黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

2.光の共演

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「ま、まぁ、色んな親子関係があるわよね。
それはそうと、サ~ラ~っ。一旦帰ってきて正解だったわよ?」

 シンと静まりかえった場にララの声が通れば、視線で呼ばれたサラが俺を見て「またか」と言いたげな顔をしながら歩み寄ってくる。

「用が済んだのに真っ直ぐ帰らず イチャイチャ してたらしいわよ」

 途中でティナの告げ口を聞いて立ち止まると、右手で頭を抱えて深い溜息を漏らす。
 しかし、一瞬鋭い視線をアリサへと向けただけで再び歩き出すと、俺の目の前まで来て足を止めた。

「レイ、戦いをしに行ったのだから怪我をするのは仕方ないけど、それならそれで早く治療、を…………え?」

 慌てた様子で俺の手を取るとサラの魔力が流れ込み、全身を柔らかな羽で撫でられているようなくすぐったさを感じる。

「ごめんなさい、わたくしが引き留めたの。一応、少しなら治癒魔法が使えるから目立つ傷は……」

 歩み出たアリサが申し訳なさそうにする中、敵意露わに大きな声を上げたのには驚いてしまう。

「治癒の心得があるのなら、どうしてこんな状態を放っておけるの!?信じられないっ!だから魔族なんて嫌いなのよ!!」

 サラがこれ程怒るところなんて今まで見たこともなかった。

 すっかり忘れてはいたが、思い起こせば少量とはいえ血を吐いたのだ。
 すぐに言えという約束を破った俺が悪いが、それを差し引いても譲れないモノがある。

「サラ、すぐ帰らなかった事は本当にすまないと思うけど、魔族とかそういう目で人を見るのは……」
「吐血したでしょ……私との約束、破ったわよね?」
「それは、その……ごめん、忘れてて……」

「なんでわざわざ約束なんてしたのか分かってるの!?身体の中の傷は見た目では分からないっ、だから!私が診て判断するって言ったじゃない!!
 吐血は重症の分かりやすい証、放っておいたら死んじゃうのよ!!この意味、本当に分かってるの!?死んじゃうのよ!!」

 俺の胸を何度も叩き、最後は頭突きかと思うような勢いで飛び込んで来た。そのまま動きを止めたサラは泣いているようで、申し訳ない気持ちでいたたまれなくなって小刻みに震える肩に手を置く。
   
「ごめん、本当に……」

 背後から伸びてきた手が目の前にある銀の髪の上でポンポンと優しく跳ねた。
 突然の事に驚いて横を見れば、泣いている子供に向けるような優しい目つきのサクラがいる。

「僕はレイシュアの魔力で産まれたレイシュアの半身とも言える存在だ。だからこの中の誰よりもレイシュアの事が分かる、もちろん君よりも。
 確かにレイシュアは身体の中を怪我してた。けど、君の癒しの魔法があればまだ大丈夫だと僕が判断したから今まで放置していたんだ。だからアリサは悪くない。

 レイシュアと約束したのも刀の中から見ていたから君がどれだけ心配しているのかも分かってるけど、まだしばらく死んだりしないのは君も気付いてるよね?」

「そういう問題じゃないでしょう!!!!  そう言う問題じゃ……」

 勢いよく上げた顔には何本もの涙の筋が出来ており罪悪感を助長させる。
 俺に出来ることは何かと考えたが謝る事しか無いとの結論に至り、サラの頬に手を添えると謝罪の意を込めてキスをした。

 だが、唇を離した瞬間に両手で突き飛ばされて一歩退がれば、サラはサラで背を向けて少し離れると服の袖で顔を拭い、鞄から何かの紙を取り出して動かなくなる。

「治療は早い方が体への負担が少ないわ。モニカ、貴女の魔力を貸して頂戴。
 ほら、サクラっ。邪魔だからいい加減降りてくれる? アリサはそこで見学ね、サルグレッドの癒しの魔法ハイルング・ウィース、その目に焼き付けるといいわ。
 そ~れ~でぇ、レイはこっちよ」

