【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第2部 萌未の手記

ホステスキラー

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「あら、しんみりさせちゃったわね。とりあえず乾杯しましょ!チャーリー、私はグラスワインの赤と…めぐちゃんにはノンアルのカクテルを何か作ってあげて」
「えぇ~あたしも飲む!」
「だめよ、あなたはまだ未成年なんやから」
「いいの!志保姉しほねえが飲んでた店であたしも飲みたい!マスター、あたしもなっちゃんと同じの!」
「もう!しょうがないわね~、じゃ、一杯だけよ。チャーリー、めぐちゃんにも同じのとチェイサー入れてあげて。それと、チャーリーも一緒に乾杯しましょ」
「おお~!なっちゃんサンキュー!」

 そんな流れであたしたち3人は乾杯した。

「え~と、めぐちゃんでいいのかな?詩音しおんさんの妹さんなんですか?」
「そうなのよ。実はめぐちゃんは未成年なんやけどね、チャーリー、ナイショでお願い」
「ええ!見えないねぇ~。大人っぽいんですね。じゃあ、僕は知らないことにするね」

 ありがとう、とマスターにウィンクする。するとなっちゃんがあたしに向き直って、

「それはそうと、さっきめぐちゃん、玲緒れおと飲みに行ったって言ってたけど、今回の玲緒の件にあなた何か関わってないでしょうね?」

 と、お姉さんのような口調で聞いてきた。あたしは一瞬逡巡し、なっちゃんに全て打ち上げたい気持ちを抑えてそこは誤魔化すことにする。

「ん?玲緒の件って?分かんなーい」
「分かんなーい、てその言い方!関わってること匂わせてるやない。あなた、前に玲緒にひどい目にあわされたって言ってでしょう?どうしてまた玲緒に近づいたりするの?」

 このままはぐらかし続けては肝心の綺羅ママの件が聞けない。あたしは、核心に迫らないところまではなっちゃんに打ち明けることにした。

「あたし、別に玲緒さんに近づきたかったわけやないのよ。宮本みやもとさんにね、志保姉しほねえのこと聞きたくて…ほら、玲緒さん、よく宮本さんと同伴してたでしょ?それで宮本さんの席に着けてって頼んだの。そしたら飲みに誘われて…」

「そう…」

 そこまで言うと、なっちゃんは深いため息をついた。

「玲緒の悪いクセが出たのね。あなた、玲緒が好きそうなタイプだわ…」

 玲緒がバイセクシュアルなのをなっちゃんは知ってるようだ。

「とにかく、私はあなたのお姉さん代わりなんですからね、あんまり変なところに顔を突っ込んで欲しくないのよ…」

(う~ん、流れが悪いな…)

 どうやって綺羅きらママのことを切り出そうと思っていると、なっちゃんの方から宮本の話題を振ってきた。

「それと、あなた、こないだ拓也たくやと同伴してたわね。あれはどういう繋がりなの?」
「そうそれ!なっちゃんも席に呼んだのよ。なのに、綺羅ママが口座だから無理だって店長に言われて…ね、綺羅ママってどういう人なの?」

「そう、綺羅ママがねえ…」

 なっちゃんはまた深いため息をついた。

「それにね、綺羅ママは香里奈かりなさん呼んで、でね、でね、香里奈さん、隣の席を譲ってくれないの!普通、同伴した人が隣に着くのよね?あの人たち、どうなってんの⁉」

 なっちゃんが説教に傾かないように、あたしは怒ったようにまくし立てた。

「綺羅ママに香里奈かぁ~あなたまたややこしいところに入ってしまうのね…」

 なっちゃんはそう言うとグラスワインをあおった。

「ややこしいって、どういうこと?」

 やっと本題に入れる!
 あたしは身を乗り出した。

「綺羅ママはね、今でこそ若名わかなのNo.1の売り上げになってるけど、3年くらい前かな?入店してきた頃はそんなでもなかったのよ。4人いるチーママの中で3番目、ビリの雅子まさこママよりはちょっと上くらいやったの」
「ね、なっちゃんって、若名に何年いるの?」
「ん?そーれーはーぁ、分かんなーい」
「あ~ずるい!絶対18歳未満からやってるでしょ?」

 偉そうに説教してるけど、なっちゃんだってあたしくらいの頃は絶対品行方正なんかじゃなかったはずだ、そんな思いで聞くと、マスターが口を挟む。

「なっちゃんはねえ、近松門左衛門の時代からこの街で働いてるんだよ」
「そうそう、あの頃は心中事件なんかがあってねー、て、こらぁ~!」
「あはははは」

 そしてマスターはなっちゃんの振りかざした拳から逃げるように他のお客さんの方に回った。張り詰めかけた場の空気が弛緩し、なっちゃんの口の固さも幾分溶けたような気がした。
 マスター感謝!

