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第1部 高級クラブのお仕事
一難去ってまた一難
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2003年12月17日
12月第3週の水曜の営業に入り、月、火と二日続けて自分の客と同伴してきた由奈に機嫌をよくした貴代ママが、由奈のことを一層席に呼ぶようになっていた。
貴代ママの席はとにかく、盛り上げが重視される。テキーラ一気をかけたゲームなど頻繁だった。この日、由奈が着いた席もそういった席で、由奈はゲームに負け続けた。そして、酔った由奈は、やらかしてくれた。
何をやらかしたか、それは…
「由奈ちゃん、プリンセスユウナ踊り、踊りまーす!」
きっと何かのアニメの踊りなのだろう…頼まれてもいないのに、自分の座っていた席の上に立つと、その何とか踊りを踊り出した。
(げええ!!最悪やっ)
店の注目を集めているのも気にかけずに踊る本人の分まで、涼平は顔から火が出ていた。
「おお!なかなかやるやないか」
厨房から佐々木マネージャーが顔を出して面白そうに見ていたが、この後、彼も他人事ではなくなる。
「わあ~あの子、おもしろーい!」
麗子の席に着いていたラムが、由奈を見て嬌声を上げると、何と自分も踊りに加わったのだ。
お色気満開のラムがクラブで鍛えたキレの良いダンスを披露し出したことで、完全にドルチェのホールはショータイムと化した。
これに気を悪くしたのは佐和子ママだ。毎日着物で出勤している売り上げNO.4の佐和子ママは、普段からホステスのしつけに厳しかった。ママは配置の山田常務のところ慌てて飛んでくると、
「ちょっと!見てないで早く止めさせなさいんか!」
と、つり上がった目を一層つり上がらせて叫んでいた。
(むちゃくちゃや……もう帰りたい!誰か俺をこの場からどっか遠い国へ連れ去ってくれ…)
などと嘆いている場合でもなく、涼平は急いで由奈を待機場所まで連れ出す。目が虚ろになっている由奈に何とか水を飲ませて落ち着かせている間、貴代ママが佐和子ママに謝ってくれ、とりあえずその場は収まった。
ように見えたのだったが、このことが、意外な二人を衝突させるきっかけとなってしまった。
「ここはキャバクラやアバンチュールみたいな下品な店と違うんやで!お客様は高い代金払って帰るんやから、失礼のないよう、自覚持ってやってもらわな困ります」
この日の閉店間際、涼平と佐々木マネージャーとラムが、アフターに出る前の佐和子ママに呼び出されて、説教をくらった。
一番元凶の由奈はというと…早々とダウンし、待機場所の床で完全に熟睡モードになってしまっていた。
「何やのよ、あのおばはん、むっかつく~!」
ラムは佐和子ママが店を出ると、あからさまに不快感を露わにして、涼平たちにそう漏らした。
「何か、由奈のアホのせいでとばっちりくらわしてしまって、すみません」
涼平が佐々木マネージャーとラムに謝ると、
「涼平ちゃんは悪くないよ。あ~でも楽しかったあ!踊り足りないからこれからミナミのクラブ行くけど、一緒に行く?」
酔ってなのかそれが素なのか、ラムは営業中のテンションそのままに涼平たちを誘う。涼平は丁重に断り、佐々木が後で合流すると言うと、バイバーイと軽い足取りで出て行った。
「いやあ、それにしても今日はなかなかオモロかったわ。テンコはいっつもキレるときはうるさいけど、後腐れはないから、気にしたらあかんで」
と、佐々木はいつもの軽い口調で涼平の肩を叩く。
「テンコって、佐和子ママのことですか?」
「そうやで。知らんか?お稲荷さんとかに祀ってある、着物を着た狐の妖怪やん」
「ああ!天孤ですね。うわ、そう言えば似てますねぇ…」
二人で笑い合ったが、この件は佐々木の言うようにそのままお気楽には終わらなかった。
それは、最後の客が帰り、ウエイターたちが店でくつろいでいるときだった。
「佐和子のクソババア出せぇ!!」
「頼むわ、もう止めてくれよ」
「うるさいんじゃ!早よ呼ばんかい!」
玄関で誰かが喚きながら入ってきたかと思うと、入り口近くで、ガシャーン、と何かが割れる音が大きく響いた。
慌てて見に行くと、分厚いはずの入り口の扉のガラスが割れており、床には割れた花瓶とガラス破片が散乱していた。エントランスでは鳴海部長を引きずりながらホールに入って行こうとする麗子の姿があった。
「やばい!麗子の悪い癖が始まった!」
佐々木はそれを見ては青ざめ、鳴海と一緒に麗子を押さえにかかる。
「壊れそうなもんは遠ざけてくれ!」
鳴海がそう叫び、ウェイターたちは訳が分からないままに、麗子の周辺からガラスなどの破片や小物を遠ざける。
「ええから!佐和子を呼べっちゅうねん!!」
麗子は押さえている鳴海、佐々木の両方の頭を鬼の形相で拳で殴り付けている。普段つんとすました麗子の鼻梁も怒りで歪んで見えた。
「け、警察呼びましょうか?」
朝倉が泣きそうになりながら鳴海にそう言うと、
「アホか!!警察なんか呼んだら俺がお前をシバクぞ!」
と、鳴海は一喝した。
「わあぁ~おもしろーい」
騒ぎを聞きつけた由奈が奥から出てきて、ケラケラ笑って見ている。
(ええ!このタイミングで起きてくるかあ…!?)
