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第1章「失われた死霊術」
第1話「最後の魔族」
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旧エーベルンシュタット、魔族領最大都市跡。
そこに、ゲラゲラと、
ゲラゲラと下卑た笑い声が響く。
帝国軍の主力は引き上げ、ここに残ったのは残党を狩る部隊と残務整理の略奪部隊のみ。
面白みのない仕事だが、これを奇貨として小銭を稼ぐものもいた。
「けけ! ドロップ品がうますぎるぜ」
「こんな楽な仕事もねぇよな!」
積み上げられた死体の山が悪臭を放つ中、帝国軍の略奪部隊は飽きもせずそれらを解体していく。
ブチッ……バキキキ!
魔族を解体すれば、経験値付きの魔石に、彼等の持つ金銭やアイテム、
そして、交換可能な死体の部位が取れる。
「おい、見ろよ! 色付き魔石だぜ!」
「おぉ! こっちは竜鱗かー。魔族のくせにイイもの持ってやがるぜ」
慣れた手つきで解体し、腕をもぎ、骨をばらして籠に詰めていく。
……耳は全てない。
どうやら、討伐証明部位とやらで、彼等にとってのトロフィーなのだとか。
収穫したアイテムは商人に買い取ってもらうか、冒険者登録しているものは近くのリリムダの町の冒険者ギルドに持ち込むという。
だが、もともと資源に乏しい魔族領。
「だー畜生。そろそろこっちは腐ってきてるぞ?」
「あー……こっちもだめだ。先発隊にあらかた持っていかれちまってるな」
そこに駐屯している帝国軍は後発部隊だ。
そのせいか、一番おいしい略奪はできず、今できることといえば死体漁りと捕虜虐待くらいなもの。
そのせいか、段々と不満がたまり始めているようだ。
「おい、このガキは解体していいのか?」
「あーダメだだめだ! それはサンドバック兼マナポーション素材だ。殺すなよ?」
そして、不満は全て、この小柄な少女が負担していた。
彼女は、エミリア・ルイジアナ。
かつて、魔族最強の戦士と呼ばれ散々に帝国軍を苦しめた狂暴なダークエルフ。
「…………あぅぅ」
もっとも、今となっては小汚いだけの魔力袋。
資源のない魔族領唯一の産物として、『隷属の首輪』をつけられ、城の片隅で飼われていた。
「ぅぁ……勇者さま、勇者さま、勇者さま」
血管に突き刺さった大量の管から血を抜かれ、マナポーションの材料を提供するエミリア。
かつて捕虜にされたとき同様隷属の首輪で『魅了』化済み。今日もきょうとて、従順なペットとして逆らうこともせず、黙った血を抜かれるのみ。
殴られても、蹴られても、何をされてもヘラヘラとして、とても従順。
あれほど復讐燃えていた瞳は濁り切り、今や刷り込みで勇者だけをただひたすらに求める廃人だ。
「おい、やばいぞ? また気絶した」
「ほっとけ、ほっとけ、そう簡単にくたばらねぇーよ」
そして、いつものように限界まで血と魔力を抜かれたエミリアは、壊れた人形のごとく地面に放りだされていた。
「あぅぁ……」
身体は傷だらけ、
その表情はうつろながら、激痛と恐怖と絶望と……さらには糞尿と涙と涎でドロドロだ。
もはや汚物と変わらない。
ただただ、死ぬまでの僅かな時を、生きた素材として魔力と血を抜かれ、帝国の供物となり過ごすだけの時間……。
───もう、どうでもいい……。
僅かばかりに残る自我もすでに投げやりとなっていた。
両親も、里の皆も、すべて……殺され、晒された。
抵抗する気もとっくにない……。
だって……、
残酷なまで現実を見せつけるように、彼女の傍には、ダークエルフ達の死体の山がああああああああああああああ!!!
