魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-20.運命とはこの事よね?

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「二枚でいいの?」

 多少なりとも渋るかと思われた『キララチケットのおねだり』は二つ返事で返され拍子抜けしたグルカとルイス。

 国を跨いで販売されるほど人気のあるチケットは検問をしていた兵士が言うように競争倍率が高くなかなか手に入りにくい代物。
 だが机の中から出された紙袋の中には、そのお宝が十枚ほど眠っていたらしい。

「流石っ!仕事が出来る美人は違いますなぁ~」
「褒めてもこれ以上何も出ないわよ?」
「いやいや、俺が口にするのは真実だけだぜ?」
「そう、素直にありがとうと言っておくわ。じゃあ、二枚で……あら、意外ね」

 小さく手を挙げたのはニナだった。

「ニナが行くなら私も同伴しよう」
「では私もご伴侶あずかっても?」
「じゃあ~、わたしもぉ」

 興味はあっても行っていいのかと迷っていたシェリルは、ニナの参戦に迷わずあやかる。侍従の二人はこれ幸いとばかりに “お供” という建前で行きたいと主張した。

 獣人の国にはない娯楽に好奇心旺盛な三人が興味を示すのは当然のこと。諜報員という日陰の職業でありながら堂々と陽の目を浴びるノルンにはそれで『良いのか!』とツッコミを入れたくもなるが、主人であるシェリルがカーヤを含めた彼女のことを単に “お供” としか思っていないので大丈夫なのである。

「何枚でも良いけど、コレは三日後のチケットだからあげる以上はちゃんと観に行ってあげてね?」

「はいっ、ありがとうございます!」
「おう!勿論だともっ」

 口々に感謝を告げるルイス達を他所に、出された紅茶に口を付けたレーンが、これまた意外なことを口にする。

「悪ぃが俺にはチケットの代わりにこの国にある武術道場を紹介してくれや」

「良いけど、揉め事は御免よ?」

「無理にとは言わねぇし入門するつもりもねぇ。ただ、見学がしたいだけだ」

「それなら幾つか知ってるから案内はするわ。カルレ、連絡だけ入れておいてもらえる?」

「貴女がプライドを叩き割った三人の所かしら?」

「失礼ね。私は正式に決闘を申し込んで公平な勝負で勝っただけよ?プライドがどうとかは私の知ったことではないわ」

「はいはい。貴女が行くと告げて断られないといいわね」

 数年前アイヴォンを訪れた際、道場破りなどという遊びを始めたのは “ノリ” という軽い気持ちからだった。

 武術御三家と言われる、剣術を扱う『一柳いちやなぎ家』、槍術を扱う『紅月こうづき家』、体術を扱う『覇李真はりま家』は数百年という長い歴史を持っている。
 世界各地に道場を構える三家だが、長い歴史が故に増え続けた各流派は数知れず。互いに競い、ときには殺し合いにまで発展することのあった流派同士の争いのせいでいつしか『本家』という存在が曖昧になってしまった。今ではそれぞれの国でそれぞれが独立した武術宗家であると主張され、三家が三家とも同じ名前でありながらも国が違えば異なる武術家だという謎めいた関係を世界に構築している。

 しかし、今も尚、多くの門下生を輩出している武術御三家。そのいずれかの卒業の証が就職の強みとなるのはどの国でも同じなのだ。

 アイヴォンにある御三家のそれぞれの宗家。そこに赴き各師範から勝ちをもぎ取ったディアナがブラックリストに乗っているのは、若気の至りとはいえ仕方のないことだった。


▲▼▲▼


「おい……」

 艶やかな黒髪を靡かせる早足の女、その後を追う形で路地裏に入って行くのは見るからにチャラそうな五人の男。そんなモノが目に入れば正義感の強いルイスでなくとも気になり足を向けてしまうのがレーンという男だ。

「どうしたの?」

 目的地はすぐ目の前、にも関わらず足早に違う方向へと歩き始めたレーンの隣に並び声を抑えて投げかけた疑問。だが、その答えが返ってくる前に手で制された先の状況が目に入り理解が及んでしまった。

