魔攻機装

野良ねこ

文字の大きさ
49 / 119
第二章 奇跡の光

2-22.混沌は他人のお宅で

しおりを挟む
「なぁルイス、あれ……どう思う?」
「やだなぁ、そんなの聞くまでもないじゃないですか……」

 何処かで見たマスコット人形を大量に鞄に付けた人物を遠目に見続けるグルカにルイス。その背後にはモノ言いたげな顔をするニナとシェリルにカーヤとノルン。
 現在彼等六人はカルレに貰ったチケットを手に歌姫『マジカル・キララ』のコンサート会場へと足を運んでいた。

「ね、ねぇ、まさかとは思うんだけど……そういうこと?」
「お嬢様、現実から逃避していては楽しめるものも楽しめなくなってしまいますよ?」
「ふぅ~ん、アレが歌姫ねぇ?ちょっと探っちゃいますぅ~?」

 困惑する一行の目の前に見える簡易テントには数日前に会ったばかりの黒髪の女性がプリントアウトされていた。
 そしてその下には当然の如く、彼女のグッズに群がるファンがひしめき合っている。

 目を疑う光景ではあるものの現実は変えることは出来ない。

 会場に近付くに連れて其処彼処に設置されている幟にも同じ人物が印刷されていれば、彼女が『マジカル・キララ』であることはまずもって間違いのない現実だと認識させられる。

「まさかあのイケイケ姉ちゃんが歌姫だったなんてな。もっと押しておくんだった……」
「いやいや、これっぽっちも脈なかったじゃないですか!?」
「うん? コロコロ変わる女心がどこでどう変わるのかなんてお前に読めるのか?」
「す、すみません……」
「分かりゃいい、分かりゃ」


△▽


 初見で『興味がない』と一蹴されたグルカはあの時『俺は冒険王になる!』と言い残して別行動をしていたためキアラには会っていない。しかし他の五人は熾烈な女の戦いに興じる彼女を目撃しており、その人物を見に来たのだと知るや否や何とも言えない気分になりはした。

 だが、それはそれ。これはコレ。

 せっかくだから、と気分を切り替え参加した歌姫のコンサート。
 映像を写す機器ですら珍しい世の中にあって、人間の身長の二倍以上もある特大スクリーンに囲まれた会場は異様な雰囲気を醸し出していた。

「会場のどこを見てもキララだらけ。三時間もあの空気に晒されてりゃ、そりゃ~信者も増えるはずだぜ?」

 様々な色の電飾をふんだんに使ったド派手なステージ。煌びやかなレーザー光線は輪をかけて舞台を盛り上げてくれる。
 そんな中に登場したのはやはり数日前にお目にかかったあのキアラだった。

「別に洗脳とかそんなつもりはないのよ?でも、せっかく来てくれたお客様に楽しんでもらうのはエンターテイナーとしての義務。そのために高いお金を払って機器を購入してるんだもの、有用に活用しなきゃ勿体ないわ」

「舞台から遠くてもはっきりと見えるのは素晴らしい演出だと思いました」
「キラキラ、ピカピカすごかったぁ!」
「それも驚いたが、魔攻機装ミカニマギアとは戦い以外にも使えるのだと初めて知ったよ」

 割と静かな前奏で始まった最初の曲、その山場と言えるサビに入った直後にオレンジの光に包まれたキララ。
 驚くことに彼女は煌びやかなステージに映えるメタリックオレンジの魔攻機装ミカニマギア【マーキュリー】を身に纏い、婦女子なら持つことさえできないような身の丈ほどもある巨大な剣をリズムに合わせて片手で振り回し始めた。

 それを待っていたかのように沸き立つ歓声。観客達も一様に手にするオレンジ色のタオルを振り回し、会場全体が一体となる。

「会場入りは二千人?凄い熱気でしたね」

「その中に貴方達も入ってくれてたんでしょう?ありがとうね」

 間を置かず続けられた曲はノリの良い楽曲。一際派手な照明演出に釣られて一段階引き上げられる観客達の熱狂。
 それもそのはず、始まった曲に合わせた『マジカル・キララ』の行動は予想の斜め上を行くものだった。