これ以上惨劇を大きくしないように、そして何より身の危険もあったので、涼平は由奈の前に飛んで行ってそれ以上入って来られないように押し止める。
「お、何や何や!?」
ちょうど帰ってきた桂木部長がホールへ入ろうとするそのすれ違いざまに麗子に胸ぐらをつかまれると、
「おい!お前の配置はなんじゃあ~!なめとったら承知せえへんでぇ!!」
と一発なぐられた。
「きゃははは。やーい、ざまみろハゲギツネぇ!もっとやれやれ~」
由奈はそれを見て飛び跳ねて喜んでいる。
「何やとこのギャルタヌキが!涼平!見てんと早よそいつを連れ出せ!」
訳の分からないままに場の異常さを察知した桂木は、麗子に捕まれたまま叫んだ。
「行こ!」
涼平は由奈の手を引いて裏口へと向かう。
「いやや~由奈、もっと見るぅ!」
まだ酔いの覚めきらない由奈の駄々っ子ぶりにかなり苦戦しながら、涼平は取り敢えず、中のことは他のみんなに任せて裏口から外に出た。
「由奈、まだ帰らへん!もう一杯飲んで行くぅ!」
「もう無理やって。今日はもう、大人しく帰ってくれ」
強引に店から出されて気を悪くした由奈は、なかなか思うように歩いてくれない。
(だいたい、誰のせいでこんなことになってるて思ってんねん…)
そんな言葉が口から出そうになったが、酔っ払いに言っても仕方ないと、その言葉を飲み込んだ。が、涼平の冷たい視線を感じたのか、由奈は涼平の手を振りほどくと、タタタっと走って一番近くのコンビニに入って行った。涼平も慌てて追いかけたが、そこで見た光景に絶句した。
由奈は何と…床で大の字に寝ているのだ。
「ちょ!何してるん!?」
駆け寄った涼平に、
「由奈ちゃん、飲みに行くもん」
とまるでおもちゃを買ってもらえない幼児のように駄々をこねる。
「いやいやいやいや、だからってこんなんしたらあかんやん。頼む、立ってくれ」
店内にそれほど人はいなかったが、入ってきた人はギョッとした目で見ている。それはそうだろう、コンビニはよく行くが、涼平だってこんな光景は見たことがない。急いで担いで外に出そうとするも、品物を陳列している棚のフレームの脚をしっかりと握っていて立ち上がらない。
「あの、迷惑かけてすみません。出すの手伝ってもらえませんか?」
困り顔で見ていた店員に頼むと、
「いや、僕らはお客様に触れること出来ないんです」
と、あっさり断られた。
(ええ!?迷惑かかるんはそっちやろうに…)
涼平はガックリ肩を落とすと、諦めたように言った。
「分かった、俺の負けや。一杯だけやで」
由奈は顔を輝かせ、即座に立ち上がった。
「やったあ!どこ行く?由奈ちゃん、踊れるとこがいい!」
ここまででかなり疲れていた涼平は由奈の提案に乗る気などなく、かと言ってこのまま帰そうとしてもまた暴れられたら困るので、取り敢えずこれ以上痴態を晒さないように新地から少し外れたチェーンの居酒屋に入ることにした。
2号線と四つ橋筋の交差した大きな四つ辻を渡っていると、反対側から渡ってくる人波の中に、萌未の姿を見た気がした。すれ違いざまに目を凝らすと、確かに萌未に似ている。その女性は二人で並んで歩いており、そのもう一方の女性の顔を見て、涼平はギョッとしてその場に立ちすくんだ。
(え…美伽!?)