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
……もはや、エミリアには何も残っていない───。
家族も、
仲間も、
帰るべき場所も、
本当に、何一つ──────。
「勇者様……勇者さま」
代わりに植え付けられたのは、恐怖と屈辱と憎しみと、それらを全部塗りつぶすほど強力な洗脳の『魅了』化。
できるだけ長く生かすためか、隷属の首輪によってエミリアは自死を選ぶこともできず、帝国への反抗の意志も奪われていた。
そんな風に従順になったエミリアを散々に笑ったあと、ルギアを連れ勇者小隊は帝国へと帰っていき、ここにはとっくにいない。
その後に残されたエミリアは、もはや何人に暴行を受けたのかすらわからない。
どこを刺され、どこを潰され、どこを焼かれたのか分からない。
殺さないように、死なないように丁寧に丁寧に執拗に執拗に甚振られる日々───。
この日も散々苛め抜かれた後、ちょっと小休止と言わんばかりに兵どもは去っていった。
どうせしばらくすれば、水をぶかっけられ───再開だ。
…………。
……。
「おい! 何寝てんだよッ! 起きろッ」
バシャ!
凍える北の大地であっても容赦なく水を駆けてくる男達。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることからも、これから酷いことをしようと言うのだろう。
魔王城に残ったのは、後処理を任せられた一個大隊程度の連中。
多分……。コイツらが満足するまでエミリアは死ぬ事すら許されない。
「いやいや、隊長───こいつ起きてましたよ?」
「あん? 知るか。きったねーから、洗わないとな」
そう言ってザバザバと冷たい水をかけ続けてくる。
どんどん失われる体温に思考が覚束なくなる。
「やり過ぎると死んじゃいますって、もうちょい生きててもらわないと、……一応命令だし」
当然、止める兵士とてエミリアを気遣ってのことではない。
むしろ、甚振るため───長く苦しませるためだと言うのだからよほど質が悪い。
「は! お優しいね~。……で? コイツ、さっきなんだって? いつものうわごとかぁ? 勇者さま、勇者シュウジさまって──くくく。もしかして愛しちゃってるのか~?」
「ぎゃははは! しっかり調教されてやがるぜ」
しっかり聞こえていたらしく、小馬鹿にする兵士達。
「ばーーーーーーか。お前みたいな小汚いダークエルフを勇者様が欲しがるわけないだろ?」
「ははは。しばらく飼われてたもんだから情が沸くとでも思ったんだろう」
「ありえねーありえねー!! ぎゃははははは! そりゃ、アホの考えることだぜ? あ、お前『アホ』だったっけ?」
「そーそー! こいつはアホだ! ハイエルフ様直々のお墨付きのアホだぁ!! ぎゃははははははは」
散々に笑った後、兵士はエミリアの髪を掴んで起こすといった。
「……そんな『アホ』にいいことを教えてやろう───」
ニヤニヤと笑う男達。
しかも、段々数が増えてきた気に入らない。
「勇者様はな───」
くくくく……。
含み笑いが響き渡る。
「ぎゃはははは! テメェが大好きな勇者様は、テメェがご執心のハイエルフ様とご結婚なさるとさ!」
……なッ!!??
「ブハッ! 見たか今の顔! 珍しく反応しやがったぜ」
「見た見た! まさか、って顔だぜ───ブハハハハ」
ぎゃははははははははははははははは!!
「ひーひー! 受けるッ。こいつ洗脳されて頭がパーになってるからなぁ。自分が勇者様と結ばれるとか本気で考えちゃってたんだぜ!」
「ひゃはははは! バーカ。お前みたいな薄汚いダークエルフなんて誰が助けに来るかよ」
この時の帝国兵はまだわかっていなかった。
「あ……あ……ああぁぁぁ」
無理矢理洗脳しているとはいえ、愛情も憎しみも、どちらも個人に対する強烈な感情で───。
決して表裏一体のものではない。
どちらも一方通行の「負」の感情なのだ。
───勇者には愛情を。
───義妹には憎しみを。
………………どちらも、いついかなる時、片時も忘れえぬほど、思い続けてぇぇぇえええ!!
「ああああああああああああああああ!」
…………そして、限界を超えたのだ。
憎しみも愛情も、限界を越えれば溢れだす。
そう。…………殺意として───。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「うわ! びっくりした~」
「なんだこいつ、いきなり変な声上げやがって~」
しかし、帝国軍の言葉など耳に入らないとばかりにエミリアは叫び続ける。
殺意がとめどなくあふれ出して、そのたびに隷属の首輪がエミリアの感情を締め上げる。
愛せよと、恋せよと、勇者に服従せよと───……。
黙れ黙れ黙れ。
だまれダマレ!
