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第四章
4-26.こんばんわっ、不審者です!
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夜の帳が下り始めた頃になり町を出て行く一台のバイク。人通りが少なくなることからあまり目立ちはしなかったが、これは珍しい光景だ。
夜の道は視界が悪いことに加えてライトを灯すために己の位置を知らせることとなる。それにより野盗に襲われる危険性が高まるのだ。
実際のところ野に点在する野盗連中とて獲物の少ない夜は根城で休んでいることが多いのだが、闇に紛れられる夜は危険だという認識から陽が落ちてから移動する者は限りなく少ない。
「わざわざ国を跨いだというのにトンボ帰りをさせるとはあの禿げデブ、老体をなんだと思ってやがる……」
年々薄くなりつつある金の髪を風に靡かせ風を切る老人は、アウギュストの要請によりフィラルカ聖教国からやって来たばかりの拳法使いヨンデル。
教会本部に居ながら聖女などという存在が現れたなど聞いていない。しかしヨンデルの四肢封じを最も簡単に打ち破ったディアナは本物の聖女である可能性が高いと判断した。
本来なら通信回線を開いて今すぐ確認すべき重要な案件。しかし、盗聴の危険性が拭えないのが通信。万が一にでも他の勢力に聖女の存在が知られれば取り返しがつかないのだ。
アウギュストからもたらされた情報によれば教会は聖女を認識している。だとすれば一体誰が彼女をフィラルカ聖教国に呼んだのかが最重要焦点。ヨンデルが知らない以上、ヨンデルの属する枢機卿派閥ではないことは確か。
他の枢機卿が聖女を手に入れれば致命傷となり得る。今後、成り上がりの主人たるゲムルギスが教皇になる芽は途絶え、それと共に己の報酬が増える事もなくなるのだ。
「……ん?」
一刻を争う事態に急ぎフィラルカ聖教国へと向かうヨンデルは暗闇を突き進むが、町灯りが遠のいた頃合いで微かな違和感を感じた。
「──っ!!」
見開いた視界に飛び込んで来たのは人。走行中のバイクを目掛けてタイミングを合わせて来るなど余程の手練れか身の程知らずのどちらかだろう。己の直感が告げる相手の力量に舌打ちしながらもハンドルから手を離せば、直後、鋭い金属音と共に伝わる重たい衝撃をいなし切れず吹き飛ばされてしまう。
「何者だ!?誰の差金か知らんが、俺を誰だか分かっての襲撃か?」
月明かりの下、地を滑るバイクの土煙を挟んで相対したのは黒尽くめの男。自分と同じく難なく戦闘態勢を維持する以上、相手もまた人並み以上の身体能力を持つということ。
細い三日月の如く月光を煌めかせるのは片刃の刃物。その得物は剣より扱いの難しいとされる刀であることは明確であり、戦闘のプロとして心が沸き立つのを感じてヨンデルの口角がひとりでに吊り上がる。
「ハッ!黙りとは日陰者は寂しいのぉ。まぁいい。あまり時間もないのでな、遊んでほしいのなら全力で相手してやる」
この場所、このタイミングで襲ってくるなど十中八九聖女絡み。情報漏洩を防ぐために殺しに来たのだろうとは想像に難しくなかった。
しかし、拳法使いであるヨンデルとて闇に生きる者。アウギュストとの接触も秘密裏に行われたというのに自分の存在に気付かれたことには素直に賞賛を送る。
だが、だからと言って手を抜いてやるつもりなど毛頭なかった。
(此奴、思ったよりも出来る……)
月明かりの草原に幾度となく響き渡る金属音。肉薄した二人が火花を散らすのは両手の手甲と黒い大太刀。
まるで鍛冶でも行っているかのような激しいぶつかり合いは互いに一歩も譲らず、手数の多い自分に有効打を入れさせないとはと、ヒートアップして行く自らの闘争心を抑えるのもそろそろ限界に近かった。
(これほどの手練れを用意出来るのはやはり枢機卿のどちらかか?よもや教皇ということはあるまいて……)
争いを憂うことを説くフィラルカ聖教とて組織としての内情がある以上、所詮は他の国と変わらず腹黒い権力闘争の場に変わりはない。
枢機卿の座を狙う新興派閥の可能性もあったが、教会内でも最上位と自負する自分と対等に戦える者などそう簡単に用意できるはずもないのだ。消去法でいけばやはり聖女を手中に収めんとするのは他の枢機卿であり、聖女が教会本部に到着した時点でヨンデルの属するゲムルギス派の負けは決定される。