「にしてもよぉ、安全面とか大丈夫なのかよ」

「このわたくしがやる事にミスなんてないわ……な~んてねっ! 大事なファンを傷付けるわけにいかないから、入念なリハーサルを何度も重ねてるわ。お陰でコンサートが始まると休みが一日も無いんだけどね」

「一日もって……コンサートは一ヶ月あるんですよね?その間ずっと?」

「えぇその通り、ずっとよ。可哀想でしょ?」

 背中に取り付けられた一対の可動式の板。それが左右に拡げられ、見栄えのみに特化した特殊なギミックが発動されれば、彼女の背中に天使の翼が生えているように見える。
 巧妙に隠された翼の正体は三重に重ねられたアリベラーテであり、二対四枚の翼を持つオゥフェンより遥かに高い機動力を発揮する【マーキュリー】は重力を無視できるかの如く自在に宙を舞う。


──それを駆使した度肝を抜く演出


 天使と化した歌姫はあろうことか観客の頭上を飛び越え、各所に設置された足場を点々とする。

 観客との距離僅か二メートル。目が合うほどの至近距離を縦横無尽に飛び回るのだ。ステージにいる彼女に声援を送るだけでも熱狂するファンが、手を伸ばせば届きそうなほどの距離に迫るアイドルに興奮を覚えない筈がない。

 キララの通った跡にはアリベラーテ独特の青白い粒子が尾を引き、それに群がるかのように観客達が一斉に手を挙げる。それはあたかも水面に立つ波のようであった。

「あれだけ長い時間魔攻機装ミカニマギアを纏ってても魔力切れしないのは、そういった努力の賜物ってことですよね?」

 コンサートは三時間。他のアイドルと同じく数曲毎に会場トークや衣装替えという休憩を挟むものの、それでも魔力消費の多いアリベラーテを起動させ続けるというのは並大抵のことではない。
 しかもそれが三対ともなれば、それを支える魔力量はもはや化け物級と言っても過言ではない。

「そこはスマートにわたくしの才能ってことにしておいて良いのよ?」

 理想的なプロポーションと、それを120%に引き上げる非日常的な衣装。心まで響く歌声、万人受けするよう創られたキャラ。金に糸目を付けない機材投入に、距離感を近く感じさせる突拍子のない演出。
 『マジカル・キララ』が超絶なる人気を誇るのはこの全てが満たされているからであり、その根幹は十全な資金ももちろん必要ではあるが、魔攻機装ミカニマギア【マーキュリー】の特出した性能とキアラ・フォシェルの類稀なる才能、そして何より惜しみなく行われる彼女の努力にこそある。

「なんか、最初の高飛車なイメージと随分違うんですけど……」

 コンサート終了後、係の人に取り付けてもらった『マジカル・キララ』との触れ合いの場。普通なら門前払いが関の山だというのに『レーンの連れ』という魔法の言葉は絶大な効果を挙げ、二つ返事で案内された舞台の裏手側。

 ここは彼女のための控室でありプライベートルームでもある。

 特殊が過ぎるミネルバと比べてはいけないが、世界でも類を見ないほど大きなこのシークァは彼女専用のモノ。コンサート期間中はルイス達六人が押しかけてもまだ広いこの部屋で寝泊まりするのが常態化している。

「女って、いくつもの顔を持ち合わせているものよ?時と場合と相手によって仮面を使い分ける、その尤もたるはわたくしキアラ・フォシェルとアイドル『マジカル・キララ』かしらね?」

「ああ、なるほど?」

「女の方が激しいってだけで人間誰しも同じだわ。貴方だって好いた娘にはデレデレ甘えたりするんでしょう?」

「うぇっ!? お、俺は……」

「あら貴方、受けの良さそうな顔してるくせに奥手なのかしら?」

 獲物を見つけた肉食獣の如く、不穏な光を宿したブラウンの瞳を細くするキアラ。気力、体力と共に全精力を使うコンサート直後ということもあり、シャワーを浴びて気持ちをリセットして尚、余韻が尾を引く彼女の精神こころは手頃な雄を求めて昂り始めた。

