【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第1部 高級クラブのお仕事

ブレイクスルー由奈

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 話はイベント第3週の木曜にさかのぼり、ミーティングの前に、涼平りょうへいは前日に酔い潰れた由奈ゆなの様子を伺いに、電話を入れた。

『あんた!』

 さぞ二日酔い満開のトーンの低い声で出ると思いきや、いきなりの怒声だ。

「え…?」
『由奈ちゃんにいやらしいことしたでしょ!?』
「はあ?何をおっしゃってるんでしょうか?」
『だ~か~ら!きのう由奈ちゃんの部屋に上がり込んで、いやらしいことしたでしょって言ってんの!』
「いやいやいやいや、上がり込むて…酔い潰れて寝たから送ってあげたんやんか」
『ほら!そういうのをね、送り狼っていうのよ。責任取ってもらうからね!』
「せ、責任て何やねん…いやらしいことなんてしてへんよ」
『ほんまに!?こんな可愛い子に何もしないなんて、そんなわけないでしょ!?』
「そんなわけあるっちゅうねん。自分でわからへんの!?」
『エッチはしてへんの、分かるわよ。でも、お乳揉んだり、チュウしたりくらいはしたでしょ!?』
「……………してません……………」
『ふーん、じゃあやっぱり、しーくんてホモ?』

(く…やっぱりあのまま道路に放置しとけばよかった…)

 怒りでふるふると拳が震えるのを何とか抑え、一度深呼吸する。

「あのなあ…そんなことより、今日来たら佐和子さわこママに謝らなあかんで」
『なになに!?由奈ちゃん、佐和子ママに何かしたん!?』
「記憶ないんや…。直接何かしたってわけやないけど、何とか踊りってやつで店ん中騒がせたんやで」
『うそぉ~それってプリンセス・ユウナダンスやんなあ!?もしダークテレサとかレーザーマリンの方やったら由奈ちゃん、恥ずかしくて今日行かれへんわあ~』
「………………ごめん…その辺の基準は俺にはよくわからへんけど………ちなみに俺は地球を脱出して、冥王星くらいまで飛んで行きたい気分やったよ」
「え?そんなに嬉しかったってこと?」
「ちがーう!!」

 由奈との会話でエネルギーの大半を消耗してしまったが、由奈は二日酔いではないようで、出勤する気満々なことだけは伺えてホッとはした。



 木曜の営業に入り、由奈はそれまでにも増して、いろんな口座からお呼びがかかるようになっていた。佐和子ママを怒らせ、ラムや麗子れいこをドルチェから去らせる元凶になったその何とか踊りが、皮肉にも由奈をブレイクさせたのだ。さすがにもう派手に踊りまくることはしなかったが、由奈がドルチェの人気者の仲間入りをしたことは間違いなかった。

 佐和子ママも麗子が退店して溜飲が下がったのか、貴代たかよママやりなママ、ついにはひとみママやルイママにまで呼ばれ出した由奈の責任を追求するようなことはなかった。
 自分の席に呼ぶことは無かったけれども…



 そんなこんなで第三週の金曜が終わった時点での由奈の成績はというと…

 何と35ポイント!

 女子更衣室には男子更衣室に貼ってあるようなワースト順位ではなく、ママ以外の全ホステスたちのポイントがグラフ化されて貼ってあり、それを見ると由奈の成績はもはや上から数える方が早くなっていた。

 佐々木方式によると、こうなる。



 ────────────────

 ★クリスマスポイントレース
(同伴1回→3ポイント
 動員1人→1ポイント
 予約1組→1ポイント
 抜き物5万→1ポイント)

 ベスト
 1位 マリア……52ポイント

 2位 春樹 ……48ポイント

 3位 真弥 ……45ポイント

 4位 美月 ……40ポイント

 5位 みく ……38ポイント

 6位 由奈 ……35ポイント


 ─────────────────



 真弥まや美月みつきはヘルプとしては少々年かさがいっていたが、売り上げはママたちに次ぐ順位の売り上げホステスである。このポイント争いは自分の客を持ち、尚かつ指名もよくかかるホステスが優位に点を稼げるように作られており、真弥と美月はそういった恩恵に預かって上位に名を連ねていた。

 しかし、何と言っても、そんな優等生ホステスたちに名前を連ねてきた由奈の快挙が一番目立っていた。

『なあなあ、金曜の由奈ちゃん、すっごい人気もんやったなあ?』
「う~ん、そうやなあ…」
『なあ、もしな、由奈がポイントで3位以内に入ったら、しーくん、何かごほうびくれる?』

