6 / 8
第六章
月は蓮の花を助く
しおりを挟む翌朝。
鏡の中の自分は制服を着ている。
2日間くらいしか学校に行っていないのに、なんだか久しぶりな気がしてならない。
(……奏音は…大丈夫だろうか…)
ふと不安になって、慌てて首を振る。
夢で母さんに励まされたばかりじゃないか。
僕が頭で作りだした都合のいい幻想でも構わない。
僕は決めたんだ。
「……早く行かなきゃ。」
覚悟を決め、僕は外へと踏み出した。
学校に着いて。
教室の扉を開けてすぐ辺りを見回したが、奏音は居ない。職員室にでもいるのだろうか。
早く話したい。
早く話して、お礼を言いたい。
僕を支えてくれてありがとうって。
そして…
「おいお前ら~、席に着け~!」
先生の声が響く。
先生の隣にいたのは、奏音だった。
(奏音……っ)
奏音の物憂げな表情がやけに目に付いた。
ホームルームが終わり次第声を掛けに行こう。
気付いてやれなくてごめんと謝ろう。
そんなことを思っていると、チャイムが終わると共に先生が話し始めた。
「……皆、今日はちょっと残念な知らせがある。
1週間後、雨晴が家庭の事情で引越しをすることになった。」
……日記の内容が嘘ではないと改めて認識する。とても、悲しくなった。
施設行きとは言っていなかったが、恐らく先生が濁してくれているのだろう。
引越しと聞いたクラスメイトもザワザワしていて、特に男子生徒はショックを受けているようだった。
「雨晴、クラスメイトに話したいこととかあるか?」
「……っ今まで…ありがとう皆…ぼ…………私はみんなとクラスメイトになれて楽しかった…あ、あと1週間だけど、よろしく…」
「皆、あと1週間だが仲良くやろうな!」
周りから拍手が起こる中、僕は違和感を覚えた。
(………あれ…唯智か………?僕って言いかけた…よな……?)
確かに奏音が話した時、僕と言いかけたような気がした。
クラスメイトが奏音が解離性同一性障害だということを知らないから、私と言い直したのだろう。
(…奏音…人前だから唯智が代わってるのか……唯智も何か知ってるかな…。)
先生の話が何処吹く風のまま、僕らはホームルームを終えた。
胸騒ぎがした。
「い…」
「…みっ深月!」
ほぼ同時。
僕よりも先に唯智が話し始める。
「た、大変なんだ…っ!」
「どうしたの、唯智。」
「…時雨が君に日記を渡したって…メモを残してて…それを僕みたんだ…。」
「…奏音は見たの?」
「見たんだと…思う。その証拠に、朝起きたらこんなメモが…!」
そう言って、小さな紙切れを見せてきた。
そこには。
『私の日記、見られちゃってるんじゃきっと、深月くんを悲しませちゃった…私…私……深月くんに憎まれるくらいなら……いっそ…消えた方がいい。』
「……奏音がっ…もし奏音に戻ったら、死んじゃうかもしれない…!」
「…っ!」
「お願い!今日1日ずっと目を離さないでっ!お昼休みになったらなるべくずっと一緒に居て…!」
「わかった。奏音は僕が見てるから。」
「…頼んだよっ僕、深月にまだアニメ布教出来てないんだからね!」
ずいっと唯智が顔を近づける。
そこかよ、とも思ったが、恐らく本心は奏音の事が心配で必死なのだろう。
全て終わったら、唯智のアニメ談義を存分に聞いてやろうと決めて、僕はしっかり頷いた。
お昼休み。
授業中も、授業の合間の休みもずっと気が気ではなかった。
ふと横を見ると、目を覚ましたらしい奏音が何か言いたげな顔でこちらを見ていた。
あまりにも泣きそうな顔で瞳を揺らしていたから。
声を掛けようとした。
その瞬間。
「……っ」
「奏音!!!」
ガタッと机を揺らし、足早に教室を去ってしまった。
このままではいけない。
直感でそう思って、急いで後を追う。
たくさんの視線を感じるが知ったことか。
走って。走って。走って。
そして辿り着いたのは。
「奏音!!!!」
「な…んで………。」
屋上だった。
