月は多重奏の愛を知るか

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第八章

エーデルワイスの花束を君に

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ピピピピッピピピピッ

聞き慣れたけたたましい音で目が覚める。

「………朝…か…。」

随分と懐かしい夢を見ていたような気がする。
窓を見れば控えめな朝日が射し込み、まだ少し暗い空色が覗いていた。
ぼんやりとした頭で、先程まで見ていた幻想を振り返る。

「………もう、5年も経つのか…。」

気づけばあれから5年の月日が流れていた。






奏音と離れ離れになってから、僕はより一層勉学に励み、国立の医学部へ進学した。
大学では単位を取るための講義と独学の研究に没頭し、いつしか目標だった研究医への道を進むことが出来た。
苦行のような毎日を乗り越えることができたのは、やはり奏音の存在があってこそだろう。
今の姿を見せれば、彼女は喜んでくれるだろうが……

(………未だに手がかりは0…か…)

___彼女の居場所はまだ不明だった。


「………早く行くか。」

僕は菓子パンを口に放り込み、足早に家を出た。










「あっ!雪雲先輩!おはようございます!」
「おはよう。」
「そうだ、先週貸していただいた論文!やーっと読み終わったんで!返します!」
「あぁ…ありがとう。」
「いやぁ~やっぱ先輩すげぇっすよ!」

研究室で知り合った後輩から賛辞を述べられながら返される書類には、
【解離性同一性障害の治療及び緩和方法について】
と僕の殴り書きの字が連なっている。

「テレビで論文発表なんて今どきマジ珍しいんすから!原文読めるとかマジ俺幸運っすよね!!」
「まだ研究途中の部分だってあるんだからまだまだだよ…。僕は満足してないのに、研究室で教授が騒ぎ立てるから……」
「テレビで見る先輩、キリッとしててかっこよかったっすよ!!!」
「朝なのに元気だね…。」
「うるさいってことっすか?!」

後輩のテンションに何となく相槌をうちながら、そういえば論文を教授に提出してからしばらく騒がしかったなぁと思い出す。
僕の中ではまだ研究途中段階だったのだが、締切が近かったという理由でキリの良い所までまとめた論文が、変に持ち上がってしまったのだ。
精神障害治療への1歩、と大きく取り上げられ、興奮する教授を押しのけてやっと一日休みが取れたところだ。

「そういうことだよ。とりあえず、今日は調査書受け取りに来ただけだから。」
「先輩相変わらず辛辣っすね…はいどーぞ。」

不貞腐れた顔の後輩から封筒を受け取る。中には"該当施設無し"と書かれた調査書が入っていた。

「…またダメか…。」
「論文の見返りがこれって、先輩の脳内どうなってんすか。先輩がヤンデレくさいの意外だったんですけど。」
「……自分でもわかってるよ。でも……」

迎えに行くって約束したから。

「…ま、その女性が見つかったら盛大に祝ってやりますよ。ってなわけで!口止め料の高級カフェのケーキあざーす!!」
「はいはい。んじゃ僕は帰るから。」
「お疲れ様っしたー!」

ニコニコと笑う現金な後輩を横目に、ケーキの代金を支払って僕は家へと直行した。






「っ……疲れた………」

家に入るなりベッドに横になる。
ベッドの横には今まで勉強してきたルーズリーフと、奏音の手掛かりになり損なった調査書の残骸が散らばっていた。
研究医になってからというもの、ゆっくり家事に専念する心の余裕さえ無くなっていたのだ。

「…………迎えに行くって約束を…………早く果たしたいのに………。」

そう呟いて、僕は日々の疲れに身を任せて瞼を閉じていった。





プルルルルッ
プルルルルッ


どれくらいの時間が経っただろうか。
僕は携帯の着信音で目が覚めた。

「………もう夜じゃないか…一体誰なんだ…。」

寝ぼけ眼で番号を確認すると、非通知からだった。
ぼんやりとしたまま、僕は非通知からの着信に応答した。

何となく、出なきゃいけない気がした。

「…もしもし。」
「………いつまで待たせるんだ。」

思考停止した。

「っ…!」
「………長野県○○市***。」
「……え。」
「…あいつが、ずっと待ってる。」
「っしぐr」

ツー、ツー、ツー。

電話の切れる音が一人部屋に響く。
気づくと僕は、急いで出かける準備をしていた。
居てもたってもいられなかったのだ。


あの子が、僕を待っている。
遠い地方で、健気に待ってくれている。
約束の果たされる日を。


携帯と財布とカバンだけをもって、僕は家を飛び出した。






「え~、次はァ~***駅ィ~***駅ィ~。」

どのくらいの時間が過ぎただろうか。
電車の窓から外を見れば、すっかり日が昇っていた。

「この駅か…。」

電車から降りれば、辺り一面緑が広がっていて、心地よい空気が鼻を通った。
やっと会えるのだと思うと、心做しか歩く足が早くなる。
彼女を思うだけで、花のような甘い香りがする気がした。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


奏音side

「そろそろお昼休憩行ってきて大丈夫ですよ!雨晴先生!」
「ありがとうございます!」

ほっとため息をついて、ネームプレートをひっくり返す。
この仕事にも少しずつ慣れてきたところだ。
ここまでの道のりは長かったなぁと、ネームプレートを眺めながら思う。

私は児童養護施設の先生になった。







施設に預けられてから、深月くんの手紙を何度も何度も読んでは、泣き疲れるまで涙を流す日々が続いていたけど、深月くんの決意の言葉を思い返して、私も頑張ろうと励むようになった。
必死になって高校の卒業資格を取り、就労支援学校へ通い詰めた。
大変だったけれど、人格さん達にも勉強してもらえるように頼んで、何とか資格を取ることが出来た。
就職してから今はまだ2ヶ月くらい。
今はお昼休憩を中庭で過ごすのが日課になっている。

「コントロールがまだ難しいなぁ……深月くんも頑張ってるんだから、私も頑張りたいんだけどな……。」

青空に手をかざす。
深月くんは、もう手の届かない存在なのかもしれない。
あの雲みたいに。

「……………。」
「雨晴先生ー!」

先輩の呼ぶ声に振り向くと、先輩があわあわしながら私を呼んでいた。

「先生にお客さんが!」
「…お客さん?」

里子希望の子供たちにお客さんが来ることはよくあるけど、先生にお客さんってなんだろう…
そう思いつつ、なぜだか逸る気持ちを抑えながら玄関口に向かった。

窓を覗くと、白い花束を持った男性が立っていた。

「お待たせしまし……………」






嘘でしょう。
本当に?
本当にあなたなの?






「………っ」


声が出ない。
勝手に涙が溢れて止まらない。
心がシュワシュワと苦しくなって、それでいて足が軽くなったような気がした。


走る。
あの頃より長くなった髪を揺らして。
一目散に。


「みづきくん…なの…?」
「……待たせすぎちゃったね。」


涙が止まらない。
もう大人なのに、声を上げて泣いた。
好きが溢れて止まらない。
深月くんは、そんな私を黙って撫でてくれた。


「…今度こそ、僕のものになって。」


あぁ。
やっぱり私の王子様だ。
私は静かに頷いて。


愛を欲して、目を閉じた。





「私も、あなたが好きよ。」






Fin
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