通りは暗く、北新地側のネオンの反射の中で見ただけなので、確実に萌未と美伽だったかは自信がない。が、確かめなければ、と思った瞬間、由奈が吐いた。
(ええ!?このタイミングでここで!?)
信号が点滅し出したので、仕方なく、中央分離帯に避難し、そこの植え込みのところにしゃがませた。背中を擦りながら二人を目で追ったが、本通りを曲がって新地のビルの陰に消えてしまい、すぐに追いかけたら間に合うだろうが吐いている由奈を置いていく訳にもいかず、もやもやとした気持ちだけが残った。
嘔吐する由奈を見ていると、ふいに、萌未の言葉が蘇る。
(涼平の弱虫!そんな弱虫やから振られんねんやわ。黒服やりたいって言ってるけど、黒服って女の子守ってあげなあかんのよ。もし涼平に付いて来る女の子がいて、そんなんでどうやって守ってあげれんのよ!」
そう、あれは涼平が黒服になる決意をする直前のことだった。
(なあ、萌未…一体黒服はどうやってホステスを守るん?何を、どう守ってあげればいいん?)
今こうやって窓口が出来、その窓口の女の子が弱っている姿に直面し、何をどうすれば守れるのかと、自分の無力さに顔を歪めた。
と、その時、頭に閃くものがあった。
(あっ!)
そういえば、萌未はあの時初めて美伽と遭遇したのだ。あの時、萌未と一晩過ごしたにも関わらず、美伽への未練が残っている姿をあからさまに見せてしまった。それで萌未が怒っての、彼女の言葉だったのだ。
さっき見た萌未と美伽の2ショットがもし見間違いでないとすれば、あの時以降、二人が接触したことになるよな………?
だとしたら、俺のことで二人が会ってる?
いや、まさかな…
そんな考えを打ち消しながらも、涼平の頭に何かが引っ掛かる。思い切って萌未に電話してみようかと、携帯を取り出そうとしたとき、由奈の肩を支えていた腕に重みが加わった。見ると、由奈の目は完全に閉じていた。
「いや、あかんあかん!こんなとこで寝たら風邪ひくから!」
「由奈ちゃん眠いねん…」
(あかん…こいつ本気で寝る気や)
一難去ってまた一難去ってまた一難去ってまた一難………
涼平はそんなことを呟きながら深く嘆息した。
12月第3週の水曜の営業に入り、月、火と二日続けて自分の客と同伴してきた由奈に機嫌をよくした貴代ママが、由奈のことを一層席に呼ぶようになっていた。
貴代ママの席はとにかく、盛り上げが重視される。テキーラ一気をかけたゲームなど頻繁だった。この日、由奈が着いた席もそういった席で、由奈はゲームに負け続けた。そして、酔った由奈は、やらかしてくれた。
何をやらかしたか、それは…
「由奈ちゃん、プリンセスユウナ踊り、踊りまーす!」
きっと何かのアニメの踊りなのだろう…頼まれてもいないのに、自分の座っていた席の上に立つと、その何とか踊りを踊り出した。
(げええ!!最悪やっ)
店の注目を集めているのも気にかけずに踊る本人の分まで、涼平は顔から火が出ていた。
「おお!なかなかやるやないか」
厨房から佐々木マネージャーが顔を出して面白そうに見ていたが、この後、彼も他人事ではなくなる。
「わあ~あの子、おもしろーい!」
麗子の席に着いていたラムが、由奈を見て嬌声を上げると、何と自分も踊りに加わったのだ。
お色気満開のラムがクラブで鍛えたキレの良いダンスを披露し出したことで、完全にドルチェのホールはショータイムと化した。
これに気を悪くしたのは佐和子ママだ。毎日着物で出勤している売り上げNO.4の佐和子ママは、普段からホステスのしつけに厳しかった。ママは配置の山田常務のところ慌てて飛んでくると、