「だ、だまれぇぇぇっぇぇええええええええええええええええええ!」
止められない。
……殺意が止まらない。
止めたくない……!
だって……。
ルギアが結婚?
人をこんな目にあわせておいて結婚?!
「……聞きたくない。聞きたくない」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!
うううう、うぎゃぁぁぁああああああああああああ!!
「お、おもしれー!」
「スゲー反応いいぜ!」
「ひゃははは、こりゃいい。最近ほとんど無反応で飽きてきたとこだったんだよ!」
大笑いし、囃し立てる帝国軍のクズ野郎ども。
彼らはまだ気付いていない──────。
切ってはならぬ物を斬ったことに……。
彼女の───エミリアの心がとっくにぶっ壊れていたことに!!
なのに、火をつけた。
復讐の業火という恐ろしい炎に。
真っ黒な殺意に。
全てを奪われた最後の魔族に、つもりに積もった殺意に可燃性の油をぶっかけたのだ!!
それがゆえに、洗脳状態の脳を焼き尽くした。
愛したまま殺すというイカレた感情のまま、一人のダークエルフは動き出す。
『魅了』?
洗脳??
愛??
「シュウジ───……シュウジ……シュウジ!!」
ルギアを殺す。
隷属の首輪が全力でエミリアの脳を操るが、殺意が止まらない。
知るか!!
知るか!!
知るか!!
愛している!
愛しているよ、勇者シュウジ!!
だけど、
だけど、
だけど─────────!!
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
あああああ、殺す!!
殺す!! 殺す!!
愛しているけど、殺す!!!!
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!」
殺ぉぉぉぉぉぉおおおおおす!!
あぁ、よりにもよって。
あぁ、よりにもよってルギアを。
あの女を選んだというのか!?
「クソ愛しているいるよ、勇者シュウジ!! 愛しているけど、殺す!! 服従しながら殺す!! 口付けした靴を噛み抜いて殺す!!」
バチバチと隷属の首輪が魔力を迸らせ、エミリアの感情を焼きつぶそうとする。
大人しく愛せよ、隷属せよ、服従せよと───!
「勇者シュウジ……」
そして、ルギア──────。
…………………………許さない。
お前たちが幸せになることを許さない……。
お前たちが繁殖することを許さない……。
お前たちが愛することを許さない……!
許さない。
許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
許さない!!
絶対に、許さないぃぃぃぃぃぃいいい!!!
「お、おい。コイツどうした?」
「あん? 何が?」
さて甚振ろうかと、エミリアに手を掛けた帝国兵がビクリと引き下がる。
いつもと違うエミリア。
ボロボロで無抵抗でか弱いエミリア──────だったはず。
だけど、どうだ?
一人怯えた兵は少しだけ利口だったのだろう。……少しだけ。
「いいからどけよ。ヤんねぇなら先に俺が───」
「…………殺してやる」
ん?
「殺してやるッッッッッ。勇者シュぅぅぅうううううううううううジぃぃぃぃいい!!!!!!!」
エミリアの髪を掴んでいた兵がボンッ───!! と上空に吹っ飛ぶ。
渾身の一撃を喰らった下半身が体から分離し、離れた位置に湿った音と共に落ちる。
「な!?」
「こ、」
「こ、コイツ───!!」
「コイツ、殺しやがったぁっぁああ!」
「「「ぶっ殺せぇぇえええ!」」」
一気に色めき立つ帝国軍だが、ほとんどが帯刀していない。
そりゃあ、自由時間に剣を持ち歩くような面倒なことはしないものだ。
そして、彼らは忘れている。
ボロボロで小汚かろうが、散々甚振っていようが──────彼女はエミリア・ルイジアナ。
ダークエルフで……。
魔王軍最強の戦士だと言う事を!!
「ふっざけんな! ガキぃぃい!」
「よくもやりやがったな、ぐっちゃぐちゃに───チャぶぇぇああ?!」
ボンッ……グチャぁぁああ───!!
ダークエルフの膂力───そのドワーフに次ぐというパワーが兵士の顔面を打ち砕く。
もちろん、まともに食らった兵は木っ端みじんだ!!