風が鳴っていてやけにおどろおどろしい。
冷や汗がダラダラと流れるのを感じる。
奏音は、屋上の柵の向こう側にいた。
「……何を考えてるのかは分かってる。でもそれは悪手だ…!早くこっちに…」
「深月くんには分かりっこないよ!!!」
初めて聞く奏音の心からの絶叫。
とても悲痛な叫びだった。
「どんなに頑張っても、どうにも出来ない壁が私を不幸にするの!!!その壁が、私だけに不幸をもたらすならまだ良かったよ!!!でも、それが深月くんにまで及ぶなんて思わなかった!!大事な人が私のせいで不幸になった気持ちが、深月くんに分かるの?!私が生きてるだけで周りを不幸にするなら私は要らないでしょ!!!」
「………奏音…」
「もう………っ疲れたの!!!」
奏音の目に光はない。
限界だと、訴えている。
「深月くんは……優しい人で…真面目で…正直で……っ憧れだったよ……。深月くんみたいになれたらってずっと思ってた……。だけど!!私はそんな深月くんに恩すら返せなかった!!!施設に行ったら、もうチャンスすらないんだよ!!そんな……そんな恩知らずな私なんか死んだ方がマシっっっ…」
「………なよ。」
「……へ…?」
「…っふざけんなよ!!!!!」
僕の大声に奏音は肩を震わせ目を見開く。
そりゃ、大声も出したくなるだろう。
僕の声は止まらない。
「僕に恩を返せなかったって…?じゃあ一昨日はなんだって言うんだよ!僕のわがまま聞いてくれて、ご飯一緒に食べて、ゲームして、遊んで、慰めてくれただろ!それだけで十分恩返ししてもらってる、これ以上何を求めてる?」
「…みづきく」
「僕は十分奏音に救われてるって言ってんだよ!それなのに!…死んだ方がマシだって?!これ以上、僕から大切な人を奪わないでくれよっ!!」
「……っ!」
「……もう…大事な人を失うのは嫌なんだよ……。」
気づけば雨が降っていた。
そして、僕らの頬には雨ではない雫が流れ落ちていた。
「……大事な…人……?」
今にも崩れてしまいそうな顔で奏音は言う。
「…当たり前でしょ。」
「……たくさん、隠し事…したのに…?」
そんな奏音に、そっと手を伸ばす。
「………くだらない隠し事をしたくらいで、嫌いになるわけないだろ。」
おずおずと伸びてきた手を引っ張り、倒れ込んできた奏音を抱きしめる。
……失わずに済んで良かった。
数分後。
「お前らバカか?屋上に雨ん中で居るって知った時はビビったぞ。」
あの後、僕と奏音は抱きしめあったまま泣いた。泣いて泣いて、泣き疲れてしまった奏音を僕が保健室に運び。
……先生に説教を受けていた。
「……すいません。」
「お前らが仲良いのは知ってるけどな、先生に心配かけるなよ。」
「肝に銘じます。」
ふと横を見ると、すやすやと寝ている奏音が居る。先程までの憂いを帯びた顔とは異なり、安心したような顔をしている。
何となく頭を撫でてやると、どこか嬉しそうに擦り寄ってくる。
思わず笑みが溢れた。
「……なぁ、雪雲。」
「なんですか先生。」
「…雨晴を止めてくれてありがとうな。」
「!」
「……きっと、俺じゃ止められなかっただろうから。」
話を聞くと、先生も奏音の施設行きをきっかけに、奏音から障害のことを聞いたらしい。先生も調べはしたものの、当の本人の気持ちまでは分からないからと、詳しく話を聞こうとすることが出来なかったのだと。
「…雨晴の両親については、俺が何とか出来ないか調べてるところだ。どうみたって育児放棄だからな。」
「…………。」
「…だから雪雲。」
「…はい?」
「……あと1週間、雨晴のこと、よろしく頼むな。」
「……当たり前ですよ。僕の………大切な人ですから。」
横ですやすや眠る愛しい人を眺めながら、僕は残りわずかな時間をどうすべきか思案するのだった。
続く_____
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる