―まひる家長男は異世界迷子の『カミサマ』だった事案について―

スガヤヒロ

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異世界へ

荒神―追うもの達―

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 夕暮れ。生者の領域が影に潜みはじめる森。
 目の前に広々とした空間が飛び込んできた。
 そこにポツポツと麒麟の炭化した死骸と騎手の亡骸が数体転がっており、
 いまだに黒い炎が亡骸を覆い、怪しく辺りを照らす。

 その光景を険しく見つめるもの達。

 和装の様な装いをした5名のオーガと人狼が一人。
 神征伐同盟軍。角人獣人混成小隊、角氏班。
 角ノ氏族、骨ノ氏族、血ノ氏族、灰ノ氏族。
 それぞれの氏族ごとに四つの小隊に振り分け、森に索敵を掛けている。
 これに獣人、鳥人の斥候偵察部隊が同行し、
 荒神を追跡しているところに痕跡を見つけたのだ。

 進みでる赤髪黒一角の青年と青緑髪に緑色の二本の玉角を持つ少女。

「……麒麟角遊撃隊か」
「ええ……」

 兄上が結論を述べる。
 その結果に異をとなえるものはいない。
 帝国の総指揮官。ハーマルグント二世王子殿下が意気揚々と神征伐の意義を宣誓した場で最前列に並んでいたもの達。

「みたままの数なら全滅ではないようだ」
「灰になってるなら、確かめようもないじゃんよ」
「……」

 と、灰髪白二角の壮年の巨躯の男が静かに言うと深緑髪黒一角のけだるそうな青年が同意する。
 紫紺髪紅一角の少女はただ黙って見つめるのみ。
 みな一様に固唾を飲む。
  
「どれどれ……」

 と、無警戒に深緑髪黒一角の青年が黒い炎に近づく……、

「ロクロウタ、そこまでですッ」

 私はつい語気を強めてロクロウタを止める。

「いや、必要なことじゃんよ。荒神の力なんて長のみに口伝で伝わるだけ。灰氏はいうじの巫女は確かに強力だったが……」
「……荒神は確かに未知数です。ですがその黒い炎は超常の理にあります。我らの術では消すことはできません」
「消さないままならどうなるじゃんよ?」
「……おそらく魔素を食らいつくすまで消えないでしょう」
「はぁ、なるほどね。それじゃ死体を見るに魔素を食らって、炎熱にでも変えてん…イッダッ!?」

 膝から崩れ落ち、黒い炎に頭から突っ込そうになるロクロウタ。

「膝裏をけるんじゃねぇじゃん!!」
「スイ様困らせたから……じゃぁ、おしり」
「やめろツ!場所の問題じゃねぇ!蹴りだすなッ…ちょ、まて!」

 炎に突っ込まんと踏ん張り、おしりに少女の蹴りの威力を余すことなく受け止める。

「ノボタン。実の兄を辱めるものではありません、にょ…?」
「スイ様、笑った。ロクロウタずるい」

 またも、蹴りだそうとしたノボタンを灰髪二角の壮年の男が脇を掴み持ち上げると、
 淡々と告げる。

「そのへんにしておけ。ロクロウタも十分遊んだだろ。さっさと立て」
「遊んでねぇじゃん!? 荒神の力の検分してたんだろうが!」

 ムキになり詰め寄ったのが悪かった。未だ抱えられたままのノボタンの射程に入ってしまう。

「フユノジ!てめぇがこの中じゃ一番年長者…はあぁん!?」

 幼い少女でもオーガの脚力。
 無防備に蹴り上げられたロクロウタは灰に顔から崩れ落ちる。
 フユノジも思わず目を見開く。

「ノボタン。私は一度、とまめましたよ?」
「スイ様。元気ないから……」

 これはいけませんね。
 まだ、荒神追跡の任の最中。
 コツンと自分の頭を小突き戒める。

「気を煩わせましたね。もう平気です。」

 フユノジに抱えられたままのノボタンを撫でてやる。
 すると、ガバッと起き上がるロクロウタ。

「あまやかすんじぇねじゃん!」

 しかし、ロクロウタの前にはすでに誰もおらず。
 一人、虚空に向けて兄貴ズラをしただけ。

「……」
「まあ、気持ちは分かる。お互い妹を持つ身だ」

 と、角ノ氏族の長でありスイの兄。エンジクニアツにポンッと肩に手を置かれ労らわれる。

「…うるせぇじゃんよ…」
「ははは、元気をだせ。気を落としていては任にさわるぞ?」
  
 ぼそっと零し、しぶしぶ立ち上がる。
 ふと、自分の足元をみると微細な粒子の灰が俺の顔をかたどり、なぜか笑っていた。
 妹に蹴り上げられて、笑ていた? てか、次期長…気持ちはわかるって……。
 いやな想像に頭を振ると足で揉み消し、みなに向き直る。
 
