月は多重奏の愛を知るか

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第六章

月は蓮の花を助く

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翌朝。
鏡の中の自分は制服を着ている。
2日間くらいしか学校に行っていないのに、なんだか久しぶりな気がしてならない。

(……奏音は…大丈夫だろうか…)

ふと不安になって、慌てて首を振る。
夢で母さんに励まされたばかりじゃないか。
僕が頭で作りだした都合のいい幻想でも構わない。
僕は決めたんだ。

「……早く行かなきゃ。」

覚悟を決め、僕は外へと踏み出した。




学校に着いて。
教室の扉を開けてすぐ辺りを見回したが、奏音は居ない。職員室にでもいるのだろうか。

早く話したい。
早く話して、お礼を言いたい。
僕を支えてくれてありがとうって。
そして…

「おいお前ら~、席に着け~!」

先生の声が響く。
先生の隣にいたのは、奏音だった。

(奏音……っ)

奏音の物憂げな表情がやけに目に付いた。
ホームルームが終わり次第声を掛けに行こう。
気付いてやれなくてごめんと謝ろう。
そんなことを思っていると、チャイムが終わると共に先生が話し始めた。

「……皆、今日はちょっと残念な知らせがある。
1週間後、雨晴が家庭の事情で引越しをすることになった。」

……日記の内容が嘘ではないと改めて認識する。とても、悲しくなった。
施設行きとは言っていなかったが、恐らく先生が濁してくれているのだろう。
引越しと聞いたクラスメイトもザワザワしていて、特に男子生徒はショックを受けているようだった。

「雨晴、クラスメイトに話したいこととかあるか?」
「……っ今まで…ありがとう皆…ぼ…………私はみんなとクラスメイトになれて楽しかった…あ、あと1週間だけど、よろしく…」
「皆、あと1週間だが仲良くやろうな!」

周りから拍手が起こる中、僕は違和感を覚えた。

(………あれ…唯智か………?僕って言いかけた…よな……?)

確かに奏音が話した時、僕と言いかけたような気がした。
クラスメイトが奏音が解離性同一性障害だということを知らないから、私と言い直したのだろう。

(…奏音…人前だから唯智が代わってるのか……唯智も何か知ってるかな…。)

先生の話が何処吹く風のまま、僕らはホームルームを終えた。
胸騒ぎがした。




「い…」
「…みっ深月!」

ほぼ同時。
僕よりも先に唯智が話し始める。

「た、大変なんだ…っ!」
「どうしたの、唯智。」
「…時雨が君に日記を渡したって…メモを残してて…それを僕みたんだ…。」
「…奏音は見たの?」
「見たんだと…思う。その証拠に、朝起きたらこんなメモが…!」

そう言って、小さな紙切れを見せてきた。
そこには。



『私の日記、見られちゃってるんじゃきっと、深月くんを悲しませちゃった…私…私……深月くんに憎まれるくらいなら……いっそ…消えた方がいい。』



「……奏音がっ…もし奏音に戻ったら、死んじゃうかもしれない…!」
「…っ!」
「お願い!今日1日ずっと目を離さないでっ!お昼休みになったらなるべくずっと一緒に居て…!」
「わかった。奏音は僕が見てるから。」
「…頼んだよっ僕、深月にまだアニメ布教出来てないんだからね!」

ずいっと唯智が顔を近づける。
そこかよ、とも思ったが、恐らく本心は奏音の事が心配で必死なのだろう。
全て終わったら、唯智のアニメ談義を存分に聞いてやろうと決めて、僕はしっかり頷いた。





お昼休み。
授業中も、授業の合間の休みもずっと気が気ではなかった。
ふと横を見ると、目を覚ましたらしい奏音が何か言いたげな顔でこちらを見ていた。
あまりにも泣きそうな顔で瞳を揺らしていたから。
声を掛けようとした。
その瞬間。

「……っ」
「奏音!!!」

ガタッと机を揺らし、足早に教室を去ってしまった。
このままではいけない。
直感でそう思って、急いで後を追う。
たくさんの視線を感じるが知ったことか。
走って。走って。走って。
そして辿り着いたのは。

