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Episode5
救い
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―ジャヌ…あなたはこの世界の…
「やめろ!」
その叫びに私の身体は反応し、目を大きく見開いた。
そこは温かな陽が差し込む部屋。手製の粗末な寝床の上に横になっていた。
状況が分からず周りを見回す。
「目が覚めた?」声のする方に目をやると、長い髪を後ろに束ね、半袖にショートパンツを履いた女が水気を帯びたタオルを絞りながらこちらの様子を伺っている。
「ここは…?」力の抜けた声で女に尋ねる。
絞ったタオルを丁寧に畳みながら私に近付き私の額にそれを乗せると、近くにある丸椅子に腰をかけ、呆れた様子で私に話した。
「あなたが倒れていたから連れてきたのよ。あんなところに放置していたらあなた今頃死んでた」
彼女が何者なのかは気にしなかった。それよりも、麦の焼ける、鼻を誘惑する美味しそうな香りに気を取られた。
「ちょっと、聞いてるの?」女がむすっとする。
テーブルに上に置かれた、湯気が立っている焼きたてのパンに目を奪われる。女の声など私には聞こえていなかった。倒れる前までは空腹など感じられなかったが、今は空になった胃を満たしたくて仕方がなかった。
「ちょっと!」声を張り上げ私に怒鳴る。
私はハッと我に帰り女の顔を見る。「ごめん」
女は呆れたように息を漏らす。「あなた、名前は?私はカトリーネ、カトリーネ・オリアン」
「俺はマレウス」私はとっさに言った。
「マレウス、なぜあんな所に倒れていたの?」カトリーネの問いに私は答えようとしたが、自然とテーブルの方へ視線を逸らす。
カトリーネは私の視線を追いかけると、立ち上がりテーブルからこんがり焼けたパンを手に取り私に差し出した。
「お腹が空いてるなら早く言ってよ。食べて」
パンを受け取り、口にほおばる。口いっぱいに広がる麦の香ばしい香り、カリカリの表面にモチモチの生地。私はこの世界で始めて幸福感に包まれた。
「それで、なにか覚えている?」
口に詰め込んだパンを飲み込み、口を開く。「城から出ると、頭痛がしてその場に倒れた」
「…あなた大丈夫?」心配そうに見つめる薄い青色の瞳に、私は戸惑う。
「だから城から…」言葉を繰り返す。
カトリーネは言葉を遮り言う。
「城なんてこの辺には無いよ」その言葉に私はすかさず反論した。
「大きな古城が、あったはずだ。俺はその前で倒れたんだ」
「いいえ、あなたは何もない平地で倒れていたのよ」カトリーネの言葉を信じられなかった。
確かにあの時、私は城を見つけ、城内
ジャヌと謎の女に会った。それははっきりと覚えている。私はそれらをカトリーネに伝えた。
しかし、私の言葉に疑念を持っているのか、カトリーネの顔は曇る。
どうしたら信じ得てもらえるのか、口を閉ざす私にカトリーネは疑いの目を向ける。
「…地図」城内で手に入れた地図の事を思い出し、ポケットから乱暴に取り出しそれを広げた。
「これ…何処で見つけたの」カトリーネはシワだらけの地図に興味を示した。
私はもう一度この地図を手に入れるまでの経緯を話した。
「城の事は信じられないけど、ここでは地図は貴重品よ。それも、こんなに広域な地図なんてなかなか手に入らないわ」
現実では当たり前のように流通している地図がそれほど貴重な物だとは思ってもいなかった。なぜ、地図がここでは貴重なのか私は尋ねた。
「地図なんて、普通の人には必要のない物だし、そもそも誰が作っているかも分からない。地図は貴重な物だと、母にも聞かされて育ったから」
漠然とした答えに私はいまいち理解が出来なかった。地図なんて誰でも見れて、容易く手に入れられる現実とどうしても比べてしまう。
「…この世界は本当に分からない事ばかりだ」
「え?」カトリーネは私の言葉を聞き眉間にしわを寄せた。
カトリーネに私自身に起きている事実を伝えるべきか、迷っていた。悪い人間では無いと分かっているものの、やはり出会って間もない人間に事実を話すのには抵抗があった。