「あああああああああ───退けッ! 汚らわしいクズども! 私に触れるなぁぁぁあ」
肩を掴んできた帝国兵の腕をもぎ取ると、それを武器にして周囲の兵を薙ぎ倒していく。
栄養失調と不眠と低体温と、血と魔力の欠乏で……万全どころか、死にかけていたエミリアを突き動かす怒り───!
隷属の首輪が今もエミリアを支配しようとするが、それを上回る憎しみが彼女を突き動かす!
勇者への愛はそのまま。だが愛したまま、それが憎しみと怒りへと昇華されていく。
怒りが愛を上塗りされれば、湧き上がってくる帝国への───人類への怒り!!
家族を、仲間を、全てを殺され、理不尽に奪われた怒り───!!
そして、愛する者を奪った義妹───ルギアへの怒り!!
すなわち、知識ある生きとし生けるものすべてに対する復讐ッッ!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「ルーーーーーーーーーーギーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーー!!!!」
瞬く間に群がっていた男達を薙ぎ倒したエミリア。
「どけぇぇぇええええええ!!」
打撃によって呻く男どもを、一人一人ぶち殺していったあとはボロボロの身体で空に向かって吼える──────!!
ルギアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
殺す、殺す、殺す!!
ぶっ殺してやるッッ!!
あーそうだ!
殺す。
殺していい。
殺さなければならない!!!
私にはお前を殺す理由が百とある。
私にはお前を殺していい意地が千とある。
私にはお前を殺さなければならない真実が万とある!!!!!!
───お前をぶっ殺す!!!
ああああああああああああああ!!!!
「ルギアぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
裏切り者、裏切り者、裏切り者!!
裏切り者めぇぇぇぇえぇぇぇえええええ!!!!
慟哭するエミリア。
全ての理不尽が彼女を押しつぶそうとする。
だが、砕けない。
折れない──────。折れてなるものか!!
「折れるのは、お前の首だぁぁぁぁああああああ!!」
転生者とはいえ、生みの親と、育ててくれたダークエルフを惨殺したルギア。
エミリアの父と母を簡単に縊り殺したルギア。
そして、
勇者に与してエミリアの誇りである死霊術を汚し、潰したルギア───!
「ぶッッッッッッッ殺してやる!!」
叫ぶエミリア。
ついに魅了の軛を克服し、殺意のもとに立ち上がった!!
そこに、ゲラゲラと、
ゲラゲラと下卑た笑い声が響く。
帝国軍の主力は引き上げ、ここに残ったのは残党を狩る部隊と残務整理の略奪部隊のみ。
面白みのない仕事だが、これを奇貨として小銭を稼ぐものもいた。
「けけ! ドロップ品がうますぎるぜ」
「こんな楽な仕事もねぇよな!」
積み上げられた死体の山が悪臭を放つ中、帝国軍の略奪部隊は飽きもせずそれらを解体していく。
ブチッ……バキキキ!
魔族を解体すれば、経験値付きの魔石に、彼等の持つ金銭やアイテム、
そして、交換可能な死体の部位が取れる。
「おい、見ろよ! 色付き魔石だぜ!」
「おぉ! こっちは竜鱗かー。魔族のくせにイイもの持ってやがるぜ」
慣れた手つきで解体し、腕をもぎ、骨をばらして籠に詰めていく。
……耳は全てない。
どうやら、討伐証明部位とやらで、彼等にとってのトロフィーなのだとか。
収穫したアイテムは商人に買い取ってもらうか、冒険者登録しているものは近くのリリムダの町の冒険者ギルドに持ち込むという。
だが、もともと資源に乏しい魔族領。
「だー畜生。そろそろこっちは腐ってきてるぞ?」
「あー……こっちもだめだ。先発隊にあらかた持っていかれちまってるな」
そこに駐屯している帝国軍は後発部隊だ。
そのせいか、一番おいしい略奪はできず、今できることといえば死体漁りと捕虜虐待くらいなもの。
そのせいか、段々と不満がたまり始めているようだ。
「おい、このガキは解体していいのか?」
「あーダメだだめだ! それはサンドバック兼マナポーション素材だ。殺すなよ?」
そして、不満は全て、この小柄な少女が負担していた。
彼女は、エミリア・ルイジアナ。
かつて、魔族最強の戦士と呼ばれ散々に帝国軍を苦しめた狂暴なダークエルフ。
「…………あぅぅ」
もっとも、今となっては小汚いだけの魔力袋。
資源のない魔族領唯一の産物として、『隷属の首輪』をつけられ、城の片隅で飼われていた。
