【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第1部 高級クラブのお仕事

心のかけら

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 中3のときのクラスメートで大塚おおつかという女生徒には覚えがある。

 涼平りょうへいクラスでお手製のパズルを流行らせていたが、大塚はそれをしょっちゅう借りにきていた女の子の一人だった。眼鏡にソバージュが特徴的な生徒で、どちらかといえば地味な目鼻立ちは派手な顔立ちの萌未とは似ても似つかない。


 ──いや…でも名前がメグミ…て、まさか──!?


「折角おやっさんが奢ってくれてるんやから、グーッといけ」

 神崎かんざきが思考の中に埋没しかけた涼平のグラスを目の前に掲げる。涼平はそれを一気に飲み干した。それを見て神崎は一つ頷くと、

「よっしゃ。ほな、出よか」

 と店主に勘定を払い、店を出ようとする。

「いや、ちょっと待てよ。話は終わってへんで」

 慌ててそう言う涼平に、神崎は鋭い目を向ける。

「店ん中でやったら、迷惑かかるやろ」

 サッサと店外に出た神崎を追いかける。神崎は大股で早足に十数メートルほど歩くと、整地されてからしばらく放置され、雑草が生い茂る空き地へと入っていく。涼平も仕方なく道路に面して張った古いロープをまたいで入ると、神崎は振り向きざま、

「思ったより早く俺に辿り着いたやないけ」

 と言ったかと思うと、いきなり一発、頬にパンチを食らわせてきた。涼平は一瞬目の前が暗くなり、よろけて倒れた地面で草の匂いを嗅いだ。

(え!?……いきなりかよ…)

 衝撃で起き上がれないまま睨みつけている涼平を、神崎は見下ろしながら煽り言葉を投げる。

「萌未のこと聞きにきたんやろ。ほんなら、お前も俺を殴れ。見事に殴れたら話してやる」

 空はどんよりと暗く、ついにポツポツと水滴を落としてきた。涼平は何とか立ち上がると、

「やっぱり、お前、萌未めぐみがどこにいるか知ってるんやな」

 と言って彼に殴りかかった。

 睡眠薬を飲まされて酩酊した自分を萌未の部屋に運び込んだチンピラ……黒田くろだは萌未の彼氏と言っていた……その話が脳裏を過り、怒り、嫉妬、屈辱…そんな感情が涼平を突き動かしていた。
 が、こういったことに場馴れしている神崎に掠ることも出来ず、また一発、腹に蹴りを食らって倒れ込む。

「どうした?もう終わりか?」
「う、おおおぉぉ!!」

 それから──殴りかかっては、かわされ、反撃に一発食らって倒れる…そんなやり取りを何度も繰り返した。次第に疲弊し、倒れ込んだ涼平の顔に、本降りになった雨が降り注いでいた。

「お前の想いはそんなもんか。ほな、俺は戻るで」

 帰りかけた神崎に涼平は力を振り絞って体当たりし、二人はそのままバランスを崩して倒れ込んだ。急いで涼平は神崎に馬乗りになり、彼の胸ぐらをつかんだ。

「どうした?殴れや」

 神崎の顔にも雨が降り注ぎ、涙のように、涼平を見据える目から滴り落ちた。

「なあ、頼む!細かい事情とかはええから、萌未の居場所、教えてくれ!」

 涼平は彼の胸元を掴み、拳の上から頭を押し付け、叫んだ。神崎はそんな涼平の頭をそっと押し上げると、

「それは、出来ん」 

 ときっぱりとした口調で言った。涼平はその彼の手を払い除け、もう一度強く、胸ぐらを掴んだ。

「何でや!頼むから!」

 すると、

「自分が優位に立っても殴るようなことはせん、お前は昔からそういうやっちゃ」

とシニカルに頬を緩め、ジャージのポケットを探って小さな巾着袋を取り出すと、涼平の胸元に突き出した。

「萌未がお前に渡してくれって。これを見て、出直して来い」

 涼平が袋を受け取ると、神崎は涼平を押し退け、むっくりと立ち上がった。

「麺とダシがベストマッチしたラーメン…お前らはそんなカップルになれたかもしらんのに…何でお前は気付いてやれんかった?」

 そしてそう捨て台詞のように背を向けたまま吐き捨て、空き地を出て事務所の方へと歩いて行った。

「おい!ちょっと待って…」

 呼び止めたが、彼が立ち止まることはなかった。




 その後、涼平もゆっくり立ち上がり、駅への道を歩き出した。そして、駅前の高架下の階段に座り込み、巾着袋を開けた。
 そこには萌未の携帯に付けられていた赤いプラスチックのストラップと、鍵が2つ、それに手紙が折り畳んで入れてあった。

 手紙を開き、目を走らす。



『涼平へ


 遊園地に行く約束、果たせなくてごめんなさい


 これを涼平が読んでいる頃は、あたし、もう逢えないところにいるでしょう


 あたしね、ずっと君の心のかけら、盗んでいました


 もう、返してあげるね


 きっと今、君は、訳わかんないって顔、してるわね


 あたしの家の金庫の鍵、同封します


 それを開けると、多分、分かると思う


 あたしの、秘密…





 涼平!


