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第3部 他殺か心中か
警察内部の隠蔽
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「絹川の居場所が分かったらしいぞ」
西天満署の大部屋で配達弁当を食べていると、強行犯係の区画に駆け込んできた丸山が自分の率いる捜査班の面々の顔を見ながら息を切らして言った。
「ええ⁉まじですかぁ!?」
それを聞き、柳沢は素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、まじや。今日付けで中岡病院に入院したらしい。すでに涼宮さんが向かってる。俺らも行くぞ」
日時は5日の昼1時を回ったところ、ちょうど午前中に「大川カップル車両入水事件捜査本部」の解散を告げられた後でのタイミングだった。
去年のクリスマスに起こった宮本拓也と藤原美伽の事件は二人が婚約していたことと、ニュース番組で公開された顔写真が美男美女だったことも加算され、連日センセーショナルに報じられていたが、年が明けて二人の葬儀が行われた同日に、その指示役と見られる者の自殺と逮捕という幕切れを迎えた。一人は大力会若頭の篠原で、自分が事件を指示したという遺書を残して自殺した。そして実行犯を直接指示していたと見られる田岡が自首したことで、事件は一応の終息を迎えたと思われた。田岡から指示を受けたとされる実行犯も逮捕され、捜査本部は事件の検証に必要な最低限の人員を残して解散された。府警本部捜査一課からは涼宮班が、西天満署の強行犯係からは丸山班がその人員に当てられた。
事件の概要はこうだった。まず、フジケン興業が専務の宮本を中心に大力会から手を切って真っ当な企業として生まれ変わろうとしていたところ、それを良しとしない大力会が報復に出る。その希望の旗となっている宮本と、婚約者であり社長の娘である美伽の殺害だ。若頭の篠原が指示し、実行部隊を田岡が率いた。田岡はプロボクサーを引退して以来、大力会の裏の組織を率いる役目を担っており、そのことは大阪府警の組対四課などからは公然の秘密だったのだが、世間的にはあまり知られておらず、かつては獅子王のリングネームでチャンピオンの座まで登り詰めた田岡が逮捕されたことに世間は騒然とした。
またこの年始、与党議員である榎田とフジケン興業が大力会と繋がって利権を貪っていたことが週刊誌に暴かれ、事件は政治家も巻き込んだ一大スキャンダルとして今も連日世間を賑わせている。組対四課と西天満署暴力班係は大力会と野崎組の事務所を三が日が明けるのを待たずして家宅捜索したことが功を奏し、岩隈係長などはここ最近ホクホク顔だった。
だが………柳沢は面白くなかった。
「絶対おかしいっすよ!絹川萌未のバッグが現場に残された理由も有耶無耶にされてるし、実行犯として逮捕された連中だってろくに当日の行動確認もしないで起訴って、何か、取って付けたような感じやないっすか?あと美伽が宮本を後追い自殺したって、それも何か納得いかないっす!」
捜査本部の解散が告げられた後、周囲の耳も憚らずに不平を言う柳沢に、姫川係長の怒声が飛ぶ。
「なーにが納得いかへんねんな、ぺいぺいが偉そうに!そんなぶーたれる暇あんねやったら、遅れてる報告書はよ提出せんか!」
その怒られ方はまるで宿題を忘れた小学生が担任に叱られるようだった。
柳沢と丸山が中岡病院に着くと、先に到着していた涼宮班がロビーで出迎えてくれた。が、その顔は何かを訴えるように眉をひそめている。
「どうです?絹川とは面会出来ましたか?」
「いや、それはこれからなんですが、どうも絹川には記憶が無いらしいんです」
「記憶が?どういうことです?」
「ま、とりあえず病室まで案内します。実際に会ってみたら状況が分かるでしょう」
丸山と涼宮がそんなやり取りをし、病室に向かうその後ろを柳沢も付いていく。病室前に着くと、涼宮班の数人の捜査員が険しい顔で立っており、丸山たちを見るとご苦労様です、と声を揃えた。乳白色のスライドドアを開けるとそこは個室で、ベッド横の補助椅子に座っていた一人の若い女性が立って頭を下げた。ベッド上には薄いピンクの入院着を着た女性がリクライニングの背を起こし、じっとこちらに目を向けていた。化粧っ気の無い白い顔だったが、それがすぐに絹川萌未だと分かった。