であれば、それまでに枢機卿ゲムルギスに接触し、取り急ぎ対応を決めねば手遅れとなる。
「ばかなっ! 新手だとぉ!?」
名残惜しくはあるが今はタイミングが悪い。不利な間合いにも関わらず、顔色一つ変えずに付いてくる男に引導を渡すべくギアを一つ上げようとした途端に感じた違和感。
咄嗟に首を逸らせば、頬の皮膚を斬り裂き駆け抜けて行った刃物、それは正面の男とは別の角度からの遠距離攻撃であった。
「ちぃっ!」
盛大に舌打ちをしたヨンデルは正面の男に強撃を放ち距離を取る。
浮かれた心ながらも戦いに集中し過ぎていたわけではない。だというのに気配も感じさせず接近を許したということは新手も相当な使い手だということ。その結論に達したと同時に左腕に嵌る腕輪に魔力を込めた。
近年、衰えのみえる肉体での魔攻機装戦闘はなかなかに堪える。戦ったあと一週間くらいは疲れが抜けきらないのだ。
──それでも殺らねば自分が殺られる
「……は? これは一体どういうことだ?」
忙しくなりそうな時にと再び舌打ちをしたヨンデルだが、魔力光が霧散したときには既に敵の気配が無いことには驚きを隠せなかった。
魔攻機装の装着などたったの一秒、その僅かな間に忽然と姿を消した二人の刺客。
「魔攻機装を所持していなかったと考えれば良いのか?あの力量で?……それにしても、手傷を負わせられないのならバイクの破壊くらいはして行くものだろう」
不可解な行動には到底納得がいかないが、五体満足で足も無事ならばやることは一つ。
当初の目的を達成するため横たわったままのバイクに向かい歩き始めたヨンデルは、一度足を止めて改めて気配を探る。
「まぁ、良い。今後のお楽しみと考えておくか」
纏った鎧を光と化して微風に流す。生身となったヨンデルがバイクを起こして火を入れれば、それに応えたエンジン音が静かな草原に響き渡った。
△▽
「首尾はどうだ?」
走り去るヨンデルが見えなくなった頃合い、地に伏せて息を殺していたレーンが隣で同じように顔を上げたノルンとお揃いの黒い覆面に指を掛けて素顔を晒す。
「ちょっとだけカンが鋭そうなお爺ちゃんだったけどぉ、あんなの全然簡単だよぉ?」
鼻まで覆う覆面によりつぶらな瞳しか見えていない。それでも笑っているのがはっきりと分かるほどに目を細める忍びの少女。
濃茶色の髪から飛び出た小さな耳ごと乱雑に撫でて誉めてやれば、嫌がる素振りもないままされるがままとなっている。
「ありゃ相当な手練れジジィだったな。まぁ魔攻機装じゃ俺のが上だろうが、ディアナに止められてるしな」
「ノルンに貸してくれればノルンが殺ったのにぃ」
「馬鹿野郎、ここで殺したら駄目だと説明されただろ?」
「う~ん?そだっけ?」
「作戦くらい頭に入れておけ……頼むわ」
「頼まれたっ!」
「お前なぁ……」
王宮を出て自由奔放を気取っていたつもりのレーンだが、本当の意味で自由な者とはこういうものかと己の認識を修正する。
しかし、自由を欲しながらも着の身着のまま計画性もなく彷徨う人生というのは性に合わないと微笑みを浮かべた。
「ほどよく運動もしたことだし、さっさと帰って飲み直すぞ」
「おぉっっ!飲むぞぉーっ!」
「いやいや、お前はジュースだからな?」
「えぇー?レーちゃん、けちんぼぉ?」
「一口でぶっ倒れる奴が何言ってやがる……」
「きゃははははははははっ」
「笑いごとか、あほっ」
鞄から魔導バイクを取り出したレーンはシートに腰を下ろしてキーを回す。闇夜に響く重低音、車体下に漏れ出る光はアリベラーテ機構独特の青白い粒子。
「お前、また立ち乗りか?」
帰宅を了承したノルンは後部座席に飛び乗ると、座席に立った状態で高くまで伸びる背もたれに軽く触っているのみの不安定な姿勢から動こうとしない。
(まぁ、行きもコレだったし、コイツなら落ちても問題ないか)
本人が良ければ口を出すまい。そう結論付けたレーンはノルンに構わずアクセルを回した。急激に加速する魔導バイク、卒なくヨンデル襲撃を終えた二人は拠点と化したユースケの実家アンゼルヴ家へと向かう。
