸らして再び頭を掻くと思わぬ反撃に出た。

「お前の言うように俺は町に戻るのを恐れている。十何年もやっていなかった商人なんてモノを若い連中に教えろと言われて尻込みしてるんだよ。俺なんかが人様に教えられる事があるのかって、な。
 俺が腰抜けと呼ばれるのは今の俺からしたら仕方のねぇ事だ、そう呼びたけりゃ呼ぶが良い。

 ただな、ミレイユ、お前には言われたかないぞ?

 お前は何の為にそんな綺麗な服を着ているんだ?一体誰に見てもらいたくて、お前らしくない格好でお澄ましして女をアピールしている?

 お前が本心を曝け出すと言うのなら、俺も勇気を持ってケヴィンの誘いに乗るとしよう。

 さぁ、どうするよ、ミレイユ?」


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