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㊼ジェラルド視点
「お兄様、こんな時間にこんなところで、なにをなさるおつもりですの?」
「少し確かめたいことがあってね」
ブリジットは不満気に口をとがらせている。
夜に王城の片隅の神殿跡になんの説明もなく連れてこられたのだから無理もない。
ブリジットだけでなく、険しい顔のサミュエルと、騎士にとりかこまれて青白い顔をした母上もいる。
「ほら、ここに立って。動いてはいけないよ」
「なになさるのです?いい加減に教えてくださいませ」
「いいから、言われた通りにしなさい」
僕に言われて渋々ながら、ブリジットは神殿跡に一人でぽつんと立った。
高い位置まで登った満月が、僕たちを白々と照らしている。
それからいくら待っても、ブリジットにはなにも起こらなかった。
魔法陣もなにも出てこない。
ブリジットは健康だし、僕と同じくらいの魔力を持っているはずだ。
僕でも魔法陣を起動することができたのに、ブリジットにはそれすら起こらない。
やはりそうか、と僕は溜息をついた。
ブリジットと僕は異父兄妹で、ブリジットとアーレンは一滴の血も繋がっていなかったわけだ。
覚悟をしていたにしても、母の不貞の証拠を目の当たりにするのは辛いものがある。
「もう、いったいなんなのです!用が済んだなら、早く帰らせてくださいませ。わたくし、妊娠していますのよ?」
ドラゴン騒動が落ち着いてしばらくしてから、ブリジットが身籠った。
僕に甥か姪ができるわけだ。
本来なら喜ばしいことだが、父親が誰かわからないらしいということで、全く喜べなかった。
サミュエルが父親ではないということは、火を見るよりも明らかだった。
もしブリジットが王家の血を引いているなら、産まれてくる子はアーレンのように精霊の祝福を受けることができるかもしれないが、そうでないのなら厄介事の種でしかない。
「ブリジット。きみは、本当に母上にそっくりだね」
「?どういう意味ですの?」
「きみは父上の子ではない、ということだよ。そうでしょう、母上」
母上はガクガクと震えるだけで、反論しない。
その様子が言葉以上の肯定と言えるだろう。
「はぁ!?なにを仰るの!?なにを根拠にそんなことを!」
「オルランディア王家の血を引いているものが満月の夜にそこに立つと、面白いことが起こるはずなんだよ」
「面白いこと?どういうことですの?」
「王家の血を引かないきみには説明する理由もない」
僕は騎士に支えられている母上を振り返った。
「母上には離宮で蟄居していただきます」
「……」
「大丈夫ですよ。父上も間もなく退位なさる。父上にも同じ離宮に移っていただきますから、寂しくはありませんよ」
「……」
「ブリジットも、身の振り方が決まるまでは一緒です。一か所にまとまっていてくれた方が面倒がないのでね」
騎士に腕を掴まれ、ブリジットが暴れている。
「無礼者!放しなさい!わたくしは、オルランディア王女ですのよ!」
「違うよ。父上の子でない以上、きみは王女ではない」
「そんなはずありませんわ!わたくしは」
「なにも不思議なことはない。母上に愛人がいたことはきみも知っているだろう」
「……!でも!それでも、わたくしは、お兄様の妹ですわ!」
「そうだね。それは間違いない。だからこそ、残念でしかたがないよ。きみが派手に男を漁ったり、美しい令嬢に怪我をさせたりしなければ、こんなことを追及するつもりはなかった」
オルランディア王家の血を引いていなかったとしても、サミュエルと仲良く夫婦でいてくれたなら、そうでなくても、せめてごく普通の淑女でいてくれたら、それでよかったのに。
何度言い聞かせてもブリジットの素行は悪くなる一方で、このままではサミュエルとオルランディア王家の求心力まで地に落ちてしまうというところまで来ていた。
「大丈夫。処分したりはしないから。ブリジット、きみは公式には病死したということにして、どこか遠くの修道院に行ってもらう。お腹の子は設備の整った孤児院で引き取ってもらうから、心配いらないよ」
「そんな!嫌です!修道院など、行きたくありませんわ!」
