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第一章
その5
しおりを挟む「小説家を目指しているので有れば、いいセンをいってると思うが、そうでないなら今すぐ家に帰って寝ろ。」
冷たく吐き捨てる俺の言葉に、ガーン、と言う効果音が見えそうなほどエマは落ち込んだ顔で項垂れた。
………当たり前だ、異世界から来た、などと言う荒唐無稽な話を誰が信じられようか……。
「で、でもでも、だって、多分そうですって!私のいた国では竜なんていなかったですし……。」
「………東方大陸にも竜はいない。」
「えっ、じゃあ、東方大陸がニホン……なんですか?私が知らないだけで竜ってチキュウ上に存在するの……?」
「…………知るか!」
………こいつと話していると頭が痛くなってくる。
苛立ちを抑えるために机の上の煙草の缶に手を伸ばした。片手で缶の蓋を開けるとマッチを擦って……。
キラキラと輝く瞳で俺を見つめるエマに気がついた。
「…………何だ?」
「いや、オスカーさん、めっちゃカッコいい……と思って……。なんていうか……大人の色気?がヤバいですね…!」
………お前の頭の方がヤバい。きゃはーとはしゃぐエマに薄ら寒いものを感じてしまう。
何だこの娘は。緊張感というものを母親の胎の中に忘れて産まれたのか……?いま自分が密輸の疑いをかけられているというのに緊張感がまるでない……。
駄目だ。おそらくこの脳内花畑娘は本当に、こちらの大陸に娼婦として売られた『忌鬼』の姉が幸せに嫁いで行ったと信じ込んでいるのだろう。そして……姉への結婚祝いだ、と真珠の宝飾品を渡され何も知らないまま運び屋を……。
「とにかくここがモーントブルグなら私はお姉ちゃんに会って、プレゼントを渡して……それからニホンに帰らないと…。」
貧乏暇なし、明日も明後日もバイトはあるんですからね!と訳の分からない言葉を言ったエマは颯爽と立ち上がると……。
「ご飯ご馳走様でした!お姉ちゃんと会ったら必ずご飯代はお返しします!スマホの番号書いておくので何かあったらここに連絡………。」
「………ちょっと待て、何をしれっと逃げようとしているんだ。」
テーブルの上のメモに齧り付いてペンで何やら描き始めたエマの顔の横に、ドンと強く手をついた。
「ひゃうっ⁉︎に、逃げようとなんてしてないですってば……!」
「………真珠は質草として俺が預かっておく。……先に姉に連絡を取れ。取る方法があるんだろう?」
「えっと……スマホの充電は……まだか……、やっぱ電池式の充電器はパワー弱いよね……。うー、じゃあ……」
困り顔のエマははっと思い出したように声を上げた。
「お見合い相手の人!そうだ、私のお見合い相手の人ならお姉ちゃんと連絡が取れるはず……!もう一度教会に行けばもしかしてお見合い相手の人が待ってるかも……!」
どこまでも希望を失わないその姿に……何故だか苛立ちを覚えてしまう。……何故そうも明るくいられる、お前は何故………。
『呪われた子……!お前など産まれてこなければよかったのに………!』
己が生まれを呪わない。なぜ、己だけが不幸なのだと………全てを、呪って……。
息が続かないほど胸が苦しい。まるでいきなり酸素のない世界に放り出されたように……。
「オスカーさん……オスカーさん?」
縋るようなチョコレート色の瞳に俺の姿が映る。……やめろ、そんなに……眩しい瞳で俺を……見るな。
「………いいだろう。本当にそんなものがいればそいつに説明してもらおうことにする。……連れてこい。」
◇ ◇ ◇ ◇
『………すみません、教会まで案内……お願いできますか。』
啖呵を切ったものの……なんとも情けなく、オスカーさんに案内してもらいながら教会までの道をとぼとぼと歩いた。
「へぷしゅ!」
今は夏のはずなのに酷く肌寒くて、半袖から剥き出しの二の腕を摩りながら歩いていると、頭にばさりと黒い布がかけられた。それは、オスカーさんが羽織っていた防寒用のマントで……。
「…………。」
私のことをちらりと一瞥しただけで、何も言わずにスタスタと前を歩き始めた。……着ていい、ってこと……なのかな……?