 すごすごとだが言われた通り素直に背中から降りたサクラがアリサの隣に行けば、俺はテキパキと指示を出したララに手を引かれ部屋の中心部にある絨毯の上に座らされた。

「なぁ、俺ってそんなにヤバかったの?」

「そうね、このまま何もせず放置すれば後一時間で天に召されるわよ?」

 小声でララに尋ねてみれば、笑いながらそんな事を平然と言い放つ。
 吐血した事も忘れるほどに自覚症状などまるでないというのに、告げられた驚くべき現状にそれが聞こえたらしきモニカも「はぁ!?」と言う声が聞こえてきそうなほどに驚いた顔をしている。

「術式は覚わった?私も手伝うわ」

「ええ、確認しただけだから……それより、手伝うってどういうこと?一人で大丈夫よ?」

 死刑宣告のされた俺には魔法陣を用いた強力な治癒魔法がかけられるのだろう。その為のカンペを見ていたらしきサラの隣にモニカの手を握るララが到着し声をかけた。

「一つ、魔法陣を描くのなら絨毯の敷いてあるココでは無理ね。患者クランケをこれ以上動かすのはお勧めしないわ。
 一つ、魔法とは魔力を糧に精霊に働きかける事でイメージを形にするものよ。つまり、想像出来る事なら殆どの事は魔法で出来るってこと。まぁ、能力が伴えば、だけどね」

「何が言いたいのか全然分からないわ」

 サラの意見に俺も賛成だし、手伝えと言われたモニカも隣で ポカン としているから恐らく分かっていない。

「魔法陣は基本チョークや炭などを用いて床に描く。手本となる図面があれば簡単で誰でも行える方法だけど、それでは時間がかかる上に場所を選ぶ。で、あれば、イメージだけで簡単にコントロール出来る魔法を用いて描けば自由自在何処にでも魔法陣を創る事が出来る、そういう事で合ってるわよね?」

「ピンポーンっ、お見事!流石は魔族の幹部!」

 人差し指をアリサへと向けて『それよ!』と指差すララが『あいつは魔族だ』と言えば、部屋にいたメイドや兵士に動揺が走るのは無理もない。

「更に言えばもう一つ。ここにおわすモニカ様を何方どなたと心得る?」

 アリサへ鋭い視線を向けたサラだったが、話の矛先を振られて「へ?」と間の抜けた声と共に疑問顔になったモニカに視線を移せば、その鋭さもすぐに緩む。

「……もしかして、そういうこと?」
「もしかしなくてもそういう事」

 理解した様子にララが ニッ と笑えば、小さな溜息を吐き出すサラ。
 つまりモニカの光の魔力をララが操り、それを用いてサラが魔法陣を描けば、光魔法で増幅された超強力な癒しの魔法が発動するという訳だ。

「はいモニカ、お手っ!」
「えっ!?あ、はい……」

 訳もわからず差し出された手に自分の手を乗せるモニカと、呆れたような顔で反対の手を握るサラ。

「最初だけ手伝ってあげるからさっさと慣れてね。目標十分よ、頑張って!」

 三人の真ん中に立つララが目を瞑れば、魔力を吸い取られるというなかなか体験できない感覚にモニカが「うぇっ!?」と反応したもののすぐに慣れたようで平然とした顔に戻る。

 ゆっくりと床を滑る光が現れると困惑したような難しい顔をしていたがサラだったが、一番外側の円が描き終わる頃には感覚が分かったようで真剣な表情へと変わっていた。



 光の落ち始めた部屋の中、温かく、柔らかな光を放ちながらゆっくり描かれて行く幻想的な魔法陣の完成をその場に居合わせた全員が静かに見つめていた。
 慣れない作業に玉のような汗を浮かべながらも一つ一つ丁寧に描いて行けば、ララの指示通り十分程経った頃には達成感に満ちたサラの顔がある。

「行くわ」

 短く告げて空いている片手を俺へと向ければ、完成した魔法陣が三度明滅した後、部屋全体が明るい光に飲み込まれた。


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