黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第八章 遠回りこそが近道

38.隠れ里

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「お兄ちゃん、魔導車は引き返せって言ってるよ?」

 闇魔法の練習に明け暮れた二日目の魔導車は「運転してみたい」と言うモニカとエレナが交代で走らせていた。
 日も傾きかけそろそろ宿をとなった時、この先は魔導車の認識する町が無い事を告げたらしい。

 この魔導車は教会にある転移装置の魔力を辿り町の位置を知らせてくれる。つまり、転移装置が無いほどの小さな村を除けば、ここはもう人間の住む土地ではないということだ。

「じゃあ適当なところで野宿だな。もう少し走って暗くなってきたら好きな所で停めていいよ」


 しばらくすると、平原だった所にそこそこの大きさがありそうな森が見えて来る。
 食料はリーディネで買ってきているが何が起こるか予測がつかない以上、余裕を持たせるためには確保出来るチャンスを逃す事もあるまい。

「んんっ?……あれは、エアロライダーですかね?」

 豪華なコース料理も美味しいのだが所詮は田舎育ちの貧乏人なので、どちらかと言うと野性味溢れるバーベキューの方が好みだったりする。
 今夜は焼肉かなとウキウキしながら、文句を言うのにも疲れてしまったティナとサラの身体を操って闇魔法の練習に勤しんでいれば、エレナが何かを発見したと言うので目を凝らして見るが俺にはサッパリ分からない。

「どれ?」
「ほら、アレですよ、あれっ。砂埃が立ってませんか?森の中に入って行くような感じですね」

「そんな感じだな」
「まさか、密猟者のアジトが在るとか?」
「あり得ないとは言えないな」

 遥か彼方に立つ砂埃など俺からすれば言われてから目を凝らしてようやく分かるかな程度の僅かな変化、それを認識出来るのは恐らくエレナが獣人だからだろう。
 獣人であるジェルフォ、アリシア、ライナーツさんにも見えているらしく、それぞれの見解から “不穏なモノ” と決定付けられたようだ。

「よし、一先ず森の手前まで行ってみよう」



 エアロライダーらしきものが消えて行った付近は一見すると普通の森に見えるが、入り口からすぐのところで曲げられ外からは見えにくいように工夫された道が森の奥へと続いている。
 そんなに頻繁に使われているわけではなさそうで所々に草が生えてはいるが、馬車が通れる程の広さで整備された道は “昔使われていた” と言うにはあまりにも綺麗で “たまにしか使っていない道” と言う方がしっくりくる。

「工夫が見える。合格」

 森全体を覆うのではなく道沿いに魔力探知を伸ばした俺に寄り添うと満足気に頷いたララのお褒めを戴き、そのまま魔力で道を突き進む事しばし。
 自分を中心に魔力を拡げるのと、任意の場所に魔力を伸ばして行くのとでは探れる範囲が段違いで、短時間で相当奥まで入り込んだ俺の魔力はそこにある村らしき物を捉えた。

「やはり人が居るぞ」
「そう、何人いるのか分かる?」
「ちょっと待てよ…………百六十……四人かな」
「百六十六ね。まぁ、及第点」

 ララの方が早く正確に魔力探知をやって退けたのには驚く他無い。しかも、またもや俺に悟られずに、だ。
 何故魔力同士が干渉しないように魔力探知が出来るのか不思議で仕方がないが、夕暮れの迫っている今はそれを聞いている時間は無い。

 なんとも怪しげな村には感じられたが、探った感じは女子供もおり普通の村のように思えたので、真相が気になるという後押しを得て森の中へと魔導車を進めた。



 そこまで深い森でもなく、それほど危険があるとは思えないと言うのに、五メートルはあろうかという高い壁に囲まれた小さな村はそれだけで異常さを感じさせるのには十分過ぎた。

 魔導車を見た門番の男が目を丸くして「村長を呼んでくる」と言うのでしばらく待っていると、村長と言うには若そうな五十手前の男が門番と二人で出てきて驚きを露わにする。
 しかし、魔導車に掲げられた金の貴族証へと視線が向けられた途端、なにやら雰囲気が変わったように思えた。

「街道も無いこんな辺鄙な所までご旅行ですか?他からは分かりづらい森に囲まれたこの村がよくお分かりになりましたね。
 それで、どういったご用件でしたでしょうか?」

「町を探していたらここに入って行くエアロライダーを見かけたんだ。時間も時間だろ?渡に舟で闇雲に他を探すより人の居そうな感じがしたんで来てみたらビンゴだったってわけだ。
 悪いが一晩泊めてもらえないか?」

「そうですか、宿をお探しに……失礼ですが、もさかして貴方様はサルグレッド第二王女であるサラ王女殿下とご婚約されたと噂のハーキース卿でございますか?」

 こんな辺境にある村の村長なのにそんな事を知っているのに違和感を覚える。
 しかし、公表されている以上、誰が知っていてもおかしくはない。

「そうだ」と答えるとご丁寧に閉められた村の門が村長の合図で開かれたので、魔導車を降りて鞄に仕舞うとようやく村の中へと招き入れられた。


△▽


 柵の中にいる家畜や畑の広がる平和そうな様子は、ある一部分を除けばありふれた田舎の村。

 村人から好奇の目で見られるのは分かるがどこと無く怯えて見えるのは何故なのかと不思議に思う。
 しかもその視線の先は余所者の俺たちにではなく、先頭を歩く村長へと向けられているように見える。

 違和感のある一部というのは、こんな田舎には不釣り合いなほどに立派な建物が聳え立っているということだ。
 貴族の屋敷だと言われれば納得のいくほどの大きさがあるのだが、その異様さは建物の大きさよりもその造りの方が大きい。
 一階部分は普通の屋敷に見えるが、恐らく四階まであると思われる壁面には窓が一切無い。まるで何処かの監獄のような、そんな印象さえ与える異様な建物だ。

「この建物は何だ?」

 館の前で立ち止まった村長は俺達へと振り返ると、視線が俺を通り越えて俺達の後ろへと向けられた気がする。

「貴方がたにお願いがございます。一晩、宿を提供する代わりに王都へお帰りの際にもこの村の事は他言無用でいて頂きたい。
 お気づきの通りこの村はわざと隠されており、外界との接点を極力無くしているのです。その理由はそこの女の知る通り、この館が “護衛メイド” を育てる為の専用施設であるからです」

 護衛メイドと言われて村長が見ている先が誰だか分かり振り返ると、全員の視線を集めるコレットさんがいる。
 皆から目を逸らしたその顔はいつもとは違い影の落ちた暗い表情。故郷といえる村だろうにそんな事は一言も言わなかった事は愚か、寧ろ嬉しくなさ気なこの顔は一体何なのだと村長を振り返えれば、一瞬だけだったがニタニタとした下卑た笑いが目に入った。


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