「でね、綺羅ママはうちのNo.1に登りつめたわけやけど、それには悪い噂がいろいろあるの。私はほとんど綺羅ママの席には着かないからあくまで聞いた話やけどね、あの人、辞めた中堅ホステスの口座をうまく取っていくのよ。で、裏で綺羅ママがその中堅ホステスが辞めるように仕向けてるっていうの」

 思った以上に黒い話に、あたしは身を乗り出す。

「えぇ~!そんなのダメでしょ。何でそんなことをオーナーママは野放しにしてるの?」
「う~ん、そこやねんけどね…あくまで噂よ。綺羅ママの彼氏がヤクザもんでね、オーママにチクリでもしたら報復されるからみんな泣き寝入りしてるとか…表立った証拠は何にも無いのよ。それにね、うちのオーナーの百合子ゆりこママ、お酒飲みでしょ?その飲みに一番付き合ってるのが綺羅ママでね、何ていうか、ほんっとに要領がいいのよね、あの綺羅ママって人は…」

 確かに、オーナーの百合子ママは酒に強くて、店の誰彼なく付き合わせては朝まで飲むという話は店でもよく聞いていた。あたしは誘われるどころか、たぶん名前さえもまだ覚えてもらってないと思うけど、60歳は超えているだろう百合子ママの元気さには感心したりしていた。


「詩音もね、ひょっとしたら…」


 なっちゃんは何かを言いかけて、ハッとしたようにまたワインをあおった。

「え?志保姉が何?何か今言いかけたでしょ?」
「え?あ、何でもないよ…それより、ね、めぐちゃんにはそういう、うちの店のややこしいところに入って欲しくないのよ。拓也と話したい気持ちは分からないでもないけど、何なら私が店関係なく食事の場をセッティングしてあげるから、拓也とはもう店の中では関わらないで」

 店とは関係なく宮本と食事…それも悪くはないが、なっちゃんは宮本よりの立場の人だ。なっちゃんの前で宮本を詰めるようなことはしたくない。

 それに、あたしはなっちゃんの知らない事実をひとつ、知っている。

 あたしと志保姉の家に自由に出入りできる人間が間違いなく志保姉を殺害したという事実!

 そして、身持ちの固い志保姉が心許して家にいれる人間は宮本以外にはいないという事実!

 あたしの願いは宮本とただお近づきになりたいんじゃない。

 復讐したいのだ!


 なっちゃんには悪いが、今は志保姉の妹としてではなく、一人のホステスとして宮本に近づき、秘密裏に親しくならないといけない。

 その為には綺羅ママが邪魔だ。

 それに、なっちゃんが言いかけたこと…もしかしたらあたしが思ってる以上に綺羅ママと志保姉との間にも何かあったのかもしれない……

 もう少し情報を探る必要がありそうだ。

 あまり綺羅ママのことを根掘り葉掘り聞くとなっちゃんの心配を煽ってしまうので、その日はその後、当たり障りのない話をして別れた。




 それから、あたしは綺羅ママを意識的に観察した。

 綺羅ママの接客は、若名のどちらかといえば落ち着いた雰囲気とは反して派手な感じで、客層も比較的若いお客さんが多いようだった。

 そして、席には必ずといって香里奈が呼ばれていた。

 香里奈の同伴も綺羅ママのお客さんが多く、綺羅ママのお客さんのアフターにもよく行っているようだ。


 香里奈は20代前半くらいの年で、セミロングの髪をフェミニンに毛先を遊ばせていて、服装も派手すぎず地味すぎずなワンピースが多く、一見するとどこかのお嬢様といった風情だ。綺羅ママには終始笑顔で接しているが、黒服や自分よりも若いホステスには当たりがきつい。



 何かやつらを追い落とすネタは無いか、と探しあぐねていたある日、営業終わりにさくらから食事に誘われた。どんな些細な情報でも欲しかったあたしは、そのさくらの誘いを受けた。が、さくらは食事に誘いながら食欲は無いと言う。仕方がないのでシャレードに連れて入った。

 シャレードにはマスターのチャーリーの姿はなく、見知らぬ若い男の子が一人で店を切り盛りしていた。チャーリーはナイトクラッシュに入る日なのかもしれない。あたしは宮本に関わる話を必要以上に拡散したくなかったので、ちょっとホッとした。

「何か元気なくない?大丈夫?」

 二人でビールを頼んだあと、始終俯き加減のさくらにまず話を振ってみる。さくらはしばらくもじもじしたあと、

「玲緒さんとめぐみちゃんと一緒に飲みに行った日のことなんやけど…」

 と話を切り出した。

 なるほど…

 さくらは相変わらず玲緒のことが好きで、あたしが玲緒を陥れた日のことが気になっているわけだ。あたしとしてはもうただの通過点として終わった日のこと、今さら聞かれるのはちょっと面倒くさいな、と思った。

 ただ今日はこの後さくらから出来るだけ情報を引き出さないといけない。

 彼女の心証を傷つけずに何とかあたしの味方に付けるには…





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