「ぅぁ……勇者さま、勇者さま、勇者さま」
血管に突き刺さった大量の管から血を抜かれ、マナポーションの材料を提供するエミリア。
かつて捕虜にされたとき同様隷属の首輪で『魅了』化済み。今日もきょうとて、従順なペットとして逆らうこともせず、黙った血を抜かれるのみ。
殴られても、蹴られても、何をされてもヘラヘラとして、とても従順。
あれほど復讐燃えていた瞳は濁り切り、今や刷り込みで勇者だけをただひたすらに求める廃人だ。
「おい、やばいぞ? また気絶した」
「ほっとけ、ほっとけ、そう簡単にくたばらねぇーよ」
そして、いつものように限界まで血と魔力を抜かれたエミリアは、壊れた人形のごとく地面に放りだされていた。
「あぅぁ……」
身体は傷だらけ、
その表情はうつろながら、激痛と恐怖と絶望と……さらには糞尿と涙と涎でドロドロだ。
もはや汚物と変わらない。
ただただ、死ぬまでの僅かな時を、生きた素材として魔力と血を抜かれ、帝国の供物となり過ごすだけの時間……。
───もう、どうでもいい……。
僅かばかりに残る自我もすでに投げやりとなっていた。
両親も、里の皆も、すべて……殺され、晒された。
抵抗する気もとっくにない……。
だって……、
残酷なまで現実を見せつけるように、彼女の傍には、ダークエルフ達の死体の山がああああああああああああああ!!!
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
……もはや、エミリアには何も残っていない───。
家族も、
仲間も、
帰るべき場所も、
本当に、何一つ──────。
「勇者様……勇者さま」
代わりに植え付けられたのは、恐怖と屈辱と憎しみと、それらを全部塗りつぶすほど強力な洗脳の『魅了』化。
できるだけ長く生かすためか、隷属の首輪によってエミリアは自死を選ぶこともできず、帝国への反抗の意志も奪われていた。
そんな風に従順になったエミリアを散々に笑ったあと、ルギアを連れ勇者小隊は帝国へと帰っていき、ここにはとっくにいない。
その後に残されたエミリアは、もはや何人に暴行を受けたのかすらわからない。
どこを刺され、どこを潰され、どこを焼かれたのか分からない。
殺さないように、死なないように丁寧に丁寧に執拗に執拗に甚振られる日々───。
この日も散々苛め抜かれた後、ちょっと小休止と言わんばかりに兵どもは去っていった。
どうせしばらくすれば、水をぶかっけられ───再開だ。
…………。
……。
「おい! 何寝てんだよッ! 起きろッ」
バシャ!
凍える北の大地であっても容赦なく水を駆けてくる男達。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることからも、これから酷いことをしようと言うのだろう。
魔王城に残ったのは、後処理を任せられた一個大隊程度の連中。
多分……。コイツらが満足するまでエミリアは死ぬ事すら許されない。
「いやいや、隊長───こいつ起きてましたよ?」
「あん? 知るか。きったねーから、洗わないとな」
そう言ってザバザバと冷たい水をかけ続けてくる。
どんどん失われる体温に思考が覚束なくなる。
「やり過ぎると死んじゃいますって、もうちょい生きててもらわないと、……一応命令だし」
当然、止める兵士とてエミリアを気遣ってのことではない。
むしろ、甚振るため───長く苦しませるためだと言うのだからよほど質が悪い。
「は! お優しいね~。……で? コイツ、さっきなんだって? いつものうわごとかぁ? 勇者さま、勇者シュウジさまって──くくく。もしかして愛しちゃってるのか~?」
「ぎゃははは! しっかり調教されてやがるぜ」
しっかり聞こえていたらしく、小馬鹿にする兵士達。
「ばーーーーーーか。お前みたいな小汚いダークエルフを勇者様が欲しがるわけないだろ?」
「ははは。しばらく飼われてたもんだから情が沸くとでも思ったんだろう」
「ありえねーありえねー!! ぎゃははははは! そりゃ、アホの考えることだぜ? あ、お前『アホ』だったっけ?」
「そーそー! こいつはアホだ! ハイエルフ様直々のお墨付きのアホだぁ!! ぎゃははははははは」
散々に笑った後、兵士はエミリアの髪を掴んで起こすといった。
「……そんな『アホ』にいいことを教えてやろう───」
ニヤニヤと笑う男達。
しかも、段々数が増えてきた気に入らない。
「勇者様はな───」
くくくく……。
含み笑いが響き渡る。
「ぎゃはははは! テメェが大好きな勇者様は、テメェがご執心のハイエルフ様とご結婚なさるとさ!」
……なッ!!??
