【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第2部 萌未の手記

銀髪の女狐

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 あたしはずっと、品行方正なんかとは無縁だった。中学になっても学校の決めた規格内に収まり切れず、同じくはみ出したギャル友たちとツルンでは、カラオケなんかに入り浸っていた。

 遊ぶ金が無くなると、親父狩りと称して仲間の誰かが伝言ダイヤルなんかでラブホに鼻の下を伸ばした男を呼び出し、ラブホの玄関に入ったところで他の仲間がインスタントカメラに押さえ、そのフィルムを買ってもらう。

 こっちは未成年の女の子ばかりなので、恐喝だと訴えられたとしても窮地に陥るのは相手なのだ。大抵の男はそれで財布に入った万札を何枚か差し出してくれた。

 だが万が一相手が暴力に訴えてきた場合、最悪自分たちだけでは危険に陥る可能性もある。そんな時、出張ってくれるのがトラだった。トラは何とかという半グレ集団の一員で、手に入る収益の半分と引き換えに、暴力には暴力で方をつけてくれた。金髪を逆立てた風貌だけでも十分に相手を怯ませたが、いざ喧嘩になっても最強だった。そんな厳ついトラは、あたしたちに取ってはいざという時に頼れるお兄さんだった。



 狐女と初めて出会ったのも、中学生でありながらトラにミナミのクラブへ連れて行ってもらった時だった。あたしはその日、ムシャクシャしていて、トラにどこかパアッとした所へ連れて行けとせがんだのだ。

 高らかに鳴り響くエレクトリカルな音楽、広いホールにはリズミカルにうごめくたくさんの男と女たち…

 初めて入ったクラブは辺鄙な近郊都市に育ったあたしに取ってどこか異世界に迷い込んだようだった。

「飲みもん、何がええ?」
「何でもいい。お薦め」

 あたしはホールの片隅のテーブル席に座り、ウゴウゴと蠢く群衆を眺めながら、トラが頼んでくれたショートカクテルを舐めていた。

「トラちゃ~ん、えらい若い子口説いてるやないの」
「こらぁー!トラ、そんな若い子たぶらかしたらあかんでしょ!」

 そこへ二人組の女性が絡んできた。

「たぶらかしてるとか言うなや。こいつが酒飲みたい言うから付き合ってやってるんやないけ」
「へぇ~え、トラちゃんはこんな若い子にももてんのね」

 そう言った一人があたしの顔を覗く。

「ん?あなた、中学生違う?」

 自分では大人っぽい服を着ているつもりだったが、化粧っ気のない顔はどうしても幼さを隠しきれていなかったと思う。あたしは膨れっ面でカクテルをグビっと飲んだ。

「おいおいトラ!犯罪やない!」
「いやいや、お前らかて中ボウんときからクラブで遊びまくってたやないけ」
「う~ん、でも素っぴんは不味いわよ。ちょっと顔貸してみな」

 そう言うと一人のお姉さんがバッグから化粧ポーチを取りだし、あたしの顔にメイクしてくれた。

「おう!大人っぽくなったやんけ!夏美なつみ、サンキューやで!」
「ほら、見て」

 鏡に映ったあたしの顔は確かに大人びて見えた。

「あ、ありがとう」
「でも…その眼鏡は外した方がいいかな?」
「あたし、眼鏡外すと何にも見えない…」
「いいじゃん、私がエスコートしたげる」

 この時、化粧直しをしてくれたのなっちゃんで、眼鏡を外したあたしをホールへと駆り出したのが狐女こと、玲緒れおだ。二人ともトラの幼馴染だった。



 それから…
 ショートカクテルを飲んでだんだん気の大きくなってきたあたしはその日のムシャクシャした気分を晴らしたくて、蠢く群衆に同化した。踊りは初めてだったけど、とにかく音楽に合わせてむちゃくちゃに手足を動かしていた。


