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六章 チャリックの殺人鬼編

57話 悪食

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 隊長は腕を負傷している。
 こちらは追わなければいけないのに三人を守りながらではそうもいかない。
 バロンの話からして副隊長達にはもう時間がない。
 かといって無理に攻めても先程のように状況を悪化させるだけ。

「微力ながらご協力します。悪魔封じの呪禁」
 市長の手で魔導書が開かれて詠唱が始まると悪魔達の動きが鈍くなる。
 なぜ市長がそんな魔法を使えるのかは置いておいて今がチャンス。
 三人で一体ずつを攻撃する。
 回復能力はあるが明らかに遅くなっている。
 攻撃を与えるたびにその速度は遅くなっていき、最後には回復しきれず灰になって崩れていく。

「市長……どういうことですか? あなたが戦えるなんて聞いたことがない」
 隊長が問いかける。側にいたハリントンとヘンリーも怪訝な表情を浮かべる。

「今はそんな状況ではないでしょう。早く追いかけてください」
 腑に落ちてはないが、隊長もそんな問答をしている時間はないと分かっている。
「分かりました追います。クロツキ殿、ジャック殿行きましょう」
 俺たちはバロンのあとを追う。

「君、二人を安全なところに」
「市長はどうなされるんですか?」
「私はまだやることがあるのでね。住民にも避難警報を出しておいてくれ」
「分かりました」
 市長は秘書にハリントンとヘンリーを連れていかせる。
 二人も何が起きているか理解できずにとりあえず秘書についていく。

 市長は一人残り、崩れさって床に落ちた灰を眺めながら口を開く。
「いつまで死んだフリをしているんだね」
「気づいていたのか?」
 灰から声が聞こえて悪魔の形に戻っていく。
「人間にしては勘がいいのか」
「気づいていたのならなぜ何も手を打たないんだ?」
「そもそも、先程の悪魔封じの呪禁は本物だった」
「なぜお前が扱える?」
「しかも我々の力を抑えるほどのものだ」
「あの程度で我々を抑えれたと思われるのは心外だ」
 三体の悪魔は口早に言葉を紡ぐ。

「そろそろ行動に移そう」
「復活されたあの方への貢ぎ物を集めなければ」
「手始めにこの老いぼれを殺そう」
「老いぼれとはいえ呪禁を使えるのだから貢ぎ物にはいいかもしれない」

「おかしい……体が元に戻らない」
「また悪魔封じの呪禁をかけられているのか?」
「否、かけられた形跡は見られない。しかし力が吸い取られている」
「……!?」
 三体の悪魔は後ろを振り向く。

「キヒヒヒヒヒヒヒ、お初にお目にかかります。我が同胞達よ」
「何者だ?」
「悪魔だな、だが気配をそれほど感じないぞ。下級悪魔か?」
「どうやらこいつが我々から力を吸い取っているようだ」
「なんの問題もない」
「我々に楯突くとはいい度胸だ」

「イヴァヤ、時間がない。手っ取り早く済ませてください」
「キヒヒヒヒヒヒヒ、了解しました」

「イヴァヤ!? 聞いたことがある。イヴァヤルトリ、裏切りの悪魔の一柱」
「悪魔からも忌み嫌われている名前だ」
「本物なのか?」
「気配は感じない。本物だったとしても我々には関係ない」
「太古に少し名を馳せた程度だろう」
「今の悪魔のレベルはお前たちが裏切った時とは比べものにならないほど上がっている」
「キヒヒヒヒヒ、ちょうど三体で良かったですよ」

 悪魔たちの指が伸びてイヴァヤに襲いかかる。
 しかし、体に当たる直前に悪魔の指が消え去る。
「……!?」
「何をした?」
「よこ……」
 悪魔の一体がすぐ横に気配を感じ取りそっちを向いた時には頭が消えていた。
 そしてクロツキ達がつけた傷とは違い回復する気配がない。

「これは……これが忌み嫌われるその力」
「悪魔から見ても嫌悪を感じる」
「キヒヒヒヒヒヒヒ、申し訳ありません。少々はしたないですがご勘弁を」
 顔を消された悪魔は膝から倒れて地面に伏していたところをあるものに食い散らかされている。

 それはイヴァヤの尻尾。
 尻尾に幾つかの口がついていて、それらが悪魔を喰らい尽くす。
 灰すら残らず綺麗に悪魔の一体は存在を消した。

「ここまでの力の差があるとは……」
「これではあのお方に匹敵する可能性も……」
「あなた方のいう、あのお方とはラフェグのことでしょうか?」
「気安くあのお方の名前を呼ぶとは」
「万死に値する」
「そう言われても今のあなた方では説得力に欠けますね」
 悪魔の二体は既に体の半分以上が喰われていた。
 イヴァヤの本当の姿に翼はない。いや、あるにはあるのだが今はしまっている。それに翼といえば空を飛ぶためのものだがイヴァヤのそれは飛ぶためについているものではなかった。

 なんにせよ最も特徴的なのはいくつかの口のついた3本の尻尾。
 全てを喰らい尽くす悪食の尻尾こそがイヴァヤが同胞からも忌み嫌われる理由。
 悪食で何でも食べるといっても好物はある。
 それが同胞の悪魔で悪魔喰らいの異名すらついているイヴァヤを受け入れる悪魔などイヴァヤと同格以上の悪魔くらいしかいない。
 でないと、いつ餌にされるか分からないのだから。

 三体の悪魔は完全にこの世から消え去った。
 悪魔の驚異的な回復力は不死に近いがイヴァヤの悪食の前では無意味に等しい。
「キヒヒヒヒヒヒヒ、ラフェグは私と同格なのですがね。まぁ、それも遥か昔のことで最近の同胞は知らないのかもしれないですね」
「イヴァヤ、終わったのなら次の仕事を頼むぞ」
「分かっていますよ。契約に反さない範囲でお手伝い致しましょう」
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