途中何度も車体を揺らして遊ぶレーンだが、ただの一度も落ちるどころかバランスを崩しすらしなかったノルンは人知を超えた身体能力を有する。流石は世界に名を轟かせる知る人ぞ知る忍びアッティラが認めた獣人である。
夜の道は視界が悪いことに加えてライトを灯すために己の位置を知らせることとなる。それにより野盗に襲われる危険性が高まるのだ。
実際のところ野に点在する野盗連中とて獲物の少ない夜は根城で休んでいることが多いのだが、闇に紛れられる夜は危険だという認識から陽が落ちてから移動する者は限りなく少ない。
「わざわざ国を跨いだというのにトンボ帰りをさせるとはあの禿げデブ、老体をなんだと思ってやがる……」
年々薄くなりつつある金の髪を風に靡かせ風を切る老人は、アウギュストの要請によりフィラルカ聖教国からやって来たばかりの拳法使いヨンデル。
教会本部に居ながら聖女などという存在が現れたなど聞いていない。しかしヨンデルの四肢封じを最も簡単に打ち破ったディアナは本物の聖女である可能性が高いと判断した。
本来なら通信回線を開いて今すぐ確認すべき重要な案件。しかし、盗聴の危険性が拭えないのが通信。万が一にでも他の勢力に聖女の存在が知られれば取り返しがつかないのだ。
アウギュストからもたらされた情報によれば教会は聖女を認識している。だとすれば一体誰が彼女をフィラルカ聖教国に呼んだのかが最重要焦点。ヨンデルが知らない以上、ヨンデルの属する枢機卿派閥ではないことは確か。
他の枢機卿が聖女を手に入れれば致命傷となり得る。今後、成り上がりの主人たるゲムルギスが教皇になる芽は途絶え、それと共に己の報酬が増える事もなくなるのだ。
「……ん?」
一刻を争う事態に急ぎフィラルカ聖教国へと向かうヨンデルは暗闇を突き進むが、町灯りが遠のいた頃合いで微かな違和感を感じた。
「──っ!!」
見開いた視界に飛び込んで来たのは人。走行中のバイクを目掛けてタイミングを合わせて来るなど余程の手練れか身の程知らずのどちらかだろう。己の直感が告げる相手の力量に舌打ちしながらもハンドルから手を離せば、直後、鋭い金属音と共に伝わる重たい衝撃をいなし切れず吹き飛ばされてしまう。
「何者だ!?誰の差金か知らんが、俺を誰だか分かっての襲撃か?」
月明かりの下、地を滑るバイクの土煙を挟んで相対したのは黒尽くめの男。自分と同じく難なく戦闘態勢を維持する以上、相手もまた人並み以上の身体能力を持つということ。
細い三日月の如く月光を煌めかせるのは片刃の刃物。その得物は剣より扱いの難しいとされる刀であることは明確であり、戦闘のプロとして心が沸き立つのを感じてヨンデルの口角がひとりでに吊り上がる。
「ハッ!黙りとは日陰者は寂しいのぉ。まぁいい。あまり時間もないのでな、遊んでほしいのなら全力で相手してやる」
この場所、このタイミングで襲ってくるなど十中八九聖女絡み。情報漏洩を防ぐために殺しに来たのだろうとは想像に難しくなかった。
しかし、拳法使いであるヨンデルとて闇に生きる者。アウギュストとの接触も秘密裏に行われたというのに自分の存在に気付かれたことには素直に賞賛を送る。
だが、だからと言って手を抜いてやるつもりなど毛頭なかった。
(此奴、思ったよりも出来る……)
月明かりの草原に幾度となく響き渡る金属音。肉薄した二人が火花を散らすのは両手の手甲と黒い大太刀。
まるで鍛冶でも行っているかのような激しいぶつかり合いは互いに一歩も譲らず、手数の多い自分に有効打を入れさせないとはと、ヒートアップして行く自らの闘争心を抑えるのもそろそろ限界に近かった。
(これほどの手練れを用意出来るのはやはり枢機卿のどちらかか?よもや教皇ということはあるまいて……)
争いを憂うことを説くフィラルカ聖教とて組織としての内情がある以上、所詮は他の国と変わらず腹黒い権力闘争の場に変わりはない。
枢機卿の座を狙う新興派閥の可能性もあったが、教会内でも最上位と自負する自分と対等に戦える者などそう簡単に用意できるはずもないのだ。消去法でいけばやはり聖女を手中に収めんとするのは他の枢機卿であり、聖女が教会本部に到着した時点でヨンデルの属するゲムルギス派の負けは決定される。
であれば、それまでに枢機卿ゲムルギスに接触し、取り急ぎ対応を決めねば手遅れとなる。
「ばかなっ! 新手だとぉ!?」
