黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

28.反省会

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 天井から吊るされるのは何種類もの花の模様が編み込まれた白いレースの天蓋。そんなものの覆う可愛らしいベッドで目を覚ますと、すぐ隣で寝息を立てるモニカが腕に抱き付いていた。

 身体を転がすと少し気怠るさを感じたが、四元帥を名乗った魔族ジャレットにしてやられた事を思い出し、ここに運んでくれただろうモニカに感謝しつつ彼女自身も無事で良かったと反対の手を回して頭を撫でた。

「お兄ちゃん、起きたの?……身体、おかしな所はない?」

 ゆっくり目を開いたモニカは嘘を吐いて誤魔化されないようにとおでこを合わせて ジッ と見つめてくる。

「ちょっとだけ怠いかな。どれだけ寝てた?」

「一日半よ。お兄ちゃんに刺さった針には魔法で出来た毒みたいなモノが仕込んであったみたいで、血が止まらなくて大変だったんだから」

 だから細い針が刺さっただけの小さな傷であれほどの出血があったのかと今更ながらに理解すると、治療をしてくれたサラに感謝すると共に心配をかけたみんなに謝らなくてはと反省する。

 本当に大丈夫?と覗き込むモニカにキスで応えると、軽くのつもりがモニカの方から舌が入り込み、上に乗り掛かられると場所が場所なだけに俺の男としての本能が目を覚ましかける。
 だがそのとき、扉をノックする音でモニカが慌てて顔を離した。

「聞くまでもなく大丈夫そうですねぇ?」

 ポテッ と俺の胸へと倒れ伏せて顔を逸らすモニカの頭を撫でつつ、ベッドの端に腰掛けたサラに笑顔で手を伸ばしたのだが プクッ と頬を膨らまされてその手を叩かれる。

「もぉっ!どれだけ心配したか分かってるんですか?」

「ごめん、サラのお陰で命拾いしたようだな。感謝してもしきれないよ」

 再び伸ばした手を両手で握り締めてベッドに倒れ込むと、見つめてくる青紫の瞳が涙で緩み始める。

「自分で死ぬなって脅しておいて、言った本人が死にかけてたら世話ないわよ」

 きっと皆が思っただろう事を一番心配をかけたサラが言うと重みが更に増したように感じる。もう一度「ごめん」と告げて抱き寄せると俺の胸に顔を埋めて動かなくなったので心配をかけたことに本当に申し訳無く思ったとき、また違う気配が扉から現れた。

「ちょっ!何してんのよ!?レイが起きてるなら教えてよねっ!」

「レイさ~んっ!無事で何よりですぅっ!!」

 モニカとサラが サッ と両脇に避けるとティナとエレナがここぞとばかりに後先考えずに飛び込んでくる。

「いや、待てよ!俺、怪我人!!……ぐへっ」

 身軽な女子とはいえ二人も同時に飛び込まれては流石に辛い。『万が一にでも傷口が開いたらどうするんだ!』と一言言いたくなったが、心配をかけた俺が一方的に悪いので今日は仕方ないだろうと思い自分の主張を押し殺した。

 しかし飛び付いた二人とは一呼吸遅れてもう一人の気配がする。誰だ?と疑問に思ったのも束の間、こんなことに参加する珍しい人が満面の笑みで飛び込んできて、それに気付いて唖然とするティナとエレナの上に全身で着地すると俺の首筋に腕を回して抱き付いてくる。

「やっと起きたのね!無事で良かった」

「ちょっとぉ?リリィさん~?」
「リリィ!痛い!重い!早くどいて!」

 二人の抗議を無視してみんなのいる前で積極的にキスをして来るが、いつもと違う様子にドキドキしながらも『今日はどうしたんだ?』と疑問に思わざるを得ない。

「やっぱり変よ?なんだかリリィがリリィじゃないみたいだわ」
「サラさんの言う通りですっ。昨日からリリィさんは何処かおかしいです」

「何言ってるの?私は私よ。何処からどう見ても完璧にリリィじゃない、何処が変だって言いたいのよぅ?」

 膨らんだ頬に手をやるといつも通り艶々スベスベで、薔薇色の瞳も、色の薄い金の髪もリリィそのものだ。左耳にぶら下がる俺とお揃いの三日月型の通信具までいつもと同じようにそこにあるが、みんなが一様に感じる分かりやすい違和感はここにいるリリィが俺達のよく知るリリィではない事に他ならない。

「一昨日は普通のリリィだったって事はすり替わってるとかじゃないんだな?だとしたら操られている線だけど、それも何故だか説明がつかない。
 それで、何処からどう見ても完璧に見えるリリィさん、君は一体誰なんだい?」


「リリィよっ!」


 頑として認めない偽物には溜息が出るが、何となく害は無いような気がして一つだけ心配な事を確認してみる。

「そうかそうか、じゃあ一つだけ教えてくれよ。リリィは無事なんだよな?」

「そりゃもう当たり前……って、私がリリィだって言ってるじゃない!?何処をどう見たら無事じゃないって思うのよっ!」

 リリィの大嫌いなオバケか何かが取り付いてる、そう思うことにしてしばらく様子を見ようと決めると二日近く寝ていた後遺症が現れ始めた。

「分かったよリリィ、それは一先ず置いておいてさ……お腹空いた」


コンコンッ
「みなさん、お茶の用意がございますが如何ですか?レイ様、おはようございます。身体に優しいモノをすぐにご用意致しますので食堂の方へどうぞ」


 若干おかしなのが混ざっていたが、それでも大好きな妻達に囲まれてゴロゴロしているのも捨て難い。だが、身体の求めに応じて栄養を摂取せねばせっかく治してもらったのに体調を崩しかねない。

 後ろ髪引かれる思いでみんなに一回ずつキスをしてからベッドを後にすると、食堂にはケヴィンさんもイルゼさんも、そしてセリーナの姿も無かった。

「カナリッジは大打撃を受け、町の三分の一は破壊されてしまったわ。そんな被害を受けたのに死傷者が少なかったのは幸いだったけど、領主であるサザーランド家の人間が優雅にお茶をしていられる場合じゃないのよ?私達も手伝うって言ったんだけど、町を救ってくれた英雄達の手を煩わせる訳にはいかないからレイの傍に居てやれって断られたの」

 不服そうに口を尖らせるティナを見ながらご飯を食べつつ、意識を失った後の話しを聞くと、通信具を手のひらに乗せたエレナが申し訳なさそうに差し出して来るので『あれ?』と左耳に手を当ててみると、そこにあるはずのものが無くなっていた。

「レイさんが倒れた後で咄嗟に思い付いてリリィさんに連絡を取ったのです。ごめんなさい、勝手に使ってしまいました」

 エレナから連絡を受けたリリィはサラを連れて慌てて俺の元に来てくれたらしい。そのおかげで死の淵にいた俺は救われる事になったというのに、どうしてエレナを責めることが出来るだろうか。

「連絡くれたエレナと、私をレイの所まで連れて行ってくれたリリィに感謝するのね。もう少し遅かったら危ない所だったんだから……」

「そうよ、私に感謝しなさいよ?」

「じゃあ、リリィにありがとうと伝えておいてくれ」

「分かったわ、伝えてあげる……って、私がリリィだってばっ!!」

 仁王立ちで目一杯頬を膨らませた偽リリィをみんなで笑うと、心配かけたことにキチンとした言葉で謝罪しエレナとサラには改めてお礼を言っておいた。


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