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六章 チャリックの殺人鬼編

52話 エンゲージ

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 俺はチャリック国立図書館に足を運んだわけだけど、めちゃくちゃ広い。
 この街で最も大きな建物のこの図書館は王国内でトップの古書の保管量を誇っている。
 天井まで並べられた本の山。
 俺は読書というものに興味がないが好きな人がくれば発狂するレベルだと分かる。
 しかし、人は全くいない。
 一般開放はされておらず、ある程度の信用がなければ立ち入ることが許されていない。
 この図書館の役割はあくまでも保管なのだそうだ。

 大量の本に圧倒されながら歩いていると、静けさの中、本をめくる音が聞こえてくる。
 その音を辿っていくと、一人の銀色長髪の男性が椅子に座り分厚い本を読んでいた。

 声をかけるのはマナー違反だとは思うが今のところ目の前の男性以外に人がいる気配は感じない。
「何かご用でしょうか?」
 男性は本を閉じて俺が話しかける前に問いかけてきた。
「市長がこちらにいると伺ってきたもので……」
 男性は俺の全身を値踏みするように観察している。
「呼ぶので少しお待ち下さい」
 そういうと男性はアイテムボックスから一枚の紙を取り出した。
 紙に魔法陣が浮かび一人でに飛んでいって部屋を出ていく。

「僕の名前はリブロ、よろしく」
「初めまして、クロツキです」
「ここで僕が本を読んでるのが不思議そうですね」
 この男性はプレイヤーだ。確かにどうして本を読んでいるのか気になったのは事実だった。

「半分は趣味、ここにある本……いえ、このゲーム内にある本で僕の知る限り、リアルにある本は一冊たりともないんですよ。これらの全てがオリジナル作品ということになります。単純に読んでいて面白いですよ」
「なるほど……もう半分は何ですか?」
「まぁ、こっちも趣味みたいなもんですが、職業の中には本を読むと経験値やスキルが手に入るものもあるんですよ」
 リブロはそういった職業ということか。

「大変お待たせしてすみませんでした。詳しい話はこちらの部屋でしましょう。リブロさんありがとうございました」
「いえいえ、僕も面白いものが見れたので良かったですよ、それにこれからも面白くなりそうですし」

 ドタバタと走ってきた男性が市長らしく、モリアーティというらしい。
「この度はお越しいただき本当にありがとうございます。今この街では謎の殺人鬼Xが娼婦ばかりを狙う事件が起きていまして、すでに被害者の数は50人を超えているんです……」

 日が沈み、チャリックはその顔を夜の街へと変える。
 図書館からの帰り道、俺は宿へと向かう。
 市長が宿を手配してくれたようでありがたい。
 ありがたいけど、場所が娼館が多く立ち並ぶ通りなんだよな。
 まぁ、事件が起きてるのがこの辺なのだからその近くにいるのは間違ってはいないけど、何度女性に声をかけられたか。

 これが二つの顔を持つ街か……
 その名の通り、全く別物の雰囲気だな。
 警備隊も夜の巡回に人数を割いていて、結構な数の警備隊が夜の街を歩いている。
 そして、随分と苛立っているように見える。
 それもそのはずでこれだけの事件で手がかりを何一つ掴めず、その上現場で何度も気絶させられている姿を街の人間に目撃されている。
 役立たずのレッテルを貼られているのだ。

「キャァァァァァァァ」
 女性の悲鳴が街に響く。
 現場に向かうと首を切られた女性と気を失っている警備隊の数人。

 死角からの攻撃!?
 赤竜氷牙アグスルトで攻撃を受け止める。
 レイド戦で手に入れた新たなナイフは真っ赤な刀身を覆うように氷が覆っていた。
 攻撃力は低いが攻撃を受け止めた際に相手の攻撃力を減少させる能力を持っているので守りにはうってつけのナイフ。

 ほぼ完璧に攻撃をいなしたが、相手は特に驚いた顔も見せない。
 中性的な顔立ち、両手には小ぶりなナイフを持っている。
 気配の消し方を見ても同系統の職業。
 俺は禍々しいオーラを放つ、睨眼髑髏げいがんどくろの仮面をかぶり戦闘態勢に入った。

「……」
 無言で襲ってくるそいつは俺と同等の速さ。
 いや、俺の方が若干速いが、空中を自由に蹴って立体的な移動をしている。
 影踏みのような装備の可能性もあるが連発できるものなのか。
「……っ!?」
 攻撃を避けたはずなのに腕が僅かに斬れた。
 なるほど、糸を張り巡らしているのか。

 よーく見ると、あちらこちらに糸が張っている。
 自分も使ったことがある手なのに完全に忘れていた。
 この糸を足場に自由に飛び回っていたのか。

 ディー、頼む。
 闇槍ダークランスで攻撃するが簡単に回避される。
 しかし、狙いは本体ではなく糸のほうだ。
 ナイフとナイフがぶつかり合う。

 ぶつかった瞬間にそいつはナイフを手放した。
 だが、次の瞬間にはナイフを持ってないはずの右腕にナイフが握られて襲ってくる。
 後方へ回避すると、ナイフが飛んでくる。
 弾いた間に背後に回られて首元を狙ってくるところをディーの闇槍ダークランスで反撃。
 これも避けられる。

 使っているスキルは暗器術のそれで、技術では向こうに分があるな。
 なんとも参考になる手筋だがそんなことを言っている余裕もないか。
 息もつかせぬ攻撃の嵐。

 乱刀・斬……は後方への移動で見事に避けられた。
 確かに無数の斬撃は面での攻撃を可能とするが、射程距離はナイフと同じなので高速で後ろへ跳ばれれば簡単に回避される。
 俺も同じ方法で回避するだろう。
 同じ理由で乱刀・突もこの相手を捉えることはできない。

 あぁ、なんともやりづらい相手だ。
 今までは防御力の高い相手を突破するために色々と考えてきたが、こういうタイプは意外と相手にしたことがなかったな。

 戦闘しながら悩んでいると警備隊の援軍が到着したようで、それを見て目の前の相手は影に溶けるように消えた。

 現場に残されたのは殺害された女性、倒れた警備隊、そしてほぼ無傷で立っている俺。
 これはちょっとまずいかもしれない。

「とうとう姿を捉えたぞ怪しい奴め。さっきの逃げた奴もお前の仲間か?」
 警備隊との顔合わせは後日になっている。
 うーん、捕まってから事情を話してもいいんだけど、興奮状態で捕まるとボコボコにされそうなんだよな。
 悪いけどここは逃げるが勝ちだな。
 市長にはあとで連絡を入れて謝るしかないよな。

 俺はその場から高速で撤退した。
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