「奏音!!!!」
「な…んで………。」

屋上だった。
風が鳴っていてやけにおどろおどろしい。
冷や汗がダラダラと流れるのを感じる。
奏音は、屋上の柵の向こう側にいた。

「……何を考えてるのかは分かってる。でもそれは悪手だ…!早くこっちに…」
「深月くんには分かりっこないよ!!!」

初めて聞く奏音の心からの絶叫。
とても悲痛な叫びだった。

「どんなに頑張っても、どうにも出来ない壁が私を不幸にするの!!!その壁が、私だけに不幸をもたらすならまだ良かったよ!!!でも、それが深月くんにまで及ぶなんて思わなかった!!大事な人が私のせいで不幸になった気持ちが、深月くんに分かるの?!私が生きてるだけで周りを不幸にするなら私は要らないでしょ!!!」
「………奏音…」
「もう………っ疲れたの!!!」

奏音の目に光はない。
限界だと、訴えている。

「深月くんは……優しい人で…真面目で…正直で……っ憧れだったよ……。深月くんみたいになれたらってずっと思ってた……。だけど!!私はそんな深月くんに恩すら返せなかった!!!施設に行ったら、もうチャンスすらないんだよ!!そんな……そんな恩知らずな私なんか死んだ方がマシっっっ…」
「………なよ。」
「……へ…?」
「…っふざけんなよ!!!!!」

僕の大声に奏音は肩を震わせ目を見開く。
そりゃ、大声も出したくなるだろう。
僕の声は止まらない。

「僕に恩を返せなかったって…?じゃあ一昨日はなんだって言うんだよ!僕のわがまま聞いてくれて、ご飯一緒に食べて、ゲームして、遊んで、慰めてくれただろ!それだけで十分恩返ししてもらってる、これ以上何を求めてる?」
「…みづきく」
「僕は十分奏音に救われてるって言ってんだよ!それなのに!…死んだ方がマシだって?!これ以上、僕から大切な人を奪わないでくれよっ!!」
「……っ!」
「……もう…大事な人を失うのは嫌なんだよ……。」

気づけば雨が降っていた。
そして、僕らの頬には雨ではない雫が流れ落ちていた。

「……大事な…人……?」

今にも崩れてしまいそうな顔で奏音は言う。

「…当たり前でしょ。」
「……たくさん、隠し事…したのに…?」

そんな奏音に、そっと手を伸ばす。

「………くだらない隠し事をしたくらいで、嫌いになるわけないだろ。」

おずおずと伸びてきた手を引っ張り、倒れ込んできた奏音を抱きしめる。
……失わずに済んで良かった。








数分後。

「お前らバカか?屋上に雨ん中で居るって知った時はビビったぞ。」

あの後、僕と奏音は抱きしめあったまま泣いた。泣いて泣いて、泣き疲れてしまった奏音を僕が保健室に運び。
……先生に説教を受けていた。

「……すいません。」
「お前らが仲良いのは知ってるけどな、先生に心配かけるなよ。」
「肝に銘じます。」

ふと横を見ると、すやすやと寝ている奏音が居る。先程までの憂いを帯びた顔とは異なり、安心したような顔をしている。
何となく頭を撫でてやると、どこか嬉しそうに擦り寄ってくる。
思わず笑みが溢れた。

「……なぁ、雪雲。」
「なんですか先生。」
「…雨晴を止めてくれてありがとうな。」
「!」
「……きっと、俺じゃ止められなかっただろうから。」

話を聞くと、先生も奏音の施設行きをきっかけに、奏音から障害のことを聞いたらしい。先生も調べはしたものの、当の本人の気持ちまでは分からないからと、詳しく話を聞こうとすることが出来なかったのだと。

「…雨晴の両親については、俺が何とか出来ないか調べてるところだ。どうみたって育児放棄だからな。」
「…………。」
「…だから雪雲。」
「…はい?」
「……あと1週間、雨晴のこと、よろしく頼むな。」
「……当たり前ですよ。僕の………大切な人ですから。」

横ですやすや眠る愛しい人を眺めながら、僕は残りわずかな時間をどうすべきか思案するのだった。





続く_____
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