「ブハッ! 見たか今の顔! 珍しく反応しやがったぜ」
「見た見た! まさか、って顔だぜ───ブハハハハ」
ぎゃははははははははははははははは!!
「ひーひー! 受けるッ。こいつ洗脳されて頭がパーになってるからなぁ。自分が勇者様と結ばれるとか本気で考えちゃってたんだぜ!」
「ひゃはははは! バーカ。お前みたいな薄汚いダークエルフなんて誰が助けに来るかよ」
この時の帝国兵はまだわかっていなかった。
「あ……あ……ああぁぁぁ」
無理矢理洗脳しているとはいえ、愛情も憎しみも、どちらも個人に対する強烈な感情で───。
決して表裏一体のものではない。
どちらも一方通行の「負」の感情なのだ。
───勇者には愛情を。
───義妹には憎しみを。
………………どちらも、いついかなる時、片時も忘れえぬほど、思い続けてぇぇぇえええ!!
「ああああああああああああああああ!」
…………そして、限界を超えたのだ。
憎しみも愛情も、限界を越えれば溢れだす。
そう。…………殺意として───。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「うわ! びっくりした~」
「なんだこいつ、いきなり変な声上げやがって~」
しかし、帝国軍の言葉など耳に入らないとばかりにエミリアは叫び続ける。
殺意がとめどなくあふれ出して、そのたびに隷属の首輪がエミリアの感情を締め上げる。
愛せよと、恋せよと、勇者に服従せよと───……。
黙れ黙れ黙れ。
だまれダマレ!
「だ、だまれぇぇぇっぇぇええええええええええええええええええ!」
止められない。
……殺意が止まらない。
止めたくない……!
だって……。
ルギアが結婚?
人をこんな目にあわせておいて結婚?!
「……聞きたくない。聞きたくない」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!
うううう、うぎゃぁぁぁああああああああああああ!!
「お、おもしれー!」
「スゲー反応いいぜ!」
「ひゃははは、こりゃいい。最近ほとんど無反応で飽きてきたとこだったんだよ!」
大笑いし、囃し立てる帝国軍のクズ野郎ども。
彼らはまだ気付いていない──────。
切ってはならぬ物を斬ったことに……。
彼女の───エミリアの心がとっくにぶっ壊れていたことに!!
なのに、火をつけた。
復讐の業火という恐ろしい炎に。
真っ黒な殺意に。
全てを奪われた最後の魔族に、つもりに積もった殺意に可燃性の油をぶっかけたのだ!!
それがゆえに、洗脳状態の脳を焼き尽くした。
愛したまま殺すというイカレた感情のまま、一人のダークエルフは動き出す。
『魅了』?
洗脳??
愛??
「シュウジ───……シュウジ……シュウジ!!」
ルギアを殺す。
隷属の首輪が全力でエミリアの脳を操るが、殺意が止まらない。
知るか!!
知るか!!
知るか!!
愛している!
愛しているよ、勇者シュウジ!!
だけど、
だけど、
だけど─────────!!
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
あああああ、殺す!!
殺す!! 殺す!!
愛しているけど、殺す!!!!
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!」
殺ぉぉぉぉぉぉおおおおおす!!
あぁ、よりにもよって。
あぁ、よりにもよってルギアを。
あの女を選んだというのか!?
「クソ愛しているいるよ、勇者シュウジ!! 愛しているけど、殺す!! 服従しながら殺す!! 口付けした靴を噛み抜いて殺す!!」
バチバチと隷属の首輪が魔力を迸らせ、エミリアの感情を焼きつぶそうとする。
大人しく愛せよ、隷属せよ、服従せよと───!
