魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-26.秘密兵器は思ったよりも凄かった

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 目を走らせていた何枚もの書類を完走し終える。すると、それが合図であるかのように口の端が吊り上がった。

「ご満足いただけたようでなによりよ、ディアナ・メザルティア様?」

 一見すると非はないように思える言葉でも、それを受け取る者がどう思うかは人それぞれ異なる。
 かく言うディアナも先程までの満悦した顔から一転、頬を膨らませて不満をアピールし始めた。と、いうのも、添い遂げても良いとさえ思っているレーンにすら自分の姓を未だ明かしていないほど “出来れば知られたくない事情” があるからだ。

「嫌な呼び方をしてくれるじゃない……コレ、突き返してあげましょうか?」

 見せられたのは先のアルバイトの報酬報告書。

 五人での掘削作業により産出された鉱石の内訳とその売却による利益見込み。裂かれた人員から必要とされた経費に至るまで、よくもまぁ一月半であの量を捌いたものだと感心するディアナだが、事細かに書かれている書類は本来なら部外者に見せるものではないことくらい理解している。

 支払われる賃金に加えて要求した鉱石の納入書類が添えられているが、差っ引かれる金額が明らかに少ない上に要求していない量が勝手に傘増しされている始末。
 これで文句を言うのは鬼畜の行いではあるものの、それを考慮してでもディアナには譲れない言葉であったのだ。

「貴女のためにどれだけ融通してあげたと思ってるの?その恩を仇で返すつもりなのかしら、ね?」

 しかし、そんなことは百も承知。何と言おうとも鉱石を欲したのはディアナなのだ、カルレの優位が揺らぐ事はないと知っての敢えての言動。

 自分はここまで手の内を見せている。その上で貴女の為に身を削るのよ。そう言いたいが為の強気の姿勢は感情を表に出さぬ商人らしい顔付きが物語る。
 淑女らしい優雅な所作、紅茶を口にするカルレの目は『私の方が上』との断固たる意志を曲げぬと主張し、僅かにだけ細められていた。

「ズルいっ……」

 姉御肌気質のあるディアナだが、ザルツラウという国のトップを務めるカルレはその最たる者。彼女からみれば再び頬を膨らますディアナなど仔猫にしか見えず、付けた首輪が外れていないことを再確認した愛玩動物ペットが自分の意のままに動くことにこそ愉悦を感じるのだ。

「それよりもさぁ、わざわざ呼び出したのはコレを見せるため?それとも私を弄ってストレスを解消するのが目的?」

 大きく息を吐き出したディアナは、彼女に頼らなければ鉱石の全てが手に入らないと理解している。その彼女に可愛がられるのは徳でしかないのだが、思考と感情は必ずしも一致しないものなのである。

「呼び出した?貴女が押しかけたんじゃないの」
「え? 私、呼ばれたから来たんですけど?」

 カルレに倣い紅茶に口を付けたディアナ。カップから口を離して小首を傾げるが、カルレもまた理解の範疇を超える言葉に小首を傾げた。

「私はてっきり、そろそろ旅立つから貰うもの貰いに来たのかと思ってたわ?」
「その頃合いではあったけど、遣いがウチに来て今日ここに来いって……何か嫌な予感がするわね」
「同感。鉱石の搬入は勝手にやっても?」
「うん、師匠達がいるから声かけてあげて。私はレーンの所へ行く」


△▽


「レーン!!」

 慌てた様子で滑り込んで来たのは真紅の魔攻機装ミカニマギア。ここに向かう途中で爆発を目の当たりにしたディアナはエルキュールを纏い、レーンの身を案じて大慌てで駆け付けたのだ。

(嫌な予感って当たるのよね、やんなっちゃう……でもっ)

 目にしたのは白銀のランスに串刺しにされた魔攻機装ミカニマギア。レーンの無事な姿を見て胸を撫で下ろすと同時、帝国兵と思しき男は光に包まれ生身となる。
 
「すまんディアナ、ミフネを頼む」

 間を置かずに金色の光に包まれたレーン。彼が半歩退がり身を逸らしたその先には、真っ赤に染まった衣服に身を包むミフネが地面に転がっている。

「うそ……」

 一瞬思考を奪われたディアナだが、戦闘の終わりを知りミフネへと駆け寄り始めた門下生達を見て我に返ると、エルキュールを腕輪に戻しつつ自分もミフネの元へと急ぐ。

「退きなさい!邪魔っ!!」
「うおぉぉぉぉおおおぉぉおおっっ!」

 いの一番に到着した師範代を片手で掴むと元いた道場内へと投げ返すディアナ。彼女の二倍はあろうかと言う巨漢が宙を舞い自分達に襲い来る光景は恐怖でしかなく、生死不明の師範に慌てふためいていた門下生達の焦燥感に油を注ぐ事となる。

