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【1】
連絡のプリントが回っている最中に、本日最後の鐘が鳴った。席の最前列でプリントを配っていた生徒会の役員が、ちょっと困った後に急いで枚数を数え、残りも配る。
「じゃあ、明後日のゴミ拾い登校について、何か質問がある方は明日までに私の所に来てください」
大人しそうだがはっきりとした彼女の声を、右の耳から左の耳に流しながら、五十嵐勝一はプリントを一瞥して、3つに折った。
『起立』の声にワンテンポ遅れて立って、膝が半分曲がった状態で、周りのタイミングに合わせて適当に礼。
今日の義務はこれで終了である。
「ゴミ拾い登校とか、マジめんど」
前の席から話しかけてくる声が聞こえる。クラス替えで新しく知り合った、苗字しか知らない友人がプリントをくしゃくしゃにして鞄に詰めていた。
「五十嵐も、そう思うだろ?」
「まあ」
「まあ、ってこたないだろ。目につくゴミを拾って来ましょうって、いくつあると思ってんだ」
そのいくつあるかもわからないゴミを減らす為にこのような行事があるわけだが。勿論、勝一が口に出すのは別の言葉だ。
「実際、目につくゴミ、全部拾うつもりなんてないけど」
「ったり前だ。じゃ」
「ん」
席が近いだけで、ちょっと話す程度の友人との会話はそれで終わった。帰り支度をしながら教室から出ていく友人を見守ると、2秒で別の友人が群がる。元々同じクラスなのだろう。
『すごいなあ』
眼鏡をあげながら、単純にそう思う。皮肉も何も籠らない。
彼とは対照的に、勝一が教室を出て行っても、誰も話しかけてはこなかった。中学生活3年間、誰とも付かず離れずといった交友関係を続けてきた結果である。
勝一が下駄箱を出ると、一年を必死になって部活に勧誘する上級生で飽和状態だった。人にぶつからないよう、縫うように間をすり抜けていくと、当然ながら右耳から左耳へと人の話し声がすり抜けていく。
「部活入る前に、マコ達と遊び行かない?」
「行く行くー! どこがいい?」
「坂戸町の駅ビルは?」
「いいねー!」
「何部入るか決めた?」
「陸上」
「え、あんな土日がないとこ入んのかよ」
「俺は中学に入って痩せるって決めたんだ。で、お前は? もう決めたん?」
「帰宅部かなー入りたいとこないし」
「やっべ、来週『Jesus 2』の発売日なのに……」
「財布が薄いとか?」
「ぎくっ」
「はいはい、中古待ち。ゲームくらい待てるだろ……」
坂戸町。帰宅部。ゲーム。話題で振られたら答えられるであろう他人のそれをすり抜けて、まっすぐ家路へと向かう。
家に帰る道をもくもくと歩いて、最後の角――――曲がれば家の前――――を、通り過ぎた。
家に帰る道を無視して、歩いて2分の駅へと向かう。自分と同じようにだるそうな顔をして階段をあがっていく中学生がいる。知り合いじゃないのを確認して、駅員に回数券を見せた。2つ離れた坂城町とこの駅を繋ぐ切符に何の疑問も持たず、駅員はそれを切った。
予定の電車に乗って、大人しい顔をして2駅を過ぎる。
『坂城町、坂城町でございます』
女性の声のアナウンスを聞きながら、電車を降りた。中途半端な時間のせいか、いつもなら二十人以上降りる駅なのに、十人も降りていない。
好都合だ。
階段では一番遅く歩いて、後ろをチェックする。誰も見ていないのを確認すると、勝一は掃除が行き届いていないトイレの個室に入った。
スクールバッグからいつものニット帽を取り出して少し深めに被る。
兄のお下がりの学ランとワイシャツは脱いで、鞄に入れる。
代わりに白いパーカーを取り出してもそもそと着た。
よくある黒縁の伊達眼鏡を外して鞄に放り込み、鞄から財布とカードケースとスマートフォンと家の鍵とイヤホンを取り出し、ポケットに仕込んだ。
周りに注意しながら個室から出れば、鏡に映った自分が勝一を見返す。
いや、もうISだ。