 イベント最終週であり、年内最後の週である12月の第4週の月曜日、涼平が出勤確認の電話をすると、由奈はそんなことを聞いてきた。

「おお!それはすごいことやんなあ。何でも言うこと聞くよ」

 もちろん、それはあり得ないと思ってそう言ったのだったが、以前、最初の同伴のときに同じように約束させられたのを思い出した。あのとき由奈は、予め勝算があった上でそんなことを言ってきたのだ。

(待てよ…ひょっとしてまた、勝てる算段をして言ってるんじゃ…いや、それはないな。3位以上とはすでに10ポイントも開いているし、上位のホステスも必ずラストスパートはかけてくる。素人同然の由奈が勝てるほど、甘くはないよな…)

 もし万が一にも由奈が3位に入った場合、それは逆にこちらからごほうびをあげないといけない事態だ。

「由奈のその意気込みは嬉しいよ。でもな、もうすでに、よくがんばったよ。何でもというわけにはいかんけど、別に3位に入れんでも、このイベントが終わったら何か美味しいもんご馳走するよ」

 実際、頭をかかえる場面も多々あったが、由奈のがんばりには感心するところもあった。彼女に、涼平自身が黒服として、もっとがんばれとケツを叩かれている気さえしていた。

『いいの、3位になったらで。その代わり、ホスト一回奢りくらいじゃ済まさないから、覚悟しておいてね!』

 由奈のこの自信がどこから来るのか分からなかったが、この日の月曜、由奈は5位のみくを完全に捉えた。


 今まで温存していた訳ではあるまいが、この日、由奈は前に働いていた店で知り合った客と、ミナミのホスト、エイジをダブルで投入してきた。
 どちらも同伴で入ってきたので6ポイントに、片方は自口座なので動員点1ポイント、しかも、今回はエイジ本人がやってきて、12万のシャンパンを下ろしてりなママから抜き物点を2ポイントもらい、一挙9ポイントを獲得したのだ。

 由奈の口座の方の席に呼ばれ、涼平はそのお客さんと名刺の交換をした。

 末成法律事務所

 弁護士 末成知明すえなりともあき

 名刺にはそう書かれていた。

「君はアダムシステム発動後のメフィアの行動において、形而上学的観点からどう思うね?」

 末成はふっくらした頬にのっかっている分厚いメガネをすり上げながら、そんなことをいきなり聞いてきた。

「え…?は、はい…」

(何やろ?法律の話やろか…)

「あの…すみません。俺、法律はあまり詳しくなくて…」
「何言ってんのよ。聖戦士ゼクロスの話やんかあ」

 由奈が、さも知っていて当たり前のように言ってくる。

「せ、せいせんし…?」
「あかんわ末ちゃん、この人知らんみたいやわ~」

 由奈は、やれやれ、といった感じで両手を天に向ける。

(アニメの話かい!法律以上に分からんわそんなん…やっぱ由奈の客なだけはあるな…)

 弁護士という職業に萎縮したが、このやりとりで末成が秋葉系のオタクに見えてきた。

「おじゃまします!」

 そこへ、エイジが席を移ってきた。

「末成先生、お久し振りです」
「おお、エイジくんも来ていたのか」

 どうやら二人は面識があるようだ。

「先生~由奈ちゃんがまさか、こんな高級なお店で働くとは思いませんでしたよねぇ。前みたいにちょくちょく顔見にってわけにはいかなくなりましたよ~」

 エイジは泣きそうな顔を作って、末成に訴えかけた。

「そうか?僕はちょっと嬉しいよ。だって、前の店では由奈りんとなかなかゆっくり話せなかったからね」
「先生は金持ちやからいいっすよねぇ」
「あら?エイジやって儲けてるやん」

 由奈が二人の話に割って入る。

「あ、でも~末ちゃんには悪いけど、由奈、ここでも人気もんなんよ」

 由奈はそう言ってピースする。ちょっと前なら見栄を張るなと言いたいところだが、今はあながち嘘ではない。

「さっすが、プリンセス由奈!」

 エイジのおだてに、由奈は立ち上がって猫っぽいポーズを取った。それに合わせて、涼平も席から跳び上がる。

「あ~ちょっと!踊りはあかんよ!踊りは!」

 慌てて制止すると、由奈はストップモーションし、

「踊らへんわよ。今日は久し振りに先生と、エイジの店で踊りまくるにゃん!」
「イエーイにゃん!」

 と、エイジと末成と三人で招き猫を真似たような同じポーズをした。

(何やろ…このフワフワした空気は…?)

 話に付いていけそうもないので、ごちそうさまでした、と席を立ちかけると、

「あんたも行くのよ」

 と由奈が睨む。席で断るわけにもいかず、涼平は曖昧に笑って流したが、言って即約束の由奈にはそれで充分、了解のアクションと捉えられたのだった。




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