「逃げなくてもいいだろ?」
「ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだよ」
「そうそう、ちょ~っとだけね」

 顔など見えなくとも下卑た表情なのは分かる。

「貴方達に付き合うほど暇じゃないのよ」

 その男達と対峙するのは、陽も落ちたというのにつばの長い帽子にサングラスをかけている見るからに身なりの良い女。抜群のスタイルを強調する派手な服は男心をくすぐる以外の何物でもなく、こんな女性が夜の独り歩きとは無謀もいいところだろう。

「ケチくさいこと言うなよ」
「そうだぜ、すぐ済むからさ」
「すぐかぁ?朝までだろ?」
「ちげぇねぇ」

「「「げはははははっ」」」

 小さく溜息を吐く女だが、仕方がないと言わんばかりに小さく首を振る。すると左手首に淡い光が灯ったのだが、すぐに消えてなくなった。

「何だコイツ、魔攻機装ミカニマギアまで持ってやがるのか?」
「どこの金持ちのお嬢さんか知らねぇが、怪我する前にやめとけよ?」
「こっちも三人持ってるんだぜ?」
「三対一じゃ勝ち目なんてないだろ」

 薄暗い路地裏で腕輪に魔力を通せば目立つのは必然。だが女が魔攻機装ミカニマギアを纏うのを止めた理由は壁際から成り行きを見守っていたレーンと視線がぶつかったからだ。

「喧嘩なら俺が買うぜ?」
「なにっ!?」

 バレてしまっては隠れて見ているなど出来はしない。

 仕方なしに姿を見せたレーンに慌てて振り返る五人の男達。
 だが、その隙に走り出した女は歩き難そうな高いヒールなどものともせず、足音すら立てずに一人前に出ていたレーンの胸へと飛び込んで行く。

「ダーリン! 迎えにくるのが遅くてよ?」

「なっ!?」
「おっ、おい!」
「いつの間に!」

 咄嗟に受け止めたレーンですら状況が飲み込めていない。
 しかし、聞き覚えのある声に記憶を探っていれば、当の女の方も『アレ?』と言わんばかりにレーンを見上げて動きを止めた。

「レーン? レーンじゃない!? おっどろきぃ! 私よ?私!忘れちゃったの?」

 腕の中に居座る女が細い指をかけサングラスをズラす。隠されていたブラウンの瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えるレーンだが、纏う雰囲気に記憶との照合がようやく完了した。

「お前、キアラか?」

「そうよっキアラよ! ちゃんと覚えててくれたんだ!嬉しっ!」

 背後の男達などお構いなしに、背中に手を回してレーンの胸に頬擦りをする始末。
 合点も行き、取り敢えずされるがままになっているレーンではあるものの、それを見過ごせない観客もいる。

「ちょっと女狐!離れなさい!」
「おい!てめぇ!」

 思い起こされるのはカルレ邸の駐車場でのやりとり。遊びで他の女を抱くのは容認出来ても、本気になりかねないと本能が訴える女には容赦するつもりはないのだ。

 怒りを地面に打つけながら靴音と鼻息荒く二人に歩み寄るディアナは普段の様子とはかけ離れていた。それほどレーンに本気だという証拠なのだろうが、間の悪い暴漢達が同時に口を開いたものだから彼女の機嫌が更に悪くなる。

「黙れ!下衆共!」

「なっ!?」
「女!てめぇ!」
「別に俺はお前でも構わないんだぜ?」

「雑魚がピーピーと喚くんじゃない! ルイス!五月蝿いから黙らせて!!」

「えっ!?俺?」

 とばっちりを受けたルイスが自分を指差し『本気か?』と問う。
 しかし振り向いたディアナの、ニナですらビクつく冷たい笑いに『あ、ヤバイ』と感じざるを得なかったルイスの答えなど一つしかない。