「…これに懲りたら、不用意に近づかない事です」
「あぁ、妹には十分に気をつけるじゃんよッ」
「いえ、黒い炎に、です」
「あぁ、最初からわかってるじゃんよ…!」

 一応、ロクロウタにくぎを指しておきましょう。
 飄々と無防備な行動が目立ちますが、腕は立ちます。
 ここまでの三日。荒神追跡に皆張り詰めていましたから、程よく気が抜けた てくれた様

 人狼と一旦別れ砂漠の調査をする事になった、つかの間の休息。
 
 そして、オーガの拠点で縛布霊装による封印を施された荒神がそれを自力でふりきったのも3日前。
 その一日前に出立した麒麟の行軍速度に荒神が追いついたことをこの惨状が示している。
 つい二の足を踏む光景。

 これをムリョウが……。

「…スイ。そんな顔をするな。ムリョウはもうムリョウではない、巫女が使えるべき荒神だ」
「はい……」

 そういう、兄上も表情は険しい。
 氏族会議で一角を担う『角ノ氏族』の長。
 神降ノ義の是非を問われる場で、行うべきと、荒神の顕現に兄上は賛同している。
 それが、今ここで揺らいでいるのでしょう。荒神の暴威に。

「しかし…荒神の力は凄まじい」
 
 フユノジの顔が陰る。

「……麒麟遊撃隊相手に荒神とはいえ加減ができるとは思えないじゃん。次期長は?ど思う?」
「俺は過分だと判断する。麒麟に追いつく移動速度を持つなら各個追い落とすのも難しくないだろう。これほどの範囲を灰に帰す必要性は感じないが……荒神だからな。常識で語ってもしかたないだろう」
「……スイ様。守る」
「ああ。そうだな」

 兄上に頭を撫でらるノボタンは鼻息を荒くしている。
 まだ幼くもオーガの気質を色濃く持つ少女。
 いささか、その気質に身を任せてしまう未熟さを持つ。

 眉を寄せているが、くすぐったそうにしている。
 
 ほんわかした空気に反し、眼前を見ればそこには生が存在しなかった。
 巨木の一帯が五里は消え去り、灰が覆う白い砂漠。
 わずかばかり、生きながら得た者の亡骸が黒い炎でくすぶっているだけ。 
 灰になる寸前の遺骸。その痕跡を発見できたに過ぎない。
 同盟軍本拠地も似たような惨状になったが、これほどの災禍にはならかった。

 つい、表情が陰る。
 
「荒神にオーガ四氏族の未来を賭けるより、覚悟をしなくてはなりません。兄上。どうか、お覚悟を……」
「……あぁ」

 そう。

 でないと私は私を許せそうにない。

 必要な事だから。
 彼女そういって、自分ごとすべてを振り払った。
 もっとも大きな神力を扱える灰ノ氏族の巫女。祖先返りのオーガ、灰氏はいうじ ムリョウ。
 もとより、個よりオーガ四氏族全体のことを優先する帰来があり、和を尊ぶ。
 氏族会議で神降ろしの器になることに本人意思など関係なくムリョウを指名し、なんの反論もなく拝命する。
 自分のことなのに、なんで何もい言わないのかと八つ当たり気味尋ねたときムリョウはそう答えた。
 そして、

「だってスイが私の代わりに怒ってくれるもの」
 
 と、微笑むだけ。
 いつも子供扱いするくせいに、ああいう時にだけ甘えてくる。
 四氏族の女児が巫女になるための修行で幼少のみぎりより寝食をともに過ごす。
 幼馴染や家族、姉妹同然に育ってきたけどなんでもいい。
 私は振り払うムリョウの手を掴むことができなかった。
 四氏族の巫女たちが本殿で神楽を舞う姿を微笑ましく見守っていたムリョウの姿を思い出す。
 そして、我々は神降ノ義で祖霊召喚し無量に憑依させる。業の秘術。
 本殿の奥でその時をまつ、食事も睡眠も必要ない無機物。ムリョウは荒神となった。
 巫女達による、隷属呪印にのみ従う傀儡の神。
 わがままな姉は、今やっということを聞いてくれる。
 お願いや、頼みごとをなんでも聞いてくれる。
 幼馴染や姉妹、家族である必要もなくなった。

 もう、私のわがままで姉と呼ぶことができないのだ。

 ……オーガ四氏族の守護、荒神だから。

 それでも信じられませんでした。

 和を尊ぶ姉が同族を蹂躙し、隷属呪印の制止命令を振り切ったことに。
 荒神に何があったのか?  なぜ止められなかったのか?

 思い当たるのは2つ。
 各氏族の口伝が全て揃うことで業の秘術は完成します。
 秘術の漏洩、氏族間の暴走や離反を防ぐ意味でも必要な秘匿方法でしょう。

 しかし、その性質上、四氏族の神代からの長き歴史で、
 失伝や逸失してしまった術があっても確かめようがありません……。

 そのうえで、業の秘術は成ってしまった。

 そして、器と祖霊達の魂の対話。これが荒神の最大の制御方法です。
 それでも、抑えが効かない場合に備えての隷属呪印であり縛布霊装になります。
 
 今回の業の秘術により器となったムリョウは荒神と何を交わしたのでしょうか?