ロッカーに鞄を入れると、いつも通りだるそうに歩きながら、例のゲームセンターに向かった。駅ビルの向かいにある大きなゲーセン。横断歩道を渡って、勝一がゲームセンターに入る。
その途端、五階建てのビルのフロアの空気が変わった。
やかましい音楽に混じっていた人の声が溶けて、何人かの視線が刺さる。どの視線も口々に言っていた―――――『ISだ』と。
その視線も右から左。
無視してエスカレーターを上がり、話題の新しいシューティングゲームに向かってみれば、校門の前といい勝負な人の飽和状態である。
液晶の画面に食らいつくように必死になっている高校生が、ちょうどゲームオーバーになった。
「うわっ、くっそ!」
「惜しかったなー。でも店内ランクに残ってるぜ」
「最下位だし……どうせ明日になったらISが一位塗り変えてるから俺の名前なんて……」
「……おい」
「あ?」
最後に彼らが見たのは勝一の背中だけだった。急ぎでもないし、気まずい空気に触れたくない。
離れた席の適当なパズルゲームの前の椅子に座る。画面にはちょうど、ランキングの画面が映っていた。
*店内ランキング*
1位 IS 5976000点
2位 はぴぃ 4201110点
3位 ベンゼン 3998000点
*全国ランキング*
1位 IS 5976000点
2位 ああああ 5520040点
3位 Near 5520010点
表情ひとつ変えずに、貯金箱にでも入れるかのように100円を放り込んだ。画面が切り替わって、カラフルに文字が躍り出す。
『マジカル・パレット Start?』
スタートボタンを押そうとした――――その前だった。
「イズやないか~い!」
「!?」
肩への衝撃が指先に渡ってボタンを押す。叩かれた肩をさすりながら、勝一は時間稼ぎのチュートリアル画面に進み、後ろでにやにやと笑っている大学生を睨みつけた。
「……なんでいんだよ」
「『仁王 Ⅲ』の新台が出たからに決まっとるやないか。俺やってシューティングやるわ」
「あ、そ……タダシさんより先にやんないとな」
「オイコラ、タダシっつーなや。スノウって呼びぃや……」
「いつまで言ってんだよ、そんな事」
「っだ~……」
関西弁の男――――タダシは勝一の隣の椅子に座り込み、画面を眺めた。勝一ことISを見る周りの視線を、タダシの場合は少し面白く思っているらしい。時折さり気なさを装って振り返ってはニヤついていた。
「コレ、まだやってたんやな」
「目についただけだから」
「ま、せやろな。ゲーセンで時間潰すにはゲーム……ま、俺もやろうかと思うて来たんやけど……」
楽しそうにニヤついていた目と一緒に、口元が笑う。
「何点出す?」
「……ブランクあるからなあ……」
チュートリアルが終わり、選択画面になる。スコアトライアルモードを選んで、レバーとボタンを構えた。
「じゃ、5000000点で」
「うひ」
嫌味っぽくタダシは声をあげたが、もうその1秒前――――ゲームが始まった瞬間から、勝一の耳には届いていない。
カラフルなボールを組み合わせ、巨大なパズルを見事に組み上げる。下に表れる数字は勢いよく回り、景気よく桁数をあげていた。
勝一の手元も、傍から見ていてはわけがわからないくらいのスピードで動く。
「きっもいわー」
タダシは褒め言葉を呟いて、あたりを見る。普段はあまり人がいないはずの場所なのに、ISがいると知って人が集まってくる。
みんな、ISのプレイを見ている。
振り向くのをやめて画面を見てみると、もうすでに桁数は最高値まで回っていた。それでも一番上の位はまだ動く。
カラフルなエフェクトはパズルが消えては散らばる。
いくつもの魔法のパズルを組んで、パズルの持つ魔法の力によりプレイヤーは天の城へ向かう――――そんなゲームにおいてスコアを競うとなれば、ひとつひとつのパズルの連鎖力と、城に着くまでのタイムだ。
どちらのおいても、驚異的。
紛れもない頂点の動き。
『せや』
彼が、トップランカー――――IS。