「ちょっと!見てないで早く止めさせなさいんか!」
と、つり上がった目を一層つり上がらせて叫んでいた。
(むちゃくちゃや……もう帰りたい!誰か俺をこの場からどっか遠い国へ連れ去ってくれ…)
などと嘆いている場合でもなく、涼平は急いで由奈を待機場所まで連れ出す。目が虚ろになっている由奈に何とか水を飲ませて落ち着かせている間、貴代ママが佐和子ママに謝ってくれ、とりあえずその場は収まった。
ように見えたのだったが、このことが、意外な二人を衝突させるきっかけとなってしまった。
「ここはキャバクラやアバンチュールみたいな下品な店と違うんやで!お客様は高い代金払って帰るんやから、失礼のないよう、自覚持ってやってもらわな困ります」
この日の閉店間際、涼平と佐々木マネージャーとラムが、アフターに出る前の佐和子ママに呼び出されて、説教をくらった。
一番元凶の由奈はというと…早々とダウンし、待機場所の床で完全に熟睡モードになってしまっていた。
「何やのよ、あのおばはん、むっかつく~!」
ラムは佐和子ママが店を出ると、あからさまに不快感を露わにして、涼平たちにそう漏らした。
「何か、由奈のアホのせいでとばっちりくらわしてしまって、すみません」
涼平が佐々木マネージャーとラムに謝ると、
「涼平ちゃんは悪くないよ。あ~でも楽しかったあ!踊り足りないからこれからミナミのクラブ行くけど、一緒に行く?」
酔ってなのかそれが素なのか、ラムは営業中のテンションそのままに涼平たちを誘う。涼平は丁重に断り、佐々木が後で合流すると言うと、バイバーイと軽い足取りで出て行った。
「いやあ、それにしても今日はなかなかオモロかったわ。テンコはいっつもキレるときはうるさいけど、後腐れはないから、気にしたらあかんで」
と、佐々木はいつもの軽い口調で涼平の肩を叩く。
「テンコって、佐和子ママのことですか?」
「そうやで。知らんか?お稲荷さんとかに祀ってある、着物を着た狐の妖怪やん」
「ああ!天孤ですね。うわ、そう言えば似てますねぇ…」
二人で笑い合ったが、この件は佐々木の言うようにそのままお気楽には終わらなかった。
それは、最後の客が帰り、ウエイターたちが店でくつろいでいるときだった。
「佐和子のクソババア出せぇ!!」
「頼むわ、もう止めてくれよ」
「うるさいんじゃ!早よ呼ばんかい!」
玄関で誰かが喚きながら入ってきたかと思うと、入り口近くで、ガシャーン、と何かが割れる音が大きく響いた。
慌てて見に行くと、分厚いはずの入り口の扉のガラスが割れており、床には割れた花瓶とガラス破片が散乱していた。エントランスでは鳴海部長を引きずりながらホールに入って行こうとする麗子の姿があった。
「やばい!麗子の悪い癖が始まった!」
佐々木はそれを見ては青ざめ、鳴海と一緒に麗子を押さえにかかる。
「壊れそうなもんは遠ざけてくれ!」
鳴海がそう叫び、ウェイターたちは訳が分からないままに、麗子の周辺からガラスなどの破片や小物を遠ざける。
「ええから!佐和子を呼べっちゅうねん!!」
麗子は押さえている鳴海、佐々木の両方の頭を鬼の形相で拳で殴り付けている。普段つんとすました麗子の鼻梁も怒りで歪んで見えた。
「け、警察呼びましょうか?」
朝倉が泣きそうになりながら鳴海にそう言うと、
「アホか!!警察なんか呼んだら俺がお前をシバクぞ!」
と、鳴海は一喝した。
「わあぁ~おもしろーい」
騒ぎを聞きつけた由奈が奥から出てきて、ケラケラ笑って見ている。
(ええ!このタイミングで起きてくるかあ…!?)
