【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第3部 他殺か心中か

相手に不足はない

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 ムサシとの勝負に勝ってガッツリと握手を交わした日、一虎かずとらは彼に聞いた。

「なあ、ムサシ、あの正月の場にいなかった他の兄弟のこと、何か知ってるか?」
「ああ、親父は9人言うてたから、あと4人いてることになるな。そやなあ…俺はそのうちの一人やったら知ってるで。七巳ななみいうてな、確かまだ5歳くらいのはずや。鶴橋つるはしの方に住んでるで」
「鶴橋?親父もホンマ、節操のないこっちゃ。でも5歳かあ…そんなやつと交渉出来るか?」
「まあ母親と話すしかないやろ。家の場所は知ってるから、教えたる」
「何でお前、そんなこと知ってるんや?」
「まあ、それはいろいろ、な。母親に会ったら分かるわ」
「そうけ?で、後の3人は?」
「そこまではちょっと分からんなあ。あ、でも、みんな名前に数字入ってるやろ?9人ちゅうことは、4、5、9が名前に入ってるんやで、きっと」
「4、5、9ねえ。まったく、自分の子にナンバー仕込むなんて、親父の酔狂にも程があるわ。でもな、わしが1で六紗子が6、鷹八が8やろ?普通、1から順番につけるよな?分かってるやつの年の順でいうたら861327…何やこれ。何の順番なんや?」
「そやな、まあ親父のことや。深い意味なんか無いんちゃうか?例えばそん時住んでた家の電話番号とかな」
「なるほど、あり得るな。電話番号は桁数ちゃうけど、まあ似たようなとこやろな」



 そんな会話を交わした数日後、ムサシの案内で七巳に会いに出掛けた。着いた家は三階建ての一戸建てで、割と広い庭には幼児用のピンクのコマ付き自転車が置いてあった。

 門を入って呼び鈴鳴らすと、ふくよかな中年の女性が顔を出した。中年と言ってもなかなかの美人で、年齢不詳の若々しい肌艶をしていた。

「ムサシちゃん、よう来てくれて。一虎くんも久しぶりやねえ、大きなってぇ」

 にこやかに挨拶してもらい、思い出す。まだ幼い頃、大力を訪ねて何度か来たことがあった。あの頃はまだ、正月はこの家で祝っていたのだ。この女性の名は確か……

富士子ふじこさん、ご無沙汰っす。ナナミちゃん、元気にしてますか?」
「うん、家にいてるわよ。ささ、入って入って」

 そうだ、富士子……当時大力が一緒に住んでいた女性だ。ムサシの挨拶で思い出した。目を細めて当時を思い出す一虎に、ムサシがにんまりした笑顔を向ける。

「どや?懐かしいやろ?」
「おう、ここやったなあ。ワシら、暴れ回ってよう親父に怒られとったよな」
「そうそう、そんで富士子さんが親父をなだめてくれてな。俺は新年会が大力会の広間に移ってからもちょこちょこここまで顔出しとったけど、お前はもう8年ぶりくらいになるんちゃうか?」

 そんな感じで懐かしんでると、富士子がコーヒーと茶菓子を持って来る。その後ろには小さい女の子が隠れていた。

「ほら、ナナミ、ムサシお兄ちゃんが来てくれたよ。こっちは一虎お兄ちゃんやけど、ナナミはまだ小さかったから覚えてへんわね」

 七巳はムサシには笑顔を向けたが、一虎を見るとまた富士子の後ろに隠れた。

「ナナミちゃん、一虎が怖いってよ」
「ナナミちゃーん、お兄ちゃん全然怖ないでえ。ほーらベロベロ~」

 一虎は手をエラのようにほっぺたに当てて寄り目を作っておどけて見せる。

「お前アホか。赤ちゃんちゃうねんから」
「ごめんねえ、人見知りが激しくてね、まだちょっと一虎君のことは警戒してるみたい」
「ま、こんな強面見たらしゃあないわな」

 笑うムサシを横目で睨む。七巳は顔の両側に三編みの髪を垂らし、母親に似て可愛らしい顔つきではあるが、5歳よりはもっと幼く見えた。



「富士子さん、今日は折り入って頼みがあって来たんや」

 しばしの歓談の後、一虎は訪問の目的を切り出した。一虎が居住まいを正したのを見て、ムサシも背筋を伸ばす。

「去年の新年会で親父が兄弟姉妹のポイント全部集めたもんに相当額のお年玉をやるって言った件、聞いとる?」

 ムサシが聞くと、

「ええ、その件やったら、正月に会長が来はった時に聞きました。でもねえ、一虎君には悪いんやけど…」

 と、富士子は申し訳なさそうな顔で一虎を見る。

「ん?何や?何か都合悪いことあるんか?」
「ええ。ナナミのポイントを譲って欲しいってことでしょう?確かにナナミはまだこんな小さいし、大金なんかもらっても持て余してしまうしね。会長には私らよくしてもらってるから、これ以上は何にも望まへんからそんなポイントなんか全然お譲りするんやけど…」 