ピロリーン♪
電子音の合図が終わりを告げる。天の城に着き、キャラクターが飛び跳ねて喜んでいる。その下でパズルによるスコアに、城に着くまでのタイムのボーナスが加算される。
5391000点
「ああくっそ」
「何がだよ」
プレイヤーネームの欄に No Nameと書きこみ、勝一はゲームを終了させる。後ろを振り向かずに席を立ちあがり、タダシの反対隣りの空いた席に移った。画面の色は相変わらず煩い。
「これでお前が5000000行かへんかったら、俺ももうちょーっとプレイしてみようかと思ってたんやけどな」
「やってたの?」
「まあな。せやけど、お前のプレイ見てたら、ちょっと萎えたわ」
「悪かったな」
「おう、もっと謝れや」
無表情な勝一の声に、タダシがニヤついた言葉を返す。伸びをして椅子から立ち上がった。
「んじゃ、もうさっきのが空いてるかもしれへんから、俺は行くわ」
「俺も」
「先にやんのは俺やで」
「やらせない」
「なんやそれ」
「あの、」
「?」
何か忘れ物でもしただろうか。
どこかで見たような女子が、数歩後ろに立っていた。
「なんや?」
「えっと、あの……これ、やってましたよね? 『マジカル・パレット』」
指を差す先には、さっき店内記録を塗り替えられてしまった台があった。
「そう……ですけど……」
「どないしたん? 何か忘れもん?」
「いえ……あの……」
一歩、その女子が近づいた段階で、勝一の額に焦りが滲んだ。ブレザーを脱いだだけの――――自分と同じ中学の女子の制服が脳の警鐘を打ち鳴らす。
「私に――――」
さっきよりも見覚えが明瞭になった顔が、勢いよく頭を下げる。
「ゲーム……ゲームを教えてください!」
背筋が凍る。そんな思いを薄っぺらい表情に出し、勝一は固まった。
「どないしたんや、この子。イズの知り合いか?」
ちょっと困ったようなタダシの声に、目が覚める。勝一が迷った末に首を振る前に、女子が代弁する。
「あ、ち、違うんです。私、全然知り合いじゃなくって、しょ、初対面です……そ、そもそも私、ゲームセンターに入るの初めてですし……」
必死に何か言っている彼女の言葉から情報を拾い、勝一の凍結が少し解ける。
『……知り合いじゃない、って』
確かにそうだが、初対面ではない。
右から左に流した声と一緒に、彼女の名前がよみがえる。
『じゃあ、明後日のゴミ拾い登校について、何か質問がある方は明日までに私の所に来てください』
同じクラスの、百瀬郁美だ。
よくよく記憶をほじくり返してみれば、小型犬みたいで可愛いなんて言われそうな顔も、薄い黄色のシュシュも、生徒会の役員をやっている声も、完全一致する。
『クラスの子に見つかるとか……』
最悪だ。
何か必死になって言っている百瀬と、自分に何かとやかく言っているタダシを差し置き、勝一は内心頭を抱えた。
冗談じゃない。
坂戸東中学校では放課後の寄り道は禁止されている。そもそも他人に「IS」の正体が「五十嵐勝一」であることを知られるなんてもっての外だ。
『……まだ、わかってない……よな?』
百瀬の目は真剣そのもので、明らかに勝一だと認識していない。クラスでも地味な位置にいてよかったと心の底から思った。
「おい、イズぅ!」
「わっ」
「わ、じゃないわ。どないすんねん?」
「……行く」
「待って、あの……」
ちら、ともう一度百瀬の顔を見ても、気付いている様子は全くない。背を向けると、ちょっと安心した。
『……気付かれていない内に帰れば……』
「お願いです! 私、私……」
「…………」
今にも泣きそうな声が、背中に降り注ぐ。
さっきタダシに肩を叩かれた時よりも、強い。
「弟に、勝ちたい……」
「…………」
今日中に『仁王 Ⅲ』をやるのは、諦めよう。ISが女の子を泣かせている?と、いつもの3倍集まった視線は、勝一にそう思わせるには十分だった。
連絡のプリントが回っている最中に、本日最後の鐘が鳴った。席の最前列でプリントを配っていた生徒会の役員が、ちょっと困った後に急いで枚数を数え、残りも配る。
