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第34話「韋駄天のシーリン」

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 高級料理がズラリと並んだテーブル。
 その料理をガツガツと平らげていくシーリンとミィナ。

 アルガスは酒をチビチビと飲みつつ、伝票を見て頭を抱える。

「ほんでな? くっちゃくっちゃ……、アタシはゆーたんよ! 大猪くらい、丸々食ーたるわって」
「ふーん? もっきゅもっきゅ……」

 キラキラした目でシーリンの話に聞き入っているミィナ。

「そしたら、アホのロリコン野郎が、本当に持って来よってん、ちゃっくちゃっく……、食うたら見逃したるって、」
「うんうん! くっちゃらくっちゃら……」


 ………………………………うん、君らね。


「がははは、食ーたったわ!……にょっくにょっく、オカワリでもう一匹もペロリとな げはははは!!」
「すごーい!……ぺっちゃぺっちゃ」



 …………はい、堪忍袋の緒がぷっちーん。



「───じろ」

 アルガスがボソリと一言。

「あん? なんやねん?……もっしゃもっしゃ、何か言うたかアルガスのオッサン」
「どうしたのー?……くちゃくちゃ」



 すぅぅ……。

「───口を閉じて食えぇぇぇえええ!!」



 ガシャーーーン、パリン、どかーーーーん!……ぷぅ。

「びびびびびび、びっくりしたやん! 何いきなりデカい声出しとんねん!?」

「びっくりしたぁ……!」

 シーリンは椅子ごと、後ろにひっくり返りその拍子にテーブルを蹴倒していた。
 ミィナちゃんもひっくり返って、頭からピザを被っている。

「はぁはぁはぁ……! 口を閉じろ、口をぉぉお!!」
「な、な、何言うてんねん? アンタが食いながら喋れ言うたんやん!」

 シーリンが「いタタタ……」と尻をさすりながら起き上がる。

「アホォ! 限度があるわ、限度がぁあ! それに食いながらってのはそういう意味じゃねぇ!」
「えーでもぉ」

 なぜかミィナもアルガスに反抗。
 シーリン側についている。

「でもも、だっても、テロもクーデターもない!! くっちゃくっちゃ、ぺっちゃぺっちゃ、うるっっさいわ!」

 口を閉じて食え、口をぉぉおおお!!

「───口を閉じたら食えんわ、アホォ!」
「誰・が・ア・ホ・じゃ、俺が言ってるのは、噛むときに口を閉じろって意味だ! きったないんだよ、見てるのも聞いてるのもッ!」

 ったく……。
 どんな教育受けたらこうなるんだよ。

 親の顔が見て見たいわ。

「うるさいやっちゃな~……。ミの字は、こんな奴とよー付き合えるな?」
「アルガスさん、良い人だよ?」

 シーリンは呆れた顔をしつつ、パンパンと埃を払いながら、起き上がりざまに床に落ちてしまったピザをペロリ。

 それを真似して、ミィナもパクリ。


「───拾い食い、すなッ!」


 ごん、ごん!!

 と二人にゲンコツを落とすアルガス。

「はぶぁ!」「へぶぅ!」

 二人して顔面大爆発。

「いったー」「いたぃ~」

 あーもう。託児所かここは!?

「すぐ殴るなや……。ウチの地元じゃ、3秒以内はオーケィやねん」
「知るか、アホ! ミィナもこいつの真似をするな!」

 「はーい」といってシュンとするミィナ。
 この子は素直だけど、周りに流されやすい。

 シーリンと出会ったのだって、露天で店主に騙されてお菓子を試食しまくったがばかりに、そのついでに買えと言われて、泣きべそをかいていたそうだ。

 そこをシーリンが通りがかり、見兼ねて助け舟を出したというのが顛末だ。

 この調子で店主と交渉し、逆にオマケまで貰ってキャッキャウフフとしている所に、ミィナが単独で行動していると聞いて、保護者に一言いってやるとばかりに、アルガスに怒鳴り込んできたらしい。

 いや……。
 まぁ、目を放した俺も悪いんだけどさ。

「コイツて言うな。ったく……。食い方ひとつでうるさいやっちゃな~」

 給仕がジト目でアルガスを睨みながら床を掃除しているのをいいことに、さらに追加注文するシーリン。

 ちゃっかりと、さっきよりも高いのを注文してやがるし……。

 まぁ、テーブルが空っぽになったし、良しとしよう。
 それよりも、このタイミングで聞かないとな。

「で、これをどこで受け取った?」

 アルガスがいう、コレ。
 もちろん手紙のことだ。内容は完結明瞭。

 リズの字で間違いない。
 内容は、これからそっちに向かうので、その場所で待っていてほしいというものだ。

 それ以上のことは何も書かれていない。
 …………リズにしては言葉が少なすぎる。

 そこに、違和感を感じたアルガス

 しかも、1H5Wで内容を書けという風にアルガスはリズに教えていたはずなのだが……。

「アタシが普段活動しているのは、リリムダっちゅう街や。ちょうど、この荒野を挟んだ向かいの街やな」

 シーリンが、ギルドに掲げられている周辺地図を指さす。
 ……なるほど、たしかにかなり離れた場所にリリムダの街の名前が見て取れる。

「ふむ……。それが本当だとして、なぜ手紙を? まさか、怪我でも?」

 リズなら一刻も早くベームスに向かっていてもおかしくはない。
 手紙を出すより、彼女自身が向かった方が早いからだ。

「せや。リーダーのジェイスと、その女のメイベルっちゅうのが、病にやられたらしくてな───足留め食っとるんや」
「そ、そうか……リズは無事なんだな?」

「あぁ、無事も無事や。ピンピンしとったで?」

 ガタン…………。
 ドサリと、アルガスが背もたれに背を付け、天井を仰ぐ。

「ど、どないしてん───って、泣いとるん?!」

 スーと涙を流すアルガス。

 ───良かった……。
 本当に良かった……。

「すまん……目にゴミが入った」
「お、おう。そうか?」

 気まずそうな顔をしたシーリンが、アルガスから目を逸らす。
 男泣きする奴を初めて見たのかもしれない。

「ありがとうな。……ここまで、道中大変だっただろう?」
「ま、まぁな……。ど、どないしてん? いきなり。気持ち悪いで」

 急に態度が軟化したアルガスを、いぶかしがるシーリンだったが、
「アタシも仕事でやっただけや。礼を言われる程やあらへんて……」

 ポリポリと頭を掻いて照れ隠し。真正面から礼を言われるとは思っていなかったのだろう。

「しかし、リリムダからベームスまで随分とあるな……かなり急ぎで来たんじゃないか?」

「ふふん……! それがこのアタシ、シーリン様の売りよ」

 そう言って、すない胸を張るシーリン。

「A級冒険者のシーリン。またの名を韋駄天のシーリンて言われてるんやで」


「聞いたことないな」「知らなーい♪」


 口をあわせるアルガス&ミィナのコンビにズルッとこけるシーリン。
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