黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

幕間──モニカ

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 私の名前はモニカ・ヒルヴォネン。王都の北に位置する辺境の町プリッツェレに生まれた公爵家の一人娘です。

 最上位の貴族家でありながら子供が私一人というのには少しばかり家庭の事情がある。

 一つ目の理由としては、父であるストライムが母ケイティアにぞっこんラブラブで、妾や側室といった第二夫人を娶らなかったこと。

 二つ目には、娘である私でも羨むほどに父と母はとても仲が良く、夜の営みも頻繁に行われていたとは後になってコレットから聞いたことではあるものの、母は子供の出来難い体質であったということです。

 ヒルヴォネン家は私の旦那様が後を継ぎ、私の子供へと受け継がれて行くのだろうけど、母の娘である私も子供が出来難い体質である可能性が高い。
 いつかは素敵な男性と両親のように仲睦まじい夫婦となり、愛する人の子供を、とは思ってはいたけれど少しばかり心配をしていたりもする。

 そんな家庭で育った私は当然のように愛情に恵まれ、母ケイティアの教育方針により他の貴族の娘より遥かに自由に伸び伸びと育てられた自覚があります。


──でもしかし、そんな私でも不満を抱いていたりもした


 贅沢? そう言われてしまえばそれまでなのだろうけど、貴族の、それも一人娘に産んでくれと頼んだわけではない、とは言わせて欲しい。


「あの人は私にとって王子様なのよっ!」


 攫われた盗賊団から生還したなどという、物語のような大冒険を熱弁するティナ。
 そんな親友を羨んだ私は、建前の上では『町の人のためになりたい』と自分を偽りながらも、ティナのような素敵な出会いを求めて “冒険者になりたい” と胸に抱くようになった。

 しかし私は貴族の一人娘。 いくら寛容な母だとはいえ、流石に跡取りとなる一人娘が身に危険が及びかねない冒険者として活動するなど許容してくれるはずもない。
 それでも、そんな私を理解してくれ、魔物と戦うための魔法や簡単な剣術なんかを教えてくれたのは、良き姉であり従者でもある私の護衛メイド、コレットだった。



 私が冒険者として魔物の討伐をしているのは知っていただろうに、並の冒険者が束になろうとも何ら遅れを取ることのないコレットが一緒というのもあってか、両親は見て見ぬフリをしてくれていた。

 しかし、顔を隠す二人での討伐には素敵な出会いなどあるはずもない。
 ましてや安全性を第一に考え適切な依頼を選ぶコレットにかかれば、危険な事態に陥ることなどただの一度もなかった。

 今思い返せば、ギルドが混雑する時間を避けていたのも、要らぬ問題を避けるための行動だったと分かる。
 コレットに護られての “冒険者ごっこ” は、当初の目的である出会いなど忘れて、建前であったはずの魔物の討伐に楽しみを覚えるようになっていった。


──そんなある日、運命の出会いが空から舞い降りる


 待ち望んでいた王子様は、ギルドで出会うでも、私のピンチを救うでもなく、突然我が家の庭に現れた。
 眠っていたその人は、癖のある黒髪に整った目鼻立ち。引き締まった身体は傷だらけではあったものの、鍛え上げられているとは見て取れるのに、行き過ぎた筋肉の付いていない私の理想とする男性の肉体。

 そして何より、一目見た瞬間から、見えない手で心を鷲掴みにされたかのように惹きつけて離さない強い何かを感じたのだ。


──これが運命の人


 魔物の討伐に、魔法の練習。 強くて、優しくて、でも時に厳しくて……お兄ちゃんと過ごす日々は一秒とて忘れる事なく胸に焼き付き、『この人に私の全てを捧げたい』そう思うようになるのに時間はかからなかった。

 コレットの手伝いもあり、私を受け入れてくれたお兄ちゃん。
 絵に描いたような幸せに包まれてにいた私ではあったが、投げた石が放物線を描いて地面に落ちるように、 “絶頂” という時間は長くは続かなかった。


「俺は、俺を愛してくれる全ての者を受け入れる」


 当初からの宣言通り、親友であるティナをお嫁さんにするのは少しだけ我慢すれば大丈夫ではあった。

 私と同じく一目惚れしたサラも数少ない親友の一人。
 お兄ちゃん以外の全てを捨て去る勇気の持てない私には拒絶する勇気など有りはしなかった。

 私より年上なのに『好き』という気持ちを全面に曝け出す少女のようなエレナ。
 お兄ちゃんの愛情をもらう事に貪欲なくせに決して独り占めしようとせず、与えられたモノを皆で分かち合おうとする不思議な人。
 それは彼女が獣人であるが故なのかは分からないが、抜けたとこのある妹のようであり、皆を包み込む母のようでもある和やかな雰囲気は、面識のなかった私やサラを違和感なく迎え入れてくれた。