「いや…」私は口を噤んだ。
「訳ありか…。無理には聞かないけど、秘密を抱えながら生きるのは辛いよ。って、誰にでも秘密はあるか」カトリーネはそう言うと腰を上げた。
「少し、出かけてくるね。ここは好きに使って。どうせ誰も来ないし、私ひとりしかいないから」カトリーネが出て行くのをただ黙って見ていたが、倒れていた見ず知らずの私を助けてくれたカトリーネに、負い目を感じた私はカトリーネの後を急いで追った。
「カトリーネ!」私の声に驚いたように振り返る。
「俺に、何か出来ることがあったら、手伝うよ」
「じゃあ、一緒に来て」
早足で進むカトリーネの後を追い、生い茂る林へと歩を進める。道中に会話は無かった。
「よし。薪にする材木が欲しいの。これで切ってくれる?」そう言うと小ぶりの片手斧を差し出した。
それを手に取り、辺りに倒れている木に振り下ろす。黙々と腕を動かす私に向かい、カトリーネは口を開く。
「あなた、生まれはどこ?」
その問いに私は腕を止め答えた。「俺は…この世界の人間じゃないんだ」
その答えにカトリーネは再び眉間にしわを寄せた。
「ここの人間じゃない?どういうこと?」
私は、カトリーネに全てを話した。
この世界は私の夢であり、この世界に存在しているかも分からない事、現実と夢を行き来きし、現実では起こりえない体験をしている事、これら全ては私の過去で記憶の世界なのかもしれない事をありのままに伝えた。
到底信じられるような話ではない。しかし、カトリーネはそれに反論することもなく静かに私の話を聞いていた。
「つまり、この世界は本当はあなたの夢で、存在すら疑わしい、そういうこと?」
その言葉に私は首を縦に振った。
「どんな話でも大抵の事は受け入れるでも、この世界があなたの夢だなんて、ちょっとね…」
確かにその通りだ。この世界に生き、生活し、終わりを迎える者にとってはこれこそが現実なのだから。私と何ら代わりはないのだ。
カトリーネは青々とした大空を見つめ、静かに言った。
―その話がもしも本当だったら、私たち…この世界の人たちは全て、偽りの創造物よ…。
「やめろ!」
その叫びに私の身体は反応し、目を大きく見開いた。
そこは温かな陽が差し込む部屋。手製の粗末な寝床の上に横になっていた。
状況が分からず周りを見回す。
「目が覚めた?」声のする方に目をやると、長い髪を後ろに束ね、半袖にショートパンツを履いた女が水気を帯びたタオルを絞りながらこちらの様子を伺っている。
「ここは…?」力の抜けた声で女に尋ねる。
絞ったタオルを丁寧に畳みながら私に近付き私の額にそれを乗せると、近くにある丸椅子に腰をかけ、呆れた様子で私に話した。
「あなたが倒れていたから連れてきたのよ。あんなところに放置していたらあなた今頃死んでた」
彼女が何者なのかは気にしなかった。それよりも、麦の焼ける、鼻を誘惑する美味しそうな香りに気を取られた。
「ちょっと、聞いてるの?」女がむすっとする。
テーブルに上に置かれた、湯気が立っている焼きたてのパンに目を奪われる。女の声など私には聞こえていなかった。倒れる前までは空腹など感じられなかったが、今は空になった胃を満たしたくて仕方がなかった。
「ちょっと!」声を張り上げ私に怒鳴る。
私はハッと我に帰り女の顔を見る。「ごめん」
女は呆れたように息を漏らす。「あなた、名前は?私はカトリーネ、カトリーネ・オリアン」
「俺はマレウス」私はとっさに言った。
「マレウス、なぜあんな所に倒れていたの?」カトリーネの問いに私は答えようとしたが、自然とテーブルの方へ視線を逸らす。
カトリーネは私の視線を追いかけると、立ち上がりテーブルからこんがり焼けたパンを手に取り私に差し出した。
「お腹が空いてるなら早く言ってよ。食べて」
パンを受け取り、口にほおばる。口いっぱいに広がる麦の香ばしい香り、カリカリの表面にモチモチの生地。私はこの世界で始めて幸福感に包まれた。
「それで、なにか覚えている?」
口に詰め込んだパンを飲み込み、口を開く。「城から出ると、頭痛がしてその場に倒れた」