自然と自分の口角が上がって……、深緑色のベストを着た真っ直ぐ伸びた綺麗な背中を見ていると、やっぱりオスカーさんがお見合い相手だったらいいのに、なんて……思ってしまった。
「………お前は姉の結婚相手に会ったことがあるのか?」
唐突にそう尋ねられて、ビクンと身体が跳ねた。お姉ちゃんの旦那さん……直接会ったことはなくて、スマホのビデオ通話でしか姿を見たことは無いけれど、ヴォルグさん、という名前の軍人さんで……。
そうだ!お義兄さん‼︎お義兄さんなら私の無実を証明してくれるんじゃ……‼︎
あれ、でもモーントブルグが本当に真珠の輸入禁止なら…私は有罪になっちゃう訳で……犯罪者の身内がいるってことになったらまずいんじゃない……?お義兄さん公務員……だし……。
確か警察官……みたいな仕事しているってお姉ちゃんが言っていたような気が……。
『ヴォルグさん、出世したんだー。』と嬉しそうに報告していたお姉ちゃんの笑顔を思い出して言葉を飲み込んだ。やっぱり、お義兄さんのことは言えない………。
……そもそも、オスカーさんこそ何者なんだろう。さっきから取り調べみたいに質問ばっかり……。
「ちょ、直接会ったことはないけど……王子様みたいにかっこいいし、お姉ちゃんに『一目惚れした』って……。」
オスカーさんは足を止めないまま、首だけを後ろに振り向いて、ハッと馬鹿にしたような皮肉めいた笑い声を上げた。
「お前の姉も脳内花畑女か。どうしてお前の姉が幸せに暮らしていると断言できる?相手の男に会ったこともないのに……。お前の姉はおそらく拐かしにあったのだろうよ。」
「なっ、そんなことないですっ!お義兄さん優しそうな人だったし……。自慢じゃないけど、うちのお姉ちゃんは貧乏だし、容姿だって十人並だから騙す価値もありませんっっ‼︎」
「………本当に自慢にならんな。」
呆れたように笑い声を上げたオスカーさんは少しだけ欠けた夜空の月を見上げると………。
「………女は女であるというだけで金になるし、悪魔は大抵美しい顔をしているものだ。」と呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
月明かりの下、明かりの消えた教会の前につくと………黒髪の東洋大陸風の顔立ちで白い襟付きシャツにベージュの作業着のようなズボンを履いた男がポツンと壁にもたれかかるようにして立っていた。
「あっ、あの人!あの人がお見合い相手かも………!」
はしゃいだ声を上げたエマに、よくこうも楽天的にものが考えられるなと一周回って感心した。……どこまでコイツが人を信じていられるか見ものだな。我ながら人が悪いとは思うが……捻くれていないと……眩しすぎる場所では俺は生きていけない。
「あ、あの……もしかしてお見合い相手の方ですか?」
………チッ、あの馬鹿‼︎物思いに耽った一瞬の隙に、手綱から離れた犬のようにエマは黒髪の男に話しかけにいってしまった。……こういう場合は相手の出方を伺うのが定石だろうが……。
顔を上げた黒髪の男はふにゃっとした柔和な笑みを浮かべると……。
「ん……?あ、そうそう、そうだよ。君、名前は確か……」
「エマです!」
近づいていってエマの後頭部を思い切りはたいてやりたくなったのをなんとか耐えた。……自分から名乗る奴がいるか!
俺は話が聞こえる距離で物陰に隠れ、しばらく二人の様子を伺うことにした。
「そう、エマちゃん!君、確か家族がいるよね?」
「あ、はい、お姉ちゃんが……」
「お姉さん!やっぱり!君のお姉さんが君のことを探しているんだ……僕に付いてきてよ。」
「分かりました!」
…………おいおいおい。
同僚のフィデリオの五歳の娘・ケイトだってもう少し賢くて危機感をもっている筈だ。
男のやり口は、どうとでも取れる質問を繰り返し、相手に語らせて情報を引き出して目的地に誘導する典型的な詐欺師の手法………。
こんなものにいともたやすく引っ掛かるとは……男の方も拍子抜けたような表情をした後、薄く嫌な笑顔を浮かべている。
すぐに止めに行くべきかと思ったが、あの馬鹿娘は一度痛い目を見た方がいいのでは、という気もしてきた。しかし……。
「あ、あの……お姉ちゃん、元気にしてますか?」
「うん、元気だよ。」
「そっか………よかったぁ………!」
コイツは、この阿呆はここに至っても、能天気な笑顔を浮かべてまだ、人を疑わず信じ続けている。
心から安堵したその表情は……姉への愛情に満ち溢れたその笑顔は……………クソっ!
拳を握りしめて、前をはだけたベストを初夏にしては驚くほど冷たいバウシュタインの風に遊ばせながら、つかつかと二人に近づいた。
「………それ、に手を出すな。そいつは俺が貰う。」
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