 そうして、私が独占していたお兄ちゃんは何人も居る婚約者達で分け合うようになった。

 お兄ちゃんと二人だけの時間は大幅に減りはしたが、親友であるティナやサラはもちろん、コレットの事も許容出来るし仲良くも出来る。
 それは、深い仲ではなかったエレナも同じだったのだが、あの人は少しばかり毛色が違った。

 羨むような美貌のコレットや、正統なる王女であるサラが美人なのは言うまでもないけど、そこに肩を並べるような綺麗な女性。
 旧王家の血筋というのもあったのだろうけど、お兄ちゃんと同じ村の出身で冒険者などという危険な仕事をしてきたはずなのに、まるで貴族の箱入り娘のような、きめ細やかな白い肌の持ち主。
 薔薇色の瞳は珍しい宝石でも埋め込まれたように美しく、長くて艶やかな金の髪は色が薄くて儚げで、まるでお人形のような印象だった。

 しかし性格はサバサバとしており、思ったことをハッキリと口にする彼女は “他者を寄せ付けない” そんなイメージを私に与え、苦手意識が芽生えてしまった。

 でも、もしかするとそれは、唯一私と同じく初対面であったはずのサラが、彼女と十年来の親友のように接するのを見て置いてきぼりを食った疎外感からだったのかもしれない。
 


 毎日一緒に寝ていたのが六日に一度ともなれば、寂しく感じるのは当たり前のことでしょう?
 それでも自分で選んだ道なのだから、その内に慣れるからと我慢してこれたのも、いつも傍に雪ちゃんがいてくれたからだ。

 毎日抱き枕にするも文句を言わずに癒しをくれる精霊様。六歳児の姿でありながら、私が寂しくて仕方がないときには逆に私を抱きしめてくれる。
 そんな彼女は私の心の支えだった。


──しかしそれでも、不満は積もり積もっていく


 リリィさんのことは嫌っていたとかそんなんじゃない。
 ただ苦手なだけで、お互いがお互いに話しかけるのを避けている感じ。だからといって無視するとか、そんな陰湿な事もなく、誰かが間に入れば普通に会話をしたりもしていた。


──そんな彼女に変化が起こる


 彼女の身体を乗っ取ったララさんはとても気さくで話しやすく、同じ容姿なのにと不思議な感じはしたが、すごく自然に、それこそサラ達との会話のように違和感なく話せていた。


──良いことがあれば、良くないことも起きる


 お兄ちゃんの力が多くの女性を惹きつけるのは理解している。
 それでも大森林フェルニアに来てからは今まで以上に出会いが多く、セイレーン、シルフ、サラマンダーにレッドドラゴンの女性達がお兄ちゃんを男性として見ているのに気付くたびに溜息を吐いていた。

 獣人王国ラブリヴァに襲撃した魔族のおかげで多少のストレス解消が出来たものの、更なる追い討ちをかけてきたのはお兄ちゃんが連れ帰ったサクラとアリサだ。

 これまた美人な二人組に溜息を吐くしかなかったのだが、お兄ちゃんが決めたことに文句を言えば私の方が捨てられてしまう可能性が頭を過り、我慢するしか道はなかった。

 決して土魔法の事だけでなく、キラキラとした目を向けるドワーフのクララ。そしてララさんが消えた事により舞い戻ったリリィさん。
 断られても頑張り続けるセレステルさんは凄いとは思うが、更にお嫁さんが増えるのかと思うと心が黒くなる。

 そこに追い討ちをかけたのはセイレーンのレオノーラ姫。
 自分の精神が不味い状況だと気付いたのは、見た目だけなら年端も行かないペルルちゃんがお兄ちゃんと寄り添っているのを見ただけでイラッとしてしまったからだった。
 


「あの男が自分だけのモノとなる方法、興味はないかね?」

 ラブリヴァでの祝勝パーティー。最初は皆と一緒に普通に楽しんでいた。
 しかし、ちょっと一休みと一人ベランダで夜風に当たっていると、灯りの少ない獣人王国の夜景が移ったかのように黒い感情が沸いてしまい気分が沈んで行く。


──そんなときに聞こえてきた悪魔の囁き


「独占欲とは誰しもが持つ強き欲求の一つ、お主の愛が本物である証拠だ。 何故、それを我慢する?
 己の心を偽って作る対人関係など何の意味があるというのかね?」

 抑揚は少なく、諭すような喋り方。暗闇の中から掛けられた声は嗄れた老人のモノだった。

 直接話したわけではないがハッキリと覚えがある。この魔力はお兄ちゃんに傷を負わせたジャレットとか言う名の魔族のモノ!

「何でそんなこと貴方に答えな……」

「周りの女などお主の力を持ってすれば排除することとて不可能ではなかろう。
 まぁ、一人二人難敵がおるようだが、やりようによってはどうとでもなる。それはお主とて分かっているのだろう?」

 相手は魔族の中心人物だっ。のこのこ一人でやってきたのなら今ここで倒してしまえばいい!