「ええと、あなたは…?」
丸山が付き添いの女性に聞く。
「あ、三枝沙紀といいます。めぐみんとは新地の若名っていうクラブで働いていた時からのお友達です」
沙紀と名乗った女性は柔らかな雰囲気で、ふくよかな頬を緩めながら答えてくれた。丸山はそれを聞いて頷くと涼宮と目配せし、涼宮が絹川に向き合う。
「絹川萌未さんですね?私は大阪府警捜査一課の涼宮と言います」
絹川は足元に掛けていた掛け布団を口元まで手繰り寄せ、無言で班長を見つめている。その目には怯えたような色があった。沙紀が自分の座っていた折りたたみ式の椅子を涼宮に譲り、部屋の隅にあった背もたれのない丸椅子を二脚取って丸山と柳沢に勧めた。
「目線の上から話し掛けられると怖がるんで、どうぞ座って下さい」
どうも、と言って涼宮が座ると、ちょうど目線が絹川と同じになる。丸山も柳沢も涼宮の後ろに座り、成り行きを見守る。涼宮は怯えた目の絹川を前に何を言ったらいいか言葉を失ったようで、助けを求めるように沙紀の方を見た。
「めぐみん、幼児退行してるんです。先生がおっしゃるには小学校低学年くらいの精神年齢に戻ってるって…」
沙紀は申し訳なさそうに眉を潜めて説明した。仕方なく担当医に説明を求めたところ、ほぼ沙紀が言ったことが全てで、記憶を無くしたのは睡眠薬の過剰摂取によるオーバードーズを引き起こしたことが原因になっているということだった。何故過剰摂取するに至ったか、そして何故幼児退行を起こし、いつ回復するか、ということについては現状分からないと言う。今後の経過を見守っていくしかない、ということだった。
続いて涼宮が絹川の入院時の状況を聞くと、午前中に沙紀と一緒に病院に訪れたということだった。涼宮は改めて沙紀に聞く。
「入院した時の状況を教えていただけますか?」
「はい、今日の朝に男の人から電話があり、めぐみんを病院に連れて行って欲しいって頼まれました。で、指定された靭公園に行ってみると、めぐみんが一人でベンチにぽつんと座ってたんです。話し掛けると沙紀のことを覚えてなくて、それでこれはちょっと普通やないって思って、ここに連れて来ました。ここは総合病院ですし、沙紀の彼氏がここで働いてるのでここにしました」
沙紀は彼氏のくだりでちょっとはにかみながらも、淀みなくそう答えた。きっと他の捜査員からも何度も聞かれて言い慣れていたのだろう。
「その、電話をかけてきたという男性に心当たりは?履歴には残ってますか?」
涼宮がそう聞き、それもきっと何度もそうしているのだろう、沙紀は自分の携帯の着信記録を見せた。着信は公衆電話からで、聞き覚えの無い声だったらしい。そこで涼宮は頭を抱え、う~んと唸った。
それからも沙紀にいくつか質問したが、結局有力な情報は何も得られなかった。絹川と会った時にほとんど何も所持していなかったのだが、入院に必要な所持金だけは肩にかけていた小さなポシェットの中に入っていて、尋常じゃない事情を察した沙紀は彼氏の医者と相談して何とか入院の手続きをしたということだった。そういえば事件で押収した絹川のバッグの中に財布と保険証があったのを思い出し、後で何とかそれだけでも持って来てやろうと柳沢は思った。
「めぐみんは悪い人と違います。もしめぐみんに何かの疑いがあっても、絶対めぐみんは悪くないです。刑事さん、めぐみんを助けてあげて下さい」
沙紀の切実な訴えに、涼宮たちは曖昧な笑顔で返すしかなかった。
午後からは涼宮の指示で、靭公園周辺の聞き込みをした。絹川を連れて来て沙紀に電話をしたのが誰なのかを捜査したのだったが、年始初日の月曜の早朝ということもあり公園を訪れる者はほとんどいず、成果は得られなかった。夕方になり一旦署に戻り、コーヒーブレイクしている時に、涼宮が柳沢と丸山を前に眉根を寄せて何の進展もない状況を漏らした。
「結局、藤原美伽の宮本拓也に対する無理心中の線で落とすしかないのかもしらんな…」
その声が聞こえ、柳沢が眉を上げる。
「そんなんおかしいやないですか!そんなら絹川のバッグが車内にあったんはどう説明するんです?それに、宮本の手に握られてた椎原の名刺は?まだ不審な点が多すぎるでしょ?」
「ああ、俺も上にそこを突いたが取り合ってもらえなかった。どうも、萌未のバッグの存在を上は有耶無耶にしたいんかもしらんな」
