魔攻機装

野良ねこ

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第四章

4-29.出番は勝ち取るものなのよ

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 聖教騎士団パラディオンを動かしている時点で証拠は十分であり、知らぬ存ぜぬを突き通すのは不可能な状況。それを悟るも罪を認めればそこまで、財産は当然のように没収されて投獄されることだろう。

 枢機卿という人生を懸けて築き上げた立場までもが失われる、そんなことを素直に認められるはずがない。
 後一歩……後一歩なのだ。それを、降って湧いたこんな小娘に蹴り落とされるなどまっぴらゴメン。
 
 こうなれば全てをひっくり返す他に道はない。

「何時だ? 何時こんな物を付けた?」
「思い当たるとき、あるんでしょう?」
「くっ! やはりあの襲撃はフェイク!」
「フェイクではないわ。彼、愉しめたと言っていたもの」
「舐めた真似を……」

 成り行きに身を任せるかのようにポーカーフェイスを突くゲムルギスは、頼みの綱たるヨンデルに目配せしようとするも、プライドを踏み躙られたことにより熱くなっているヨンデルは彼の視線に気が付かないでいる。

「もう良い、ヨンデル。全ては終わったのだ」

 急に喋り出したゲムルギスは軽く首を振りながらも達観した表情。

「これも全て欲に目の眩んだ私へと神が与えた罰、そうですな?猊下」

「人は罪を犯す生きもの。しかし、偉大なる【最高神エンヴァンデ】は悔い改める者を決して見放されたりはしない。
 己のしたことを認め、害された者へと謝罪し、誠心誠意の償いをすれば、いずれお前の罪は許されるだろう」

 聞いているだけで安らぎを感じさせる深い声。別段特徴があるわけでもないのに多くの者がそう感じてしまうのは、やはり人生を賭して【最高神エンヴァンデ】を信仰してきたからなのだろう。

 ゆっくりと紡がれた教皇の言葉は居合わせた者達の心に染み渡っていく。
 それはゲムルギスも例外ではなかったようで目を閉じ、言葉の余韻を噛み締めているようだ。

「分かりました猊下。私も聖職者の端くれ、此度の騒動の責任を取りましょう。
 ヨンデル、この場に居合わせた全員を殺せ」

 穏やかに発せられた言葉、されど欲望と暴力に塗れたその言葉を理解するのが遅れた聖教騎士団パラディオンは、待ってましたとばかりに口角を吊り上げたヨンデルの行動に遅れを取った。

「なにっ!?」

 一瞬にして教皇へと肉薄したヨンデル。盾となるはずの騎士達は呆けており、無防備を晒す老人は拳に突かれて残りわずかな生命を散らせるはずであった。

「ご都合主義の悪党って結局こうするのよね」

 横から伸びた手が狂気の拳を掴む。見開いた目が捉えたのは不敵に微笑むディアナの顔。
 間髪入れずに投げ捨てられたヨンデルは壁に足を着けて睨み返す──が、それも一瞬。

「そんなに死に急ぎたいか、小娘ぇぇっっ!!」

 教皇を殺ったら次は聖女。その後はガストリスと数で優って良い気になっている騎士共を適当に片付けて逃亡。簡単な仕事だと鷹を括っていたというのに、嵌められたことと相まって、出鼻を挫かれたヨンデルの怒りはピークに達していた。

「歳なのにやるじゃない」
「舐めるなぁっ!!」

 突き出された拳はあっさり逸らされ、カウンターで放たれる鋭い蹴り上げを立てた腕でガードする。お返しとばかりに回された足は空を切り、しゃがむ事で次なる動きの遅くなった目標へと重心を切り替えられた逆足が迫り行く。

 赤い布を靡かせ身軽にジャンプした女は過ぎゆく男の足に手をかけ遠心力を得る。それを利用し突き入れられる拳。無防備な背中にヒットするかと思いきや、身を縮めることで回転を早めた老人の腕に遮られて鈍い音を残すのみ。

 互いに右へ右へと動く二人は戦いの場を維持し、広くない部屋には風を切る音と打撃を防ぐ音とが絶え間なく続く。
 遅れて教皇とガストリスの前に身を差し込む騎士達の眼前、一メートルと離れていない極近距離で目にも止まらぬ攻防が繰り広げられていた。

