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花と触手

その後、食堂にて

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「のう、トレントの嬢ちゃんや」
「なあに~、インキュバスのおじいちゃん」

あくる日、共有スペースでいつもの通り食事を楽しんでいた二人が言葉を交わす。

「あの時言いわすれてたんじゃがの、ミミックとテンタクルの嬢ちゃんは別に恋人ではないと思うぞ。
というか、あのぼうやはそもそも花言葉を知らんじゃろ」
「え?! やだ、あたしったらとんでもない勘違いを!」

気づいてたなら言ってくれたらよかったのに~! と頬を膨らますトレントへ謝り倒しのインキュバスだったが、当時の彼は笑いすぎて引き付けを起こしていたため伝達は不可能だったことだろう。
今も思い出しては腹筋を鍛えている初老の紳士は、端から見れば異様であった。

「しかしまあ、勘違いも仕方なかろ。まさかあんなどセクハラなチョイスするとは!」
「うーん、あたしはテンタクルの生態とかよく知らないんだけど~……」
「……まあ、今にして思えば悪いことしたなとは思っとる」

二人は沈痛な面持ちで共有スペースを見渡す。
多種多様な魔族が行き交うこの場所に、件の外の世界に憧れる青年は、いない。

「まさか一週間も姿を見せないなんて……」
「絞り尽くされたかの」

方法は違えど、ジャンルの似通った生態であるインキュバスはぼかした表現で十字を切る。
あれ? あなたがそれやっちゃっていいの? とトレントは疑問に思ったが、ともあれ今の自分達にできることはないので彼女なりの方法で冥福を祈った。
友よ、安らかに。

『死んでないよ!』と元気に叫ぶ青年が見られるのは、まだ当分先のことである。



個体差はあれど、魔族は己の生態にプライドを持っている。
その根幹にうかつに触れれば、痛い目を見るのだ。


《おわり》
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