「勇者シュウジ……」
そして、ルギア──────。
…………………………許さない。
お前たちが幸せになることを許さない……。
お前たちが繁殖することを許さない……。
お前たちが愛することを許さない……!
許さない。
許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
許さない!!
絶対に、許さないぃぃぃぃぃぃいいい!!!
「お、おい。コイツどうした?」
「あん? 何が?」
さて甚振ろうかと、エミリアに手を掛けた帝国兵がビクリと引き下がる。
いつもと違うエミリア。
ボロボロで無抵抗でか弱いエミリア──────だったはず。
だけど、どうだ?
一人怯えた兵は少しだけ利口だったのだろう。……少しだけ。
「いいからどけよ。ヤんねぇなら先に俺が───」
「…………殺してやる」
ん?
「殺してやるッッッッッ。勇者シュぅぅぅうううううううううううジぃぃぃぃいい!!!!!!!」
エミリアの髪を掴んでいた兵がボンッ───!! と上空に吹っ飛ぶ。
渾身の一撃を喰らった下半身が体から分離し、離れた位置に湿った音と共に落ちる。
「な!?」
「こ、」
「こ、コイツ───!!」
「コイツ、殺しやがったぁっぁああ!」
「「「ぶっ殺せぇぇえええ!」」」
一気に色めき立つ帝国軍だが、ほとんどが帯刀していない。
そりゃあ、自由時間に剣を持ち歩くような面倒なことはしないものだ。
そして、彼らは忘れている。
ボロボロで小汚かろうが、散々甚振っていようが──────彼女はエミリア・ルイジアナ。
ダークエルフで……。
魔王軍最強の戦士だと言う事を!!
「ふっざけんな! ガキぃぃい!」
「よくもやりやがったな、ぐっちゃぐちゃに───チャぶぇぇああ?!」
ボンッ……グチャぁぁああ───!!
ダークエルフの膂力───そのドワーフに次ぐというパワーが兵士の顔面を打ち砕く。
もちろん、まともに食らった兵は木っ端みじんだ!!
「あああああああああ───退けッ! 汚らわしいクズども! 私に触れるなぁぁぁあ」
肩を掴んできた帝国兵の腕をもぎ取ると、それを武器にして周囲の兵を薙ぎ倒していく。
栄養失調と不眠と低体温と、血と魔力の欠乏で……万全どころか、死にかけていたエミリアを突き動かす怒り───!
隷属の首輪が今もエミリアを支配しようとするが、それを上回る憎しみが彼女を突き動かす!
勇者への愛はそのまま。だが愛したまま、それが憎しみと怒りへと昇華されていく。
怒りが愛を上塗りされれば、湧き上がってくる帝国への───人類への怒り!!
家族を、仲間を、全てを殺され、理不尽に奪われた怒り───!!
そして、愛する者を奪った義妹───ルギアへの怒り!!
すなわち、知識ある生きとし生けるものすべてに対する復讐ッッ!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「ルーーーーーーーーーーギーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーー!!!!」
瞬く間に群がっていた男達を薙ぎ倒したエミリア。
「どけぇぇぇええええええ!!」
打撃によって呻く男どもを、一人一人ぶち殺していったあとはボロボロの身体で空に向かって吼える──────!!
ルギアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
殺す、殺す、殺す!!
ぶっ殺してやるッッ!!
あーそうだ!
殺す。
殺していい。
殺さなければならない!!!
私にはお前を殺す理由が百とある。
私にはお前を殺していい意地が千とある。
私にはお前を殺さなければならない真実が万とある!!!!!!
───お前をぶっ殺す!!!
ああああああああああああああ!!!!
「ルギアぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
裏切り者、裏切り者、裏切り者!!
裏切り者めぇぇぇぇえぇぇぇえええええ!!!!
慟哭するエミリア。
全ての理不尽が彼女を押しつぶそうとする。
だが、砕けない。
折れない──────。折れてなるものか!!
「折れるのは、お前の首だぁぁぁぁああああああ!!」
転生者とはいえ、生みの親と、育ててくれたダークエルフを惨殺したルギア。
エミリアの父と母を簡単に縊り殺したルギア。
そして、
勇者に与してエミリアの誇りである死霊術を汚し、潰したルギア───!
「ぶッッッッッッッ殺してやる!!」
叫ぶエミリア。
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