「久々にノってきたが計算が狂った」
「あら、計算なんて出来たの?」
「どんな物事にでも手順というものは存在する」
「以外と頭脳派ね、お爺ちゃん」
「馬鹿では長生きできんのだよ」
「じゃあ、人生ここまでの貴方はやっぱり馬鹿なのね」
「今はタイミングが悪いだけ。再び巡り会えばその出来の悪いオツムに喝を入れてやろう」

 突き出されたディアナの拳を、ヨンデルの手が正面から受け止め握りしめる。これまでと違う対処法に慌てて腕を引けば、それを離さないヨンデルとの距離が更に狭まる。
 咄嗟に出されたディアナの逆手。しかしヨンデルはそれを待っていた。

「次に会うまでせいぜい楽しむがいい」
「しまっ……ぁぐっ!」

 捕まえた両拳を支えにディアナの腹へと両足をつけたヨンデル。当然ただの着地で済むはずもなく、思い切り突き入れられたことによりディアナの肺から空気を奪う。

「ずらかるぞ」
「仕方がない」

 一足でゲムルギスの元まで飛んだヨンデルはグレーの光に包まれていた。瞬く間に霧散した光の中から現れたのは灰色の魔攻機装ミカニマギア。片足で着地すると同時にゲムルギスを小脇に抱えると、躊躇する事なく窓から躍り出る。

「ルイスっ!!出番よ!」
「──っ!!」

 外に出るなり襲いかかる炎の濁流。それは完全にヨンデルを捉えており、五秒にも渡る放射が射線を外す事なく完璧に追尾していた。

「まさかっ!見捨てるつもりか!?」
「冗談もほどほどにしろ。あんなの相手にお前を抱えながらなんて無理だろ。生き延びたきゃ他のヤツを呼べ」

 屋根の上に着地したところで放射は止まった。それが限界だったのか建物に被害を与えたくなかったのかはヨンデルが知るところではない。しかし、魔力障壁パリエスが溶ける寸前で止んでくれたのは朗報意外のなにものでもない。

「この非常時に呼べる者など……」
「じゃあ俺とお前の関係もここまでだな」
「この裏切り者がっ!!」
「恨むのなら俺じゃなく、目の前の白いヤツにしろ」

 ヨンデルと同じく屋根の上に立つのは純白の魔攻機装ミカニマギア。常識の外にある大きな剣を軽々と握る姿は立派なものだが、その見た目は何の変哲もなさげなシンプルな機体。
 しかし、例え立っているのが役目の白い機体だとしても、あれだけの魔法が放てるとなれば侮れるはずもない。

「ねぇ、アンジェ、最近思うんだ」
⦅んんっ?何か悩みごと?おねぇさん、聞いてあげるよ?⦆

 アンジェラスの合図で放った魔法は完璧なタイミングで相手を捉えた。そのまま中心を捉え続ける難易度は高かったものの、常人の二倍程度まで早まった思考速度ならそれほど苦労することでもない。

「俺ってば主人公の片割れなのに出番少なくない!?」
⦅いや~、そればっかりは聞いてあげられないかもぉ……⦆
「このままで行くとディアナが主役になっちゃうと思うんだ!それについてはどう思う!?」
⦅ゴメン、それは禁忌だから答えあぐねるわ。それに、それを言うなら私の方が出番少ないからね?⦆
「本当にそうだよね!重要なキャラのはずなのに登場回数数回って……そこんとこどうなの!?」
(………………)
「シカトとか “神” 気取ってんじゃ……ぎゃあぁっ!!」

 突然片膝を突いたアンジェラスを疑問に思うヨンデルだが、心配召されるな。暴言を吐く輩に天罰が降っただけのこと。

『ルイスぅ~?遊んでないでいいから。 取り逃しでもしたら、しばらくご飯抜きだからね?』

「ったく……どいつもこいつもっ!!」

 通信先のディアナに文句を言いつつブォンっという重たい風切り音を立てて振り翳した大剣が燃え盛る炎に包まれる。
 魔力を帯びた武器は同じく魔力を帯びた物質でしか止められないのだが、そんな気配を感じさせないヨンデルは不敵な笑いを浮かべながらも両の拳を打ち合わせて戦闘の意思を表した。

「アンジェ直伝【問答無用でぶった斬れ!紅炎白斬剣】」

 小手調べなど要らない。そう感じた両者は肉薄するなり、一合目から全力で撃ち合うべく互いの武器を振りかぶる。その思いはルイスの方が強いようで、溜まっていた憤りすら込めるかの如く魔法を発動した。