「ヒッ!」
「はぁあ!?」
「マジか!!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 阿鼻歓喜の地獄絵図と化した道場の中庭、しかしそれも数瞬の出来事。全員が一斉に身を翻して出来た無人の空間を宙を舞う巨体が通り過ぎ、全ての者が事なきを得たのは流石『紅月家』宗家に通う門下生といったところ。

「ミフネ!しっかりしなさい!!」

 背後へと響いて行く雄叫び、そして聞こえて来る派手な物音。だが、そんなものは耳に入らぬとばかりに誰一人として見向きもしない。
 完全に勢いを止められた門下生達はその場に立ちすくみ、ディアナの腕で抱き起こされた血塗れの師範を固唾を飲んで見守る。

「ディ、アナど、の……」

 肩、腕、太腿に当たったのはまだ良い。しかし胸と腹という本体への被弾は内に秘める臓器に致命的なダメージを与えており、動く事はおろか口を開くのですら必死にならざるを得ないミフネの命が尽きようとしているのは誰の目にも明らかであった。

(これは既に手遅れ?)

 かざされたディアナの右手には三つの腕輪が着けられている。
 一つは装飾品、もう一つは魔攻機装ミカニマギアの内部に接続するための整備士ティジーとしての白い腕輪。そしてもう一つの白き腕輪には白い石が嵌められており、これこそが取得が困難とされる再生師として認定された者のみが持つことを許される再生の魔石なのだ。

 その石から溢れ出した白い光がミフネを薄らと包み込めば在るべき姿に戻そうと特別な力が働く。
 地面を赤く染めた出血は止まった。しかし、同時に行われた検診は、いくら再生魔法とはいえ完治出来ない甚大な被害が出てしまっていることを如実に伝える。

「ふふ、ふ……貴女、は、そんなモノ……まで……多才に、も、ほどが……あります、ぞ……」

「喋らないで!」

「私に、は、夢があった……」

 自分の身体のことは自分が一番良くわかる。そう言いたげに口元を緩めたミフネは、思うように口が動かず拙い言葉ながらも、かつて仲間と共に見た傭兵になるという夢を語ってみせる。

「才気溢れる貴殿、なら、名をあげるのも容易、かろう……」

 治療の甲斐があり言葉は徐々に聞き取りやすいものとなっては来た。しかし、誰ともない方向に顔を向けたままの虚な視線は、既に物を見るだけの体力が尽きている事のなによりの証拠。

(このままじゃ延命で手一杯。何か……あっ、もしかしたら!!)

 ディアナが手を下ろすと同時に空気が震えた。それは再生魔法という最高度の治療ですらミフネが助からないのだと知れた事による居合わせた全員の動揺。当然そこには期待の眼差しを向けていたレーンも含まれていたのだが、当のディアナはその右手を鞄へと押し込んでいる。

「俺はお前じゃない。お前の夢はお前が叶えてこそ意味があるんじゃないのか?」

「く、くくくっ……手厳しい、な。……ならば貴殿の、旅に、私も連れて行ってはくれまい、か?」

「五体満足じゃない奴のセリフじゃないな。その願いを叶えたきゃ、まずはてめぇの足で立ってみやがれ」

 病は気からと言うように、本人が生きる事を諦めていれば治る傷も治らない。
 レーンからすれば後ろ向きになっているミフネの心に喝を入れたかったのだろう。例えディアナが無理だと判断して治療を止めたのだとしても、最後の一瞬まで足掻いて見せろと尻を叩く。

「ふっ……」

 そんな男気あふれる心遣いを理解し、穏やかな笑みを浮かべるミフネ。その顔は『師範ミフネ』ではなく、一人の男として失って久しい『仲間』を得たことによる喜びに満ちていた。


──思い残す事はない……


 閉じた瞼の裏側に映る若かりし頃に志を共にした仲間達。
 彼らの元に逝く準備は整ったとばかりに迫り来るその時を受け入れる覚悟をした。

 そんなミフネの胸にかざされたのは、銀の鎖が垂れ下がるディアナの右手。

「なっ!? ディアナ!!」

 再び発せられた白い光は先程とは比べるべくもなく、昼間だというのに目を開けていられないほど強烈なモノだった。


(ここまでとは……でも、これならっ!)


 無数に聞こえる小さな声は門下生達が思わず漏らした悲鳴。皆一様に光に耐えられず硬く目を瞑りながら腕で顔を覆っている。
 珍しく動揺を見せたレーンもまた強過ぎる光を遮ろうと掲げた腕で目元を隠し嵐が過ぎるのを待った。


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