ブリジットはサミュエルを睨みつけた。
サミュエルが夫であることをやっと思い出したようだ。
「サミュエル!なにをぼーっとしているの!わたくしを助けなさい!あなたは、わたくしの夫でしょう!」
「……父親のわからない子を身籠っていながら、今更なにを言う」
サミュエルの声には冷たい怒りが含まれている。
「なにを言っているの!?この子は、オルランディア王女の子よ!高貴なわたくしから産まれるのだから、わたくしと同じくらい高貴な子なのよ!父親が誰であるかなんて問題にならないわ!」
そんなはずがないだろう、とその場にいる騎士たちまでが顔を顰めた。
「元平民がわたくしに口答えするなど何様のつもりなのかしら!わたくしの夫に選ばれただけでも身に余る光栄だと感謝すべきことですのよ!それなのに、わたくしに逆らうなど」
「もういい。連れて行け」
それ以上醜い言葉を聞きたくなくて、僕が遮って手を振ると、騎士たちは母上とブリジットを予め準備してあった離宮へと連行していった。
母上はなんの抵抗もしなかったが、ブリジットはまだまだ元気に騒いで暴れていた。
僕はもう口を開く気力もなく、厳しい顔でそれを見送ったサミュエルの肩を無言で叩いた。
ブリジットの父親は、長い間母上の愛人をしていた、モワデイル出身のあの男だろう。
モワデイル近郊には、精霊とオルランディア王家にまつわる伝承が僅かながら残っていることが調査によりわかっている。
あの男からそれを聞いた母上は、なにをどう調べたのか、祝福を呪いだと勘違いしてアーレンを呪い殺そうとしたのだ。
結果的には、そのおかげでオルランディアは助かったわけではあるが、だからといって第二王子を害したことが帳消しになるわけではない。
母上に関しては、蟄居という処分すら甘いくらいだ。
母上もブリジットも、どこかで見切りをつける必要があった。
そのタイミングが今だったのは、ブリジットの子が産まれる前に決着をつけなければいけなかったからだ。
産まれてしまえばサミュエルの子として育てるしかなくなる。
子に罪はないが、不義の子を英雄将軍の子とするわけにはいかない。
こうするしかなかったのだ、と自分に言い聞かせながらも、暗く胸が塞がれていった。
「少し確かめたいことがあってね」
ブリジットは不満気に口をとがらせている。
夜に王城の片隅の神殿跡になんの説明もなく連れてこられたのだから無理もない。
ブリジットだけでなく、険しい顔のサミュエルと、騎士にとりかこまれて青白い顔をした母上もいる。
「ほら、ここに立って。動いてはいけないよ」
「なになさるのです?いい加減に教えてくださいませ」
「いいから、言われた通りにしなさい」
僕に言われて渋々ながら、ブリジットは神殿跡に一人でぽつんと立った。
高い位置まで登った満月が、僕たちを白々と照らしている。
それからいくら待っても、ブリジットにはなにも起こらなかった。
魔法陣もなにも出てこない。
ブリジットは健康だし、僕と同じくらいの魔力を持っているはずだ。
僕でも魔法陣を起動することができたのに、ブリジットにはそれすら起こらない。
やはりそうか、と僕は溜息をついた。
ブリジットと僕は異父兄妹で、ブリジットとアーレンは一滴の血も繋がっていなかったわけだ。
覚悟をしていたにしても、母の不貞の証拠を目の当たりにするのは辛いものがある。
「もう、いったいなんなのです!用が済んだなら、早く帰らせてくださいませ。わたくし、妊娠していますのよ?」
ドラゴン騒動が落ち着いてしばらくしてから、ブリジットが身籠った。
僕に甥か姪ができるわけだ。
本来なら喜ばしいことだが、父親が誰かわからないらしいということで、全く喜べなかった。
サミュエルが父親ではないということは、火を見るよりも明らかだった。
もしブリジットが王家の血を引いているなら、産まれてくる子はアーレンのように精霊の祝福を受けることができるかもしれないが、そうでないのなら厄介事の種でしかない。
「ブリジット。きみは、本当に母上にそっくりだね」
「?どういう意味ですの?」
「きみは父上の子ではない、ということだよ。そうでしょう、母上」
母上はガクガクと震えるだけで、反論しない。
その様子が言葉以上の肯定と言えるだろう。