名残惜しくはあるが今はタイミングが悪い。不利な間合いにも関わらず、顔色一つ変えずに付いてくる男に引導を渡すべくギアを一つ上げようとした途端に感じた違和感。
咄嗟に首を逸らせば、頬の皮膚を斬り裂き駆け抜けて行った刃物、それは正面の男とは別の角度からの遠距離攻撃であった。
「ちぃっ!」
盛大に舌打ちをしたヨンデルは正面の男に強撃を放ち距離を取る。
浮かれた心ながらも戦いに集中し過ぎていたわけではない。だというのに気配も感じさせず接近を許したということは新手も相当な使い手だということ。その結論に達したと同時に左腕に嵌る腕輪に魔力を込めた。
近年、衰えのみえる肉体での魔攻機装戦闘はなかなかに堪える。戦ったあと一週間くらいは疲れが抜けきらないのだ。
──それでも殺らねば自分が殺られる
「……は? これは一体どういうことだ?」
忙しくなりそうな時にと再び舌打ちをしたヨンデルだが、魔力光が霧散したときには既に敵の気配が無いことには驚きを隠せなかった。
魔攻機装の装着などたったの一秒、その僅かな間に忽然と姿を消した二人の刺客。
「魔攻機装を所持していなかったと考えれば良いのか?あの力量で?……それにしても、手傷を負わせられないのならバイクの破壊くらいはして行くものだろう」
不可解な行動には到底納得がいかないが、五体満足で足も無事ならばやることは一つ。
当初の目的を達成するため横たわったままのバイクに向かい歩き始めたヨンデルは、一度足を止めて改めて気配を探る。
「まぁ、良い。今後のお楽しみと考えておくか」
纏った鎧を光と化して微風に流す。生身となったヨンデルがバイクを起こして火を入れれば、それに応えたエンジン音が静かな草原に響き渡った。
△▽
「首尾はどうだ?」
走り去るヨンデルが見えなくなった頃合い、地に伏せて息を殺していたレーンが隣で同じように顔を上げたノルンとお揃いの黒い覆面に指を掛けて素顔を晒す。
「ちょっとだけカンが鋭そうなお爺ちゃんだったけどぉ、あんなの全然簡単だよぉ?」
鼻まで覆う覆面によりつぶらな瞳しか見えていない。それでも笑っているのがはっきりと分かるほどに目を細める忍びの少女。
濃茶色の髪から飛び出た小さな耳ごと乱雑に撫でて誉めてやれば、嫌がる素振りもないままされるがままとなっている。
「ありゃ相当な手練れジジィだったな。まぁ魔攻機装じゃ俺のが上だろうが、ディアナに止められてるしな」
「ノルンに貸してくれればノルンが殺ったのにぃ」
「馬鹿野郎、ここで殺したら駄目だと説明されただろ?」
「う~ん?そだっけ?」
「作戦くらい頭に入れておけ……頼むわ」
「頼まれたっ!」
「お前なぁ……」
王宮を出て自由奔放を気取っていたつもりのレーンだが、本当の意味で自由な者とはこういうものかと己の認識を修正する。
しかし、自由を欲しながらも着の身着のまま計画性もなく彷徨う人生というのは性に合わないと微笑みを浮かべた。
「ほどよく運動もしたことだし、さっさと帰って飲み直すぞ」
「おぉっっ!飲むぞぉーっ!」
「いやいや、お前はジュースだからな?」
「えぇー?レーちゃん、けちんぼぉ?」
「一口でぶっ倒れる奴が何言ってやがる……」
「きゃははははははははっ」
「笑いごとか、あほっ」
鞄から魔導バイクを取り出したレーンはシートに腰を下ろしてキーを回す。闇夜に響く重低音、車体下に漏れ出る光はアリベラーテ機構独特の青白い粒子。
「お前、また立ち乗りか?」
帰宅を了承したノルンは後部座席に飛び乗ると、座席に立った状態で高くまで伸びる背もたれに軽く触っているのみの不安定な姿勢から動こうとしない。
(まぁ、行きもコレだったし、コイツなら落ちても問題ないか)
本人が良ければ口を出すまい。そう結論付けたレーンはノルンに構わずアクセルを回した。急激に加速する魔導バイク、卒なくヨンデル襲撃を終えた二人は拠点と化したユースケの実家アンゼルヴ家へと向かう。
途中何度も車体を揺らして遊ぶレーンだが、ただの一度も落ちるどころかバランスを崩しすらしなかったノルンは人知を超えた身体能力を有する。流石は世界に名を轟かせる知る人ぞ知る忍びアッティラが認めた獣人である。
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