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箱と触手

焼却炉にて・2

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「うちのボスの『魔族と仲良しになりたい』信条なめんなよ?
採用されてる人員は、魔族に敵意を持ってないことが最低条件だし、そこは所長が最終面接で直々に見極めてる。
上から魔族の能力のデータ提出を求められてるとはいえ、本人達の同意無しで変な実験やテストなんてやるわけないだろ」

まあ、例外はあるけどな。

小さく付け足された補足に社会の闇をかぎとりつつ、誰に言われたんだよという質問に正直に答える。

「テンタクルです」
「あー……あぁ……」

これこれこうこう言われまして、と詳細に話してみれば、芳しくないお返事。
煙草から口を放し、ひねり出された声は納得と苦悩の半々が混ざっていた。
どうやら早速例外が発生したらしい。

「あいつ、下半身が触手だろ」
「そうですね」
「あれ、ほんとだったら全身人の形に化けられるんだとさ」

『あいつら、一番役に立たない奴を選んで押しつけてるのよ』

凪いだ瞳が語った真意の一端が、言いづらそうな先輩の口から語られる。

「全員そうだってわけじゃないが、うちに来る魔族達は『人質』の役割も兼ねてる。
魔族の代表を一人差し出す代わりに、人間も向こうへ危害を加えないっていう、いわゆる安全のための担保だな」

逆に言えば、人質をぞんざいに扱えば戦争勃発への火種となり得る、ということだ。
双方共に、というか交流会館や所長にとってそれは避けたい未来であることは間違いない。

「テンタクルはこっちが代表を殺さないのを分かってて、厄介払いしたパターンだろう」

煙草のフィルターを噛み潰す先輩の向こう側で、焼却炉の内側がことことと音を立てていた。
いらないごみなので、燃やしてなかったことにする。
それを軽々しくできるのは、対象が意思を持たぬ物だからである。

「あとは、まあ……毒持ちだろ、テンタクルって種族は。
多少の注意喚起はされたろうな。
洞窟暮らしの3-A区画が自発的に出たがらない奴らばかりだからって、『出ない』と『出られない』は大違いだ」

仲間であるはずの同種族によって押し込められた小さな部屋の中で、鍵は掛かっておらずとも出れば良い顔はされないと分かっている。
見えない壁が貼られているような扉の向こうを、テンタクルはどんな思いで眺めていたのだろう。

「あー……うん、とにかく言われたことはそんなに気にするな。
一種族の事情に深く関わりすぎると身がもたねえし、そもそもまだ仕事を覚えていない今のおまえにできることはない」

マニュアルを収容区画に持ち込むな、バカ野郎。
丸めてベルトへ挟んだままの紙束を指差され、再びマッピーの目が泳ぐ。
違いますし、他に私に任された仕事は覚えてますし、としどろもどろに呟いた言い訳は、焼却が完了したという機械音によってかきけされた。

これ幸い、と説教の続きそうだった口から顔を背け、焼却炉の扉へと飛び付いた。
取手を掴んでロックを解除し、煤けた鉄色の扉を開く。
いまだ残るむわりとした熱気に顔をしかめながら中を覗き込めば、燃え残りはなかった。
問題なく次の廃棄物を投入できそうだ。

「あっ」

と、ここでマッピーは焼却炉の投入口よりもマットレスのサイズが大きいことに気づいた。
喋っている間に分割しておけばよかった、と嘆くももう遅い。
逃げたはずの後ろからは、説教の代わりにバカめ、という笑い声がマッピーの鼓膜を叩いていったのであった。
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