「うぉぉおおおおおおっ!!」

 倍以上に膨れ上がった炎が突如鳴りを潜める。力ある言葉を発している以上魔法が発動されているのは否定できない。見えなくなった炎の行方、それは元ある剣身ギリギリまで圧縮され、それによって熱量の上がった炎が赤から白へと成り代わったために不可視化したのだ。

 密度の増した魔法は当然のように威力も増す。

 頭上へと迫るコレを受け止めれば例え全力の魔力障壁パリエスでも真っ二つにされる、直感で悟ったヨンデルは己の武器たる鉄甲へと惜しみない魔力を注ぎ込む。

「は!? ぐぅぅうっっ!!!」

 やっきた衝撃は想像の遥か上。交差させた手首が刃を受け止めたまでは良かったのだ。しかし、全身の骨が軋む音が聞こえれば硬直させていた身体に更なる力を入れて踏ん張るしかない。
 バランスを取るため半歩退がった。これでは予定通り受け流すなど不可能。歯を食いしばりながらも相対する操者ティリスチーを睨みつければ、その男の視線が既に己を向いていないことに驚愕するヨンデル。

 必殺とすら思える一撃は目の前の若造が放つ全力であると思えた。しかし、その男は結果など知っていたかのように魔法が決まった瞬間にはもう次の攻撃に至るまでのプロセスを頭の中でシュミレートし終えているかのように感じたのだ。
 良い知れぬ悪寒が背筋を駆け抜け、全身が色めき立つ。

⦅ルイス!おわまわりっ!回転よ

 極度の緊張により集中力が高まる。ルイスの足が動いたのを捉えたのは死を感じ取ったが故の生存本能だった。


私は剥き身の刃物なの!回転剣舞・一閃


 白い足が着いた屋根に蜘蛛の巣状のヒビが入った。白炎を纏う大剣は相対する鉄甲と接触を持った直後に水平移動を始め、身を捩るルイスによりヨンデルを始点とした白い円が描かれ始める。


「気功柔術【柔剛制止】」


 刹那の間に軌道を見極めたヨンデル、それは彼が乗り越えてきた死線が生み出す反射なのかも知れない。

 突き出した両の鉄甲を緑色の魔力が繋ぐ、まるで束ねられた糸が布を形成するかのように。その両端を握ることでロープのように姿を変えた魔力光が円を描き切ろうとする白と交わる。

「──っ!!」

 ゴムのようにたわんだのは想定内の反応。しかし、あらゆる衝撃を吸収してきた絶対の自信を持つ防御魔法だというのに、無理矢理押し通ろうともがく白炎の刃はあわやヨンデルの胸に到達するところまで【柔剛制止】を伸ばしてみせたのだ。

 反発する勢いに負けたかの如く吹き飛ばされるヨンデルは視界がブレたことで己の身に何が起こったのかを知る。初めての経験ではあったが勢いを殺せば済むだけのこと。思わぬ強敵ではあったが所詮は青臭いガキ。焦らず、冷静にと努めて屋根だった破片を巻き上げながらも突き出した足で勢いを殺す。
 流石にあの威力の攻撃を連続で行ったのだ、今度はこちらの番。どのように料理してやろうかと口角を吊り上げた矢先に自動で展開した虹膜が襲いかかる四本の剣を受け止めたのが目に入る。

「雑魚は引っこんで……っ!!」


私のを挿し込んであげるっ♪刺突追斬・牙狼


 四機の刃が同時に到達したのは彼らが優秀な聖教騎士団パラディオンである証。それを最も容易く弾き返したヨンデルは、ディアナをも凌ぐ武術の腕をもちながらも操者ティリスチーとしても優秀な才能をもっていた。

 しかしその瞬間に差し込まれたのは鏡のような金属。ヨンデルの腹を破ったのはルイスの大剣だ。

 魔攻機装ミカニマギアの最終防御機構である魔力障壁パリエスはヨンデルの背後で展開されている。と、なれば前面は完全なる無防備。例えその剣が魔力を纏っていなかったとて彼の身体が上下二つに分かれたことに変わりはなかった。

「ば、ばか……な……」

 静止したルイスの大剣の上に乗せられたヨンデルは何かを掴むかのように片腕を伸ばしたものの、驚愕を写す顔が力無く倒れ込むと同時に勢いを失った。


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