「手段を選ばなければ出来るかもしれないけど、そんなことをする必要性を感じないわ。
 私、今、機嫌が悪いの。貴方の言う私の力で……」

 ドレスを着ている今、お兄ちゃんから貰ったお気に入りの魔導銃は部屋に置いてきてしまった。

 それならばと魔力を練ろうとするものの、不思議なことに属性の色が付かない上に密度が高まらず、魔法を使おうにも使うことが出来ない。
 それどころか、振り向くことはおろか、バルコニーの柵に置かれたままの手ですら動かす事が出来ないことに気がつく。

「いくら体裁や建前で塗り固めようとも、己を偽ることなど出来はしない。
 その証拠に見よ。お前の心は痛み、涙を流しておるぞ?」

「……えっ?」

 言われて気付く頬の感触。それを確かめるように無意識に手が動けば、嘘偽りなどではなく、確かに涙が溢れている。

「お主の危惧は分かっておる。例え力ずくで他の女を排除したとて彼奴の心からも追い出せるわけではない。
 もし仮にそれを実行したならば、逆に追い出されるのは自分の方だと理解しておるのだろう?」


──思い出した


 この男は闇魔法の使い手。私の身体を縛り、心を操って味方に引き込む気でいるのだろう。
 そんな事になる筈がない。誰が好き好んでお兄ちゃんと対立したりするもん……

「闇魔法は魂に干渉する。 彼奴の心からお主以外の女を叩き出すことなど雑作もないこと。さすればお主の望む未来が待っているのではないかね?」


 言われて騒つく私の胸の奥……


 でも、しかし、この感情はジャレットにかけられた闇魔法が産んだものだと私は理解している。
 いくら私がお兄ちゃんを独占したいと思っていたとしても、サラやティナ、コレットを排除してまでなどと大それたことを思う筈がない……。

「彼奴は儂等にとって邪魔な存在だ、役目を終えたら消さねばならぬ。 だが、お主が彼奴を引き取り、儂等の目に付かぬ場所で静かに暮らすと言うのなら無理に追い立てることはないと約束してやろう。
 儂等は余計な労力を抑えられる。お主は望む者を手に入れられる。実に無駄の無い、効率の良い状態だとは思わないかね?」

「お兄ちゃんは既に私のモノよ!」

「ククククッ、己を偽るのも苦労するだろう。せっかくの短き人生なのだ、もう少し楽に生きたらどうなのかね?」

「うるさいっ!!」

「お主ほどの器があれば儂が得意とする闇魔法を授けてやれる、これが何を意味するかが分からぬお主ではあるまい」

「馬鹿にしないで!誰が魔族なんかの誘いに乗ってお兄ちゃんと敵対……」

「敵対?勘違いするな。儂はお主の味方になってやろうと言っているのだ」

「嘘!」

「お主がどう思うかなどお主が決めれば良い。だが、お主の十倍は生きてきた先駆者として一つだけ忠告をしてやろう」

「そんなのは要らな……」

「魔族だろうが人間だろうが、獣人、亜人、そんなものに関係なく、人は生きている間にターニングポイントと呼ばれる転換期が訪れる。その選択を誤った者は皆こぞって夢に見た未来を掴み損ね、己の人生に後悔しながら散って行くのだよ」


──闇がすぐ傍まで伸びてくる気配


 動かない身体は抗う事も、逃亡することも、助けを呼ぶことすらしてくれない。

 殺されるかもしれないという恐怖の根底には、お兄ちゃんと逢えなくなるという感情しか無かった。お父さんやお母さん、コレットなどは二の次だ。
 お兄ちゃんと逢えなくなる……離れ離れになるなど絶対に嫌!

「無為なしがらみに縛られ、己の心を偽るのは止めよ。
 儂ならお主の望む未来を手助けしてやれる、お主が望むのなら……だがな」

 耳元で告げられた悪魔の囁きは闇魔法による洗脳に違いない!
 コレに屈したらイケナイと目を瞑り心を閉ざす。

「一度しかない己の人生だ、じっくりと考えよ。ただし、期限はお主達が王都に着くまで。それほど時間は残されていない事は心に止めておくのだな」

 連絡用にと言い残し、銀色の物体を置いて消えた四元帥ジャレット・ソレフマイネン。
 『誰が魔族などに!』と心で叫びつつ手すりにちょこんと乗せられたソレを叩き落とそうとしたのに、解放された筈の腕は意に反して動かない。

 自分の身体ですら思い通りにならないイライラ、溜まりに溜まったストレス。二つの良くない感情は胸の中をぐるぐるとしている。
 吐き出す先のないモヤモヤはいつまでも収まることがなく、気持ちの悪さとイライラとの板挟みにあいながら月明かりに光る置き土産を睨み続けた。


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