「そんなアホな!」
柳沢の声が大部屋に響き、上座にいた姫野が柳沢をギロッと睨む。涼宮が口の前に人差し指を立て、声を落とすよう注意した。
「これは警備部の知り合いから内々で聞いたんやけどな、倉持検視官、どうやらクロやったらしい」
倉持検視官は出来島と思われる人物と一緒にいるところを丸山に目撃され、それをきっかけに内偵が入った。涼宮はその結果がクロ、すなわち、倉持が出来島とツルンでいたということが分かったと言ったのだ。
「それが公になれば、絹川の姉の志保が自殺と判断された件も調べ直さなければいけなくなる。ただでさえ世間は榎田議員とヤクザが繋がっていたことで沸いているからな、その上、警察の幹部もヤクザと繋がっていたとなると上層部は目も当てられないことになる。なのでそこは何とか掘り起こさないようにしたいんやろ」
そこまで聞き、また声を上げようとした柳沢の口を、涼宮は素早く塞いだ。
「そこで、や。実はな、さっき、椎原が北新地で勤めるクラブに出勤したっていう情報が入った。椎原なら何か情報を持ってるかもしらへん。俺も彼から直接事情を聞きたいが、捜査一課としては大っぴらに動きにくい。そこで、君と丸さんで何とか彼に接触して話を聞いてきてくれへんか?」
椎原……事件が起こった当初、彼も重要参考人として手配されていたが、行方が分からなくなっていた。なのに、事件が終息し、参考人として事情聴取する必要がなくなったタイミングで姿を現した…その行動は限りなく怪しく感じられた。
同時に柳沢は、涼宮の妹が自殺と判断され、苦い思いをしたという彼の昔話を思い出した。涼宮としても、そういった警察の隠蔽に憤りを感じるところなのだろう。
「分かりました!共に警察内部の闇を暴きましょう!」
柳沢は立ち上がり、シュパッと涼宮に手を差し出す。姫野が訝しんだ目を向ける中、涼宮は困った顔をしながらも取り敢えず柳沢に手を添えた。
西天満署の大部屋で配達弁当を食べていると、強行犯係の区画に駆け込んできた丸山が自分の率いる捜査班の面々の顔を見ながら息を切らして言った。
「ええ⁉まじですかぁ!?」
それを聞き、柳沢は素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、まじや。今日付けで中岡病院に入院したらしい。すでに涼宮さんが向かってる。俺らも行くぞ」
日時は5日の昼1時を回ったところ、ちょうど午前中に「大川カップル車両入水事件捜査本部」の解散を告げられた後でのタイミングだった。
去年のクリスマスに起こった宮本拓也と藤原美伽の事件は二人が婚約していたことと、ニュース番組で公開された顔写真が美男美女だったことも加算され、連日センセーショナルに報じられていたが、年が明けて二人の葬儀が行われた同日に、その指示役と見られる者の自殺と逮捕という幕切れを迎えた。一人は大力会若頭の篠原で、自分が事件を指示したという遺書を残して自殺した。そして実行犯を直接指示していたと見られる田岡が自首したことで、事件は一応の終息を迎えたと思われた。田岡から指示を受けたとされる実行犯も逮捕され、捜査本部は事件の検証に必要な最低限の人員を残して解散された。府警本部捜査一課からは涼宮班が、西天満署の強行犯係からは丸山班がその人員に当てられた。
事件の概要はこうだった。まず、フジケン興業が専務の宮本を中心に大力会から手を切って真っ当な企業として生まれ変わろうとしていたところ、それを良しとしない大力会が報復に出る。その希望の旗となっている宮本と、婚約者であり社長の娘である美伽の殺害だ。若頭の篠原が指示し、実行部隊を田岡が率いた。田岡はプロボクサーを引退して以来、大力会の裏の組織を率いる役目を担っており、そのことは大阪府警の組対四課などからは公然の秘密だったのだが、世間的にはあまり知られておらず、かつては獅子王のリングネームでチャンピオンの座まで登り詰めた田岡が逮捕されたことに世間は騒然とした。
またこの年始、与党議員である榎田とフジケン興業が大力会と繋がって利権を貪っていたことが週刊誌に暴かれ、事件は政治家も巻き込んだ一大スキャンダルとして今も連日世間を賑わせている。組対四課と西天満署暴力班係は大力会と野崎組の事務所を三が日が明けるのを待たずして家宅捜索したことが功を奏し、岩隈係長などはここ最近ホクホク顔だった。