「…あなた大丈夫?」心配そうに見つめる薄い青色の瞳に、私は戸惑う。
「だから城から…」言葉を繰り返す。
カトリーネは言葉を遮り言う。
「城なんてこの辺には無いよ」その言葉に私はすかさず反論した。
「大きな古城が、あったはずだ。俺はその前で倒れたんだ」
「いいえ、あなたは何もない平地で倒れていたのよ」カトリーネの言葉を信じられなかった。
確かにあの時、私は城を見つけ、城内
ジャヌと謎の女に会った。それははっきりと覚えている。私はそれらをカトリーネに伝えた。
しかし、私の言葉に疑念を持っているのか、カトリーネの顔は曇る。
どうしたら信じ得てもらえるのか、口を閉ざす私にカトリーネは疑いの目を向ける。
「…地図」城内で手に入れた地図の事を思い出し、ポケットから乱暴に取り出しそれを広げた。
「これ…何処で見つけたの」カトリーネはシワだらけの地図に興味を示した。
私はもう一度この地図を手に入れるまでの経緯を話した。
「城の事は信じられないけど、ここでは地図は貴重品よ。それも、こんなに広域な地図なんてなかなか手に入らないわ」
現実では当たり前のように流通している地図がそれほど貴重な物だとは思ってもいなかった。なぜ、地図がここでは貴重なのか私は尋ねた。
「地図なんて、普通の人には必要のない物だし、そもそも誰が作っているかも分からない。地図は貴重な物だと、母にも聞かされて育ったから」
漠然とした答えに私はいまいち理解が出来なかった。地図なんて誰でも見れて、容易く手に入れられる現実とどうしても比べてしまう。
「…この世界は本当に分からない事ばかりだ」
「え?」カトリーネは私の言葉を聞き眉間にしわを寄せた。
カトリーネに私自身に起きている事実を伝えるべきか、迷っていた。悪い人間では無いと分かっているものの、やはり出会って間もない人間に事実を話すのには抵抗があった。
「いや…」私は口を噤んだ。
「訳ありか…。無理には聞かないけど、秘密を抱えながら生きるのは辛いよ。って、誰にでも秘密はあるか」カトリーネはそう言うと腰を上げた。
「少し、出かけてくるね。ここは好きに使って。どうせ誰も来ないし、私ひとりしかいないから」カトリーネが出て行くのをただ黙って見ていたが、倒れていた見ず知らずの私を助けてくれたカトリーネに、負い目を感じた私はカトリーネの後を急いで追った。
「カトリーネ!」私の声に驚いたように振り返る。
「俺に、何か出来ることがあったら、手伝うよ」
「じゃあ、一緒に来て」
早足で進むカトリーネの後を追い、生い茂る林へと歩を進める。道中に会話は無かった。
「よし。薪にする材木が欲しいの。これで切ってくれる?」そう言うと小ぶりの片手斧を差し出した。
それを手に取り、辺りに倒れている木に振り下ろす。黙々と腕を動かす私に向かい、カトリーネは口を開く。
「あなた、生まれはどこ?」
その問いに私は腕を止め答えた。「俺は…この世界の人間じゃないんだ」
その答えにカトリーネは再び眉間にしわを寄せた。
「ここの人間じゃない?どういうこと?」
私は、カトリーネに全てを話した。
この世界は私の夢であり、この世界に存在しているかも分からない事、現実と夢を行き来きし、現実では起こりえない体験をしている事、これら全ては私の過去で記憶の世界なのかもしれない事をありのままに伝えた。
到底信じられるような話ではない。しかし、カトリーネはそれに反論することもなく静かに私の話を聞いていた。
「つまり、この世界は本当はあなたの夢で、存在すら疑わしい、そういうこと?」
その言葉に私は首を縦に振った。
「どんな話でも大抵の事は受け入れるでも、この世界があなたの夢だなんて、ちょっとね…」
確かにその通りだ。この世界に生き、生活し、終わりを迎える者にとってはこれこそが現実なのだから。私と何ら代わりはないのだ。
カトリーネは青々とした大空を見つめ、静かに言った。
―その話がもしも本当だったら、私たち…この世界の人たちは全て、偽りの創造物よ…。
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