「じゃあ、明後日のゴミ拾い登校について、何か質問がある方は明日までに私の所に来てください」
大人しそうだがはっきりとした彼女の声を、右の耳から左の耳に流しながら、五十嵐勝一はプリントを一瞥して、3つに折った。
『起立』の声にワンテンポ遅れて立って、膝が半分曲がった状態で、周りのタイミングに合わせて適当に礼。
今日の義務はこれで終了である。
「ゴミ拾い登校とか、マジめんど」
前の席から話しかけてくる声が聞こえる。クラス替えで新しく知り合った、苗字しか知らない友人がプリントをくしゃくしゃにして鞄に詰めていた。
「五十嵐も、そう思うだろ?」
「まあ」
「まあ、ってこたないだろ。目につくゴミを拾って来ましょうって、いくつあると思ってんだ」
そのいくつあるかもわからないゴミを減らす為にこのような行事があるわけだが。勿論、勝一が口に出すのは別の言葉だ。
「実際、目につくゴミ、全部拾うつもりなんてないけど」
「ったり前だ。じゃ」
「ん」
席が近いだけで、ちょっと話す程度の友人との会話はそれで終わった。帰り支度をしながら教室から出ていく友人を見守ると、2秒で別の友人が群がる。元々同じクラスなのだろう。
『すごいなあ』
眼鏡をあげながら、単純にそう思う。皮肉も何も籠らない。
彼とは対照的に、勝一が教室を出て行っても、誰も話しかけてはこなかった。中学生活3年間、誰とも付かず離れずといった交友関係を続けてきた結果である。
勝一が下駄箱を出ると、一年を必死になって部活に勧誘する上級生で飽和状態だった。人にぶつからないよう、縫うように間をすり抜けていくと、当然ながら右耳から左耳へと人の話し声がすり抜けていく。
「部活入る前に、マコ達と遊び行かない?」
「行く行くー! どこがいい?」
「坂戸町の駅ビルは?」
「いいねー!」
「何部入るか決めた?」
「陸上」
「え、あんな土日がないとこ入んのかよ」
「俺は中学に入って痩せるって決めたんだ。で、お前は? もう決めたん?」
「帰宅部かなー入りたいとこないし」
「やっべ、来週『Jesus 2』の発売日なのに……」
「財布が薄いとか?」
「ぎくっ」
「はいはい、中古待ち。ゲームくらい待てるだろ……」
坂戸町。帰宅部。ゲーム。話題で振られたら答えられるであろう他人のそれをすり抜けて、まっすぐ家路へと向かう。
家に帰る道をもくもくと歩いて、最後の角――――曲がれば家の前――――を、通り過ぎた。
家に帰る道を無視して、歩いて2分の駅へと向かう。自分と同じようにだるそうな顔をして階段をあがっていく中学生がいる。知り合いじゃないのを確認して、駅員に回数券を見せた。2つ離れた坂城町とこの駅を繋ぐ切符に何の疑問も持たず、駅員はそれを切った。
予定の電車に乗って、大人しい顔をして2駅を過ぎる。
『坂城町、坂城町でございます』
女性の声のアナウンスを聞きながら、電車を降りた。中途半端な時間のせいか、いつもなら二十人以上降りる駅なのに、十人も降りていない。
好都合だ。
階段では一番遅く歩いて、後ろをチェックする。誰も見ていないのを確認すると、勝一は掃除が行き届いていないトイレの個室に入った。
スクールバッグからいつものニット帽を取り出して少し深めに被る。
兄のお下がりの学ランとワイシャツは脱いで、鞄に入れる。
代わりに白いパーカーを取り出してもそもそと着た。
よくある黒縁の伊達眼鏡を外して鞄に放り込み、鞄から財布とカードケースとスマートフォンと家の鍵とイヤホンを取り出し、ポケットに仕込んだ。
周りに注意しながら個室から出れば、鏡に映った自分が勝一を見返す。
いや、もうISだ。
ロッカーに鞄を入れると、いつも通りだるそうに歩きながら、例のゲームセンターに向かった。駅ビルの向かいにある大きなゲーセン。横断歩道を渡って、勝一がゲームセンターに入る。
その途端、五階建てのビルのフロアの空気が変わった。