だが………柳沢は面白くなかった。
「絶対おかしいっすよ!絹川萌未のバッグが現場に残された理由も有耶無耶にされてるし、実行犯として逮捕された連中だってろくに当日の行動確認もしないで起訴って、何か、取って付けたような感じやないっすか?あと美伽が宮本を後追い自殺したって、それも何か納得いかないっす!」
捜査本部の解散が告げられた後、周囲の耳も憚らずに不平を言う柳沢に、姫川係長の怒声が飛ぶ。
「なーにが納得いかへんねんな、ぺいぺいが偉そうに!そんなぶーたれる暇あんねやったら、遅れてる報告書はよ提出せんか!」
その怒られ方はまるで宿題を忘れた小学生が担任に叱られるようだった。
柳沢と丸山が中岡病院に着くと、先に到着していた涼宮班がロビーで出迎えてくれた。が、その顔は何かを訴えるように眉をひそめている。
「どうです?絹川とは面会出来ましたか?」
「いや、それはこれからなんですが、どうも絹川には記憶が無いらしいんです」
「記憶が?どういうことです?」
「ま、とりあえず病室まで案内します。実際に会ってみたら状況が分かるでしょう」
丸山と涼宮がそんなやり取りをし、病室に向かうその後ろを柳沢も付いていく。病室前に着くと、涼宮班の数人の捜査員が険しい顔で立っており、丸山たちを見るとご苦労様です、と声を揃えた。乳白色のスライドドアを開けるとそこは個室で、ベッド横の補助椅子に座っていた一人の若い女性が立って頭を下げた。ベッド上には薄いピンクの入院着を着た女性がリクライニングの背を起こし、じっとこちらに目を向けていた。化粧っ気の無い白い顔だったが、それがすぐに絹川萌未だと分かった。
「ええと、あなたは…?」
丸山が付き添いの女性に聞く。
「あ、三枝沙紀といいます。めぐみんとは新地の若名っていうクラブで働いていた時からのお友達です」
沙紀と名乗った女性は柔らかな雰囲気で、ふくよかな頬を緩めながら答えてくれた。丸山はそれを聞いて頷くと涼宮と目配せし、涼宮が絹川に向き合う。
「絹川萌未さんですね?私は大阪府警捜査一課の涼宮と言います」
絹川は足元に掛けていた掛け布団を口元まで手繰り寄せ、無言で班長を見つめている。その目には怯えたような色があった。沙紀が自分の座っていた折りたたみ式の椅子を涼宮に譲り、部屋の隅にあった背もたれのない丸椅子を二脚取って丸山と柳沢に勧めた。
「目線の上から話し掛けられると怖がるんで、どうぞ座って下さい」
どうも、と言って涼宮が座ると、ちょうど目線が絹川と同じになる。丸山も柳沢も涼宮の後ろに座り、成り行きを見守る。涼宮は怯えた目の絹川を前に何を言ったらいいか言葉を失ったようで、助けを求めるように沙紀の方を見た。
「めぐみん、幼児退行してるんです。先生がおっしゃるには小学校低学年くらいの精神年齢に戻ってるって…」
沙紀は申し訳なさそうに眉を潜めて説明した。仕方なく担当医に説明を求めたところ、ほぼ沙紀が言ったことが全てで、記憶を無くしたのは睡眠薬の過剰摂取によるオーバードーズを引き起こしたことが原因になっているということだった。何故過剰摂取するに至ったか、そして何故幼児退行を起こし、いつ回復するか、ということについては現状分からないと言う。今後の経過を見守っていくしかない、ということだった。
続いて涼宮が絹川の入院時の状況を聞くと、午前中に沙紀と一緒に病院に訪れたということだった。涼宮は改めて沙紀に聞く。
「入院した時の状況を教えていただけますか?」
「はい、今日の朝に男の人から電話があり、めぐみんを病院に連れて行って欲しいって頼まれました。で、指定された靭公園に行ってみると、めぐみんが一人でベンチにぽつんと座ってたんです。話し掛けると沙紀のことを覚えてなくて、それでこれはちょっと普通やないって思って、ここに連れて来ました。ここは総合病院ですし、沙紀の彼氏がここで働いてるのでここにしました」
沙紀は彼氏のくだりでちょっとはにかみながらも、淀みなくそう答えた。きっと他の捜査員からも何度も聞かれて言い慣れていたのだろう。
「その、電話をかけてきたという男性に心当たりは?履歴には残ってますか?」
涼宮がそう聞き、それもきっと何度もそうしているのだろう、沙紀は自分の携帯の着信記録を見せた。着信は公衆電話からで、聞き覚えの無い声だったらしい。そこで涼宮は頭を抱え、う~んと唸った。