「はぁ!?なにを仰るの!?なにを根拠にそんなことを!」
「オルランディア王家の血を引いているものが満月の夜にそこに立つと、面白いことが起こるはずなんだよ」
「面白いこと?どういうことですの?」
「王家の血を引かないきみには説明する理由もない」
僕は騎士に支えられている母上を振り返った。
「母上には離宮で蟄居していただきます」
「……」
「大丈夫ですよ。父上も間もなく退位なさる。父上にも同じ離宮に移っていただきますから、寂しくはありませんよ」
「……」
「ブリジットも、身の振り方が決まるまでは一緒です。一か所にまとまっていてくれた方が面倒がないのでね」
騎士に腕を掴まれ、ブリジットが暴れている。
「無礼者!放しなさい!わたくしは、オルランディア王女ですのよ!」
「違うよ。父上の子でない以上、きみは王女ではない」
「そんなはずありませんわ!わたくしは」
「なにも不思議なことはない。母上に愛人がいたことはきみも知っているだろう」
「……!でも!それでも、わたくしは、お兄様の妹ですわ!」
「そうだね。それは間違いない。だからこそ、残念でしかたがないよ。きみが派手に男を漁ったり、美しい令嬢に怪我をさせたりしなければ、こんなことを追及するつもりはなかった」
オルランディア王家の血を引いていなかったとしても、サミュエルと仲良く夫婦でいてくれたなら、そうでなくても、せめてごく普通の淑女でいてくれたら、それでよかったのに。
何度言い聞かせてもブリジットの素行は悪くなる一方で、このままではサミュエルとオルランディア王家の求心力まで地に落ちてしまうというところまで来ていた。
「大丈夫。処分したりはしないから。ブリジット、きみは公式には病死したということにして、どこか遠くの修道院に行ってもらう。お腹の子は設備の整った孤児院で引き取ってもらうから、心配いらないよ」
「そんな!嫌です!修道院など、行きたくありませんわ!」
ブリジットはサミュエルを睨みつけた。
サミュエルが夫であることをやっと思い出したようだ。
「サミュエル!なにをぼーっとしているの!わたくしを助けなさい!あなたは、わたくしの夫でしょう!」
「……父親のわからない子を身籠っていながら、今更なにを言う」
サミュエルの声には冷たい怒りが含まれている。
「なにを言っているの!?この子は、オルランディア王女の子よ!高貴なわたくしから産まれるのだから、わたくしと同じくらい高貴な子なのよ!父親が誰であるかなんて問題にならないわ!」
そんなはずがないだろう、とその場にいる騎士たちまでが顔を顰めた。
「元平民がわたくしに口答えするなど何様のつもりなのかしら!わたくしの夫に選ばれただけでも身に余る光栄だと感謝すべきことですのよ!それなのに、わたくしに逆らうなど」
「もういい。連れて行け」
それ以上醜い言葉を聞きたくなくて、僕が遮って手を振ると、騎士たちは母上とブリジットを予め準備してあった離宮へと連行していった。
母上はなんの抵抗もしなかったが、ブリジットはまだまだ元気に騒いで暴れていた。
僕はもう口を開く気力もなく、厳しい顔でそれを見送ったサミュエルの肩を無言で叩いた。
ブリジットの父親は、長い間母上の愛人をしていた、モワデイル出身のあの男だろう。
モワデイル近郊には、精霊とオルランディア王家にまつわる伝承が僅かながら残っていることが調査によりわかっている。
あの男からそれを聞いた母上は、なにをどう調べたのか、祝福を呪いだと勘違いしてアーレンを呪い殺そうとしたのだ。
結果的には、そのおかげでオルランディアは助かったわけではあるが、だからといって第二王子を害したことが帳消しになるわけではない。
母上に関しては、蟄居という処分すら甘いくらいだ。
母上もブリジットも、どこかで見切りをつける必要があった。
そのタイミングが今だったのは、ブリジットの子が産まれる前に決着をつけなければいけなかったからだ。
産まれてしまえばサミュエルの子として育てるしかなくなる。
子に罪はないが、不義の子を英雄将軍の子とするわけにはいかない。
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