「奥手も奥手、二十歳にもなって未だ童貞チェリーのチキン野郎だぜ?」

「ちょっ!?グルカさん!!」

 思いもよらぬ獲物に口角が自然と吊り上がる。それを隠そうとするキアラはワイングラスへと口を付けて一息で飲み干した。

 徐に席を立つキアラ。

「貴女ほど積極的じゃないことは確かですけど……俺の事なんていいんですって!」

 目を逸らし、不貞腐れたかのようにそっぽを向くルイス。しかし自分の座るソファーが沈み込めば何事かと慌てて目を向けるのはごく自然なことだった。

「えぇっ!! なっ、なんですかっっ!?」

 それが肌が触れ合うほど至近距離ともなれば振り返るのも早くなる。

 しかしその時には太腿に手が置かれており、目を丸くしたルイスが状況を把握するなり身を捩って上半身だけでも逃れようとする。

「ねぇ……」

 拘束された太腿、もう片方の手で掴まれたシャツ。身動きの取れぬルイスに縋り付くかのように、しなだれ掛かるキアラはバスローブ一枚というあられもない格好。
 意識して押しつけられる双丘は柔らかな感触を与えつつ形を変え、意図せずとも釘付けにされたルイスの視線はそれにより現れた深い谷間を向いている。

「私に協力してくれるのなら今夜ここに泊まって行っても良いのよ?」

「きょ、協力って……なにを?」

 身を伸ばすことで形を変える渓谷。摩擦で置いてきぼりを食らう布地から脱走しようとするソレを目にしてゴクリと生唾を飲み込む。
 イケナイとは思いつつも本能には逆らえない。穴の開くほど見つめる先、あと少しで頂点に添えられたサクランボが顔を覗かせる寸前で大移動が終わりを告げる。


「あの女を追い出して」


 全神経を胸に当たる心地良い感触に割いていた意識半ばの曖昧な返事。その問いかけに答えた耳元での囁き。耳に当たる柔らかな吐息が脊髄を刺激し、ルイスの背中に電気が走ったかのようなゾクゾクとする感触が駆け抜けた。

 しかしそんな夢見心地な状況も、この部屋にルイス達を招いた彼女の目的を理解すると同時に夢泡と化す。

「そんなこと、出来るわけないでしょう?」

 自分を取り戻したルイスがキアラの肩に手を当て押し退けるが、冷静になった脳は今という状況を正確に把握する。

「やれやれ、ルイスはやっぱ意気地なしチキン野郎だってこったな」

 呆れ返るグルカだけならまだ良かったかも知れない。
 そんな一部始終を目の前で見ていたカーヤは鼻を膨らませて悶々としており、『続きはまだか?』と言わんばかりの熱い視線を送っている。

 横に並ぶノルンも興味ありげな爛々とした目を向け微動だにしない。
 しかし、それと同じく興奮した面持ちのシェリルが何を思ったのか爆弾を投下した。

「ルイス、キアラ殿がお気に召さぬのなら今宵は私が相手をしてやっても……」

「っ!! お嬢様!?」

 大きなメガネが飛んでいきそうな勢いで振り向いたカーヤが耳を塞ぎたくなるほどの金切り声をあげる。
 だが、何処かおかしかったのは彼女も同じだった。

「お嬢様が夜伽を希望なさるのなら侍従である私が努めます!ルイス様のお手は煩わせないですわっ!!」

「カーヤ!?」

「それ、面白そうですねぇ。私も参加してもぉ?」

「ノルン!そこは止めるべきところではないのか!?」

「なんだなんだ?それなら俺も参加してやろうっ!」

 これ幸いと意気込み身を乗り出した大男。しかしコントのような会話を繰り広げた三人は急に真顔になり、それぞれの思いを口にする。

「筋肉に興味が無いと伝えたはずですが?」
「私もぉ、オジサンはちょっとぉ?」
「すまぬ、グルカ殿。私もルイスのように可愛げがある方が趣味なのだ。許されよ」

「おふっ……」

 額に銃弾でも受けたかのように弾かれたグルカは、ソファーに身を預けて昇天した。

「何よこの状況……わざとなの?わざとよね?」

 思惑が粉砕されたキアラが溜息を吐くが、場の流れについて行けないルイスもまた溜息を吐きたい心境であった。

「っっ!!」
 
 しかし、何気なく視線を向けた先に己をガン見していた金色の瞳に気がつく。
 表情こそ普段と変わらぬものの、あからさまに不機嫌そうな目。それを目の当たりにしたと同時に言い知れぬ悪寒に襲われたルイスは、誰にも気付かれぬままにブルリと身を震わせたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...