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第一章

第三十二話 他国の姫様に対して何かやらかしたかもしれない……

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 髪を白くして貴族風の装いに――つまり例の変装モードになる。バレバレなやつね……。変装がバレてる訳ではないんだったっけ?

 まあいいや。

 その装いで港まで歩くと、既に伝えられていた特徴に合う船が止まっていた。

 その船へと近付き、窓の向こうに見える男に向かって手を振ってみる。

 すると、船の扉が開く。

 船の中に入り、俺は「どうも」と男――勇者に声をかけた。

 三十代半ばに近付いているという男の容貌は、実年齢よりもずっと若く見える。ともすると二十代でも通りそう――まあ、髭を見なければ、だが。

 しかしそれは無精髭ではなく整えられたもので、ダンディという言葉が良く似合う風貌だ。がたいがよく、いかにも剣士という感じ。

 名を楼玖仁ろうくじんという。

「おお、遅かったな。引き止められでもしたか」

「……質問攻めに遭いましてね」

「……ああ、あの王女の嬢ちゃんたちか」

「そうそう」

 俺が座ると、仁さんは船を操縦する人に向けて「お願いします」と声をかけた。

 了解しました、という声が聞こえて、船がゆっくりと動き出す。

「……それにしても、うちの姫様は何でお前の旅の為にこの船を出してくれたんだろうな?」

「分かりませんよ……一度しか会ったことはないはずなんですけどね」

「それって結構昔の話か?」

「……微妙ですね。三年前だったかな」

「じゃあ、まだ姫様はそこまで魔法が使えなかったはずだから……『祝福されし魔術師』の怖さは知らないはずだしな」

「……その呼び名って、誰がつけたんですかね?」

「知らねぇな。けど、誰でもお前の功績を見てたらそう呼びたくなるだろうぜ」

「……そうですか」

「それとももう一個の方の呼び名の方がお好みか?」

「……何ですかそれ。強烈に嫌な予感がするんですけど」

「あれ、知らないか。じゃあ聖命国特有の呼び方なのかもな……じゃあ、教えねぇ。その方が幸せだろう」

「気になるなぁその言葉……」

「ま、そんな訳だ。姫様に船まで出してもらったんだから、挨拶くらいしろよ。会うの楽しみにしてるみたいだったぞ」

「……俺、ホントに何かしましたっけね。悪いことじゃないといいんだけど」

「……悪いことっつ―か……まあ、罪づくりな奴ではあるよな、お前」

「……罪って……俺、他国の王女様になんかやらかしました?」

「知らね。自分で確かめろ」

 船は速度を落とさず、着実に聖命国へと近付いていく。俺は身に覚えのない罪とやらに思いを馳せていた。
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