これ以上惨劇を大きくしないように、そして何より身の危険もあったので、涼平は由奈の前に飛んで行ってそれ以上入って来られないように押し止める。
「お、何や何や!?」
ちょうど帰ってきた桂木部長がホールへ入ろうとするそのすれ違いざまに麗子に胸ぐらをつかまれると、
「おい!お前の配置はなんじゃあ~!なめとったら承知せえへんでぇ!!」
と一発なぐられた。
「きゃははは。やーい、ざまみろハゲギツネぇ!もっとやれやれ~」
由奈はそれを見て飛び跳ねて喜んでいる。
「何やとこのギャルタヌキが!涼平!見てんと早よそいつを連れ出せ!」
訳の分からないままに場の異常さを察知した桂木は、麗子に捕まれたまま叫んだ。
「行こ!」
涼平は由奈の手を引いて裏口へと向かう。
「いやや~由奈、もっと見るぅ!」
まだ酔いの覚めきらない由奈の駄々っ子ぶりにかなり苦戦しながら、涼平は取り敢えず、中のことは他のみんなに任せて裏口から外に出た。
「由奈、まだ帰らへん!もう一杯飲んで行くぅ!」
「もう無理やって。今日はもう、大人しく帰ってくれ」
強引に店から出されて気を悪くした由奈は、なかなか思うように歩いてくれない。
(だいたい、誰のせいでこんなことになってるて思ってんねん…)
そんな言葉が口から出そうになったが、酔っ払いに言っても仕方ないと、その言葉を飲み込んだ。が、涼平の冷たい視線を感じたのか、由奈は涼平の手を振りほどくと、タタタっと走って一番近くのコンビニに入って行った。涼平も慌てて追いかけたが、そこで見た光景に絶句した。
由奈は何と…床で大の字に寝ているのだ。
「ちょ!何してるん!?」
駆け寄った涼平に、
「由奈ちゃん、飲みに行くもん」
とまるでおもちゃを買ってもらえない幼児のように駄々をこねる。
「いやいやいやいや、だからってこんなんしたらあかんやん。頼む、立ってくれ」
店内にそれほど人はいなかったが、入ってきた人はギョッとした目で見ている。それはそうだろう、コンビニはよく行くが、涼平だってこんな光景は見たことがない。急いで担いで外に出そうとするも、品物を陳列している棚のフレームの脚をしっかりと握っていて立ち上がらない。
「あの、迷惑かけてすみません。出すの手伝ってもらえませんか?」
困り顔で見ていた店員に頼むと、
「いや、僕らはお客様に触れること出来ないんです」
と、あっさり断られた。
(ええ!?迷惑かかるんはそっちやろうに…)
涼平はガックリ肩を落とすと、諦めたように言った。
「分かった、俺の負けや。一杯だけやで」
由奈は顔を輝かせ、即座に立ち上がった。
「やったあ!どこ行く?由奈ちゃん、踊れるとこがいい!」
ここまででかなり疲れていた涼平は由奈の提案に乗る気などなく、かと言ってこのまま帰そうとしてもまた暴れられたら困るので、取り敢えずこれ以上痴態を晒さないように新地から少し外れたチェーンの居酒屋に入ることにした。
2号線と四つ橋筋の交差した大きな四つ辻を渡っていると、反対側から渡ってくる人波の中に、萌未の姿を見た気がした。すれ違いざまに目を凝らすと、確かに萌未に似ている。その女性は二人で並んで歩いており、そのもう一方の女性の顔を見て、涼平はギョッとしてその場に立ちすくんだ。
(え…美伽!?)
通りは暗く、北新地側のネオンの反射の中で見ただけなので、確実に萌未と美伽だったかは自信がない。が、確かめなければ、と思った瞬間、由奈が吐いた。
(ええ!?このタイミングでここで!?)
信号が点滅し出したので、仕方なく、中央分離帯に避難し、そこの植え込みのところにしゃがませた。背中を擦りながら二人を目で追ったが、本通りを曲がって新地のビルの陰に消えてしまい、すぐに追いかけたら間に合うだろうが吐いている由奈を置いていく訳にもいかず、もやもやとした気持ちだけが残った。
嘔吐する由奈を見ていると、ふいに、萌未の言葉が蘇る。
(涼平の弱虫!そんな弱虫やから振られんねんやわ。黒服やりたいって言ってるけど、黒服って女の子守ってあげなあかんのよ。もし涼平に付いて来る女の子がいて、そんなんでどうやって守ってあげれんのよ!」
そう、あれは涼平が黒服になる決意をする直前のことだった。
(なあ、萌未…一体黒服はどうやってホステスを守るん?何を、どう守ってあげればいいん?)
今こうやって窓口が出来、その窓口の女の子が弱っている姿に直面し、何をどうすれば守れるのかと、自分の無力さに顔を歪めた。
と、その時、頭に閃くものがあった。
(あっ!)
そういえば、萌未はあの時初めて美伽と遭遇したのだ。あの時、萌未と一晩過ごしたにも関わらず、美伽への未練が残っている姿をあからさまに見せてしまった。それで萌未が怒っての、彼女の言葉だったのだ。
さっき見た萌未と美伽の2ショットがもし見間違いでないとすれば、あの時以降、二人が接触したことになるよな………?
だとしたら、俺のことで二人が会ってる?
いや、まさかな…
そんな考えを打ち消しながらも、涼平の頭に何かが引っ掛かる。思い切って萌未に電話してみようかと、携帯を取り出そうとしたとき、由奈の肩を支えていた腕に重みが加わった。見ると、由奈の目は完全に閉じていた。
「いや、あかんあかん!こんなとこで寝たら風邪ひくから!」
「由奈ちゃん眠いねん…」
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ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。
全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは「よろひこー」!
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
追伸
まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。
(。-人-。)
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