やかましい音楽に混じっていた人の声が溶けて、何人かの視線が刺さる。どの視線も口々に言っていた―――――『ISだ』と。
その視線も右から左。
無視してエスカレーターを上がり、話題の新しいシューティングゲームに向かってみれば、校門の前といい勝負な人の飽和状態である。
液晶の画面に食らいつくように必死になっている高校生が、ちょうどゲームオーバーになった。
「うわっ、くっそ!」
「惜しかったなー。でも店内ランクに残ってるぜ」
「最下位だし……どうせ明日になったらISが一位塗り変えてるから俺の名前なんて……」
「……おい」
「あ?」
最後に彼らが見たのは勝一の背中だけだった。急ぎでもないし、気まずい空気に触れたくない。
離れた席の適当なパズルゲームの前の椅子に座る。画面にはちょうど、ランキングの画面が映っていた。
*店内ランキング*
1位 IS 5976000点
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3位 ベンゼン 3998000点
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2位 ああああ 5520040点
3位 Near 5520010点
表情ひとつ変えずに、貯金箱にでも入れるかのように100円を放り込んだ。画面が切り替わって、カラフルに文字が躍り出す。
『マジカル・パレット Start?』
スタートボタンを押そうとした――――その前だった。
「イズやないか~い!」
「!?」
肩への衝撃が指先に渡ってボタンを押す。叩かれた肩をさすりながら、勝一は時間稼ぎのチュートリアル画面に進み、後ろでにやにやと笑っている大学生を睨みつけた。
「……なんでいんだよ」
「『仁王 Ⅲ』の新台が出たからに決まっとるやないか。俺やってシューティングやるわ」
「あ、そ……タダシさんより先にやんないとな」
「オイコラ、タダシっつーなや。スノウって呼びぃや……」
「いつまで言ってんだよ、そんな事」
「っだ~……」
関西弁の男――――タダシは勝一の隣の椅子に座り込み、画面を眺めた。勝一ことISを見る周りの視線を、タダシの場合は少し面白く思っているらしい。時折さり気なさを装って振り返ってはニヤついていた。
「コレ、まだやってたんやな」
「目についただけだから」
「ま、せやろな。ゲーセンで時間潰すにはゲーム……ま、俺もやろうかと思うて来たんやけど……」
楽しそうにニヤついていた目と一緒に、口元が笑う。
「何点出す?」
「……ブランクあるからなあ……」
チュートリアルが終わり、選択画面になる。スコアトライアルモードを選んで、レバーとボタンを構えた。
「じゃ、5000000点で」
「うひ」
嫌味っぽくタダシは声をあげたが、もうその1秒前――――ゲームが始まった瞬間から、勝一の耳には届いていない。
カラフルなボールを組み合わせ、巨大なパズルを見事に組み上げる。下に表れる数字は勢いよく回り、景気よく桁数をあげていた。
勝一の手元も、傍から見ていてはわけがわからないくらいのスピードで動く。
「きっもいわー」
タダシは褒め言葉を呟いて、あたりを見る。普段はあまり人がいないはずの場所なのに、ISがいると知って人が集まってくる。
みんな、ISのプレイを見ている。
振り向くのをやめて画面を見てみると、もうすでに桁数は最高値まで回っていた。それでも一番上の位はまだ動く。
カラフルなエフェクトはパズルが消えては散らばる。
いくつもの魔法のパズルを組んで、パズルの持つ魔法の力によりプレイヤーは天の城へ向かう――――そんなゲームにおいてスコアを競うとなれば、ひとつひとつのパズルの連鎖力と、城に着くまでのタイムだ。
どちらのおいても、驚異的。
紛れもない頂点の動き。
『せや』
彼が、トップランカー――――IS。
ピロリーン♪