それからも沙紀にいくつか質問したが、結局有力な情報は何も得られなかった。絹川と会った時にほとんど何も所持していなかったのだが、入院に必要な所持金だけは肩にかけていた小さなポシェットの中に入っていて、尋常じゃない事情を察した沙紀は彼氏の医者と相談して何とか入院の手続きをしたということだった。そういえば事件で押収した絹川のバッグの中に財布と保険証があったのを思い出し、後で何とかそれだけでも持って来てやろうと柳沢は思った。
「めぐみんは悪い人と違います。もしめぐみんに何かの疑いがあっても、絶対めぐみんは悪くないです。刑事さん、めぐみんを助けてあげて下さい」
沙紀の切実な訴えに、涼宮たちは曖昧な笑顔で返すしかなかった。
午後からは涼宮の指示で、靭公園周辺の聞き込みをした。絹川を連れて来て沙紀に電話をしたのが誰なのかを捜査したのだったが、年始初日の月曜の早朝ということもあり公園を訪れる者はほとんどいず、成果は得られなかった。夕方になり一旦署に戻り、コーヒーブレイクしている時に、涼宮が柳沢と丸山を前に眉根を寄せて何の進展もない状況を漏らした。
「結局、藤原美伽の宮本拓也に対する無理心中の線で落とすしかないのかもしらんな…」
その声が聞こえ、柳沢が眉を上げる。
「そんなんおかしいやないですか!そんなら絹川のバッグが車内にあったんはどう説明するんです?それに、宮本の手に握られてた椎原の名刺は?まだ不審な点が多すぎるでしょ?」
「ああ、俺も上にそこを突いたが取り合ってもらえなかった。どうも、萌未のバッグの存在を上は有耶無耶にしたいんかもしらんな」
「そんなアホな!」
柳沢の声が大部屋に響き、上座にいた姫野が柳沢をギロッと睨む。涼宮が口の前に人差し指を立て、声を落とすよう注意した。
「これは警備部の知り合いから内々で聞いたんやけどな、倉持検視官、どうやらクロやったらしい」
倉持検視官は出来島と思われる人物と一緒にいるところを丸山に目撃され、それをきっかけに内偵が入った。涼宮はその結果がクロ、すなわち、倉持が出来島とツルンでいたということが分かったと言ったのだ。
「それが公になれば、絹川の姉の志保が自殺と判断された件も調べ直さなければいけなくなる。ただでさえ世間は榎田議員とヤクザが繋がっていたことで沸いているからな、その上、警察の幹部もヤクザと繋がっていたとなると上層部は目も当てられないことになる。なのでそこは何とか掘り起こさないようにしたいんやろ」
そこまで聞き、また声を上げようとした柳沢の口を、涼宮は素早く塞いだ。
「そこで、や。実はな、さっき、椎原が北新地で勤めるクラブに出勤したっていう情報が入った。椎原なら何か情報を持ってるかもしらへん。俺も彼から直接事情を聞きたいが、捜査一課としては大っぴらに動きにくい。そこで、君と丸さんで何とか彼に接触して話を聞いてきてくれへんか?」
椎原……事件が起こった当初、彼も重要参考人として手配されていたが、行方が分からなくなっていた。なのに、事件が終息し、参考人として事情聴取する必要がなくなったタイミングで姿を現した…その行動は限りなく怪しく感じられた。
同時に柳沢は、涼宮の妹が自殺と判断され、苦い思いをしたという彼の昔話を思い出した。涼宮としても、そういった警察の隠蔽に憤りを感じるところなのだろう。
「分かりました!共に警察内部の闇を暴きましょう!」
柳沢は立ち上がり、シュパッと涼宮に手を差し出す。姫野が訝しんだ目を向ける中、涼宮は困った顔をしながらも取り敢えず柳沢に手を添えた。
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全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは「よろひこー」!
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
追伸
まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。
(。-人-。)
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