 あれが、ムリョウの意思? それとも祖霊たちの―――。
 

「……スイ様」
「ん? ノボタン、どうしました?」
「……また、ロクロウタのお尻蹴ってくるぅ?」
「…いえ、結構です」
 
 ノボタンの言葉にロクロウタがビクッとなり、距離をとる。
 はぁ、また俯いていたようです。今日、何度目でしょうか……。

 また落ち込みそうになると、轟音の残響と揺れを感じる。
 今日、中天に差し掛かる頃から、噴石と共に轟音と揺れが続いている。
 兄上達はすでに慣れたのか、平然としているようです。

「……この神征伐が終われば神格を出自にもつ我らにも信仰と神を排斥する矛がむく。霊峰より我らを追い出したいのだ。改めて、気を引き締めろ」
「次期長よ、そう言うが巫女達の隷属呪印が効かない」
「あぁ。スイ様お一人では心もとないじゃんよ……」
「……」
「いいか? 荒神を見つけ次第合流し、巫女総がかりで呪令を下すし、スイの縛布霊装だけではない。心配するな。今は荒神の追跡に集中しろ」

 兄上が自分に言いきかせるようにオーガ達を鼓舞する。

 みなは荒神の制御に不信感があるようです。
 実際、暴走した時駆けつけられたのは数人。
 総当たりは確実性を考えたら必要な一手になります。

 みなしぶしぶといったようす。
 荒神に近づきたくないのが本音なのでしょう。

 この、神征伐同盟軍の壊滅に荒神の暴走が疑いようのない事実。
 これから、オーガ四氏族排斥に露骨に傾くでしょう。
 もとより、その牽制のための武力。荒神。
 ムリョウの犠牲を無駄にできません。
 しかし、それを皆に押し付けてしまってはいないでしょうか?
 私がしっかしりしないと……。

 自身を奮い立たせている時です。

 ウォォォォォォン!
 
 と、人狼が遠吠えが届く。人狼たちの連絡手段です。

 獣人たちも荒神遺跡に表向きは協力を申し出て小隊規模の派兵をしてくれています。
 本音のところは荒神の力を把握するのが彼ら斥候・偵察部隊の役割なのでしょう。

「…兄上、なにかあったのでしょうか?」
「連絡もあるだろうが、鳥人偵察部隊へ合流をはかっているのだろう」
「凶報が舞い込んでこなければいいのですが……」

 兄上と二、三言葉を交わしていると獣身化した人狼が健脚を生かし砂漠の向こうから疾走してくるのが見える。
 側まで来ると減速し、兄上に敬礼をすると報告を始めた。

「報告を申しあげます。今すぐアハリシア大河方面へ移動するよう、他部隊より撤退の伝令がはいりました。」
「退避でなくか?」
「詳細は間もなく……」

 そう話を区切った人狼の合図に、鷹の様な目を持つハーピィの女性が降り立つ。

「遅くなってすまない。」
「それはいい。なにかあったのだろう?」
「では、端的に報告しよう。荒神が何者かと交戦に入っている。その戦禍凄まじく溶岩や炎が霊峰の麓、元設営地点方面に広がりをみせ地へ線が赤く染まっている。拠点にいるもの達はすでに撤退した。皇国はいうまでもなくな……やがて呑まれる」
「…本拠地の放棄する事態か……。相対する者は?」
「あの荒神に対抗できる者など限られる」
「神格か……」
「だろうな。理解したならアハリシア大河に移動するぞ」
「…承知した。急ぎ向かおう」

 今も轟音が鳴り響く。
 暗夜に迫ろうかという時刻に、空が赤みを帯び始めた。

「では、鳥人偵察部隊は先にいく。飛び立つ方向を目指して撤退してくれ。他の班との合流は人狼がいればすぐにでもできるだろう」
「あぁ、感謝する」
 
 一つ頷くと上空へ飛び立った。
 その方向を見届ける。

 じゃぁ、あの反対方向にムリョウがいるのですね……。
 
「……我らの聖地を」
「兄上。今は撤退を……」
「あ、あぁ……」

 パラパラと、赤熱した灰が降り始めた。
 噴石が木々をなぎ倒す音も遠くで聞こえる。 

「次期長、俺も退避を進言する」
「先に同じじゃんよ!」
「……」
「みな、ずいぶんと積極的だな……」

 守るべき聖地が荒神の手により破壊されている。
 その事に足が止まった兄上に配下のオーガ達がここぞとばかりに退避を訴える。
 一人無言でしたが積極性がにじみ出ている様です。

「……あぁ、撤退しよう。スイ以外の巫女が不在のままでは荒神に対処できない。大河までの道中に合流する。気を緩めるな!」
「御意!」

 兄上の命を受け、臣下の礼をとる。
 身体強化系の纏衣結界を発揮し、疾走を開始する。

 未だ鳴り響く残響を背に、ムリョウ思う。
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