電子音の合図が終わりを告げる。天の城に着き、キャラクターが飛び跳ねて喜んでいる。その下でパズルによるスコアに、城に着くまでのタイムのボーナスが加算される。
5391000点
「ああくっそ」
「何がだよ」
プレイヤーネームの欄に No Nameと書きこみ、勝一はゲームを終了させる。後ろを振り向かずに席を立ちあがり、タダシの反対隣りの空いた席に移った。画面の色は相変わらず煩い。
「これでお前が5000000行かへんかったら、俺ももうちょーっとプレイしてみようかと思ってたんやけどな」
「やってたの?」
「まあな。せやけど、お前のプレイ見てたら、ちょっと萎えたわ」
「悪かったな」
「おう、もっと謝れや」
無表情な勝一の声に、タダシがニヤついた言葉を返す。伸びをして椅子から立ち上がった。
「んじゃ、もうさっきのが空いてるかもしれへんから、俺は行くわ」
「俺も」
「先にやんのは俺やで」
「やらせない」
「なんやそれ」
「あの、」
「?」
何か忘れ物でもしただろうか。
どこかで見たような女子が、数歩後ろに立っていた。
「なんや?」
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指を差す先には、さっき店内記録を塗り替えられてしまった台があった。
「そう……ですけど……」
「どないしたん? 何か忘れもん?」
「いえ……あの……」
一歩、その女子が近づいた段階で、勝一の額に焦りが滲んだ。ブレザーを脱いだだけの――――自分と同じ中学の女子の制服が脳の警鐘を打ち鳴らす。
「私に――――」
さっきよりも見覚えが明瞭になった顔が、勢いよく頭を下げる。
「ゲーム……ゲームを教えてください!」
背筋が凍る。そんな思いを薄っぺらい表情に出し、勝一は固まった。
「どないしたんや、この子。イズの知り合いか?」
ちょっと困ったようなタダシの声に、目が覚める。勝一が迷った末に首を振る前に、女子が代弁する。
「あ、ち、違うんです。私、全然知り合いじゃなくって、しょ、初対面です……そ、そもそも私、ゲームセンターに入るの初めてですし……」
必死に何か言っている彼女の言葉から情報を拾い、勝一の凍結が少し解ける。
『……知り合いじゃない、って』
確かにそうだが、初対面ではない。
右から左に流した声と一緒に、彼女の名前がよみがえる。
『じゃあ、明後日のゴミ拾い登校について、何か質問がある方は明日までに私の所に来てください』
同じクラスの、百瀬郁美だ。
よくよく記憶をほじくり返してみれば、小型犬みたいで可愛いなんて言われそうな顔も、薄い黄色のシュシュも、生徒会の役員をやっている声も、完全一致する。
『クラスの子に見つかるとか……』
最悪だ。
何か必死になって言っている百瀬と、自分に何かとやかく言っているタダシを差し置き、勝一は内心頭を抱えた。
冗談じゃない。
坂戸東中学校では放課後の寄り道は禁止されている。そもそも他人に「IS」の正体が「五十嵐勝一」であることを知られるなんてもっての外だ。
『……まだ、わかってない……よな?』
百瀬の目は真剣そのもので、明らかに勝一だと認識していない。クラスでも地味な位置にいてよかったと心の底から思った。
「おい、イズぅ!」
「わっ」
「わ、じゃないわ。どないすんねん?」
「……行く」
「待って、あの……」
ちら、ともう一度百瀬の顔を見ても、気付いている様子は全くない。背を向けると、ちょっと安心した。
『……気付かれていない内に帰れば……』
「お願いです! 私、私……」
「…………」
今にも泣きそうな声が、背中に降り注ぐ。
さっきタダシに肩を叩かれた時よりも、強い。
「弟に、勝ちたい……」
「…………」
今日中に『仁王 Ⅲ』をやるのは、諦めよう。ISが女の子を泣かせている?と、いつもの3倍集まった視線は、勝一にそう思わせるには十分だった。
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