 ずっと


 好きだったよ





 ほんとに、遊園地行きたかったな…



 君がこれから


 心のかけらがぴったり合う人と巡り逢えて


 幸せになれますように…



           さようなら



                    萌未 』



 最後の文面まで来ると、ゾワッと、背筋に悪寒が走った。スックと立ち上がり、改札へと急ぐ。


 車中でその手紙を何度も読み返しながら、マンションへの帰路に気が急いた。


 もう逢えないところにいる…

 さようなら…

 それらの文面が涼平の胸に早鐘を打たせていた。




 萌未の部屋に着くと、急いで、きのうドアを蹴り開けた部屋に入り、同封された鍵で金庫を開けてみる。

 アルバムや、写真、それから小物入れや原稿用紙仕様のノートなどが入っている。

 そこでまず目についたのは、小学校と中学校の卒業アルバムだった。それは涼平が卒業した学校のものだった。

 まずは中学のアルバムを急いで繰り、自分のクラスのページを開く。

 涼平、神崎、美伽がいて、そして…

 大塚萌未!

 涼平の知る眼鏡とソバージュの彼女と、「萌未」の字が同じだ。



 まさか……!?



 頭を殴られたような衝撃を受けながら、次に小学校の卒業アルバムをめくる。
 自分の卒業したクラスには、萌未という名前の女生徒はいない。

 が…

 隣のクラスにいた!


「絹川萌未」が!


 おかっぱ頭に眼鏡…

 大塚萌未と同一人物に間違いない。



 そして────


 涼平はスーツの上着ポケットに忍ばせている、いつかこの部屋で拾った写真を取り出した。そして見比べる。

 間違いない、遊園地前でふくれっ面をしている女の子と同一人物が、涼平の卒業した小学校のアルバムに載っている。



(ヘェ~五年越しのねぇ…てことはひょっとしてこの大学までその子のこと追っかけてきたとか?椎原しいはらくんって見かけによらずキモいのねぇ)


 大学の学食で、萌未に言われた言葉を思い出す。


「どっちがキモいねん……そっちは八年も前に俺の前にいたんやんか……」


 口角を上げ、独りごちる。アルバムの上に水滴が一滴、ニ滴と落ちる。



 手で目元を拭い、震える手で、積み上げられたノートに手を伸ばした。そしてパラパラと、一冊一冊手に取って開いてみる。それは日記帳のようでもあり、400字詰め原稿用紙仕様のマスに書かれているところが小説のようでもあった。


 パラパラとめくっていると、とあるページで手が止まった。



『涼平の15の誕生日

 心のかけらゲット!!

 やったあー』



 その文字を見た時、涼平の頭の中に鮮明に一つのシーンがフラッシュバックした。



 ───そうだ!

 萌未がずっと携帯にストラップとして付けていたこの赤い木片は、俺が中3のときに流行らせたパズルの部品…
 確かあれは赤いハート型の立体パズル。

 大塚が無くして、クラスメイトたちから非難され、雨の運動場で探していた部品…
 そのとき一緒に探していた美伽に俺は想いを寄せた…
 あのときの部品!!────



 それから…

 涼平はそこにあるノートの中から、萌未の足跡をゆっくりと辿っていった。

 なぜ彼女がホステスにならなければいけなかったのか…

 何故名字が変わっていたのか…



 それら一つ一つを知るごとに、涙が止めどなく流れた。

 綺麗に包装された箱にはビー玉や鉛筆、ボタンなど、くだらないものが大切に仕舞われていた。

 それはおそらく、子どもの頃から涼平が無くした物…


『麺とダシがベストマッチしたラーメン…お前らはそんなカップルになれたかもしらんのに…何でお前は気付いてやれんかった』


 さっきの神崎の言葉…

 何故気付いてやれなかったのか!!


 うわあああぁぁ


 涼平は、大声で、泣いた。


 萌未を守ってやりたい…


 そう言ったのに!

 守るどころか、何一つ分かっていなかった!


『あたしのこと、好きなら待ってて…』




 萌未!


 ごめん!



『涼平、ずっと、好きだったよ』



 萌未ぃぃぃ!!



 冬の冷たい雨音の中に、涼平の絶叫が虚しく響いていた。




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