 そして、見知らぬ部屋で目を覚ました。


 あれからテンションが高くなったあたしはずっと玲緒に勧められるままに酒を飲み、ついに潰れてしまったのだ。

「ここ、どこ?」
「やっとお目覚め?」

 シャワー浴びたてなのだろう…上半身裸になり、銀髪の頭をタオルで拭きながら、狐女があたしを覗き込んだ。

「私の家よ」

 言って、にいっとした笑顔を向ける。鼻先にシワが寄り、朦朧とした頭でまるで妖怪みたいだなと思った。

「お姉さんがね、頭のスッキリするお薬をあげる」

 狐女は顔を近づけてくると、唇を合わせてきた。無理やり唇をこじ開けられ、舌を絡み合わせてくる、その舌先に丸い粒のようなものがあった。

「呑みなさい。気持ちよくなるわよ」

 同時にあたしの敏感な部分をまさぐってくる。あたしは熱い吐息とともに粒を飲み込んだ。狐女も全裸になり肌を合わせる。

 あたしはそんな趣味はないが、さっきの粒の効果なのか、ものすごい快感が頭を突き抜ける。

 もはや抵抗することも出来ず、あたしはその快感の渦の中に身を任せた。


 それから何時間経っただろうか…

 カーテンが開けられたままの窓が暗くなり、明るくなり、また暗くなり…


 狐女に何度も粒を飲まされ…

 あたしはその都度気の狂いそうな快感の中で、

 叫び、

 嗚咽し、

 恍惚となり…

 まるで宇宙に放り出されたような無重力な空間の中を、

 空腹も感じず、

 眠りもせず、

 いや、寝ていたかもしれないが現実か夢かも分からないぐるぐるにねじ曲がった部屋の中で、


 ゆらゆらゆらゆら、

 うにうにうにうにと、


 妖艶に絡み付く狐女と混ざり合って一つの塊になってしまいそうなくらい、

 肌を擦り合わせ喘いでいた。




 あたしをそんな状況から救ってくれたのはトラだった。あたしは酩酊する意識の合間に何とかトラに電話し、狐女の家の場所を知っていたトラは駆けつけてくれたのだ。

「お前、何やってるんや!」

 部屋に駆け込んだトラはあたしを見つけ、絶句した。

「レオ!お前、薬やらしたんちゃうやろなぁ!」
「ちょっとよ、ちょっと!遊んであげたんやないの!いつものことやない!」
「ダボが!こいつはまだ未成年やねんぞ!」
「そうかて、あんたが冷たいからやんかあ!」
「もうええ、こいつは連れて行く!」
「わかったわよ、トラのあほ!」

 そんなやり取りの後、トラは車であたしを自分の家に連れて行った。

「すまんなあ、俺が目を離したばっかりに…」

 言ってあたりの目を覗き込む。

「おいおい、瞳孔開いとるやないけ…」

 そして携帯を開くと、

「すぐにこっち来てくれ」

 と誰かに指図した。

 しばらくして、角刈りに剃り込みを入れたいかにも昔のヤンキー風な男が現れた。

「絶対外に出したらあかんぞ。食事は三食きっちり食べさせるんや。頼むで」

 トラはその男にそう言うと、あたしの方に向き、

「しばらく辛いやろうけど、がんばるんやで」

 と言ってドアに向かった。

「トラ!どこ行くのよ!行かんといて!」
「一緒にいてやりたいけどな、用事があってどうしても行かなあかんねん。すまんな」
「いやよ!トラ!行かないでー!トラー!」

 追いすがろうとするあたしを角刈り男が止め、トラは部屋から出て行った。

「どいてよ!あたしも出て行く!」
「あかん!薬が抜けるまでここにいてもらう」
「薬て何よ!あたしは大丈夫よ!出して!」
「静かにせい!このくそアマ!」

 男はベッドにあたしを放り投げた。それからしばらく、あたしは男にむかっていろんなものを投げつけ、暴れ、罵倒し、号泣した。
 男はドアの前にどっかりと腰を下ろし、そんなあたしを睨み付けていた。


 男の名前は神崎かんざき隆二りゅうじ、トラ、すなわち神崎一虎かずとらの弟だ。


 それからあたしは何度も感情の渦に襲われ、隆二に薬を渇望した。それを拒否る隆二と格闘し、疲れて眠る、ということを繰り返した。

 そうして何日目かの朝、あたしは隆二の作ってくれた朝食を食べた。

「美味しい…」
「せやろ?弟や妹によう作ったってるからな」
「へぇ~!あんた、何歳なの?」
「十四や」

 あたしはすすりかけた味噌汁を吹き出す。
 そして、爆笑。

「ア~ハ、アハハハ、アハ、ア~ハハハ…」

 なかなか笑い止まないあたしを隆二は怪訝な表情で見つめ、

「お前、まだ戻ってへんのか?」

 と悲しそうな顔をする。

「ちが、違うわよ。あんた、あたしと同い!?どんだけ老けてんのよ!」
「う、うるさい!」



 その朝、あたしはやっと解放されて家に戻った。





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