 富士子が口ごもるのを一虎は身を乗り出して聞く。

「おお、そうけ?それは話早いやん。で、何か問題あるんか?」 
「ごめんね、実は先日鷹八たかやさんがいらしてね、もうナナミのポイント、お譲りしたんよ」
「え⁉鷹八が!?」

 一虎はすっとんきょうな声を上げた。

「何やて?鷹兄のやつ、新年会の場ではすかしてたけど、やっぱりお年玉欲しいんやないか」

 ムサシも呆れたように言う。ということは、鷹八は2ポイントに達したことになる。いや、もし三狗みくに一億払っていれば、3ポイントで一虎と並ぶ。

「ごめんねぇ、お役に立てなくて」

 富士子が申し訳なさそうに頭を下げ、一虎は天井を向いて鷹八のすました顔がいやらしく笑う姿を思い浮かべた。

「なあ富士子さん、親父は俺ら兄弟姉妹が9人おるって言ってたんやけど、6人しか思い当たらんねん。富士子さん、あと3人に心当たりない?」

 ムサシがいい質問をしてくれる。

「そうねえ……一人心当たりがあると言ったらあるんやけど…会長があの子のことを人数に入れてくれてるかどうか、私には分かれへんのよ」
「お、何何?それ、誰のことや?」

 一虎は眉を上げ、また身を乗り出す。

「うん…こんなこと、私から言っていいのかしら…」

 富士子は言いにくそうにしていたが、一虎が富士子の前で正座し、どうしても教えて欲しいと頭を下げた。

「ワシ、どうしても親父の年玉、必要やねん。頼む!今後、ナナミちゃんに何かあったらワシ、全力でフォローするから、その情報、教えてくれへんか?」

 一虎の真剣な眼差しに、ムサシはプッと息を吐いた。

「おお、相変わらず暑苦しいのお」

 富士子はそんな一虎に慌てて手を振り、

「もう、そんなとこに座らないで、立って立って」

 と慌てて言う。一虎が腰を上げて椅子に座り直すと、富士子の方も居住まいを正して話し出した。

「実はね、ナナミの上にもう一人、兄がいてね、会長はその子が産まれる年にこの家を用意してくれはったんやけど、その子は今、ちょっとすごいことになってるのよ」
「すごいこと?ナナミちゃんの上ってことは、ワシらと近いっちゅうことやんな?どんなことになってるんや?」

 一虎が身を乗り出す横で、ムサシが顔を傾げる。

「あれ?でもさあ、それやったら俺らがこの家に来た時に会ってるはずやんなあ?でもここでの新年会でそんな子、見たことないで?」

 ムサシのその疑問に、富士子は首を振った。

「ううん、私があの子をもうけたのはもう今から24年も前でね、あなたたちがこの家に来てくれた頃にはあの子はもうこの家からは出てたんよ。会長がね、中学生になった年にボクシング事務に住み込みで預けたの。それからはここに顔出すことはなくなったのよ」

 そこまで聞き、ムサシがえっと声をあげる。

「ちょっと待って?富士子さん、そいつの名前、何ていうんや?」

 富士子さんは答えにくそうにもじもじしていたが、一虎が、

「そこを何とか教えて下さい!頼んます!」

 と頭を下げると、

「ししお…よ」

 と、弱々しく言った。それを聞いたムサシは座っていた椅子からずり落ちそうになる。

「ええ~!?ししお⁉そらあかん!そらあかんで、一虎!」

 一虎はあまりのムサシの驚きように、怪訝な顔で聞く。

「ししおって誰やねん?知ってるんか?」
「知ってるんかって、お前知らんか?確か去年親父が興行仕切っとったWBAのタイトルマッチ。田岡たおか獅子王ししおうのデビュー戦やんけ。田岡がチャンピオンをノックアウトして新チャンピオンになったあの試合、俺もテレビで観とった。シシオて、まさかのあの獅四王ちゃうのん?あ、でも名前に数字は入ってへんなあ」

 一瞬考え込んだムサシに、富士子が手を振る。

「ううん、合ってるわよ。その獅子王…リングネームはそうなってるけどね、本名はこうなのよ」

 富士子は近くのサイドボードからメモ用紙とボールペンを取り、名前を書くと二人に見せた。そこには『志四雄』と書かれていた。

「志四雄…?確かに四が入ってる。てことは、9人のうちの一人で間違いないな」
「おう。間違いない、9人に入っとる。てことは…さっき富士子さんが言ったすごいことになってるって、チャンピオンになったって意味やったんやな?」

 おずおずと、富士子が頷く。

「一虎、こらあかんわ。腕力でかなう相手やない」

 肩を落として言うムサシのその肩をポンと叩き、一虎は立ち上がった。

「相手に取って不足はない!おもろなってきたやんけ!」

 一虎がそう叫ぶと、リビングで一人遊びしていた七巳が部屋から走って逃げて行った。





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