「今の私にやらせると血の雨が降ることになるわよ?」
「はい!やらせていただきます!」

 ドス黒い闇を纏った笑みを浮かべるディアナは後願の憂いは絶ったとばかりに未だ一つとなり離れようとしない二人へ再び向きを変えると、幻視の角を生やして鬼のような形相となる。

 狭い通路の壁際をコソコソと通り過ぎたルイスは、ディアナの雰囲気に飲まれて唖然と立ち尽くす暴漢五人の元へ赴くと『哀れなり』とは思いつつも自分がやらねばと他ならぬ男達のために声を絞り出した。

「じゃあそういうわけで、倒されちゃってくれるかな?」


△▽


「じゃあ~後で通報するんでぇ、大人しくしててくださいねぇ」

 間延びした言葉の割にキビキビとした動きで手早く一つに纏められた五人の暴漢。呆気なくルイスに伸された男達を縛り上げたのはノルンの仕事だった。

「今後ぉ、ディアナさんを怒らせるのはやめましょう~」
「同感。触らぬ神に祟りなし、だよ」

 二人が見つめる先には角を生やし牙を剥き出したディアナと、笑顔を保ちながらも青筋を立てているキアラの二人。

「助けてあげたんだからっ、さっさとっ、帰りなさいよっ!」
「うるっさいわねっ!久しぶりにダーリンとっ、会えたんだからっ、邪魔をするんじゃ、ないっ!」

 互いの両手を合わせて押しつ押されつの激しい攻防が繰り広げられる前には、両手を組んで涼しげな顔で醜い争いを見守るレーンの姿が。

「モテるとは罪なことだな」
「そうですわね。お嬢様も参加なさいますか?」
「冗談でもそれはやめてくれ」
「うふふ、お嬢様は私だけのものですから大丈夫ですよ?」
「そ、そうか……レーン、そろそろお腹が空いたのだが?」

 自分の侍従であるカーヤから醸し出された不穏な気配を避けるべく、この場を支配するレーンに助けを求めた。
 それは勇気ある行動ではあったのだが、不毛な争いを何時間も見せられては堪ったものではないとの全員の総意でもある。

「だな。二人とも、遊びは終わりだ。飯に行くぞ? キアラも来るんだろ?」

「何ですってぇ!?」
「それは魅力的なお誘いですわねっ」

 ディアナが反応した一瞬の隙を突き、目にも止まらぬ速さで移動を終えたキアラがレーンの腕を取る。
 両手を腰に当てて頬を膨らませたディアナだが、こうしちゃおれんと慌てて空いている逆腕へとすがりついた。

「でも残念ながら明日早いので今日のところはお暇させて頂きます。その代わり、コレをわたくしだと思って肌身離さずお持ちください。ほら、ココにこうすれば……うんっ、完璧!」

 レーンの腰にあるマジックバッグの横に引っ掛けられたのはカラビナにぶら下がる黒髪の人形。キアラをデェフォルメしたお手製人形に見えるが意外にも精巧に出来ており、これを自身で作ったとは容姿の派手さからは想像し難い。

「ちょっと、何よこれ!」
「何って、発信機?」
「はぁぁっ!?要らないわよっ、そんなもの!」
「レーンにあげたのよ?貴女にとやかく言われる筋合いはないわ」
「ありありの大アリよ!!」

 喚き散らすディアナなど目に入らぬとばかりに首に手を回して抱き着くと熱い口付けをする。

「なっっ!?」

 言い争いの最中の思いもよらぬ行動に唖然として動きを止めてしまったディアナ。

 唇に指を当てて勝ち誇る視線を向けながら軽やかに三歩退がったキアラは、片手でスカートの端を摘むと優雅にカーテシーをした。

「ではダーリン、今度は二人でゆっくりとお話ししましょう。ごきげんよう」

「二度と来るなー!!」

 どこからともなく取り出したフライパンを投げつけるディアナだが、それが当たるより前にキアラの姿が描き消える。
 そんな超人技を目の当たりにした全員が目を丸くする中、騒がしかった路地裏にはフライパンが地面を叩く音だけが響くのだった。


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